婚約破棄のその後に

ゆーぞー

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    ジョセフは怒っていた。何故自分は怒っているのか、ジョセフ自身理解できなかった。怒りを抑制するために彼は静かに早足で歩いた。理解できない怒りを抑制するために彼はただ闇雲に歩き続けた。あいにく彼の早足は他の通常の人間にとっては駆け足に相当する。彼の後ろからは事務次官が追従していたのだが、気の毒にその事務次官は駆け足でジョセフを追いかけることになった。

 職業柄、ジョセフは自分の周辺には常に気を配っている。いつもならこんなことにはならないはずだった。しかし怒りのせいか、ジョセフは後ろから事務次官がついてきていることに気がついていなかった。彼をよく知る人物なら、こんなことは珍しいと思ったはずだった。

 ジョセフは何も気づかないまま、ウロウロと歩いていた。意味もなくただ歩いているだけなのだが、事務次官はそうは思っていなかった。ジョセフ・クルーソンはまだ若いのに陛下から認められ、国境警備の任を受けている。王妃が推薦した令嬢との婚姻を控えた、いわば我が国のトップエリートである。そんな人物にお目にかかれるなど一介の事務次官ではありえない。そしてそんなエリートが無意味に歩き回るわけがない。事務次官はただ彼についていくしかないのだ。たとえ心臓が破裂しようとも彼の歩みについていくしかない。

 事務次官が一心不乱に自分について来ていることに気がつかないまま、ジョセフは歩き続け考え続けていた

 平民となり味方もいなくなってしまったレナードとメリアは、おそらくマイズ国に行けばどうにかなるだろうと安易に考えたのだろう。問題はメリアが攫われて消息がわからないことだ。レナードはメリアを助けようとして暴行に及んだか、それとも・・・。レナードを聴取してメリアの行方を追う予定だったのだが、あれではレナードからは何も聞き出せない。

 勝手な真似をして。レナードの胃がチリリと痛んだ。自分たちだけで生きていくつもりだったのなら、それでよかった。密出国は重罪ではあるが、迷惑をかけないのであればどうでもよかったのだ。しかし・・・。メリアは攫われ、レナードは大怪我を負って送還されてきた。そもそも、以前レナードとメリアがマイズ国からの侵入者を手引きして手柄を捏造しようとしたおかげで、マイズ国との関係はよくない。これ以上面倒を起こしたくはないのだ。

 レナードの奴め。と、彼は自分の怒りがレナードに向いていることに気がついた。散々手柄を横取りされてきたが、それまでレナードへの怒りを自覚したことはなかった。結果的にレナードは自滅したわけだし、騎士ではないレナードを哀れとは思っても怒ることはなかった。しかし今この感情をどうしたらいいのだろうか。

 ジョセフはなおも考えた。どうしてレナードに怒りを感じるのか、そして思い至った。レナードが傷付けたのは自分ではなく、ライラだった。レナードが他の誰かを傷つけようと、国に多大な損害を与えようと、それこそジョセフにとってはどうでもよかった。しかし、ライラは違う。

 そのことに気がついたジョセフは歩みを止めた。さっさと終わらせてライラの元へ帰ろう。そして結婚式をするのだ。小さくても安心できる家を買ってそこで暮らそう。

「クルーソン様」

 気がつくと、後ろには事務次官がいた。ゼイゼイと荒い呼吸をし、肩が何度も上下している。

「どうした?」

 呼吸器に問題があるのかもしれない。と、ジョセフは心配した。この近辺は空気がよくないのかもしれない。事務次官なら色々と神経を悩ませることもあるのだろう。持病があるのなら空気のいい郊外の仕事のほうがいいのではないか。と、あれこれ考えを巡らせた。まさか自分の早足に付き合って彼が走っていたことには気がついていない。

「会議室へご案内します」

 呼吸を整えながらの彼の言葉にジョセフは深くうなづいた。自分の任務を全うしようとしている彼に好感を抱いた。ライラのことを思い浮かべただけで、他人を思いやることができたことにジョセフは気が付かなかった。

「案内してくれ」

 事務次官はジョセフの前に立った。

「ゆっくりでいいぞ」

 ジョセフは優しい声で言った。怒りはもう消え失せていた。今彼がすべきことはライラと結婚することだ。ジョセフはわずかに頬を緩ませた。ライラを思い浮かべただけで優しい気持ちになれることに、彼は気づきそして再び微笑んだのだった。
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