異世界の片隅で引き篭りたい少女。

月芝

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41 魔族の一番偉い人。

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 村外れの原っぱにドラゴンを小さくしたような、翼の生えたトカゲが十匹ばかり飛来した。
 その背には人間とは明らかに違う風貌をした人たちが乗っていた。
 彼らが噂の魔族なのだろう。
 その姿形を例えるならば、ひと昔前の特撮ヒーロー番組に登場する悪役の怪人みたいなの。今のは敵も格好いいからねえ。下手したら主人公より格好いいのがゴロゴロいるし。
 人間どもが嫌悪しまくっている存在だというが、異世界人である私には別に何も感じられない。むしろちょっと格好よく見えるぐらいだ。
 わざわざ一匹だけが降りて来て、先触れを寄越す礼儀正しさ。
 これには私もすこぶる好感を抱く。

 チクワ戦士らに案内されてきた彼らは随分と腰が低かった。
 そこまで傅かれるような身分ではないので、普段通りにしてと伝える。

 チクワとドクダミ茶もどき改めチクワ茶でもてなし、しばし歓談の後に本題に入る。
 使者の方の話によると、魔族はどうやら当方と講和を結びたいらしい。
 別に異存はないので了承すると、あからさまにホッとした顔をされた。
 条件を訊ねられたので「放っておいてくれたら、それでいい」と言ったら、もの凄く驚かれた。だから私は己が心情を素直に切々と吐露する。
 自分はただこの地で仲間たちと心穏やかに暮らしたいだけなのだと。
 するとなぜだか涙ぐまれて同情された。
 彼らは不遇の聖女が俗世を厭って森に引き篭っていると盛大に勘違いしたらしい。いちいち訂正するのも面倒くさいから、もう、それでいいや。

 やや親密になったせいか使者の方も本音をポロリ。
 なんでも本日の来訪について、内心ではかなりドキドキしていたようだ。
 相手は王国軍を蹴散らして森を支配する女王だから、どんなに怖ろしい御仁なのかと思っていたと。
 そんな感じで和気藹々と話をしていたら、彼らは上空から見かけた畑の様子にも興味があるという。なんでも魔族の国の方でも不作がじわじわと広がっていて、ちょっと深刻化しているんだとか。なのにこの辺はどこも実りが豊かで羨ましいというので、とりあえずお近づきの印にチクワ肥料をお土産に持たせることにする。

「これを刻んで土に混ぜ込んでいたら、勝手にわさわさ湧いてくるから」

 私のこの言葉を半信半疑で聞いていた彼らであったが……。



 一ヶ月後にまた魔族の方々がきた。
 今度は飛竜の他に黒いドラゴンも一匹混じっており、その背にはなんか偉い人っぽいのがいた。秘密結社の総統とか大将軍みたいで、特撮モノのラストを飾るにふさわしい貫禄あふれる容姿。
 原っぱまで一行を出迎えると、いきなりその人に膝まづかれた。

「お初にお目にかかります。森の聖女ハナコさま。私は第二十六代魔王クーバラです」

 いきなり一番偉い人が押しかけてきたよ!
 これにはさしものシルバーも驚いた顔をしている。
 それで何事かと思ってみれば、先に渡したお土産のチクワ肥料が想像以上に頑張っちゃったらしくって、そのお礼と改めて正式に肥料の取引をしたいとのことであった。

「別にかまわんよ。ちょちょいと出すから」

 そう言ってドバドバと肥料用のチクワを能力で出しては、チクワ戦士たちに荷造りさせる。
 その様子を見ていた魔族の連中が一斉に膝をついて、こちらに頭を垂れるではないか。
 彼らによると種族の垣根を超えて施される慈愛の御業に感服したとか云々。
 もう、そういうの本当にいいから……。
 異世界渡りの私からしたら、こっちの人間も魔族もみんな外国人みたいなもんだしな。
 それで厚恩の御礼に何を差し上げたらいいかと訊かれたので、とりあえず「あんま喧嘩すんなよ」とだけ言っておく。そしたらますます傅かれた。
 別に戦争をするなとか、人間を殺すなとかは言わない。そんなのぽっと出の赤の他人が口を挟んでいい問題じゃないからな。彼らには彼らなりの戦う理由があり因縁があるんだから。
 
 たまに二時間ドラマとかのラストシーンで、犯人を止めるために主人公が「復讐じゃ何も生まれない」とか「恨んでも虚しいだけだ」とか「故人はそんなこと望んじゃいない」とかいう台詞があるだろう? 私はあれが大っ嫌いなんだ。
 怒りや悲しみや憎しみなんて、そんなの当人にしかわかんないよ。
 いくら愛や正論を振りかざしたって、それだけで救われるほど心は簡単なもんじゃない。そもそもなんで被害者が過去に苦しみ続けた果てに凶行に走って、自業自得で狙われたかつての加害者が、のほほんと守られるのかって話だよ。
 他人さまの人生を踏みにじって無茶苦茶にしておいて、もう社会的制裁はすでに受けているからとか、はぁ? ふざけんなってなるわ。
 やることやったんなら、復讐されることも込みでないと帳尻が合わないよ。

 魔王とは正式に講和を結んで書類にサインした。
 これで少なくともウチと魔族が争うことはない。
 彼らはホクホク顔で大量の肥料用チクワを持って帰って行った。

「……あの人ってなんとなくギルドマスターと同じ匂いがする」
「ハナコもそう感じたか。実はワシも」

 遠ざかる一行を見送りつつ、私がしみじみと零すとシルバーも同意し「そのうちあっちにも神殿が建つかもしれんなあ」なんぞと不気味な予言をされ、おもわずぶるると体が震えた。


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