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037 由羅
しおりを挟む上弦の月の夜のこと。
庭園に面した縁側にどっかと胡坐をかき、人の姿で一杯ひっかけていたのは御所さま。
チビチビ手酌でやりながら、目を通していたのは地方紙と市の広報誌。
和香の記事が載っているというので取り寄せた。
御所さまの正体は歳経た猫又ゆえに夜目が利く、月明かりだけでも充分に文字が読める。
「くくく、にしてもこの前のネコさらいどものことといい、今回の不法投棄の件といい、どうやらあの子は奇縁をたぐり寄せる性質(たち)みたいだねえ」
猫又としてはまだまだ半人前で頼りない。
尻尾だってまだ分かれていない。
不肖の弟子だ。
が、それもまた一興にて。
才豊かで、物覚えのいい子は手間がかからないけど、いささか面白味にかける。
その点、和香はいい子だけど、お世辞にも優れているとは言えない。他人の倍がんばっても、ようやく一人前に届くかどうかだろう。
でもだからこそ育てがいがあるというもの。
「……それに、ポンコツ弟子と決めつけるのはいささか早計か。残りの能力次第では大化けしかねんからなぁ」
先祖返りにより猫又となった和香。
得た能力は三つ。うち二つは『ネコに変身する』『動物たちと話せる』というもの。
だが第三の能力は、いまだ覚醒しておらずナゾのまま。
御所さまの慧眼をもってしても見抜けなかった。
じつは、こんなことはかつてなかったこと。
「私の鑑定眼をもってしても見抜けない力……。はてさて、吉と出るか凶と出るか」
どう転ぶか御所さまにもわからない。
もっとも御所さまはいまの状況を楽しんでいる。伊達に長生きはしていないのだ。
しかし一方でソワソワしていたのが本家の者たちである。
和香の成長いかんによっては、後継争いに絡んでくるからだ。
先祖返りにて覚醒した者は、次期当主の継承権を得る。
それが音苗一族の掟。
もしも同世代に先祖返りした者が複数いれば、その中からより優れた者が選ばれる。
現当主は優秀な男だがふつうの人間だ。でもその娘が先祖返りにて、順当にいけばこの子が次期当主になるかとおもわれた矢先のこと。
分家の中でも最大の派閥を持つ家に先祖返りがあらわれた。
こちらも娘にて、よりにもよってふたりは同い年ときたものだ。
つねに周囲から比べられて育つうちに、気づけば「自分こそが次期当主にふさわしい」との自負を抱き、互いを強く意識するライバルとなっていた。
表向きは平穏を装いつつも、水面下では本家と分家がバチバチに対立しているところへ、よもやの三人目、おもわぬダークホースが登場?
これでは気がそぞろとなってもしょうがない。
ゆえに和香はずっと本家の者たちや一族の関係者らから遠巻きにされ、観察されていたのであった。
うとまれていたわけではない。
警戒されて、様子見をされていたのである。
そんなことは御所さまは百も承知であった。
その上であえて放置している。
君臨すれども統治はせず、これをモットーとしている御所さまは、後継争いに口を挟むつもりは毛頭ない、静観の構えである。御所さまとすれば、「いまの事は若いもんにまかせる」とのスタンスにて。
「もっとも和香の性格からして、たとえ凄い能力に目覚めても、当主の座なんて望まないだろうけどねえ。
それよりも気になるのが今回の一件、発端となった紅葉路のアレのことだ。
和香の話ではのびてきた無数の白い手たちによって、強引に紅葉路へと引きずり込まれたって言ってたけど」
思案顔の御所さまは、カラになった杯に酒をつごうとするも――ズキッ。
顔をしかめたのは、左目のところにある向こう傷がうずいたから。
幻覚だ。本当の痛みじゃない。
古傷にて、よほど自分のことを恨んでいるのか、あれからかれこれ百年以上も経つというのに、いっこうに薄れる気配がない。
「もしや虫の知らせか? まさか由羅(ゆら)が関わっているとでもいうのかい……いや、まさかね。さすがにそれはありえない。とはいえ、念のために奴を封印した塚を確認しておくとしようか」
由羅――
それは音苗一族にとって、口にするのもはばかれる忌み名。
かつて一族を裏切り、祟りネコへと堕ち、御所さまに叛旗をひるがえした者。
血と乱を好む邪悪な性質にて、激闘の果てに御所さまに破れて肉体を失ったものの、邪悪な魂は消滅せず。現世を彷徨っては禍をまき散らし続けたもので、ついには魂を塚へと封印されたのが百と十三年ほど前のこと。
塚はいまなお警護役たちにより、厳重な監視下に置かれている。
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