婚約破棄のその後に

ゆーぞー

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    おそらく数時間が経過したと思う。馬の鳴き声が聞こえてきた。ざわざわと人の話し声も聞こえる。隊員の皆様がお戻りになったのだ。

 私は身支度を整えようとしていた。が、すぐに玄関のドアがバッと開いた。そこに立っていたのは身長2メートルくらいある大男。顔には傷があり、髪は金髪なのだが短く刈っている。鋭い眼光でこちらを睨みつけていた。

「ジョセフ様!ノックをしてからお入りになって・・・」
「まぁ、お、お嬢様・・・」

 お嬢様と呼ばれ私は自分の格好を思い出した。掃除をするので長い髪は邪魔なので一つに括り、一番動きやすい簡素なドレスに着替えたもののそれでも袖が邪魔なのでたくし上げ、ドレスの裾も同じ理由でたくし上げていた。その上、あちこちの蜘蛛の巣を祓っていた関係で頭のてっぺんにはまるでヘッドドレスのように蜘蛛の巣が乗っかっていた。気づいてはいたが、後で取ろうと思ってそのままになっていたのだ。おそらくだが顔も薄汚れているに違いない。

「君がライラ・コンフォード嬢か?」

 しばらくポカンと私を見ていたジョセフ様がようやく口を開いた。貴族である以上、きちんとした挨拶をすべきである。私は何事もなかったかのように冷静に括っていた髪をほどき、軽く頭を振って髪を整えた。さりげなく頭のてっぺんの蜘蛛の巣も取り、捲っていた袖と裾を直す。そして丁寧にドレスの裾を広げお辞儀をした。

「ライラ・コンフォードと申します」

 そしてジョセフ様の目を見つめニッコリと微笑んだ。淑女の挨拶完了である。数秒の間、沈黙が流れた。しかし・・・。

「ぷっ、ハハハハハ!」

 ジョセフ様が笑い出した。淑女を前にして笑うとは失礼な、と思ったが、淑女とは言い難いのは納得しているので何も言わずただ笑い終わるのを待っていた。

「王命により、こんな地まで来てもらって感謝する」

 しばらくしてようやく笑い終えたジョセフ様は手を差し出した。その手に自分の手を乗せる。

「ただ婚姻については少し待ってもらいたい」

 そりゃそうだ。この状態で新婚生活を送ることはできないだろう。でも王命である以上、婚姻しないわけにいかない。

「不自由しかない場所だが、快適に過ごせるよう尽力を尽くす」

 彼の目が少しだけ優しくなった。顔の傷も騎士としての彼の働きの結果なのだろう。あのレナード様に比べれば、どんな人間も善人に見える。

「ありがとうございます」

 にっこりと微笑み返す。微笑みはタダだ。あんたは器量も悪いし何の取り柄もないんだから、とにかく笑っとけと両親から言われた。その習性が今も生きている。憎い両親ではあるが、それなりに正しいことも言ってくれていたと認識した。ここで微笑まなければ、ジョセフ様の氷の視線に耐えられない。

「おい、隊長の嫁ってどんなだ?」
「押すなよ、見えないだろ」
「何?隊長、抱き締めたのか?」
「嫁さん、死ぬぞ」

 ワイワイガヤガヤ。ジョセフ様の大きな体躯で後ろが見えないが、隊員の方々がいらっしゃるのだろう。

「うるさい!」

 ジョセフ様が振り返り怒鳴りつけた。耳がキーンとなる。

「お前たち、まだ訓練が足りんようだな」

 ジョセフ様の声が地を這うように響いている。なかなか迫力のあるお声だ。でもあの時の陛下の声の方が威厳があって怖かった。あれを経験した以上、ジョセフ様のお声はまだ優しく聞こえる。

 怖いお人のようだけど隊員の方はふざけているところを見ると、人望があるのだろう。何だかおかしくなってしまい、私は吹き出してしまった。

「何か、おかしいことでも?」

 ジョセフ様に聞かれ、「いえ別に」と答えながらも笑いは止まらなかった。なので、無理矢理に笑顔を抑えた。顔はきっと引き攣っているだろうけど、気にしない。

 
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