帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人

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第8章 海外へ広がる『処方』

8.5 途上国の経済成長政策

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 稲田正弘 千葉大経済学部 経済学教室 准教授は、朝成田を発って、午後バンコクに着くタイ航空に乗っている。座席は、彼が初めて乗るファーストクラスだ。なにしろ、メールに添付して送ってきたE-チケットがそれだったのだ。

『でも、快適だ、これが俺の人生で、最初で最後ということはないよね?』などと、おどけて思う。
 一緒の機に乗っている助手の中本幸助のチケットは、流石にビジネスクラスだったが、それでも本人は初めてと言って喜んでいる。稲田は、月曜日の夜、二宮が電話してきて以来の、てんやわんやの1週間を思い出していた。

 最初に二宮から電話を受けた時、彼女がタイに行ったのは知っており、それだけに『何だろう』と思った。まさか、タイからわざわざ連絡してくるようなことはあるとは思えなかったのである。軽く晩酌をしているのもあって、その話の中で、ミナール王子と言われてもピンと来ずに『オウジって、何だ?』と思っていた。

 しかし、本人から“プリンス”と聞いて、ようやくその漢字が浮かんだものだ。ミナールとの話の中で、だんだん話の重要性がわかって来て、ようやく頭が回り始めた。彼は、二宮さつきが千葉大に入ってきたおかげで、最高の処方士である彼女から、5年以上前の29歳の助手の時、処方を受けることができた。

 その後も、それまでも研究していた、経済成長のメカニズムの研究を続けて、高くなった知力を駆使して3年半前にようやく定量的な評価が行える数値モデルを完成した。これは、日本の1955年から73年にかけての高度成長期のシミュレーションをもとにしたもので、その時々の節目で、違う選択をしていたらどうなったか、という結果も明確に出る優れものである。

 しかし、現在の日本経済に当てはめると、これが、世界経済と極めて密接にリンクしていることもあって、変数が多すぎて適用が難しいというのが現状では正直なところである。とは言え、この研究で博士号も取れたし、助手から准教授にも成れたし、国家公務員のキャリアの、妻の順子に胸を張れるようにはなった。

 このせっかく作ったモデルを生かすには、途上国経済が適している。かつ、日本政府が始めた世界への処方の援助により、そうした国々の人々の知力が大きく増大するこの時期に始めるのが最適と、さつきも入っている会で熱弁したのだ。その結果が、さつきからタイの王家の者に伝わったわけだ。

『タイ!タイだったら最適じゃないか。規模、発展度といい、ぴったりだ』彼はそう思う。しかも、その王子は政府にも顔が利くらしく、経済産業大臣も話を聞くという。彼は舞い上がって、「わかりました。来週早々に入れるように日曜に出発しましょう!」と言ってしまった。

 スマホを切って、彼は思わず妻の居る台所に行って、食器を洗っている妻に呼びかける。
「順子!順子!」
「なによ、なにかあったの?」
 妻が振り返って彼の顔を見る。

「タイから呼ばれたよ!俺の経済モデルの話を聞きたいってね。タイで使ってくれるかも知れない」
 稲田が、嬉しそうに言うのを聞いて順子が尋ねる。
「そう………、良かったわね。それにしても急な話ね。ところで、また何でタイなの」

「うん、タイには今二宮さつき君が処方に行っているんだ。彼女は、ほら普通の処方でなく、中高年の人にも処方できる特級処方士だから、王室の人にも処方をしているのだな、多分。それで、俺の話した経済理論の話をしてくれたらしい。そこから、詳しい話を聞きたいので、来てもらいたいということになったわけだ。話は、第2王子のミナールと言う人からだよ」

「そう。二宮さんも行っていて、彼女を通しての話なら安心ね」
 そう言う順子に稲田は不満そうに言い返す。
「なんだ、お前は。二宮だったら安心ていうのは?」
「だって、あなたは、少しというか、だいぶ、おっちょこちょいのところがあるものね」

 順子にそう言われて、彼はすこしうつ向く。
「ま、まあ、そう言う面はあるな。でもいい話だろう?」
 笑みを浮かべて彼女を見る夫を見ながら、順子は優しく笑って賛成する。
「そう、いい話だわ。タイで、実際にあなたのモデルが生かせるといいわね」
 翌日、大学に登校した稲田は、まず主任教授の速水の教室を訪れた。

「おお、稲田君、朝早くからどうした?」
 60歳の速水は稲田の顔を見て言う。
「速水先生、実は……」と彼は教授に、タイからの招へいの話をする。

「なるほど、それはいい話だ。実際に、私も君のモデルは画期的なものだと思っている。今のところでは、学会ではあまり反響がないが、実際の経済に適用して成功すれば、今後は経済モデルとしては教科書的なものになっていくと思う。是非、成功してもらいたいものだ。まずはその来週のプレゼンだな。
 幸いというか、今のところ君の授業のコマはあまりないから、1ヶ月くらい休むのは可能だろう」

 そのように、主任教授は非常に好意的な反応で、一安心して準備に取り掛かる稲田であった。ところが、その日の午後にタイ王室のカバーレターの着いた招請状が、千葉大学長あてに届き、驚いた学長から稲田と速水に呼び出しがあった。部屋に呼ばれて、学長の部屋の会議机の勧められた椅子に座った、稲田と速水の前に、招請状のプリントアウトされたものが置かれる。

「稲田君は、当然これを知っているよね?」
 彼らの前の椅子に座った学長がそれを指して聞く。
 稲田も重々しいエンブレムで飾られた英語の招請状を読むが、『タイの経済の発展に係わる講義のために、稲田准教授をタイ国王の名前において招請する』とある。

 期間としては、来週以降の適当な期間として特に定めていない。稲田は、昨夜以来の正直な事情を説明する。
「なるほど、二宮さつき嬢ですか。私も彼女に処方をしてもらった一人なのですよね。ちなみに、私には外務省に友人がいてね。今日これを受け取って、この説明をしてタイの情報を聞いてみたのですよ。するとなんと、大使館からの情報では、彼女は第2王子と結婚する可能性があるということなのです」

「ええ!」
 稲田は無論、速水教授も驚いて目を丸くして思わず叫ぶ。速水教授も、やはりさつきから処方を受けた一人であるのだ。
「それは、ちょっと日本にとっては大損失ではないですか?」
 速水が言うが、彼もさつきに処方を受けた一人として、魔法の能力において、日本でもまれな彼女の価値を認めているのだ。

「ええ、外務省はすぐに官邸にもその情報を伝えたらしいのです。官邸ももめたらしいですよ。なにしろ、彼女の魔法を使う上での、たぐいまれな能力もありますが、かのハヤト氏の4人しかいない肉親の一人ということです。彼は家族を大事にしていますからね。だから、もともと彼女がタイに行くについては議論があったのです。
 まあ、結局一人護衛を付けて送り出しましたがね」

 学長は2人の顔を見て一旦言葉を切ってさらに続ける。
「それで、タイの王室であれば、しかも相手が、第2王子のミナール殿下であれば、いいのではないかと言う話になったようです。なにしろ、ミナール殿下は、軍に入っているようですが、国民にはすごい人気らしいですよ。またこうして国王の名前で招請があったということは、殿下が国王を動かしたという証です。タイ政府もおろそかな対応はできないでしょう。稲田君の講義か、プレゼンかは凄いことになるかもしれませんね」

 学長はまた言葉を切って、稲田を見つめて続ける。
「もちろん、本学はこの招請を喜んで受け入れます。ですから、稲田准教授は本学として派遣します。また、このことは本学によって極めて名誉なことですから、記者会見を開いて発表します」

 学長は稲田の目をさらに見て、次に速水教授に顔を向けて聞く。
「速水先生、稲田君のモデルの、タイ国への適用についてはどう思いますか?」

「ええ、タイだったら適用対象として最適でしょう。また、処方が始まって、人々の能力が大幅に上がるというこの時期は、これ以上にない最適の時です。これに、資本と教育をする人材は日本から出せるでしょうし、たぶん二宮さつき嬢がタイにということになると、ハヤト氏が資源探査を近いうちに実施するでしょう。
 それで、数兆円の資産が見つかれば、原資として使えます」
 速水はすらすらと言う。

「ふむ。稲田君、私は学者の一人として君がうらやましいよ。学者は、自分の研究が花を開くところは、なかなか見ることはできないものだからね。いずれにせよ。頑張ってください。これ以上にない場を与えられましたが、一方で失敗すると逆の波もまた大きいからね。本学として、できる支援は全て行います。必要であれば言ってください」

 学長の話を終わった。なお、千葉国大に対して国王の招請状を出した理由は、ミナールも稲田への電話の翌朝に、知り合いで尊敬している経済学の准教授リュームルに稲田の論文の事を聞いてみたのだ。彼は今35歳で、日本に行っての処方はミナールが費用を負担したものだ。

 彼は、稲田の英語の論文をすでに読んでおり、内容は素晴らしいもので、彼のモデルをタイに適用すると極めて精度の高いシミュレーションができる可能性が高いと絶賛していた。彼が、自分でも使ってみたいと思って、近く連絡を取る予定であったということを聞いて、ミナールも国王の名前で招請状を出すことを決心して父を説得した。

「父上、私はDr.イナダの講演会は、近い将来、大きく経済成長することになる我が国の歴史に残るものになると確信しています。その講演会を王室の名を冠して開くことは、王室の未来にとって小さいことではないと思いますよ」
 国王は、満足そうに大きく頷いて招請状を自分の名において送ることを認めた。

 稲田は、現地のプレゼン時に非常に有効なのでタイの仮の経済モデルを構築したいと思い、一緒に現地に行くとすぐに決めた助手の中本と一緒に、日本で分かるだけのデータを入力していった。そのように準備を進めていた、水曜日朝に外務省から電話があり、国際協力事業団-JICAと一緒の訪問の意図が伝えられた。

 モデルを構築するのにほぼ一杯であるため、正直に言えば断りたいところであったが、将来日本の円借款と人材派遣の可能性が大きいため断るわけにはいかない。その午後に訪問してきた5人と、経済学部の小講義室の一つで協議である。
 協議には、速水教授も立ち会っている。
「本日は準備で大変なところで、御迷惑と知りながら訪問させて頂きます。私は外務省の対外審議官の安川と申します」それから安川は他の外務省の一人、JICAの3人を紹介する。

「実は、外務省でも稲田先生の論文は読ませて頂いており、注目はしてきたのです。確かに、我が国の高度成長期並みの単純な経済であれば、非常に高い精度のモデルができると思いますし、その場合には経済政策の結果が精度高く予測できるわけです。その意味では、タイ国というのは大変適したモデルだと思います。
 実のところ、この度始めた海外への魔法処方の援助というのは、一つの懸念材料ではあったのです。しかし、はっきり言って、これ以上日本が処方の成果を独占することはできないことも、もはや確かでした。懸念材料と言うのは、処方の結果、世界中の人がいわば賢くなるわけです。

 しかし、問題はそのまま彼らが、そのまま貧しく虐げられる状態のまま取り残されることです。こうした人々は、かならず世界秩序の破壊に走ると判断されています。知能が5割近く上がった多数が、そうした破壊者になった世界と言うのはまさに悪夢です。
 そういう意味では、稲田先生のモデルを使って、未だそういう悪しき秩序の残っている国の経済成長を促す、というのはその悪夢を防ぐ一つの処方箋なのです。そのようなことで、今回のタイ国の先生のプレゼンは、是非成功してモデル化も実施して、経済政策を実施に移し、その実施も成功してほしいのが、日本国としての願いです。実際に、タイが軌道に乗ったら、順次他の国々のモデル化と経済政策の実施をお願いしたいと考えています」

 安川は話を終えて稲田と速水の顔を見る。
「え、ええ!偉く、大きな話になりましたね。まあ、タイ国はモデル化に向いていて、多分実施も王室の後押しがあればそれほど難しくないと思いますが。世界中の国ですか……」
 稲田は言って、うつ向いて考え込む。

「ええ、大変な仕事です。しかし、これは政府にも話は通っており、やらざるを得ないという判断です。ですから、外務省のみならずすべての省庁が全面的なバックアップをします。また、先生のモデルは世界を救うことになるわけで、間違いなくノーベル賞をもらえることになりますよ」
 安川はここぞと稲田を諭す。

「ノ、ノーベル賞、ね、狙って取るものではないけれど、そう、頑張りますよ。まあ、人間出来ることしかできないからね。でも、間違いなく大きな資金需要と、実業の教育人材の大きな需要がありますよ」
 稲田は、現金に決意に満ちた顔になって言う。

「そう思いまして、円借款を主管し、かつ援助に係わる人材の供与を主管するJICAの担当者を連れてきました」
 安田が言い、その後は、援助の仕組みの大まかな話などがあった。最後に速水教授から、稲田の処遇についての話があった。

「政府としてそういう意向であれば、稲田准教授は大学の教育者としての立場は、外さないとしょうがないでしょう。彼の下に人を集めて、プロジェクトチームを作る必要があるでしょうね」
「はい、タイ国の話はいいきっかけでしたので、稲田先生がタイに行っている間に、どういう組織にするか、枠を詰めておきますが、今のところチームというか組織はJICAの中に作るべきだろうと考えています」

 そのような話があって、彼らは帰って行ったが稲田が出発するまでのところでは具体的な話はなかった。その後、稲田と中本とモデルを組み上げて稼働することを確認して、モデルの入ったコンピュータを持参してきている。

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