異世界の片隅で引き篭りたい少女。

月芝

文字の大きさ
34 / 54

33 あの日の出来事、表。

しおりを挟む
 
 ホームルームが終わった放課後の教室。
 担任の先生がいなくなった途端に教室が眩い光に包まれて、気が付いたら僕の目の前には一人の黒いスーツ姿の男性が立っていた。
 彼の口からこれから自分の身に起こることを説明され、相談の上に能力を与えられて、あちらの世界へと送り出された。拒否権はなかった。
 そして気がついたらクラスのみんなと一緒に王城の召喚の間というところにて物々しい雰囲気の中、兵士らに囲まれていた。
 
 そっから先はまるでゲームかアニメのような展開で、あれよあれよという間に王国内部に取り込まれて、各々が戸惑いつつも懸命に生き残る道を模索することとなる。
 組織にとって有益だと判断されれば重用され、反抗的だと判断されれば容赦なく処分された。あのスーツ姿の男性も言っていたが、世界間のバランス調整というお題目は、僕たちがこちらについた時点で成立しているらしい。
 だから後は煮るなり焼くなり現地人の自由なんだとか。
 向かう先が優しい世界ならば人道的に手厚く保護してくれるケースもあるそうだが、ここはそうじゃない。だから自分自身の手で立場を確立しなければならない。不貞腐れてゴネたところで地下牢に放り込まれるのが関の山、だったら少しでも早くこちらの世界に順応したほうがいい。
 だから僕は自分なりに頑張った。モンスターやら魔族が普通に闊歩している世界だというので、スーツの男性には魔法の能力を付与してもらったので、なんとかやっていけた。
 こっちで師となってくれた方によると素質は充分だから、焦らずじっくりモノにしていこうと言ってもらえた。その方は城でも有力者だったらしく、おかげで弟子となった僕の身柄も安泰となる。だからといって油断していたら見捨てられてしまうので、毎日、懸命に修練に励んだ。

 そんなある日のことだ。奇妙な噂を耳にする。
 なんでも一人足りないらしい。
 向こう側は確かに四十人送ったと言っているのだが、こちら側には三十九人しか届いていない。なんらかの能力、例えば暗殺者の隠形とかの術を付与してもらい、それを駆使して召喚直後にこっそりと逃げ出したのかとも考えたが、噂話を聞くかぎりではどうやら違うらしい。
 召喚の間では異世界転移が行われる際に、部屋だけでなく建物の周囲をもぐるりと衛兵らが幾重にも取り囲んでおり、抜け出す隙はなかったという。
 またチカラを行使すればその気配がわかるのに、それもまったく反応がなかった。
 あの日、あの場に現れたのは間違いなく三十九人だけ。
 王城側は小首を傾げつつも、一人ぐらいならば問題なかろうと結論づけた。彼らとしてもいるかいないかわからない一人の捜索に人員と労力を割くよりも、他の三十九人を育てるほうが急務だったからである。
 なにせ魔族との緊張は日に日に高まっていたのだから……。

 魔族には意志があり知性があり言葉もあり文化文明もある。
 物語とかだったら、人類と魔族の垣根を越えて分かり合えたりするもんだが、現実は違う。
 人間はどこまでも魔族を嫌悪し、魔族もまたどこまでも人間を憎悪していた。
 相互理解なんて出来る臨界点をとっくに突破していた両者が、手を取り合うことなんてありえない。二つの種族はあまりにも長い間、殺し合い、争い過ぎてしまったのだ。失った命と流れた血が、塵と積もった憎しみが、敵の死滅でもって償わなければどうしようもないほどに……、もはや修復なんて不可能なほどに両者の関係は粉砕されている。
 顔を合わせるどころか、同じ空気を吸っているのすらもが許せない。
 だから殺し合い奪い合う。
 それでもまだ闘いが比較的局所や単発にて済んでいたのには、大陸の三分の一をも占めるという神域の森の存在が大きい。
 お互いの領土へ向かうにはこれを大きく迂回する必要があるので、どうしたって行軍距離と補給線が問題となるがゆえに、敵対感情だけではどうにもならないのだ。
 
 そこは弱者を拒む広大な森として有名で、闊歩するモンスターや獣どころか生えている草木に至るまでもが強者。人間、魔族ともにここにだけは手が出せずに、せいぜい外縁部を辺境と称して細々と開拓するのみ。それですらも森の恵みは大きく、双方を潤すに足るものであった。
 それだけの資源の眠る場所ゆえに、これまでに何度も探索や遠征隊による踏破を試みられたのだが、コレはことごとく失敗したという。数多の兵士や冒険者たち、勇者や聖女、賢者に剣聖とまで呼ばれた人たちすらもがほうほうの呈で逃げ帰るほどに、内部はヤバいらしい。強欲そうな王国の上層部ですらもそこには手を出そうとしないところをみると、相当なのであろう。
 魔法使いの卵に過ぎない僕には縁遠い場所のようだ。

 こっちの世界に来てから一年ほどが過ぎた頃。
 ようやく魔法使いとして格好がついてきたかなと思っていた矢先、神域の森の様子がなにやらおかしいとの報がもたらされた。
 師匠から聞いたところによると、なんでもかつてないほどに森が活性化しているんだとか。つまりヤバいところが一層ヤバくなったということ。だがそれだけではなくて、辺境周辺にて聖女伝説なるものが、まことしやかに囁かれているそうな。
 無償の施しをしてまわり、荒れた田畑を蘇らせ、村々を救ったという。
 これを聞いた瞬間に、僕の脳裏に浮かんだのは消えた四十人目のこと。
 ひょっとしたら何らかの手違いにて辺境へと流れ着いた子が、知識チートとか能力を駆使して、人助けに奔走しているのかもしれないと思った。だけど話の続きを聞いて、やっぱり違うかもと思った。だって凶悪さでは他所の右に出ないという森の獣やモンスターどもを従えて、死と隣り合わせのような過酷な森の中で平然と一人で暮らしているとか、コンビニエンスストアとウォシュレットに甘やかされて育った現代っ子では、ちょっとありえないだろう。キャンプやサバイバルが趣味だとしても逞しいとかを通り越して異常である。
 なにせここは異世界だ。生息する生き物の危険度が桁違い。そんな連中に囲まれてのスローライフなんてありえない。能力にテイマーのような魔物を従えるチカラを付与されたと考えても、やはり無理がある。それならば人里に出て能力を活かして生活すればいい。神域の森だなんてヤバいところに住み着いている時点でなんだか、その人もヤバい気がする。

 ……だというのに、無情にも王命が下る。
 僕は勇者候補となっているクラスメイトら数人と兵士らを伴って、現地調査へと赴くことになってしまった。
 あいにくと魔術と遠距離攻撃に優れていたのが僕だけであったいう不運、まさか日頃の頑張りがこんなところで裏目に出るだなんて。なお勇者とは転移者の中から教会が選定して容認されることでなれるんだと。選ばれることで受ける恩恵も多いが、苦労も多いらしくって僕はごめんだな。
 国としてこれまでにも噂を聞きつけて何度か調査員を送ったのだが、どうにも成果が芳しくなかったらしく、現地の冒険者ギルドに協力を仰ぐもナシのつぶて。漏れ聞こえてきたところによると、支部がすでに全面的にその聖女とやらに屈していたようで話にならないそうな。
 これに王様が業を煮やし派遣が決定したという。
 僕等が調査兵団に加えられたのは能力的なこともあるが、何よりも相手が顔見知りだった場合に篭絡しやすいとのせこい思惑もあるんだとか。
 
 あー、気が重い、行きたくないなぁ。


しおりを挟む
感想 201

あなたにおすすめの小説

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!

椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。 しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。 身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。 そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

野生児少女の生存日記

花見酒
ファンタジー
とある村に住んでいた少女、とある鑑定式にて自身の適性が無属性だった事で危険な森に置き去りにされ、その森で生き延びた少女の物語

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

異世界へ行って帰って来た

バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。 そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。

処理中です...