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第5話 おっさん、公都を想う
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――中央ゴレムス暦1582年5月28日 ホレスター上空
1匹の飛龍が天空を駆ける。
飛龍旅客便の龍騎手のトマスは1人の客を乗せて大空を飛翔していた。
まだまだ未開な場所が多く、街道すら整備されていない土地が世界に溢れている。
そのため、運輸は専ら海と空の役目だ。
アド牽引乗合車や荷車はあれど、基本的にアドか走竜など移動手段が少ない上、大きな河川が通行の妨げになる陸を行くのはどうしても時間が掛かる。次いで海、最も速いのは空であろう。
トマスは自分が空の仕事に携われることを誇りとしていた。小さな頃から天高く広がる青空に憧れ続けてきた結果、今の彼があるのだ。人間が使役できるとは言え、飛龍は誰もが乗りこなせる訳ではない。飛龍を御せる強靭な精神力、相性、好かれる才能などの様々な要素が絡んでくる。また、一歩間違えば人間を害することができる魔獣を操るのだから、免許を取るには人柄から犯罪歴など対象者の全てが徹底的に洗われる。
トマスは若くして夢を叶えた果報者であった。もちろんそれは彼の努力の賜物である。飛龍を操ると言うのはそれほど大変なのだ。
空路が利用されるのには他にも訳がある。
陸には盗賊が、海には海賊が出没し安全な輸送の妨げになっていた。
各都市には護衛のための傭兵が存在しているが、どうしても規模の小さい村などの往復は人が集まらないため、お金が割高になってしまう。
輸送量で言えば、海、陸、空の順で多くなるが、空の利点はやはり速くて安全と言うのが挙げられる。一応、空賊も存在するものの、それほど多くはない。
主力が飛龍であるため、襲われても逃げ切れるか、攻撃自体を受けないことの方が多いからだ。飛龍に限らず、龍種などの飛行生物は魔力を使って空を飛んでいる。翼はあるが、別にそれを使って飛んでいる訳ではないのだ。あれほどの巨体を誇る生物が翼だけで自重を支えて飛べる訳がない。
トマスはレストリーム都市国家連合の加盟都市トルナドの飛龍旅客便組合に所属しており、日々空を舞う生活を送っている。飛龍の運用はかつては軍のみが行っていたが、民間ではそれほど成功例はない。トルナドの飛龍旅客便組合の長である、ナダル・パックマンは数少ない成功者の1人であった。
「うわぁぁぁ! 綺麗……」
眼下に広がる壮大な景色に乗客のレガシーは目を大きく見開いて感動に胸を震わせていた。現在地は都市国家トルナドから1時間ほど飛んだホレスター上空である。ちなみにホレスターもレストリームを形成する都市国家の1つだ。
「お客さん、上から見下ろす景色は綺麗だろ?」
「見下すのは気持ちが良いわね! まるで人がゴミのようだわ!」
「ゴミって……他にも例えようが……」
ドン引きしているトマスの様子に一向に気にすることなく、レガシーはキャッキャとはしゃいでいた。
トマスが操る飛龍の左方向を亜龍の群れが飛行している。
亜龍はあくまで龍の亜種であり、龍ではない。
それに飛行能力も劣る。
「ありゃ亜龍だな。5匹いるけど襲ってこないから安心しててよ。こっちの方が速いしね」
「うん!! 亜龍より、ずっと速い!!」
こいつ結構ヤベー奴だなとこっそり思いながらもトマスは目的地、アウレアを目指すのであった。
◆ ◆ ◆
――アウレア大公国 公都アウレア
アウレア大公国の大公、ホラリフェオ・エクス・アウレアウスはかつてのアウレア公国時代から数えて第26代目の為政者である。
彼は歴史ある白亜の巨城の一室から外を眺めていた。
「アルデ将軍は上手くやってくれているかのう……?」
「かの御仁ならば、必ずや大公国に利をもたらしてくれましょう」
隣に控えるのは側近の秘書官である。アウレア国内のどこにでもいる、事なかれ主義で流されやすい思考能力の欠如した、ごくごく普通の人間である。
「そうだな。誇りある我が国がいつまでも大国の間で右往左往するべきではない。必ずや、かつての領土を取り戻し、歴史を奪った者共に借りを返さねばならん」
大陸で長い歴史を持つアウレア大公国であったが、中央ゴレムス暦1509年に勃発した〈狂騒戦争〉に敗北して領土と歴史と誇りを失った。9年も続いた戦争は公都のアウレアを荒廃させ、敗戦により国民たちから何もかもを奪い去ってしまった。財産や活力、思想、そして思考能力さえも。
現在のアウレア大公国の支配が及ぶ地域は、アウレアを含む3大都市とそれに属する村々、後は貴族諸侯が統治する中小規模の都市のみである。
航海術の発達で遠方国家との交易が盛んになり、国土は小さいものの、アウレア大公国は急速に発展し、国力を回復させていった。
水深が深く巨大船舶も停泊可能。地理的にも貿易上良い場所に位置している。
沿岸部に公都アウレアがあったお陰である。
とは言え、世界の多くの国を撒き込んだ大戦での敗北で国力を失い、首に枷を付けられたのが現状のアウレア大公国である。
近年では念願の軍備の増強も進みつつあるがまだまだ強国とは言えない。
「父上、こちらでしたか……」
ホラリフェオは静かに開かれた扉の方へ目を向ける。
入って来たのは第1公女のシルフィーナであった。
今年で20歳になる凛々しい顔立ちをした女性である。
その青みがかった銀髪が美しい。軍制改革にも積極的に携わっており、そこいらのお姫様とは一線を画す存在として認知されている。
「ふむ。どうしたのだ? シルフィ?」
「いえ、戦いに向かわれた方々の安否が気になりまして……」
「特に報せはない。何もな」
「不安なのです。戦場へ向かわれたアルデ将軍たちだけでなく、この大公国の行く末が……」
「報せがないのが良い報せと言うだろう? 心配することはない。我が国はレストリーム都市国家連合と同盟を結んでいるし、何も憂いはない」
ホラリフェオが断言したことでシルフィーナは口を閉ざした。
かつて『旭日の不死鳥』と呼ばれたアウレア大公国の者たちは夢を見る。
◆ ◆ ◆
――バルト王国 王城
「なるほど。アウレアの馬鹿共に知らせてやれそうだな。代償は大きいとな」
薄暗い部屋の中で、詰襟の軍服のような衣装の上から赤い重厚なマントを羽織っている男がいた。彼は柔らかそうなソファーに深く身を沈めて不敵な笑みを浮かべていて目を通した手紙をテーブルの上に放り投げる。
「ブラントゥ卿もタイミング良く面白い案を出してきたものです」
傍らに控えるのは、バルト王国の宰相であるカルケーヌ侯爵である。
その顔は野心で満ちていた。薄暗い部屋だが、近くに灯された蝋燭の火に照らされギラギラとした目が怪しく輝いている。
「密偵の話ではアウレアは空なのだな?」
「はい。公都にはいても五○○程度かと。後は各地に散らばっており終結には時間が掛かりましょう。それに大都市のネスタトはほぼ調略済みです」
ネスタトはアウレア大公国の北にある都市である。穀倉地帯が広がっており、食糧の多くを輸入に頼っているものの、実質アウレアの食糧庫である。更に北には鬼哭関が存在しており、これはバルト王国の侵攻を防ぐための鉄壁の異名を持つ頑強な砦である。
「ラグナリオン王国は、我が国とガヴァリム帝國に挟まれて動けぬ。アウレアの主力はヘリオン平原にあり、首都は空っぽ……か」
「ブラントゥ卿自身は第3軍団を編成してヘリアラル砦におりますが、自領からは二○○○ほど出せると申しております。それに部隊は、かの炎帝グラケーノに率いさせるつもりのようです」
「はッ……炎帝を仕えさせるとはブラントゥ卿も大したものではないか」
炎帝グラケーノ――傭兵として『煉獄の戦団』を率いて各地を転戦し、味方した国、勢力を悉く勝利に導いてきたと言う人物である。
「しかし、あの鬼哭関は落とせるのか?」
「ネスタトを使えば、押し通れましょう」
「まぁやっても我が国の損にはならんしな。ブラントゥ卿の力が落ちるだけだしアウレアが内乱状態になるだけだ。成功すれば、我が国はまだこれほどの余裕があると見せつけることもできよう」
「それではネスタトに渡りをつけましょう」
「ああ、渡りをつけているのは別の貴族だったな。ちゃんと連携させることだ。ああ、それと私の直轄軍からも兵を出す。1人勝ちさせる訳にもいかん」
男はそう申し付けると、グラスに注がれたワインを一気に呷った。
宰相のカルケーヌ侯爵は、黙礼をすると静かに部屋を後にする。
「アウレアは宝よ。取れば大きな国力となろう。そして我が国も列強に名乗りを上げるのだ……。ふはははははッ」
部屋の主――バルト王国国王、トゥルン・ノエラウル・バルトルトはそう言って顔を歪めるのであった。
1匹の飛龍が天空を駆ける。
飛龍旅客便の龍騎手のトマスは1人の客を乗せて大空を飛翔していた。
まだまだ未開な場所が多く、街道すら整備されていない土地が世界に溢れている。
そのため、運輸は専ら海と空の役目だ。
アド牽引乗合車や荷車はあれど、基本的にアドか走竜など移動手段が少ない上、大きな河川が通行の妨げになる陸を行くのはどうしても時間が掛かる。次いで海、最も速いのは空であろう。
トマスは自分が空の仕事に携われることを誇りとしていた。小さな頃から天高く広がる青空に憧れ続けてきた結果、今の彼があるのだ。人間が使役できるとは言え、飛龍は誰もが乗りこなせる訳ではない。飛龍を御せる強靭な精神力、相性、好かれる才能などの様々な要素が絡んでくる。また、一歩間違えば人間を害することができる魔獣を操るのだから、免許を取るには人柄から犯罪歴など対象者の全てが徹底的に洗われる。
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空路が利用されるのには他にも訳がある。
陸には盗賊が、海には海賊が出没し安全な輸送の妨げになっていた。
各都市には護衛のための傭兵が存在しているが、どうしても規模の小さい村などの往復は人が集まらないため、お金が割高になってしまう。
輸送量で言えば、海、陸、空の順で多くなるが、空の利点はやはり速くて安全と言うのが挙げられる。一応、空賊も存在するものの、それほど多くはない。
主力が飛龍であるため、襲われても逃げ切れるか、攻撃自体を受けないことの方が多いからだ。飛龍に限らず、龍種などの飛行生物は魔力を使って空を飛んでいる。翼はあるが、別にそれを使って飛んでいる訳ではないのだ。あれほどの巨体を誇る生物が翼だけで自重を支えて飛べる訳がない。
トマスはレストリーム都市国家連合の加盟都市トルナドの飛龍旅客便組合に所属しており、日々空を舞う生活を送っている。飛龍の運用はかつては軍のみが行っていたが、民間ではそれほど成功例はない。トルナドの飛龍旅客便組合の長である、ナダル・パックマンは数少ない成功者の1人であった。
「うわぁぁぁ! 綺麗……」
眼下に広がる壮大な景色に乗客のレガシーは目を大きく見開いて感動に胸を震わせていた。現在地は都市国家トルナドから1時間ほど飛んだホレスター上空である。ちなみにホレスターもレストリームを形成する都市国家の1つだ。
「お客さん、上から見下ろす景色は綺麗だろ?」
「見下すのは気持ちが良いわね! まるで人がゴミのようだわ!」
「ゴミって……他にも例えようが……」
ドン引きしているトマスの様子に一向に気にすることなく、レガシーはキャッキャとはしゃいでいた。
トマスが操る飛龍の左方向を亜龍の群れが飛行している。
亜龍はあくまで龍の亜種であり、龍ではない。
それに飛行能力も劣る。
「ありゃ亜龍だな。5匹いるけど襲ってこないから安心しててよ。こっちの方が速いしね」
「うん!! 亜龍より、ずっと速い!!」
こいつ結構ヤベー奴だなとこっそり思いながらもトマスは目的地、アウレアを目指すのであった。
◆ ◆ ◆
――アウレア大公国 公都アウレア
アウレア大公国の大公、ホラリフェオ・エクス・アウレアウスはかつてのアウレア公国時代から数えて第26代目の為政者である。
彼は歴史ある白亜の巨城の一室から外を眺めていた。
「アルデ将軍は上手くやってくれているかのう……?」
「かの御仁ならば、必ずや大公国に利をもたらしてくれましょう」
隣に控えるのは側近の秘書官である。アウレア国内のどこにでもいる、事なかれ主義で流されやすい思考能力の欠如した、ごくごく普通の人間である。
「そうだな。誇りある我が国がいつまでも大国の間で右往左往するべきではない。必ずや、かつての領土を取り戻し、歴史を奪った者共に借りを返さねばならん」
大陸で長い歴史を持つアウレア大公国であったが、中央ゴレムス暦1509年に勃発した〈狂騒戦争〉に敗北して領土と歴史と誇りを失った。9年も続いた戦争は公都のアウレアを荒廃させ、敗戦により国民たちから何もかもを奪い去ってしまった。財産や活力、思想、そして思考能力さえも。
現在のアウレア大公国の支配が及ぶ地域は、アウレアを含む3大都市とそれに属する村々、後は貴族諸侯が統治する中小規模の都市のみである。
航海術の発達で遠方国家との交易が盛んになり、国土は小さいものの、アウレア大公国は急速に発展し、国力を回復させていった。
水深が深く巨大船舶も停泊可能。地理的にも貿易上良い場所に位置している。
沿岸部に公都アウレアがあったお陰である。
とは言え、世界の多くの国を撒き込んだ大戦での敗北で国力を失い、首に枷を付けられたのが現状のアウレア大公国である。
近年では念願の軍備の増強も進みつつあるがまだまだ強国とは言えない。
「父上、こちらでしたか……」
ホラリフェオは静かに開かれた扉の方へ目を向ける。
入って来たのは第1公女のシルフィーナであった。
今年で20歳になる凛々しい顔立ちをした女性である。
その青みがかった銀髪が美しい。軍制改革にも積極的に携わっており、そこいらのお姫様とは一線を画す存在として認知されている。
「ふむ。どうしたのだ? シルフィ?」
「いえ、戦いに向かわれた方々の安否が気になりまして……」
「特に報せはない。何もな」
「不安なのです。戦場へ向かわれたアルデ将軍たちだけでなく、この大公国の行く末が……」
「報せがないのが良い報せと言うだろう? 心配することはない。我が国はレストリーム都市国家連合と同盟を結んでいるし、何も憂いはない」
ホラリフェオが断言したことでシルフィーナは口を閉ざした。
かつて『旭日の不死鳥』と呼ばれたアウレア大公国の者たちは夢を見る。
◆ ◆ ◆
――バルト王国 王城
「なるほど。アウレアの馬鹿共に知らせてやれそうだな。代償は大きいとな」
薄暗い部屋の中で、詰襟の軍服のような衣装の上から赤い重厚なマントを羽織っている男がいた。彼は柔らかそうなソファーに深く身を沈めて不敵な笑みを浮かべていて目を通した手紙をテーブルの上に放り投げる。
「ブラントゥ卿もタイミング良く面白い案を出してきたものです」
傍らに控えるのは、バルト王国の宰相であるカルケーヌ侯爵である。
その顔は野心で満ちていた。薄暗い部屋だが、近くに灯された蝋燭の火に照らされギラギラとした目が怪しく輝いている。
「密偵の話ではアウレアは空なのだな?」
「はい。公都にはいても五○○程度かと。後は各地に散らばっており終結には時間が掛かりましょう。それに大都市のネスタトはほぼ調略済みです」
ネスタトはアウレア大公国の北にある都市である。穀倉地帯が広がっており、食糧の多くを輸入に頼っているものの、実質アウレアの食糧庫である。更に北には鬼哭関が存在しており、これはバルト王国の侵攻を防ぐための鉄壁の異名を持つ頑強な砦である。
「ラグナリオン王国は、我が国とガヴァリム帝國に挟まれて動けぬ。アウレアの主力はヘリオン平原にあり、首都は空っぽ……か」
「ブラントゥ卿自身は第3軍団を編成してヘリアラル砦におりますが、自領からは二○○○ほど出せると申しております。それに部隊は、かの炎帝グラケーノに率いさせるつもりのようです」
「はッ……炎帝を仕えさせるとはブラントゥ卿も大したものではないか」
炎帝グラケーノ――傭兵として『煉獄の戦団』を率いて各地を転戦し、味方した国、勢力を悉く勝利に導いてきたと言う人物である。
「しかし、あの鬼哭関は落とせるのか?」
「ネスタトを使えば、押し通れましょう」
「まぁやっても我が国の損にはならんしな。ブラントゥ卿の力が落ちるだけだしアウレアが内乱状態になるだけだ。成功すれば、我が国はまだこれほどの余裕があると見せつけることもできよう」
「それではネスタトに渡りをつけましょう」
「ああ、渡りをつけているのは別の貴族だったな。ちゃんと連携させることだ。ああ、それと私の直轄軍からも兵を出す。1人勝ちさせる訳にもいかん」
男はそう申し付けると、グラスに注がれたワインを一気に呷った。
宰相のカルケーヌ侯爵は、黙礼をすると静かに部屋を後にする。
「アウレアは宝よ。取れば大きな国力となろう。そして我が国も列強に名乗りを上げるのだ……。ふはははははッ」
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