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第21話 エストレア事変
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――中央ゴレムス暦1582年6月21日 5時
門前街 エストレア
夜明け前の空が白み始める頃だ。
暗い静寂の中を鎧の音がゆく。
どうやらどこかの兵士が隊列を組んで行軍しているようだ。
お互いの鎧がぶつかる音がしてガチャガチャと騒がしい。
その音で目を覚ました街の住民がこっそりと扉を開けて通りの様子を窺う。
まだ暗いが目が慣れてくると数えきれないほど多くの兵士たちがひしめき合っていた。男はそれを見て思わず息を呑む。ゴクリと生唾を飲み込む音が彼らに聞こえたのではないかと不安になりながらも、どうやら住民を襲うつもりはないようだと判断した男は静かに扉を閉めて横になった。
何が起こっているかは分からない。
だが、関わり合いにならない方が良いことだけは理解できた。
※※※
ホラリフェオは蒸し暑さのあまり目を覚ましていた。
窓の外はまだ暗いが、心なしか東の方向が明るく見える。
そろそろ空が白み始める時間帯だ。
ちょうど良い頃合いなので廊下に控えているはずのモリランに声を掛ける。
「誰かある!」
「はッ!」
直ぐ返ってきた言葉に安堵しながらホラリフェオは脱出の指示を出した。
幸いなことに就寝中に襲われることはなかった。
まさか門前街のエストレアに泊まるとは思っても見なかったのだろう。
それともただ運が良かっただけかも知れない。
それだけではない。
配下の兵士たち五○ほどがここに落ちのびて来たのだ。
誰も彼も偶然エストレアに流れ着いたようである。
ホラリフェオは身軽に動くためとアドの負担を考えて重いローブは身に付けずゆったりとした軽装でアウレアス城まで落ちのびるつもりであった。
最悪1人になっても逃げ切るつもりである。
強国復古のためにこんなところで死んでいる場合ではない。
やるべきことはまだまだあるのだ。
すぐに聖剣レイングランドのみを腰に佩き部屋の外に出ようとした時、廊下から声を掛けられた。
「陛下、外の様子が変です。騒がしく何者かが集まっている様子でございます」
「何ッ!?」
「敵軍に四方を囲まれております」
「いかなる者の企みぞ」
「オゥル伯爵の旗印のようです」
兵士の怪訝な言葉にホラリフェオはすぐさま身の危険を弾き出した。
「(何故バレた? 包囲されたか?)」
すぐに部屋を飛び出して寺院の庭園から塀の外を見やる。
そこには幾つもの旗印が翻っていた。
ちょうど空が白み始めたのだ。
「あれは……やはりオゥル卿かッ!」
ネスタト領主のオゥル伯爵がバルト王国に寝返ったのだ。
怒りのあまり飛び出していって頭を叩き割ってやりたい衝動に駆られるが、そんなことをすれば討ち死には必至である。何しろこちらは護衛兵が5人と合流した五○しかいないのだ。
ホラリフェオは報告に来た兵士を連れて厩舎の方へと走った。
そこには準備を進めるモリランやノルレオたち近習の姿。
「ソルレオはどうした?」
「陛下、それが見当たりません……」
「ノルレオか、分からんのか? 探している余裕はないし、脱出は無理やも知れん。とにかく全員を集めよ」
「はッ……畏まりました……」
寺院内では外の異変に気付いたのか、僧兵たちが慌ただしく走りまわっている。
ホラリフェオはその中の1人に声を掛ける
「これは大公陛下、外が騒がしいようですな」
「ああ、不心得者がイーグ狩に来たようだ。私を得物風情と考える者に神罰をくだしてくれん。ところでコープル殿に会いたい。すぐにだ」
「畏まってこざいます。どうぞこちらへ」
※※※
時間が惜しい中、エストレアの大司教コープルは寺院本堂にいたらしく、すぐに捉まった。
「すまぬが挨拶は抜きにさせて頂こう。ここから脱出したい。僧兵の力を貸してくれぬか?」
「アウレアウス大公陛下……外の様子はお聞きしましたかな?」
「いや、どれだけいるか分かったのか?」
「報告によれば二、三○○○はいるかと。ここは包囲されておるようです」
「分かった。今後、エストレアの税を免除しよう」
ホラリフェオはコープルが何かの権利を寄越すように言外に要求しているのだと判断したのである。
対するコープルは何も答えない。
「仕方あるまい。エストア教の国教化を認める」
「我々は宗教法人化され、法に縛られております。陛下のお言葉とは言えすぐには決められませぬ」
「(こやつッ……中立に見せかけて敵方へついたかッ!)」
コープルからは余裕が感じられる。
その表情は厳しいものだが、とんだ食わせ者だ。
ホラリフェオは激しい怒りに苛まれながらも何とか落ち着きを保って交渉を続ける。
「緊急時だ。国家が滅びる瀬戸際なのだぞ?」
「法治国家の主とは思えぬ発言ですな」
「バルトは山岳信仰が中心の多神教国家だ。エストア教はウケが悪かろう」
「バルト? バルト王国の支配下に入ると言うことですかな? 外の軍勢は彼の国の軍であると?」
「(何だこの余裕は……!? まさかッ……馬鹿な……)」
ここに至ってホラリフェオは1つの可能性に行き当たった。
最悪な可能性。
ホラリフェオが死んでもバルトの支配下に入らない。
恐らくエストレアは既に密約を交わしている。
そしてそれの相手は同じ大公家。
その誰かによるクーデター。
「外の軍勢にはオゥル伯爵がいるようだ。仲介してくれぬか?」
「もちろんでございます。このような争いは不毛です。すぐに使者を出しましょう」
厚顔無恥とはこのことだろう。
いっそのこと、叩き斬ってしまいたいが、コープルを殺せば僧や僧兵たちが黙っているはずがない。最早、天元突破している怒りを抑えて最後の望みに託した。ホラリフェオの予想が当たっていれば、交渉など無意味に終わるだろうが、やらないよりは良い。コープルは神妙な顔付きでその要請を受けた。
※※※
仲介の使者はすげなく拒絶された。
モリランを同行させたのだが、応対したのはやはりオゥル卿であったようだ。
大公家に連なる者や他の直属の貴族たちの姿はなかったと言う。
「是非に及ばず……か」
「陛下ッここは我々がッ! 皆の者突撃だッ! 玉砕すれども陛下をお護りせよッ!」
モリランは兵たちを鼓舞した後、近習にも指示を出す。
「陛下はその隙に脱出を! 貴様らは陛下に付き従え!」
その時、喊声と共に敵兵が寺院内に雪崩れ込んできた。
脱出前に機先を制されたのだ。
「陛下ッ宿坊へ急いでくださいッ裏手からお逃げをッ!」
ホラリフェオはモリランに先導されて宿坊に向かった。
そこで食い止めている内に脱出しろと言う話だ。
「よし、宿坊で迎え撃つッ! 転進せよッ!」
呆けていたホラリフェオはモリランの言葉で気を持ち直し、大音声を発した。
※※※
宿坊からは火の手が上がっていた。
結局、脱出しようにも蟻の這い出る隙間もなかったのだ。
味方の兵は1人、また1人と倒れていった。
数十人を叩き切ったホラリフェオも右肩に傷を負い、流血している。
そして覚悟の刻が訪れる。
ホラリフェオは1人宿坊の寝所にいた。
既に魔法によって寝所周辺は紅蓮の炎に包まれている。
部屋には誰もいない。
考えていたのは生きてきた人生のこと。
思えば長いようで短い一生であった。
ひたすらアウレア大公国をかつての強国に立て直そうとする日々。
足掻き、この国の運命に抗った結果、良い方向へ流れつつあったと思っていた。
だが全ては無駄だったようだ。
ホラリフェオの口から最期の言葉が漏れる。
「人 間 五 十 年」
「下 天 の う ち を く ら ぶ れ ば」
「夢 幻 の 如 く な り」
ホラリフェオ・エクス・アウレアウスは、48年の波乱に満ちた生涯を閉じた。
門前街 エストレア
夜明け前の空が白み始める頃だ。
暗い静寂の中を鎧の音がゆく。
どうやらどこかの兵士が隊列を組んで行軍しているようだ。
お互いの鎧がぶつかる音がしてガチャガチャと騒がしい。
その音で目を覚ました街の住民がこっそりと扉を開けて通りの様子を窺う。
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何が起こっているかは分からない。
だが、関わり合いにならない方が良いことだけは理解できた。
※※※
ホラリフェオは蒸し暑さのあまり目を覚ましていた。
窓の外はまだ暗いが、心なしか東の方向が明るく見える。
そろそろ空が白み始める時間帯だ。
ちょうど良い頃合いなので廊下に控えているはずのモリランに声を掛ける。
「誰かある!」
「はッ!」
直ぐ返ってきた言葉に安堵しながらホラリフェオは脱出の指示を出した。
幸いなことに就寝中に襲われることはなかった。
まさか門前街のエストレアに泊まるとは思っても見なかったのだろう。
それともただ運が良かっただけかも知れない。
それだけではない。
配下の兵士たち五○ほどがここに落ちのびて来たのだ。
誰も彼も偶然エストレアに流れ着いたようである。
ホラリフェオは身軽に動くためとアドの負担を考えて重いローブは身に付けずゆったりとした軽装でアウレアス城まで落ちのびるつもりであった。
最悪1人になっても逃げ切るつもりである。
強国復古のためにこんなところで死んでいる場合ではない。
やるべきことはまだまだあるのだ。
すぐに聖剣レイングランドのみを腰に佩き部屋の外に出ようとした時、廊下から声を掛けられた。
「陛下、外の様子が変です。騒がしく何者かが集まっている様子でございます」
「何ッ!?」
「敵軍に四方を囲まれております」
「いかなる者の企みぞ」
「オゥル伯爵の旗印のようです」
兵士の怪訝な言葉にホラリフェオはすぐさま身の危険を弾き出した。
「(何故バレた? 包囲されたか?)」
すぐに部屋を飛び出して寺院の庭園から塀の外を見やる。
そこには幾つもの旗印が翻っていた。
ちょうど空が白み始めたのだ。
「あれは……やはりオゥル卿かッ!」
ネスタト領主のオゥル伯爵がバルト王国に寝返ったのだ。
怒りのあまり飛び出していって頭を叩き割ってやりたい衝動に駆られるが、そんなことをすれば討ち死には必至である。何しろこちらは護衛兵が5人と合流した五○しかいないのだ。
ホラリフェオは報告に来た兵士を連れて厩舎の方へと走った。
そこには準備を進めるモリランやノルレオたち近習の姿。
「ソルレオはどうした?」
「陛下、それが見当たりません……」
「ノルレオか、分からんのか? 探している余裕はないし、脱出は無理やも知れん。とにかく全員を集めよ」
「はッ……畏まりました……」
寺院内では外の異変に気付いたのか、僧兵たちが慌ただしく走りまわっている。
ホラリフェオはその中の1人に声を掛ける
「これは大公陛下、外が騒がしいようですな」
「ああ、不心得者がイーグ狩に来たようだ。私を得物風情と考える者に神罰をくだしてくれん。ところでコープル殿に会いたい。すぐにだ」
「畏まってこざいます。どうぞこちらへ」
※※※
時間が惜しい中、エストレアの大司教コープルは寺院本堂にいたらしく、すぐに捉まった。
「すまぬが挨拶は抜きにさせて頂こう。ここから脱出したい。僧兵の力を貸してくれぬか?」
「アウレアウス大公陛下……外の様子はお聞きしましたかな?」
「いや、どれだけいるか分かったのか?」
「報告によれば二、三○○○はいるかと。ここは包囲されておるようです」
「分かった。今後、エストレアの税を免除しよう」
ホラリフェオはコープルが何かの権利を寄越すように言外に要求しているのだと判断したのである。
対するコープルは何も答えない。
「仕方あるまい。エストア教の国教化を認める」
「我々は宗教法人化され、法に縛られております。陛下のお言葉とは言えすぐには決められませぬ」
「(こやつッ……中立に見せかけて敵方へついたかッ!)」
コープルからは余裕が感じられる。
その表情は厳しいものだが、とんだ食わせ者だ。
ホラリフェオは激しい怒りに苛まれながらも何とか落ち着きを保って交渉を続ける。
「緊急時だ。国家が滅びる瀬戸際なのだぞ?」
「法治国家の主とは思えぬ発言ですな」
「バルトは山岳信仰が中心の多神教国家だ。エストア教はウケが悪かろう」
「バルト? バルト王国の支配下に入ると言うことですかな? 外の軍勢は彼の国の軍であると?」
「(何だこの余裕は……!? まさかッ……馬鹿な……)」
ここに至ってホラリフェオは1つの可能性に行き当たった。
最悪な可能性。
ホラリフェオが死んでもバルトの支配下に入らない。
恐らくエストレアは既に密約を交わしている。
そしてそれの相手は同じ大公家。
その誰かによるクーデター。
「外の軍勢にはオゥル伯爵がいるようだ。仲介してくれぬか?」
「もちろんでございます。このような争いは不毛です。すぐに使者を出しましょう」
厚顔無恥とはこのことだろう。
いっそのこと、叩き斬ってしまいたいが、コープルを殺せば僧や僧兵たちが黙っているはずがない。最早、天元突破している怒りを抑えて最後の望みに託した。ホラリフェオの予想が当たっていれば、交渉など無意味に終わるだろうが、やらないよりは良い。コープルは神妙な顔付きでその要請を受けた。
※※※
仲介の使者はすげなく拒絶された。
モリランを同行させたのだが、応対したのはやはりオゥル卿であったようだ。
大公家に連なる者や他の直属の貴族たちの姿はなかったと言う。
「是非に及ばず……か」
「陛下ッここは我々がッ! 皆の者突撃だッ! 玉砕すれども陛下をお護りせよッ!」
モリランは兵たちを鼓舞した後、近習にも指示を出す。
「陛下はその隙に脱出を! 貴様らは陛下に付き従え!」
その時、喊声と共に敵兵が寺院内に雪崩れ込んできた。
脱出前に機先を制されたのだ。
「陛下ッ宿坊へ急いでくださいッ裏手からお逃げをッ!」
ホラリフェオはモリランに先導されて宿坊に向かった。
そこで食い止めている内に脱出しろと言う話だ。
「よし、宿坊で迎え撃つッ! 転進せよッ!」
呆けていたホラリフェオはモリランの言葉で気を持ち直し、大音声を発した。
※※※
宿坊からは火の手が上がっていた。
結局、脱出しようにも蟻の這い出る隙間もなかったのだ。
味方の兵は1人、また1人と倒れていった。
数十人を叩き切ったホラリフェオも右肩に傷を負い、流血している。
そして覚悟の刻が訪れる。
ホラリフェオは1人宿坊の寝所にいた。
既に魔法によって寝所周辺は紅蓮の炎に包まれている。
部屋には誰もいない。
考えていたのは生きてきた人生のこと。
思えば長いようで短い一生であった。
ひたすらアウレア大公国をかつての強国に立て直そうとする日々。
足掻き、この国の運命に抗った結果、良い方向へ流れつつあったと思っていた。
だが全ては無駄だったようだ。
ホラリフェオの口から最期の言葉が漏れる。
「人 間 五 十 年」
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