異世界の片隅で引き篭りたい少女。

月芝

文字の大きさ
12 / 54

11 辺境にて意地汚く生きる。

しおりを挟む
 
 農地用にと焼き払った空き地にて、私は現在猛特訓中である。
 
 フェンリルが爪を立てて猛然と走り回っただけで、畑の土はもこもこに耕された。だがすぐには農作業に入らずに、その柔らかな地面を利用することを思いつく。
 現状の自分の駄目さ加減を考慮して私が導きだした答えは、「まずは手近にあるものを扱えるようになろう」ということ。だから手近なフェンリルにちゃんと乗れるようになろうと、第一の目標を定めた。
 他力本願? いいんだよ。すべては生き残るためなんだから。
 いつ何が起こるかわからない辺境の地で、小娘が生活していくことを考えたら四の五の言っていられない。出来そうなことはなんでもやっていかないと非力な私なんて、あっというまに死んじゃうだろう。
 かといって剣やら弓が独学にてすぐにどうにかなるとは思えない。
 なによりこれまでに生きてきた環境があまりにも違い過ぎる。たぶん他者と同じ土俵に立っても、かなりの下位版に成り下がるのがオチだ。だからここは格好をつけずに意地汚くいこうと思う。
 チクワの使い道も考えるし、シルバーやレッド、シロたちとの付き合い方も考える。
 でも従魔契約とかはナシだ。
 アレはなんだか違う。私は彼らを従えたいワケじゃない。一緒にいて共に笑って生きたいだけなんだ。そこにつまらない上下関係なんてものはいらない。
 だからちゃんとシルバーに頭を下げてお願いして乗狼の特訓をしている。
 彼は時給換算にてチクワ五十本で快く引き受けてくれた。
 なんだかんだでちょっと銀狼の背に乗って駆けるのって、やっぱり憧れるしな。
 そんなワケでシルバーに跨って空き地を駆けてもらっているんだが……。

 走っては落ち、走っては落ち、曲がっては振り落とされ、止まっては背より放り出される。そのたびに黒土の上に派手に体が投げ出されては、激しく転がり泥だらけになる。この分では乗狼よりも先に受け身が上達しそうだ。
 こんなに転ぶのなんていつ以来だろうか。
 小さい頃に一人で自転車に乗る練習をしていたとき以来か……、そういえばあの時はたまたま公園に居合わせたお婆さんが見かねて、練習に手を貸してくれたっけか。うちの親は自転車を買い与えるだけ与えて放置だったしな。
 おかげさまで乗れるようになったけれども、あの時の私は彼女にちゃんとお礼を言ったのだろうか、ちょっとよく覚えていない。
 傷だらけになりながらも乗れるようになったことが嬉しくて、忘れてしまったような気もする、申し訳ないお婆さん、そしてありがとうございました。

 一日目はまるで駄目だった。でも受け身だけはコツが掴めたのか、三回に一回ぐらいは自分でも驚くほどすたっと着地が決められるようになった。
 二日目は全身筋肉痛につき、先日よりも酷い出来だった。あまりの無様っぷりにシルバーが心配してくれたが、無理を言って続けてもらった。
 三日、四日と過ぎていき、次第にシルバーの走るリズムに合わせて自分も動くことを悟ると少しはマシになってきた。乗るだけじゃなくて乗りこなすという意味を朧げながらも理解する。それでも油断をするとあっという間に上半身を置いて行かれて、後方にごろんと振り落とされる。
 五日が過ぎ、六日が過ぎ、打撲に擦り傷、青あざだらけになりながらもシルバーの動作や呼吸を少しずつ把握することにより、こちらも体の力の入れ具合や態勢の仕方に工夫を凝らすことで、振り落とされる回数がグンと減る。それでもちょっと調子にのったり、彼が跳ねるような動作をとるだけで反応しきれずに、ドサっとヘッドスライディングをすること度々。まだまだ道は遠い。
 巨大な獣の背に跨るような物語の中の人たちって凄いなって、本当に感心する。
 
 そして二十日近くを経て……。

 よく自転車やバイクに乗る人が、「自分が風になったみたいで気分がいい」というような感想を口にしているのを耳にしてきたが、私はいまそれを体感している。
 銀色の毛をなびかせてフェンリルが疾走する。
 その背に跨り、体を出来るかぎり低くして彼の体に張りつくかのような姿勢にて、目まぐるしく流れていく景色に動じることなく、私は冷静に対処していた。
 銀狼が走る、曲がる、跳ねる、そして止まる。
 傍からみるとフェンリルの毛皮の中に埋もれているかのような格好になっているが、これが彼に乗る方法の正解なのだ。乗馬のように背筋なんてピンと伸ばして胸を反り返していたら、風の抵抗をモロに受けてあっという間に振り落とされる。
 極力、姿勢を低くしてシルバーと一体化することで、風を後方へと上手に受け流す。騎乗する自身もまた彼の体の一部とすることで、私はようやくフェンリルの背を手に入れた。


しおりを挟む
感想 201

あなたにおすすめの小説

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!

椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。 しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。 身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。 そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

野生児少女の生存日記

花見酒
ファンタジー
とある村に住んでいた少女、とある鑑定式にて自身の適性が無属性だった事で危険な森に置き去りにされ、その森で生き延びた少女の物語

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

異世界へ行って帰って来た

バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。 そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。

処理中です...