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しおりを挟むドアが開きレイモンド様が少し驚いた顔で立っている。ノックをする前なのに気配で察知したのだろうか。さすが騎士様だ。と、感心している場合ではない。
「どうされましたか?」
不思議そうな顔をするレイモンド様に私はいつものように笑顔を見せた。
「お茶を淹れましたので、よろしかったら」
そう言ってトレーを差し出した。すぐにレイモンド様の顔が笑顔になった。
「ありがとうございます。ちょうど喉が渇いて・・・。え?クッキーも?」
「はい、少しですが」
目線を変えるとジョセフ様がレイモンド様の向こうに見えた。少し動揺している様子に見える。彼は今さっき自分が言った言葉を私が聞いていたことに気づいているのだろうか。
「ありがとう」
ジョセフ様にお礼を言われ私は笑顔を返す。動揺しているように見えたのは気のせいかもしれない。彼は間違ってことを言ったわけではないし、聞かれて困ることではないと思っているのかもしれない。
「お口に合えばよろしいですが」
そしてまた、にっこりと微笑んで頭を下げた。
そうだ、王命なんだ。
あの時のジョセフ様の声は少し苛立っているようだった。そりゃそうだ。私と結婚させられたんだ。喜んでいるわけがない。
子爵家の娘に生まれたものの両親からは目を掛けてもらえず、使用人にさえ軽視されていた。通常の教育も受けられず、貴族の令嬢ができるはずのマナーもあやふや。ドレスや装飾品を身につけることはなく、できることといったら掃除や洗濯に料理なのだ。
彼は国の英雄だ。こんな扱いを受けるべきではない。本来ならもっと綺麗できちんとした教育を受けた貴族のお嬢様が相応しいのだ。私では彼の隣に立つ資格はない。
「もう少しで会議も終わる予定です」
レイモンド様は困ったような顔をした。私を追い出しているので気にしてくれているのだろうか。
「いえ、お気になさらず」
そう言ってドアが閉まるのを見守った。確かに、行くところがないので仕方なくセオの家に向かう。外から見ると、メイリンは掃除をしているし、セオは何かの書類の整理をしているようだ。声をかけようとして躊躇した。彼らは優しい。でもそれは私がジョセフ様の妻になるからだ。それは王命で定められてしまったからであって、本来はもっと違う人を求めていたのではないか?そう思うと何もできず静かに私は別の方へ歩き出した。
とりあえず物干し場に行きシーツの乾き具合を確認する。ここにいれば、シーツが目隠しになって誰にも見られない。何度もシーツをさすりながら、涙が出てきた。泣くなんて子どもの時以来だ。両親が私を置いて弟と旅行に出かけた時。使用人たちから取り替えごっこをさせられて、何もできない出来損ないと罵られた時。夜になって私は1人で泣いた。泣いても誰かが慰めてくれるわけでもないし、何もならないということがわかるまで一晩中泣いた。
どうして泣くのだろう。泣くことに意味はないのだ。それなのに、泣き止まないとと思えば思うほど涙は出てきた。一晩泣いた後、私は思った。私は1人なのだ。私を愛する人も私を心配する人も私を必要としてくれる人もいないのだ。期待しては無駄だ。彼らが私に期待しないように、私も誰かに期待してはいけない。
あの時、私はそう理解した。親は私が見すぼらしく他の令嬢にあるべきものが欠けていると言った。だから他の令嬢と同じようにはさせられない、教育を受けることも、綺麗なドレスや宝飾品をつけることも、外に出て他の人と関わることも、私にはその資格がないのだ。
そうだ、私は何かを期待していたのだ。王妃様に出会えて私の運命は変わり始めた。ジョセフ様は優しい人だったし、ここは過ごしやすくていい場所だ。ここから離れたくはない。でも私の居場所はここにはない。ここにいる資格はないのだ。
ひとしきり泣いたら決心できた。妻だと思い上がってしまったのが間違いなのだ。私は妻ではなく、使用人なのだ。そう思えばいい。そう思えば遠慮する必要はない。
ここで生きていく以上、遠慮はしない。そうと決めたらやりたいことをやらねば。まずは昼ごはんを作ろう。そう思ってシーツの陰から出ていく。
「わっ、びっくりした」
そこにはなぜか騎士の人が1人立っていた。若い男性だ。まだ少年と言えるくらいの年恰好である。
「ごめんなさい」
謝りながら、もう一度彼を見た。彼は何故ここにいるのだろう?
「も、申し訳ありません。僕の名前はタイロンです。雑役をする係なので洗濯をしようとしているのですが」
洗濯!よくよく見たら洗い場には大量のシーツが山盛りになっている。
「まぁ、お手伝いするわ!」
私の目は爛々と輝いていたかと思う。ここに来て最高の現場に出くわした。
「な、な、な・・・」
一方タイロンはオドオドし出した。が、そんな彼を無視して私は山盛りのシーツに向かう。
「やめてください、不浄なものに触れないで」
「何を言っているの?洗えば落ちるのよ、気にしないで」
「そんな、隊長の奥方様にそんなこと・・・」
「まだ奥方様ではないし」
なれるわけもないし、という言葉が続きそうになって堪えた。少し落ち着こう。
「私、ヒマなのよ。お手伝いさせて」
「ダメですぅ。これは僕の仕事なんですぅ」
何度かの押し問答の後、彼は泣きそうな声で言った。
「これくらいできないと追い返されてしまうんです」
彼の切実な声に私の動きが一瞬止まった。
「僕の家は貧しくて、母は病気で寝込んでいて、父と兄が働いてくれてるけど、弟と妹を養うのが精一杯で、僕は雑役兵としてこの隊の募集に応募したんです。それ以外に働けるところもなくて」
彼は必死に訴えている。俯いて顔もよく見えていないけど、声の様子から彼が涙を堪えているのは分かった。
「分かったわ」
彼を目の前にしたら、洗濯はもう諦めるしかなかった。
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