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目が覚めたらまだ薄暗い。でも私にとってはいつも通りの朝だ。窓の外ではジョセフ様が鍛錬をしている。いつも通りなら、だ。でも違う。ジョセフ様は任務で出かけられて、私は1人クルーソン家にいる。
ジョセフ様のいない朝は初めてだ。と、思って気がついた。まだ数週間しか経っていないのに、私はずっとジョセフ様と過ごしているような気がしている。
身支度を整えて厨房へ向かう。そこではローガンと数人の使用人たちが届いたばかりの食材の整理をしていた。
「ライラ様、どうされたのですか?」
私に気がつくとローガンが声をかけた。驚いたように目を見開き、食材を持った手がそのまま止まっている。
「お休みになれなかったのでしょうか?」
「メイドを呼んだ方がいい」
「いや、旦那様をお呼びした方が・・・」
慌てる使用人たちを見て、この時間に起きるのが普通ではないと納得する。しかも自分で身支度して厨房に現れる貴族令嬢なんて存在しないのだろう。それは余程の食いしん坊か変わり者。少し落ち込んでしまう。これが私の通常なのだから。
「おはよう、早くからご苦労様」
気持ちを切り替え、私は笑顔を向け挨拶をした。実家にいた頃だが、母は朝帰りをするとまず厨房に入ってくる。そしていつもこう挨拶をしていたのだ。朝帰りしたわけではないけど、間違った挨拶ではないと思い言ってみた。
実家では母の朝帰りはよくあることだった。両親がいない時は私は使用人の代わりに働かされていたから、当然のように厨房にいた。そして母が来ると私は使用人にテーブルの下や戸棚の中に隠されるのだ。
母は挨拶をした後、食事を要求していた。この時間帯に用意できる食事なんてたいしたものはない。出されたものが気に入らないと母は怒鳴り散らした。朝帰りは予測できるのだから、使用人たちも用意すればいいのにしなかった。主人に対して敬意を持っていなかったこと、必要以上に働くつもりはなかったこと、今思えば実家の使用人たちは最低の使用人だった。
私が使用人の代わりに働いていたと両親が知ればどうなっていたのだろうか。使用人を叱っただろうか。それとも私に、貴族令嬢としての誇りがないと嘆くだろうか。実家にいた時のことを思い出すと、心の奥が苦しくなる。親や使用人たちから受けていた扱い。血を分けた親でさえ愛情を与えてくれなかったのだ。
でも私としては満足している。取り替えごっこをしていなければ、ジョセフ様に食事を作ることはできなかった。ジョセフ様が私の料理でも食べてくださることは私にとって何よりの喜びだからだ。
「お、おはようございます」
ローガンを端に使用人たちが一列に並び、声を揃えて挨拶された。全員の背がピン、と張られ直角にお辞儀をされる。
「ごめんなさい、手を止めさせてしまったわ」
「い、いえ。そのようなことは」
そう言いながらもローガンはベーコンを持ったままだった。
「朝食の準備をするのでしょう?お義父様やお義母様の嫌いなものはあるかしら?」
「い、いえ。特にござらんと思われます」
使用人の1人が直立不動のまま、おかしな言葉で答えてくれた。本人は気づいていないようだ。
「朝食はどのくらい召し上がるのかしら」
「はっ、たくさん召し上がるのでごんす」
話しかけるのが申し訳なくなったので、会話することは諦めた。とりあえず手を動かすことにする。
「魔法を見ているようだ」
「あの手際の良さ。どうなってるんだ?」
「ライラ様が1人ではなく数人いらっしゃるようです」
ローガンや使用人たちの言葉が聞こえてくるけど無視をする。私は普通に働いているつもりなのだが、大袈裟に騒ぎ立てるのだ。
「感激しているのですよ」
気がつくとセオがいた。
「おはようございます、ライラ様」
「おはよう。セオ、感激って?」
手を止めることなく話を続ける。具沢山のスープを作るために大量の野菜を刻んでいる最中なのだ。途中で手を止めればいいのだが、中断すると仕切り直すときにやりづらい。あまり褒められたことではないかと思うが、セオはわかってくれている。
「ライラ様の包丁さばきは素晴らしいですから。王宮の料理人に匹敵するほどと思われますよ」
「大袈裟ね」
私はそう言って笑った。
「そろそろお時間ですか?盛り付けをお願いしていいでしょうか」
「喜んで!」
「承知致したでござんす」
もう気にしないことにして私はエプロンを外した。ジョセフ様のいない朝食の場に私は向かうことにした。
ジョセフ様のいない朝は初めてだ。と、思って気がついた。まだ数週間しか経っていないのに、私はずっとジョセフ様と過ごしているような気がしている。
身支度を整えて厨房へ向かう。そこではローガンと数人の使用人たちが届いたばかりの食材の整理をしていた。
「ライラ様、どうされたのですか?」
私に気がつくとローガンが声をかけた。驚いたように目を見開き、食材を持った手がそのまま止まっている。
「お休みになれなかったのでしょうか?」
「メイドを呼んだ方がいい」
「いや、旦那様をお呼びした方が・・・」
慌てる使用人たちを見て、この時間に起きるのが普通ではないと納得する。しかも自分で身支度して厨房に現れる貴族令嬢なんて存在しないのだろう。それは余程の食いしん坊か変わり者。少し落ち込んでしまう。これが私の通常なのだから。
「おはよう、早くからご苦労様」
気持ちを切り替え、私は笑顔を向け挨拶をした。実家にいた頃だが、母は朝帰りをするとまず厨房に入ってくる。そしていつもこう挨拶をしていたのだ。朝帰りしたわけではないけど、間違った挨拶ではないと思い言ってみた。
実家では母の朝帰りはよくあることだった。両親がいない時は私は使用人の代わりに働かされていたから、当然のように厨房にいた。そして母が来ると私は使用人にテーブルの下や戸棚の中に隠されるのだ。
母は挨拶をした後、食事を要求していた。この時間帯に用意できる食事なんてたいしたものはない。出されたものが気に入らないと母は怒鳴り散らした。朝帰りは予測できるのだから、使用人たちも用意すればいいのにしなかった。主人に対して敬意を持っていなかったこと、必要以上に働くつもりはなかったこと、今思えば実家の使用人たちは最低の使用人だった。
私が使用人の代わりに働いていたと両親が知ればどうなっていたのだろうか。使用人を叱っただろうか。それとも私に、貴族令嬢としての誇りがないと嘆くだろうか。実家にいた時のことを思い出すと、心の奥が苦しくなる。親や使用人たちから受けていた扱い。血を分けた親でさえ愛情を与えてくれなかったのだ。
でも私としては満足している。取り替えごっこをしていなければ、ジョセフ様に食事を作ることはできなかった。ジョセフ様が私の料理でも食べてくださることは私にとって何よりの喜びだからだ。
「お、おはようございます」
ローガンを端に使用人たちが一列に並び、声を揃えて挨拶された。全員の背がピン、と張られ直角にお辞儀をされる。
「ごめんなさい、手を止めさせてしまったわ」
「い、いえ。そのようなことは」
そう言いながらもローガンはベーコンを持ったままだった。
「朝食の準備をするのでしょう?お義父様やお義母様の嫌いなものはあるかしら?」
「い、いえ。特にござらんと思われます」
使用人の1人が直立不動のまま、おかしな言葉で答えてくれた。本人は気づいていないようだ。
「朝食はどのくらい召し上がるのかしら」
「はっ、たくさん召し上がるのでごんす」
話しかけるのが申し訳なくなったので、会話することは諦めた。とりあえず手を動かすことにする。
「魔法を見ているようだ」
「あの手際の良さ。どうなってるんだ?」
「ライラ様が1人ではなく数人いらっしゃるようです」
ローガンや使用人たちの言葉が聞こえてくるけど無視をする。私は普通に働いているつもりなのだが、大袈裟に騒ぎ立てるのだ。
「感激しているのですよ」
気がつくとセオがいた。
「おはようございます、ライラ様」
「おはよう。セオ、感激って?」
手を止めることなく話を続ける。具沢山のスープを作るために大量の野菜を刻んでいる最中なのだ。途中で手を止めればいいのだが、中断すると仕切り直すときにやりづらい。あまり褒められたことではないかと思うが、セオはわかってくれている。
「ライラ様の包丁さばきは素晴らしいですから。王宮の料理人に匹敵するほどと思われますよ」
「大袈裟ね」
私はそう言って笑った。
「そろそろお時間ですか?盛り付けをお願いしていいでしょうか」
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