にゃんとワンダフルDAYS

月芝

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001 ハチと王子さま

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「や~ん、こっちに来ないでーっ」

 泣きべそをかきながら逃げていたのは、小学五年生の女の子。
 友達と遊んだ帰り、土手道でのことであった。
 ブンブンとハチに追いかけられている。
 女の子に悪気はなかったのだ。
 夕飯のオカズのことなどを考えながら、ぼんやり歩いていると不意に耳元で羽音がしたもので、つい手で払う仕草をしてしまった。たまさか指先が相手をかすめた。
 それにハチが怒ったという次第。

 よほど虫のいどころが悪かったのか、ハチはしつように絡んでくる。
 ここは見張らしのいい一本道、どこにも逃げられない。
 と、おもったら前方に河川敷側へと通じている石段があらわれた。
 河川敷はグランドや公園になっており、そこならば身を隠せる場所もある。
 だから女の子は、すぐにそちらへ向かおうとしたのだけれども……

「きゃっ」

 あわてるあまり足がもつれた、うっかり石段を踏み外してしまう。
 いやな浮遊感に襲われ、前へと傾いでいく自分の体――頭から転がり落ちる! かたい地面、けっこうな段数がある。きっと無事ではすまない。
 命の危険すらも感じて、女の子はギュッと目をつむった。
 でも、次の瞬間のこと――
 不意にのびてきた何者かの腕により、背後からがっちり抱きかかえられる。
 女の子は転落をまぬがれた。

「ふぅ、危ないところだったね。大丈夫? 音苗さん」

 耳元で自分の名前をささやかれたもので、女の子は「えっ」
 助けてくれたのは、クラスメイトの男の子であった。
 名前を古峰玲央(ふるみねれお)といい、まるで二次元の世界から飛び出してきたかのような容姿にて、うちの小学校でも屈指のモテ男子である。噂ではファンクラブもあるんだとか。でも女の子との接点は同級生というだけで、ろくに言葉を交わしたこともない。いわゆる高嶺の花男くんというやつであった。

 よもやの王子さまの登場に、すっかり舞いあがった女の子――音苗和香(おとなえわか)はしどろもどろ。それでも「あ、ありがとう」と、どもりながらどうにか礼を述べる。
 ともすれば失礼な態度であったのにもかかわらず、「間に合ってよかったよ」と玲央はにこり、爽やかな笑み。
 玲央によれば、たまたまランニング中に見かけたところ、和香の様子がおかしかったので心配になり追いかけてきたのだという。
 おかげで和香は助かったのだけれども、別の意味でずっとドキドキしっ放しである。
 そんな和香をいぶかしむこともなく、「それじゃあ、また学校で」と玲央は颯爽と去っていった。
 タッタッタッと軽快に駆けていく。
 風となり、あっという間に遠ざかっていく王子さま。地元のバスケチームのエースは足も速い。
 その背を見送り「古峰くん……」とつぶやいた和香は、まだポーっとしている。
 ハチはいつの間にかいなくなっていた。

  ◇

 自宅へと向かう道すがら。
 あらためてさっきのことを思い出して、和香は赤面する。

「うぅ、イケメンにうしろから抱きしめられるとか、少女マンガのヒロインかよ!」

 乙女ならば誰もが憧れる……かもしれないシチュエーション。
 とはいえ、アレはあくまで人助け。
 それを運命だなんぞと勘ちがいしてのぼせあがるほど、和香は頭がお花畑ではない。

「にしても驚いちゃった。う~、本当に心臓が止まるかとおもったよ。まだこんなにドキドキしてる」

 そっと自分の胸に手を当ててみる。
 ハチに追いかけられ、石段から落ちかけ、王子さまにうしろからギュッとされて……と、トリプルパンチ。
 このドキドキも無理からぬこと。
 なのだけれども――

「あ、あれ? ちょっとヘン、胸が……苦しいかも。それに息もなんだか……ハァハァ」

 心臓の鼓動は鎮まるどころか、むしろ激しくなる一方であった。
 それにともない胸の奥がギュッ、締めつけられるかのような痛みに襲われる。
 ドキドキがズキズキへと変わった。
 体中がカッカッと火照る。
 あ、熱い……まるで血が沸いているかのよう。うまく呼吸ができない。どっと冷たい汗まで噴いてきた。
 和香はたまらずしゃがみそうになるのを懸命にこらえる。
 いったん座ってしまったら、ちょっと立ちあがれそうにない。
 自宅まではあとちょっと、どうにかガマンをして前へと進む。

 玄関へ辿りついたところで、和香はついに限界を迎えた。
 ストンとへたり込んだところで視界が暗転する。
 かとおもったら、すぐに戻った。

(……あれ? てっきり気を失うのかとおもったのに)

 ばかりか、あれほど苦しかったのが嘘のようにケロリとしている。

(急に治っちゃった。いったい何だったんだろう? もしかして心臓の病気とか……。お母さんに言って、一度病院で診てもらったほうがいいのかなぁ)

 和香は不安を抱えつつ立ち上がろうとするも、そこでようやく自分の身に起きている異変に気がついた。
 ずいぶん視点が低い。
 まるで這っているかのよう。
 床に触れると、ぷにっ?
 えも言われぬ感触に驚き、おもわず自分の手を見てみたら毛むくじゃらにて「んんん?」
 視界の隅では黒い線が数本、ヒョコヒョコしている。
 そして何気なく玄関の下駄箱に備え付けられている鏡にて、己の姿を確認にして――

「にゃんにゃにゃーっ! (なんじゃこりゃーっ!)」

 鏡の中には一匹のネコがいた。


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