【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました

藤浪保

文字の大きさ
22 / 34

第23話 リリース(5)完了

しおりを挟む
 メールの件名の冒頭に【トラブル最終報】と入っていることを確認して、早苗は送信ボタンをクリックした。

「終わ……た……」

 自席の椅子にぐったりと背を預ける。ぎしっと音がした。

 周囲でも同様の光景が見られた。床に転がっているメンバーもいる。

 早苗の機転でトラブル対応をしたあと、無事にサービス開始 リリースの作業が全て完了したのだ。

 徹夜で本番環境での緊張をいられる作業、というだけでも疲れるのに、加えて、トラブル対応とその後のタイムリミットの厳しい作業だ。集中力を全て使い果たし、みな抜け殻と化していた。

 時刻は朝七時。窓から入ってくる太陽の光がまぶしい。

 顧客の接続試験も済んだので、これで早苗たちのお役目は終わりだった。

 あとは朝九時のサービス開始まで待機していればいい。その開始作業は顧客側で実施することになっていた。

「報告書、作ら、なきゃ……」

 早苗はよろよろと体を起こし、マウスを握った。

 トラブルについての正式な報告書だ。改めての正式対処の計画も盛り込まねばならないので、その検討も必要だった。

 帰る前に顧客に送る必要がある。

「桜木くん、書いてもらった事象説明のスライド、どこにある?」

 先ほど作ってもらったファイルのありかを、斜め向かいの席に座っていた桜木にたずねる。それに追加して作るつもりだ。

「あと十分待って下さい。もうできます」
「え? でもさっきできてたよね?」

 早苗は桜木の座る席へと向かい、ディスプレイをのぞき込んだ。

「あと結論のスライドだけです」
「待って待って。事象だけじゃなくて、原因と対処まで全部作ってくれたってこと?」
「はい。先輩たちが本番作業してるあいだ、手がいてたんで。恒久対処のスケジュールも仮で引いてみました」

 桜木にマウスを譲ってもらい、早苗は資料をスクロースしていった。

「うわ……。よく書けてる。てか資料作るの早いねぇ。さすが営業」
「それほどでも」
「スケジュール感もいいね。ただ、ここは要件定義書のレビューがあるから、時期ずらしたいかな」
「あー……、そうですね。それ漏らしてました」
「このスケジュールのスライドだけちょうだい。こっちで直す」
「わかりました」

 早苗は自席に戻った。

 すぐに桜木からファイルの断片が送られてくる。

 それを手直ししていると、桜木から資料が完成したという報告があった。

 全体を眺めながら、本当によく書けているな、と思った。

 ただ言いたいことを書くだけならば簡単なのだが、ポイントを相手にわかりやすく伝える資料というのは、なかなか作るのが難しい。

 開発部隊の書く資料は簡素になりがちだ。

 必要な事柄が書いてあればいいだろう、ということで、デザイン無視の長文スライドになってしまうことも少なくない。

 だが、営業部隊できたえられた桜木の資料は、すっきりとしていてとても読みやすかった。

 変にって時間がかかるのなら考えものだが、短時間で作れるのならばこの方がいいに決まっている。内部の資料ならともかく、顧客に出す資料なのだから。

「皆瀬さん、僕も手伝いましょうか?」

 隣の席で机に突っ伏していた奥田が、顔だけを上げて早苗に聞いた。

「いえ、桜木くんが資料作ってくれたので、奥田さんたちは休んでてもらって大丈夫です」
「今日は大変でしたが、なんとか終わって良かったですね」
「ですね」

 二人で微笑み合っていると、そこに桜木がやってきた。

「先輩」

 振り向くと、桜木が立っていた。

「ちょっとコンビニ行きませんか」
「あ、行く」

 早苗は机の上のスマホをつかんで桜木の後をついて行った。

「あ、ごめん、先トイレ行ってもいい?」
「いいですよ。エレベーターで待ってます」

 桜木と別れてトイレに向かう。

 用を足して冷たい水で手を洗っていると、寝不足と使いすぎでぼーっとした頭が、少しすっきりするような感じがした。徹夜のハイテンションなのか、目はえている。

 自分のコンディションを確認していると、体が熱くなっていることに気づいた。トラブル発生とその対処でアドレナリンがたくさん出たのだろう。

「桜木くんとえっちしたい……」

 ハンカチで手を拭きながら、早苗はぽつりとつぶやいた。

 次の瞬間、自分の発した言葉に驚愕きょうがくした。

 ばっと周りを見る。

 大丈夫、個室にも誰もいない。

 誰かに聞かれたら大変だった。なんて破廉恥はれんちな発言をしまったのか。

 顔が少し赤かったが、桜木をあまり待たせるのも悪いので、早苗はエレベータホールへと向かった。

 エレベーターはすでに着床していた。

 昼間であればまた別の階へと移動していってしまっただろうが、今は早朝である。ボタンを押し続けていなくても、止まってくれていたようだ。

 桜木の顔を見るのが気恥ずかしくて、目を伏せたままエレベーターに乗り込んだ。
 
 操作盤の前に立った桜木は何も言わない。

 夜勤なのに律儀にワイシャツ姿だ。そでをまくっていて、血管の浮き出ている腕が見えていた。指は細くて長く、爪がきれいに整えられている。

 シャツに覆われていて見えないが、早苗はその背中が引き締まっているのを知っていた。何度も何度もしがみついたから。

 その時の光景を思い出して、早苗はまた体を熱くした。

 やだ、もう、どうしちゃったの……。

 自分の体を両手で抱きしめる。

 エレベーターが一階に着いたとき、「開」ボタンを押してくれている桜木の横を、早苗はさっと通った。

 コンビニはビルの一階の一角いっかくに入っている。真夏の外に出なくていいのはありがたい。

 コンビニに入ると、冷房の効いているオフィスよりもさらにヒンヤリとした空気が、早苗の体の熱を取った。

 軽食と飲み物をかごに入れ、アイス売り場へ。
 
「アイス、そんなに買うんですか?」

 先に自分の会計を済ませた桜木が戻ってきた。

「うん、みんなへの差し入れ。桜木くんも好きなの選んでいいよ」
「やった!」

 桜木は躊躇ためらいもなく、高級アイスを早苗のかごに入れた。

 遠慮がない、と笑ってしまう。

 後輩とはこうあるべきだ。先輩の好意は素直に受け取る。大変よろしい。

 早苗がスマホで決済を終えると、当然のように桜木が袋を受け取った。

「ありがとう」
「いえいえ」

 よかった。普通に話せた。

 早苗はほっと胸をなで下ろして、上りのエレベーターに乗り込む。

 桜木が荷物を持っているので、ボタンを押すのは早苗の役割だった。

 エレベーターが動き出すと、操作盤の前に立つ早苗に、すっと桜木が体を寄せた。不自然な程近い距離に、早苗はドキリとする。

「先輩、この後うち来ませんか?」

 耳元でささやかれた言葉に、カッと体の熱がぶり返した。

 見上げると、桜木が欲情のこもった目で早苗を見ていた。

 桜木くんも、同じなんだ……。

 早苗は黙ってうなずいた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

妖狐の嫁入り

山田あとり
恋愛
「――おまえを祓うなどできない。あきらめて、俺と生きてくれ」 稲荷神社の娘・遥香(はるか)は、妖狐の血をひくために狐憑きとさげすまれ、ひっそり生きてきた。 ある日、村八分となっている遥香を探して来たのは怨霊や魔物を祓う軍人・彰良(あきら)。 彼は陰陽師の名門・芳川家の男だった。 帝国陸軍で共に任務にあたることになった二人だったが、実は彰良にもある秘密が――。 自己評価は低いが芯に強さを秘める女が、理解者を得て才能を開花させる!   & 苦しみを抱え屈折した男が、真っ直ぐな優しさに触れ愛を知る! 明治中期風の横浜と帝都を駆ける、あやかし異能ロマンス譚です。 可愛い妖怪・豆腐小僧も戦うよ! ※この作品は、カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

腹黒外科医に唆された件~恋人(仮)のはずが迫られています~

有木珠乃
恋愛
両親を亡くし、二人だけの姉妹になった一ノ瀬栞と琴美。 ある日、栞は轢き逃げ事故に遭い、姉の琴美が務める病院に入院することになる。 そこで初めて知る、琴美の婚約者の存在。 彼らの逢引きを確保するために利用される栞と外科医の岡。 「二人で自由にならないか?」を囁かれて……。

【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―

七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。 彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』 実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。 ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。 口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。 「また来る」 そう言い残して去った彼。 しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。 「俺専属の嬢になって欲しい」 ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。 突然の取引提案に戸惑う優美。 しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。 恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。 立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。

逢いたくて逢えない先に...

詩織
恋愛
逢いたくて逢えない。 遠距離恋愛は覚悟してたけど、やっぱり寂しい。 そこ先に待ってたものは…

地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!

楓乃めーぷる
恋愛
 見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。  秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。  呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――  地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。  ちょっとだけ三角関係もあるかも? ・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。 ・毎日11時に投稿予定です。 ・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。 ・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

処理中です...