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しおりを挟むタイロンの熱意に負けて、私はこの場を去ることにした。行くところはないが、去らねばならない。結局私の行き場はどこにもないのだ。絶望しながら歩き出してすぐに振り返ると、タイロンは洗濯物の前で腕組みをして難しい顔をしていた。
そんな暇はないだろう、とにかく洗い出さないとと心の中で歯痒く思う。もう陽は高く登っている。今から洗濯して果たして乾くのか。わからないが、とにかく洗わなければならない。それなのに彼は何をしているのか。
しばらく見ていると、彼はようやく動き出した。が、シーツの端を持ち上げ、しばらくしたらまた別の端を持ち上げたりしている。意味がわからない。
「タイロン、とにかく洗わないと」
我慢ができなくなってしまい、つい声をかけた。
「分かってます」
言われたタイロンは力強く言いはしたが、またもやシーツの端を持ち上げたまま動かない。
「ねぇ、タイロン」
私は気づいた。もしかしたらどうやっていいかわからないのではないか?
「洗濯したことあるの?」
「うっ・・・」
彼は俯いたが、やがて鼻を啜る音がした。泣いてる?まさか。しばらく呆気に取られてしまったが、やはり彼は泣いていた。
「家でも洗濯は近所のおばさんが母の代わりにやってくれていて、僕はやったことがないんです。僕のできることは近所のお使いくらいで」
彼はすすり泣きながらも話を続ける。
「僕、グズでノロマでバカなんです。だから何もできなくて。でもいつまでも何もできないままじゃいけないって分かってるから」
彼は目を擦り私を見た。もし彼が使い物にならなければ、ここをクビになってしまうのだろうか。しかし家に戻されても彼の就職口を見つけるのは困難だろう。
「できないんじゃなくて、やり方を知らないだけだと思うわ」
「やり方?」
「そうよ、教えてあげるわ」
彼に私の洗濯技術を伝授する。そうすれば私もやることができるし、彼が仕事を覚えればクビにもならないだろう。彼の返事を待たずに私は洗濯物の山の前に立った。
「いい?私のやることをよく見ているのよ」
「は、はいっ」
そうして私は選択を始めた。彼は私の様子を盗み見ていた。最初こそぎこちない動きをしていたが、シーツは大量にある。そのうちに彼はコツを掴んだようだ。
「毎日やったら嫌でもできるようになるわ」
「はいっ」
彼が爽やかな笑顔で私に返事をしてくれたので、私も清々しい気持ちになった。
「奥方様にご教授いただけて、嬉しいですっ」
そんな大袈裟なものではないのだが。とりあえず私もやることができて時間を潰すことができた。こんな具合で宿舎の掃除とか隊員の人の食事の準備もやりたいけれど。洗濯が終わってしまえば、また私はやることが無くなってしまうということに気がついた。これかrどうやって時間を潰したらいいのだろうか。
「ライラ様、ここにいらしたのですね」
気がつけばメイリンが近づいてきた。
「そろそろお昼なのでお呼びに来ました」
そうだ、昼ごはんだ。忘れてはいけない。きっとジョセフ様はお腹をすかしているに違いない。
「ごめんなさい、すぐに支度をするわ」
「いえ、そのようなこと・・・」
遠慮するメイリンを遮るように私は歩き出した。悠長にしていたら仕事を取られてしまう。
「大丈夫、任せて」
ジョセフ様の会議は終わっただろうか。ゆっくり食べる時間が取れないようなら、サンドイッチにしたらいい。お肉を挟んでボリュームを出したら、きっとジョセフ様は喜んでくださるだろう。頭の中でジョセフ様が食べる様子を思い浮かべた。
「お昼・・・」
すると私のすぐ後ろからタイロンの声が小さく聞こえた。反射的に振り返った。タイロンがごくりと唾を飲み込んだのが見えた。
「昨日のスープ、美味しかったです」
「ありがとう」
お世辞かもしれないけど褒められるのはやはり嬉しい。
「あの、作り方・・・教えてもらえませんかっ」
「喜んで!」
タイロンが意を決してという感じで切り出したのを、私は待ってましたとばかりに勢いで答えた。そうだ、私が作るのではなく教えるのだ。メイリンは困ったような顔をしているが、気にしない。
「それなら急ぎましょう」
「はいっ!」
そうして私とタイロンは急ぎ足で向かった。雑役兵である彼は食事の準備もするのだ。彼に教えよう。今日のお昼は野菜を入れたスープと焼いた肉を挟んだサンドイッチ。楽しくなってきた。
「ライラ様、もう少しゆっくり歩いてくださいまし」
後ろからメイリンの声が聞こえてくる。
「先に行ってるわね」
置い被せるように私は答えた。とてもゆっくり歩く気にはなれなかった。
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