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しおりを挟む会議は順調に進んでいる。読んでいた書類から目を離し、もうそろそろ終わりにしようか、そう思いながらふと室内を見回した。
昨日までは汚れて使い物にならないと思ったが、今はチリひとつないキレイな空間だ。窓辺には近くで摘んだのだろうか、小さな花瓶に花が生けられていた。
昨日のライラの姿を思い出し、ジョセフは自然と頬が緩んだ。あんなに熱心に掃除していたのだ。使わせてもらって感謝しなければ。そんなことを考えながら、同時に宿舎のことが思い浮かんだ。
宿舎の方もきちんと掃除しなければと思うが、隊員ではなかなか捗らない。雑役専門を雇ったが、まだ子どもなうえに経験もなかった。屈強な大人の男たちに囲まれ、あきらかに動揺している。何とかしたいが、そこに着手する余裕は今はない。
「ライラ様、掃除までできるのですね」
考えていることが分かったのか、レイモンドが言う。昨日のスープがあまりに美味しかったのでライラに料理を作ってもらえないかと隊員から意見が出た。だが彼女は使用人ではない。そんな理由から却下した。
「ここは本来、隊長の奥方様が住むところではありませんよ」
レイモンドの言いたいことはわかっている。実力重視で隊員を揃えたため、貴族はジョセフとレイモンドのみ。あとは平民の者で隊は構成されている。貴族風を吹かせて平民出身者を蔑んだレナードのこともあり、彼らは貴族に対していい印象を持っていない。
「ライラ様が住む家を探さないと」
レイモンドは夜会でのことは知らない。ジョセフの騎士団での数々の働きにより、国王から国境警備隊の隊長の職と共に婚姻も許されたと思っているはずだ。実はジョセフ自身も夜会に参加していた長兄から手紙で詳細を知ったのである。まさかレナードが婚約破棄を堂々と言ってのけたとは思わなかった。
そのため王妃が激怒してその結果レナードはメリアと結婚する羽目になり、ライラはここにやって来た。時間も置かずにライラが来たのは、王都から彼女を逃がすためだろう。王都ではレナードたちの噂で持ちきりだった。彼女を好奇の目に晒すわけにいかないと王妃が配慮したのだろう。
「わかっている」
ジョセフは早口で呟いた。何もかもわかっている。だが、やることが多すぎて後回しになっているのだ。
「本当にわかっていますか?もっと準備をしてからでも」
「王命なんだ、仕方がないだろう」
思わずジョセフは大声を上げた。一瞬レイモンドの目が泳いだが、すぐにドアに向かい歩き出した。ドアの外にライラが立っていた。
聞こえただろうか、ライラを見ると笑顔だ。だからジョセフも安心し、お礼を言った。レイモンドが戻ってくる。差し出されたお茶を一口飲み、一瞬動きが止まった。美味い。美味すぎる。かなり高級な茶葉を使っているのだろうか。ジョセフは添えてあるクッキーも齧ってみた。サクサクとした食感に優しい甘さが口の中に広がる。自分の好みの味だ。
子供の頃、甘い物が好きだった。しかし騎士になるためには甘い物を控える方がいいと指導された。身体を作るためにはやめた方がいいと言われたのだ。本当に好きなものを絶ってでも騎士はなりたい職業か。そう聞かれて、ジョセフは迷うことなく甘い物を一切絶った。そうして騎士になった。
騎士になり今こうして国境警備の職についた。甘い物は解禁していいのだが、なんとなく食べ損ねていた。だが、ライラが焼いたクッキーを見て自然に口にしていた。
「食べるんですね」
事情を知っていたレイモンドが不思議そうな顔をしていた。
「どうせ食べないだろうから、いただくつもりでいたのに」
口を尖らせてレイモンドは2枚目のクッキーを手にしている。
「ライラ様は素晴らしい女性ですよね」
カップに口をつけレイモンドがジョセフをチラリと見た。楚々とした雰囲気で何もできないかと思いきや、掃除や料理もこなしてみせる。本当に貴族なのかと思うが、立ち振る舞いはご令嬢らしく美しい。それに誰にでも笑顔で接している。無愛想なジョセフの妻には勿体無いというのが隊員の総意でもあった。
「彼女に料理をお願いできたらいいのですけどね」
何度も却下されているのにレイモンドはまた口にした。ジョセフはそれを忌々しく思いながら、あえてレイモンドを見ずにお茶を口に含んだ。そして再度、美味いと心の中でつぶやいた。
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