おっさん、軍神として降臨す!

波 七海

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第89話 第二次ヘルシア戦役 ②

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 ニワード伯爵はアルタイナ軍の奇襲にも負けず奮戦していた。

 既に陣形などないに等しい状態であった。
 完全な乱戦状態になり、ニワードも一般兵士に交じって剣を振るっている。

「踏みとどまれッ! 直にレーベ侯爵が戻るッ! さすれば勝機は我らにありッ!」

 レーベ侯爵はレーベテインに名を連ねる者と言う以外にも英雄の血を引いており、聖剣テインコールを扱うことができる。聖剣の性能も相まってレーベ侯爵の武力は桁違いなのである。
 侯爵が来たれば戦況は覆る。
 そんな思いがニワード伯爵にはあった。

「ヒャア……敵大将だァ……一番槍頂いたァ!」
「小癪な小僧が粋がるなッ!」

 ニワード伯爵は突いてきた槍を弾くとアルタイナ兵の頭を叩き割る。
 腐っても元アウレア三将の1人である。
 その顔には鬼気迫るものがあった。

 まだ、周囲にはアウレア兵が何人もいる。
 ニワード伯爵はまだまだ勝機があることを感じ取っていた。

 その時、大きな爆音が響いた。
 辺りの喚声が更に大きくなる。
 何人もが炎弾や熱閃に焼かれて火だるまになったり体の一部を焼き切られたりしている。

「魔術など時代遅れの骨董品だッ! 放つ前に斬れッ!」

 ニワード伯爵が吠える。

 そうなのだ。
 アルタイナが強力な魔術先進国でありながら列強国に負け続けたのは、魔術の発動時間の長さにあった。魔術は【個技ファンタジスタ】ではない。現代の戦いではそれほど通用しなくなっていた。例外があるとすれば、クリスが使えるような【個技ファンタジスタ】のであり、その発動は一瞬である。

 大魔術を使える者が少なくなったと言うこともあり、魔術使いの価値は下がっていった。しかし使いどころはまだある。アルタイナは魔術に執着し、最新兵器の導入が遅れていた。

 今回は完全な奇襲であったので魔術が有効的に働いたのであった。

 ニワード伯爵の左肩に鋭い痛みが走る。
 慌ててそちらを見ると、してやったりと言う顔をしたアルタイナ兵が剣でニワード伯爵の肩を突き刺していた。

「卑怯なアルタイナ人は引っ込んでおれッ!」

 滴る血をものともせず、ニワード伯爵は肩を横手に振って剣を抜くと、アルタイナ兵の首を掻き斬った。

 そこへアウレア兵が駆け付ける。

「コルト男爵討ち死になさいましたッ! デスラー子爵もお姿が見えませぬッ!」

 その訃報にニワード伯爵は近くにいたアルタイナ兵を力任せに斬り伏せると苦々しい声で叫んだ。

「皆の者ッ大手門から脱出するぞッ! そこからヘルン南城門へ向かえッ!」

 喊声の中でも良く通る大音声がアウレア兵に伝播していく。
 最早、満身創痍になりながらジリジリと撤退し始めるアウレア大公国軍。
 そこへまた別の大音声が響き渡った。

「我こそはラグナロク・ド・レーベ! 死にたい奴は掛かって来いッ! アウレア兵は裏手門から脱出せよッ!」

 その言葉に大きく湧きたったのはアルタイナ兵であった。
 他国にも知れ渡っているレーベテインに連なる者の名前だ。
 その首の価値は計り知れない。

 同時にアウレア兵たちの心にも勇気が宿る。

 大手門からはアルタイナ兵が今尚、侵入してきている。
 レーベ侯爵は大手門からの撤退は無謀と見て脱出経路を変更したのだ。

「(侯爵自ら、殿を務めるつもりか!? 彼の武力なら可能か!?)」

 ニワード伯爵は勢いを取り戻した味方の兵の中で逡巡する。
 撤退を指示しながらアドを集めさせていたニワード伯爵は、レーベ侯爵の背後を脅かす敵を叩くために踏みとどまることに決める。

「残敵を掃討しろッ! 侯爵閣下の背後を護れッ! 脱出口までの道を確保するのだッ!」

 混乱から立ち直ったアウレア兵たちはレーベ侯爵とニワード伯爵の言葉に湧き立った。特に聖剣を持つレーベ侯爵の武力を知る者たちは多く、大いに士気が上がる。

 闇夜に両軍の喊声が響く。
 勝負はまだ分からない。



 ◆ ◆ ◆



 周囲の天幕、兵舎から火の手があがっている。

 ネルトマー少佐が覚醒した時には既にアルタイナ軍が練兵所内に雪崩れ込んで来ていた。ここに天幕を建て、眠っていたアウレア兵たちは混乱の極致にあった。

「少佐、敵襲はアルタイナ軍のようです。直ちに指揮を」

 意外と冷静な口調でネルトマー少佐を起こしに来たのはアウレア軍部のとある三等兵であった。元は貴族の従僕である。

「全員を起こして回れ。陣形を敷く」

 天幕が練兵所の奥だったため、まだ余裕がある。
 ネルトマー少佐は思ったより冷静な自分を客観的に見ながら指示を出した。

 小気味よい返事をして去って行くアウレア兵が鐘を鳴らしながら天幕の間を駆けて行く。その音にアウレア兵たちは火縄銃を片手に天幕を飛び出した。
 どうやら練度は高いらしい。

 今までの戦いで鹵獲した銃火器を集めて鉄砲隊を組織、運用を始めたおっさんに指名されたのがネルトマー少佐である。元の貴族位は子爵であった。
 
 銃火器の使用に関しては無論、おっさんとて苦汁の決断をしている。
 現代日本から来たおっさんには、法を破り続けると言う感覚は心臓に悪い。
 いずれは大公、貴族院、民院の採決で銃火器保有禁止法を撤廃してみせると言う考えはもっている。ただ、悲しいかな、この戦国時代に完全な法治主義国家をつくるなど土台無理な話なのである。

 ――閑話休題

 ネルトマー少佐の号令は怒号が飛び交う中でも良く通る。
 すぐさま隊列を整えた鉄砲隊に彼は号令を下した。

「味方を巻き込むなッ! 照準は大手門だッ! 構えッ!」

 大手門はアルタイナ兵で溢れ返っている。
 退却するなら裏手門しかないとネルトマー少佐は判断したのだ。

「撃っってぇぇぇぇぇい!」

 ごうと数十丁の銃火器が一斉に火を吹く。

 アルタイナ兵たちは予想より早い反撃を喰らい混乱を始める。

「弾込めッ! 準備できた者から各自撃てッ!」

 ダダーンと散発的に音がしたかと思うと、またもやアルタイナ兵が大地に倒れ伏す。

「よし、突撃だ! 砲兵は次弾装填ッ!」

 ネルトマー少佐は発砲と突撃を繰り返しながら撤退を開始した。
 まるで機械のようにそれを繰り返していると、レーベ侯爵の大音声が聞こえてきた。彼も大手門からの脱出は無理だと悟ったらしい。

「少佐、侯爵閣下が……」
「言うな。閣下とて引き際くらいは分かっておいでだ。我々は敵兵を釣瓶撃ちにすればよい」

 そう言うとネルトマー少佐は不敵な笑みを浮かべたのであった。



 ◆ ◆ ◆



 レーベ侯爵はアドにまたがって聖剣を振りかざしていた。
 その一撃一撃に1人、また1人と命を散らせていくアルタイナ兵。

「(奇襲で旗色が悪い……しかしよくもたせたと言うべきか)」

「オラァ! 大将首頂きだァ!」

 威勢の良い掛け声と共に鋭い槍の一突きが繰り出される。
 しかしそんなものに後れをとるレーベ侯爵ではない。
 あっさり避けるとその首をはねる。

 そして周囲の敵兵を一瞬で薙ぎ払う。
 アド上からの攻撃とは思えない剣技であった。

「畜生! 囲んで撃て!」

 その声にアルタイナ軍の魔術士たちが一斉に火の閃光を放った。

「魔術なんぞにやられるものかよッ!」

 気合一閃、レーベ侯爵は聖剣テインコールで全ての熱線を斬り裂いた。
 そして余勢を駆ってアルタイナ軍の中に飛び込み斬って斬って斬りまくる。

「(少佐は脱出経路を確保している。俺の意図に気付いてくれたようだな……伯爵は俺の背後を護る気か。早く脱出しろよ。年なんだからよ)」

 などと毒づきながらも斬る手は止まらない。

 深夜の決戦は佳境を迎えていた。
 レーベ侯爵の強さにアルタイナ軍が二の足を踏むようになったと判断した彼は指示を出す。

「今だッ! 一気に抜けろッ! 退却だッ!」

 ネルトマー少佐は有能だ。
 しっかり殿しんがりを務めてくれるだろう。
 今も一斉射撃と騎兵突撃を繰り返しながらアルタイナ軍を翻弄している。

 アウレア兵たちは悔しそうな顔をしながらも裏手門から脱出を開始した。
 門からでて少し回廊を通り過ぎればヘルン市内の裏通りに出るはずである。

 アルタイナ兵を牽制しながら回廊を駆け抜ける。
 先頭はニワード伯爵、レーベ侯爵、最後にネルトマー少佐である。
 レーベ侯爵は他の貴族諸侯が見当たらないことに悔しさを滲ませるが、死んだとは限らないと自身に喝を入れてアドを飛ばす。

 その時、何発もの銃声が鳴り響いた。
 後方の殿の発砲ではない。
 至近距離からの発砲音だ。

 ゴシャッと言う音がして誰かが落馬する音が聞こえた。

「何事だッ!? 被害を確認せよッ!」

「あそこだッ! あそこに誰かいるぞッ!」

「侯爵閣下! 大変です!」

 棹立ちになったアドを鎮め辺りを見渡すと、暗闇の中を動く影が視界の隅に入る。
 レーベ侯爵たちには分からなかったが、それは夜陰にまぎれたヘルシア兵であった。イルヒの手の者が待ち伏せしていたのだ。その影は用は済んだとばかりにすぐさま行方をくらました。

 レーベ侯爵が松明を持った兵士の近くに行くと、そこには豪奢な鎧を纏ったニワード伯爵が落馬し大地にその体を横たえていた。

「ニワード卿!? ニワード卿ッ!!」

「閣下……無念……ア……ウレアを頼みましたぞ……」

 こうしてニワード伯爵は呆気なく凶弾に倒れた。
 レーベ侯爵は後ろから次々と退却してくる仲間たちの流れを止めることは全員の生命に関わると判断しすぐに撤退を開始。
 半島南端のヘルニアンまで一気に退却し軍船によりヘルシア半島を離れた。

 ここに第二次ヘルシア戦役起こる。

 2度目のヘルシア出兵はニワード伯爵を始めとした多くの貴族諸侯が犠牲となった。

 今回の戦はアウレア大公国にとって手痛い敗戦となったのである。

 それはおっさんにとっても同じ痛恨の敗北であった。
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