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アリー
74 悲劇は続く
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あれから私はずっと身体が動かないままだった。感覚のないまま誰かに世話をされている、のだと思う。実際にはよくわからないが、彼女たちが文句を言いながら何かをしているようだからだ。彼女たちは常に私のことを小馬鹿にし、私に対しての罵倒を続けていた。
彼女たちがいない時は、別の人間がやって来る。この前の男だけではない。年齢も性別もバラバラだが、わざわざやってきて私に対し恨みつらみを言い続ける。それがずっと続くのだ。よくもこんなに言うことがあるのかと感心するくらいだ。もういい加減にしてほしい。そんなに私が憎いのなら、わざわざ会いに来なくていいだろう。
どうせなら私がやり返すことができた時期に言えばよかったのに。何もできない私に対して、ただ文句を言うなんて卑怯だ。それともよほど暇で、他にすることがないのだろうか。いい加減、もう放っておいてほしい。何度そう思っても声にならない。
四六時中、私は悪意に晒されていた。常に誰かが私に何かを言っている。
「お前のせいで毎日が辛かった」
「自分は何もしないくせに偉そうに」
「お前のために何人が不幸になったと思ってるんだ」
身に覚えがないわけではなかった。でもそんなに言われる覚えもない。そう思っていたが、それでもずっと言い続けられると少し考えも変わってくる。
こんなに人から恨まれているのなら、もうこのまま死なせてくれないだろうか。他人に世話をされて生きていても何もならない。もう起き上がることは不可能なのだろう。私の身体がどうなっているか分からないが、毎日そんなことを考えるようになった。そして、誰かの声を聞くたびにまだ生きているのだと絶望する。
そうか、これは私自身が招いたことなのだ。人を人と思わず、日々他人を貶した態度で接してきた。相手を尊重することもなく、他人を傷つけてきた。全てそのせいなのだ。これは私に与えられた罰なのだ。どれだけのことを言われても受け入れなくてはならないのだ。
私は過去の自分を悔いていた。私が彼らにしてきたことを思うと、言葉だけで私を攻撃していることが信じられない。それなのにこんな私でも彼女たちは世話をしてくれている。水をくれ、オムツを変えてくれている。私のために時間を費やしてくれているのだ。私はそのことに感謝する。言葉で伝えられないことがもどかしい。
今まで感謝するということをしたことがなかった。何をされてもありがたいと思うことはなかった。私のために何かをすることは当たり前のことだと思っていた。それが彼らの仕事だからだ。しかし、仕事であるということと私の態度は別だ。私が酷い態度で接していいという理由にはならない。
そして私はこの状態を受け入れた。今日も罵詈雑言を浴びせられるのだ。身体は動かなくても、耳は聞こえていてこうやって考えることができているということ。そのことに誰も気づいていない。
「あなたを許しはしない」
それは初めて聞く女性の声だった。穏やかに聞こえるが、どこか威厳のある力強い声。
「私の娘を傷付け、尊厳を奪ったのだから報いをうけるべきでしょう」
私の娘と聞いて、それは妹のアニーのことだと何故か分かった。私の代わりにするために誕生したアニー。母親はメイドの一人だった。父が無理矢理に子供を作ったのだ。生まれた子どもが女とわかり、すぐに父が取り上げた。アニーを産んだメイドはどうなったのだろうか。自分が産んだと言うのに、一度も抱かせなかったと聞く。
ではそのメイドが来たのだろうか。
「あなたは幸せにはなれない。決して幸せにはしない」
耳元で話しているくらいにはっきりと聞こえる。わかっている。私は幸せにはなれないのだ。たくさんの人を不幸にした。他人を踏みつけ、その上で笑って暮らしていた。私はもう幸せになってはいけないのだ。笑って過ごしてはいけないのだ。
声にならないけど、私は心の中でつぶやいていた。何度も何度も。女性の声になぞるように。
「私は幸せにはなれない。決して幸せにはならない」
私は私に言い聞かせるようにつぶやいていた。幸せにはなれない。幸せにはならない。何度も何度も、身体中にその言葉を刻みつけるように。言葉でできた鎖で、自分自身を縛り付けるように。
どれだけの時間が立ったのかわからない。気がつけば、もう声は聞こえていなかった。でもきっともうじき、誰かがやってきてそして私に話しかけるのだ。
「あんたのせいで私は不幸だった」
「あんたがいるから、毎日が憂鬱だった」
「あんたなんかいなければいいのだ」
その時を待ちながら、私は何かの音を聞いた。ドアが閉まる音のようだ。その瞬間、様子が違うと気がついた。説明がしづらいが、何かが違う。その違和感が何かわかった。私は身体を動かすことができた。身体があるということを実感できた。目を開けると暗闇ではあるが、ぼんやりと何かがあることが見えた。
私はベッドに寝ていて、布団がかかっていた。その布団の感触を感じる。足を伸ばせば、シーツの滑らかな感触が伝わってくる。私は生きていて、こうやって何かを見て感じているのだ。そんなことを味わいながら、私は涙を流していた。涙が頬を伝う感触が嬉しかった。
私はベッドから起き上がり、部屋の中を歩いた。それは私の部屋だった。慣れ親しんだ自分の部屋。部屋にあるもの全てを触りながら、私は感動していた。生きていること、身体があること、感じることができること。ついさっきまでなかったものだ。
そして私はドアを開けた。そこはアニーの部屋だった。アニーは私の代わりになるためにこの世に誕生した。アニーは私のために生まれた。私のために生きていくことを強いられていた。私のために私の部屋の隣にいた。
机の上に置かれた布地と刺繍糸を見て、私は悟った。アニーがいなくなった日にまた戻ったということを。
彼女たちがいない時は、別の人間がやって来る。この前の男だけではない。年齢も性別もバラバラだが、わざわざやってきて私に対し恨みつらみを言い続ける。それがずっと続くのだ。よくもこんなに言うことがあるのかと感心するくらいだ。もういい加減にしてほしい。そんなに私が憎いのなら、わざわざ会いに来なくていいだろう。
どうせなら私がやり返すことができた時期に言えばよかったのに。何もできない私に対して、ただ文句を言うなんて卑怯だ。それともよほど暇で、他にすることがないのだろうか。いい加減、もう放っておいてほしい。何度そう思っても声にならない。
四六時中、私は悪意に晒されていた。常に誰かが私に何かを言っている。
「お前のせいで毎日が辛かった」
「自分は何もしないくせに偉そうに」
「お前のために何人が不幸になったと思ってるんだ」
身に覚えがないわけではなかった。でもそんなに言われる覚えもない。そう思っていたが、それでもずっと言い続けられると少し考えも変わってくる。
こんなに人から恨まれているのなら、もうこのまま死なせてくれないだろうか。他人に世話をされて生きていても何もならない。もう起き上がることは不可能なのだろう。私の身体がどうなっているか分からないが、毎日そんなことを考えるようになった。そして、誰かの声を聞くたびにまだ生きているのだと絶望する。
そうか、これは私自身が招いたことなのだ。人を人と思わず、日々他人を貶した態度で接してきた。相手を尊重することもなく、他人を傷つけてきた。全てそのせいなのだ。これは私に与えられた罰なのだ。どれだけのことを言われても受け入れなくてはならないのだ。
私は過去の自分を悔いていた。私が彼らにしてきたことを思うと、言葉だけで私を攻撃していることが信じられない。それなのにこんな私でも彼女たちは世話をしてくれている。水をくれ、オムツを変えてくれている。私のために時間を費やしてくれているのだ。私はそのことに感謝する。言葉で伝えられないことがもどかしい。
今まで感謝するということをしたことがなかった。何をされてもありがたいと思うことはなかった。私のために何かをすることは当たり前のことだと思っていた。それが彼らの仕事だからだ。しかし、仕事であるということと私の態度は別だ。私が酷い態度で接していいという理由にはならない。
そして私はこの状態を受け入れた。今日も罵詈雑言を浴びせられるのだ。身体は動かなくても、耳は聞こえていてこうやって考えることができているということ。そのことに誰も気づいていない。
「あなたを許しはしない」
それは初めて聞く女性の声だった。穏やかに聞こえるが、どこか威厳のある力強い声。
「私の娘を傷付け、尊厳を奪ったのだから報いをうけるべきでしょう」
私の娘と聞いて、それは妹のアニーのことだと何故か分かった。私の代わりにするために誕生したアニー。母親はメイドの一人だった。父が無理矢理に子供を作ったのだ。生まれた子どもが女とわかり、すぐに父が取り上げた。アニーを産んだメイドはどうなったのだろうか。自分が産んだと言うのに、一度も抱かせなかったと聞く。
ではそのメイドが来たのだろうか。
「あなたは幸せにはなれない。決して幸せにはしない」
耳元で話しているくらいにはっきりと聞こえる。わかっている。私は幸せにはなれないのだ。たくさんの人を不幸にした。他人を踏みつけ、その上で笑って暮らしていた。私はもう幸せになってはいけないのだ。笑って過ごしてはいけないのだ。
声にならないけど、私は心の中でつぶやいていた。何度も何度も。女性の声になぞるように。
「私は幸せにはなれない。決して幸せにはならない」
私は私に言い聞かせるようにつぶやいていた。幸せにはなれない。幸せにはならない。何度も何度も、身体中にその言葉を刻みつけるように。言葉でできた鎖で、自分自身を縛り付けるように。
どれだけの時間が立ったのかわからない。気がつけば、もう声は聞こえていなかった。でもきっともうじき、誰かがやってきてそして私に話しかけるのだ。
「あんたのせいで私は不幸だった」
「あんたがいるから、毎日が憂鬱だった」
「あんたなんかいなければいいのだ」
その時を待ちながら、私は何かの音を聞いた。ドアが閉まる音のようだ。その瞬間、様子が違うと気がついた。説明がしづらいが、何かが違う。その違和感が何かわかった。私は身体を動かすことができた。身体があるということを実感できた。目を開けると暗闇ではあるが、ぼんやりと何かがあることが見えた。
私はベッドに寝ていて、布団がかかっていた。その布団の感触を感じる。足を伸ばせば、シーツの滑らかな感触が伝わってくる。私は生きていて、こうやって何かを見て感じているのだ。そんなことを味わいながら、私は涙を流していた。涙が頬を伝う感触が嬉しかった。
私はベッドから起き上がり、部屋の中を歩いた。それは私の部屋だった。慣れ親しんだ自分の部屋。部屋にあるもの全てを触りながら、私は感動していた。生きていること、身体があること、感じることができること。ついさっきまでなかったものだ。
そして私はドアを開けた。そこはアニーの部屋だった。アニーは私の代わりになるためにこの世に誕生した。アニーは私のために生まれた。私のために生きていくことを強いられていた。私のために私の部屋の隣にいた。
机の上に置かれた布地と刺繍糸を見て、私は悟った。アニーがいなくなった日にまた戻ったということを。
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