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しおりを挟む王都の西部、ガルブ地区で働く薬師、ソフィア・オリアーニは多忙を極めている。
薬草の仕入れと調合に加えて昼夜問わずやってくる急患の対応も1人でこなす、ガルブ唯一の薬師だ。
そんなソフィアの元に、血相を変えた少年が駆け込んできた。
「ソフィ、助けて!喧嘩の仲裁で怪我人が出たんだ!!」
額に汗を浮かべた少年は、この近くに住むカストだった。
「喧嘩!?大変!」
治安が悪いとは言わないけれど、常に平和とも限らないガルブ地区では、こうした喧嘩もたまにある。
それで怪我をすれば、それはもちろんソフィアの患者となる。
それにしても昼間から子供もいる前で喧嘩なんて、教育に悪いと思いながらソフィアは薬箱を持ってカストを追った。
「ソフィ!こっち!」
足の速いカストに若干置いていかれながらも、なんとかついて来たのは大通りの飲食店前だった。
「ああ、良かった、ソフィちゃん!」
「大丈夫ですか?怪我してない?」
「私は大丈夫なのよ。怪我をしたのは喧嘩をした2人とたまたま通りかかって仲裁に入ってくれた騎士さんで…」
目を向けると、アザだらけでへたり込んでいる2人と、そのすぐ近くに腕を組んで堂々と立っている青年が1人。
状況は一目瞭然だった。
薬師ならば、重傷者から手当をするのが基本だが、この場において、ソフィアの判断はそれとは異なる。
ソフィアが一番始めに声をかけたのは、喧嘩をしてボロボロになっている2人では無く、比較的綺麗な格好をしている青年だった。
「騎士様ですね?怪我を見せてください」
ガチャガチャと薬箱を広げるソフィアを青年は静かに見下ろして言った。
「俺のは大した事は無い。先にそいつらを見てやれ」
「いいえ。あなたが先です。見せてください」
はい、早く!と目で訴えると青年は諦めたのか左腕を差し出して来た。
スッと一本、刃物で切られたような切り傷からは、まだじんわりと血が滲んでいた。
素手の喧嘩ならまだしも武器を持つなんて卑怯な、と思わず顔が険しくなりながら消毒をして丁寧に包帯を巻いた。
縫うほどでは無かったので良かった。
「応急処置です。少し待っていて貰えますか?」
「………ああ」
不思議そうではあるが返事をもらえたのでソフィアは騒ぎを起こした2人の手当に移ることにした。
「刃物を使ったのはどちらですか?」
「………俺だ」
ソフィアの問いに一方が力無く答えた。それを聞いたソフィアはその男性の手当を一番最後にすると決めた。
黙々と手当をするソフィアを集まった野次馬も静かに見守っていた。
黙られるくらいなら説教でもしてほしいと思ったのか、手当をしている男に声をかけられた。
「ソフィ………悪かったよ…」
「はい」
無表情なソフィアの返事に、男は反省したのかそれ以上何も言ってこなかった。
最後の男性の手当に取り掛かる前に、ソフィアは一つ深呼吸をした。
男性のアザと擦り傷だらけの左腕を取り、口を開く。
「ここからここまで、刃物で皮膚を切り裂かれた時の痛みがどれほどのものか、分かりますか?」
「…………………」
ソフィアが示したおよそ15センチは、喧嘩を仲裁した青年がその身に受けた傷の事を指している。
「治るのに、どれだけ時間がかかるか分かりますか?」
「……………申し訳ない」
「筋を傷つければ指が二度と動かなくなる事もあります。傷口から細菌が入ってひどい炎症が起きた場合、切断という可能性もあるんですよ」
これは決して、大袈裟な話ではない。人を傷つけると言うことがどう言うことなのか、きちんと理解してもらわなければいけない。
幸い、喧嘩をした2人の熱は既に冷めていて、ソフィアの話をきちんと聞いてくれた。
傷口にガーゼを貼り終えたソフィアが薬箱の蓋を閉じる。
「あと子供の前で喧嘩はやめてください!すっごく怖いんだから!!」
「そうよ本当に!」とお店のおばさんに追い討ちをかけられた2人はひどく反省しているようで、とぼとぼとその場から立ち去った。
「ありがとうねソフィちゃん。騎士さんも」
「私は大丈夫よ。おばさんに怪我が無くて良かった。そうだ騎士様、消毒をしたいのでついて来てもらえませんか?」
ソフィアの提案に青年は眉間に皺を寄せた。
「消毒ならさっきしただろう」
「あれは応急処置だと言ったじゃないですか。もっときちんとやらないと」
「………大したことはない」
「忙しいですか?」
「そうではないが」
「なら私の店、すぐそこなので手当てさせてください。」
「……………」
結局青年が折れて、ソフィアは消毒や薬が揃っている自分の店に青年を連れて戻って来た。
青年を椅子に座らせると、さっき巻いたばかりの包帯を外した。ガーゼには血が滲みている。
「あなたのおかげで、街の人たちに怪我人が出ずに済みました。本当にありがとうございます」
「あれが仕事のようなものだ」
「…騎士様ですもんね。でも本当に助かりました」
ちょんちょんと傷口を消毒しながら、ソフィアは感謝の気持ちを伝えた。
「なぜお前が礼を言う」
「あなたがこの腕で刃を受けなければ、その刃はあの場にいた誰かを傷つけていたかもしれません。それはあの店のおばさんだったかもしれないし、たまたま近くにいた子供だったかもしれない。守ってくれたあなたにお礼を言うのは当然の事ですよ」
ソフィアは地域に根ざした薬師だ。人々にソフィと愛称で呼ばれるほどの地域密着型薬師だ。
だからこそ、ソフィアが診ているガルブの人達には出来る限り健康でいてもらいたい。
人々の健康を守ってくれた人にお礼を言うのは当たり前の事だった。
包帯を巻き直すソフィアの手元を青年はまじまじと眺めながら「そうか」とだけ言った。
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