婚約破棄のその後に

ゆーぞー

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 料理長のローガンは張り切っていた。久しぶりにクルーソン家の家族が勢揃いしたのだ。そのうえ、ジョセフ様が奥様を連れて来られた。ここで張り切らずにどこで張り切ればいいのだ。

 クルーソン家は全員が大食漢である。特にジョセフ様は体も大きく騎士になるための鍛錬を欠かさなかったため、幼い頃からよくお召し上がりになる。しかも今は国境警備で宿舎で生活をされていると聞く。きちんとした料理人もいない環境のようだから、おそらくきちんとした料理を召し上がっていないはずだ。

 ローガンは料理人たちに檄を飛ばし、料理を仕上げていく。久しぶりになるであろうきちんとした食事である。ジョセフ様が満足されるように、奥様になられる方がクルーソン家に馴染めるように、ローガンは自分の持つ力をすべて出し、彼らのために尽くすつもりであった。

 そこにセオが入ってきた。ローガンとセオは古くからクルーソン家に勤めてきた。どちらもクルーソン家を盛り立てるために頑張ろうと、若い頃はよく酒を酌み交わし意見を出し合った仲である。

「ジョセフ様、碌なものを食べられてこなかっただろう。お気の毒に」

 手を動かしたままローガンはセオに話しかけた。通常の任務をこなしながら隊員が料理を作るので、おそらくは野営料理と大差ないような食事をきっと食べられてきたはず。おいたわしいと思いながら、ローガンは次々と料理を仕上げていく。

「いや、料理はライラ様が作られていた」
「え?ライラ様?」

 セオの発言にローガンは思わず手を止めセオを見た。セオは真面目な顔で見返している。ライラ様とは奥方になられた方だ。詳しくは知らないが、子爵家の出と聞く。貴族の家の令嬢が料理をするとは信じ難い。たとえ料理ができると言っても湯を沸かして食材を茹でる程度のことだろう。それなら隊員が作る料理と大差がないであろう。

 ローガンは思った。ライラ様もいきなりジョセフ様のもとに嫁がれて困惑したに違いない。しかも料理は隊員が作っている。見かねて手伝いを申し出たのであろう。心優しい女性である。そのためジョセフ様は気を遣われて、ライラ様の拙い料理を召し上がっていたのだろう。

 ローガンは自分の考えに納得するようにうんうん、と首を縦に動かした。やはり今日は自分の料理でお二人を癒し、ご結婚を祝福せねばなるまい。

「これを食べてみてくれ」

 ローガンは1人で納得し、決意を胸に手を動かし出した。するとセオが何かを取り出した。それは紙に包まれたクッキーだった。訝しくはあったが、ローガンはそれを口に入れる。

「どこで買ったものだ?」

 ほんのりと甘くサクサクとした食感が心地よい。思わずもう一枚と手を伸ばすが、セオがそれを制止した。ローガンは一瞬ムッとした顔をしたが、セオは気づかない様子でただローガンを見ている。

 このクッキーは素晴らしい。お茶の時間に出したら好評を博すだろう。新しくできた店だろうか。目新しい店ならメイドたちが騒ぐはずであるが、そういったことはローガンの耳には入っていない。

「ふふふ」

 するとセオが嬉しそうに笑った。いたずらがバレた時の子どものようだ、とローガンは思った。

「これはライラ様がお作りになったんだ」
「何だって?」

 思わず大声が出た。ライラ様がこんなに美味しいクッキーを焼くとはどういうことだ?

「ライラ様が道中口寂しくならないようにとわざわざ用意してくださったのだ。ジョセフ様はとにかくライラ様のお料理がお好きで、クッキーを食べ出すと止まらなくなると馬車には乗らずに馬に乗られたのだ」
「あのジョセフ様が!」

 ローガンの知るジョセフ様とは寡黙で感情を出さず、食べ物の好き嫌いもあまりない。出された物は残さず食べてくださるが、お代わりをねだられたこともないし特別好きな食べ物が何かは知らない。

「ライラ様の料理は絶品で、ジョセフ様は必ずお代わりされていた。ライラ様も体を動かされるジョセフ様を気遣われて、バランスよくお食事を用意されていたんだ。しかも驚くべき手際の良さだった」

 セオは笑顔を浮かべて話し続けている。いかにライラ様が素晴らしい女性であるか。いかにジョセフ様がライラ様を大事に思われているか。いかにライラ様の料理が素晴らしいものであるか。

 そんな訳はないだろう。と、ローガンは思った。ジョセフ様の任務地は近隣に店もないような僻地である。そんな環境であれば、少しの料理でもご馳走に思えるのであろう。何より子爵家の年若い令嬢の料理が自分よりも上とは認めたくはない。

 朗々と話すセオを前にローガンは静かに考えていた。

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