彼はやっぱり気づかない!

水場奨

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8話 side……

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サリス様が消えてひと月経った。

その間に橋が直され船が出るようになり、向こう街と繋がった。ミリナ達の言う通りならばサリス様がこの川を浄化したことになる。
急に浄化された川を巡って、役人達が調査をしに多数渡ってきているのだ。
旦那様も帰ってきて、流されたサリス様を探すことになったのだが。

「もうよいのではありませんか?これだけ探して見つからないのです。きっとあの子はもう……」
ジュリア様はそう言っては川の捜索をやめさせようとするのだ。

金がかかるからな。

そして、俺らもはじめて知ったことがある。

「お前達の指導はもうできん。今まではサリスフィーナ様が指導料を払ってくれていたのだ。面倒をみろと言われていたからお前たちを鍛えてやれたのだ。お前達に大金貨を2枚、毎月払えるとは思えんし、この家の他の方がお前達のために施しをするとは思えん」

さらに言えば、無料で今まで通り僕らを世話することによって師匠がジュリア様達に目をつけられると面倒なことにも繋がるから、かわいそうだがそれもできないと。

お仕置きと称して課されていた武術や剣術のしごきが、きちんとした使用人育成の一環だったとは全く知らなかったのだ。
大人になってサリス様の元を去った使用人達がいい仕事を得ることができるのに、そんな理由があったとは思ってもみなかった。

「私達もお針子の練習を先生に断られてしまいました。サリス様の希望する物を作るという名目で教えていただいていたそうです」

街の子供達に僅かばかりでも仕事を与え、技術を身につける機会を与えてくれていたサリス様が居なくなった。
つまり身入りのいい俺らの仕事が無くなったのだ。

「僕はサリス様を探す捜索隊に入ろうと思う。捜索隊に入ればお金ももらえるし、サリス様が帰ってきたらまた仕事がもらえるだろうから」

そういう子供達が毎日川をさらい、森を歩いている。
これほど多くの人が自ら。

実はサリス様はものすごく考えていたのかもしれない。
だってもし何の意味もなく僕らに施しがあったとしたら、旦那様の目の行き届かない中、後妻ジュリア様はきっとそれを取り上げただろう。
あの方は強欲だからな。
サリス様が僕達をこき使う形で知らず俺らに与えられていたものには後妻様もまず気づかないし、一応は嫡男となっている彼のやることに手を出せなかったに違いない。

あれで案外味方になる使用人は多数いた。
いや、今思えば彼らは気づいていたのだろう。
マリア様がご存命の時からの使用人なのだから。
鳥を使って旦那様と連絡を取っていたのも彼らだ。
サリス様の最も近くにいながら、こんな状況になるまでその真意に気づくこともなかったなんて、俺は……くそっ。

憎めない人ではあったけど、ただのワガママで高飛車なお坊ちゃまだと思っていたのになあ。

一方のクリス様は俺らと接点を持たないから、俺らをこき使ったりはしない。
いつも綺麗で物腰柔らかく遠くにいる貴人だ。見た目もふわりと優しそうな。
いつも眉間にシワを寄せて気難しそうにしているサリス様とは、真逆な雰囲気だ。

けれど害のないクリス様より、俺らをこき使っていたサリス様の方が、何倍も俺らのためになっていたなんて誰が思うだろうか。

「俺達も知らなかったんだ。街の衛兵として身を立てられたのはサリス様のおかげだったなんてな。今思えば、後ろ盾のしっかりしていない俺達の、推薦状を用意してくれたのもサリス様なんだよな」
門を通る時に聞かされて、俺らも気づいた。

字を読み書きできるようになったのだって、サリス様の命令書を読み取るために必須だった。
サリス様の勘気に触れないように、上の使用人達が順に教えてくれていたのを必死で覚えた。
学校に通えない俺たちが文字を読むことができるなんて、普通に考えたらありえないよな。

もしサリス様が帰ってこなかったら?
何の技術も知識も無い俺達。
学校に通う金だってない。
このままだったら大人になった時いったい何の仕事につけるというんだろうか、ということに。
少なくとも推薦状もなく、洗練された技術もなく、他のどこかに奉公に出るような綺麗な仕事は無いのだろうと。

俺は貧乏な平民の出身で、口減らしのためにミニマム商会に奉公に出されたようなものだ。
なぜかサリスフィーナ様は俺を気に入ってくれて側に置きたがった。
俺がここを追い出され仕送りする金を稼げなくなったら、連れ戻されて娼館に売られるということを知っていたのかもしれない。

後妻様の近くでは、少しのミスでも罰を受け追い出される使用人もいたのに、サリスフィーナ様の場所ではそういったことはなかった。
かわりに、師匠たちからのしごきが倍になることはあったけど。

そういえば、サリス様が後妻様の元を追われた人を拾ってくることもあった。
そういう人はサリス様に酷くこき使われていたけど、思い返してみれば彼らは愚痴1つ溢すことがなかった。
1度追われた身でありながらサリス様に大事にされていたら、ジュリア様に目をつけられてもっと大変な目に合わされてたかもしれない。
今ならわかる。

そこそこツライと思ったこともあったはずなのに、今はその辛かった日々もただただ懐かしい。

以前ですら不器用で愛おしいと思うこともあったのだ。
特にうたた寝をしているサリス様は、明るい茶髪がお日様の光を含んで見惚れることもあった。
サリス様に選ばれて側に仕えているのを、誇らしいと思うこともあったのだ。

いろいろ知った今となっては、サリスフィーナ様を悪く思うことなんてもう誰もできないだろう。

なぜだろう。
恋しく思えるんだ。滅多に笑わないサリス様が小さく微笑む姿が浮かぶ。
会いたい。
会いたいよ、サリス様。
もう一度、元気な姿を見せて欲しい。
どうか無事でいて欲しい。
このまま2度と会えないなんて、そんなこと考えられないんだ。

だから俺は今日も森に行く。
俺の手でサリス様を見つけ出すんだ、必ず。
そして、また隣に並びたい、そう、願っている。


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攻め様その1
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