帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人

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第11章 サーダルタ帝国の侵攻余波

11.9 サーダルタ帝国強行偵察隊出撃

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 サーダルタ帝国強行偵察隊は、当然出撃前には訓練を行った。これは、強力な打撃力を持つ母艦としての艦隊訓練と、艦載機を発進・収納させての機動戦訓練である。しかし、陸戦隊は母艦の機動とは直接関係ないので、こちらは、今回出撃の予定のないアメリカのギャラクシー級母艦ベガを使って訓練している。

 “ありあけ”及びギャラクシー級は長さ250mで幅が50m、高さは25mもあってずんぐりしており、量産性を考えて形は角ばっていて、満載時重量は8万トンもの巨体であるが、重力エンジンによる駆動のために動きは軽い。さらに、地上に降りた場合でも、重力エンジンの運転による調整で自由にその重量を調整できるので、地上に降りることは容易である。

 一方、艦載機の“しでん”や“らいでん”のような艦載機の射出と収納は、母艦から重力エンジンの働きによる力場によって艦載機の機体を動かすことによって行う。射出の場合は、艦内で駐機している機体の出発準備ができたら、母艦のオペレーターが力場で横腹に6ヶ所ある射出ハッチのある位置まで機体を動かし、さらにハッチを開けて機体を外に吊り出す。

 その時点では、対象の機体は重力エンジンを駆動させているので、後は機体側の操縦で勝手に飛んでいくだけだ。収納の場合は、艦載機が母艦から一定の距離にまで近づいて、自らの操縦系を切れば、母艦のオペレーターが発進と反対の操作で機体を収納して、艦内の駐機場所まで届ける。

 なお、艦内の居住区のデッキは6段、艦載機のデッキは3段になっているので、艦載機のハッチは各段で左右に一つずつあることになる。陸戦隊の艦から出撃は、地上300m以下で艦が停止している状態で、10人ずつ最下段のデッキから、やはり力場で地上に降りる。

 陸戦隊の訓練は、アリゾナの灌木がまばらに生えている半砂漠、フロリダのジャングル、雪に埋もれたカナダの森林地帯で実施されたほかに、アメリカの訓練用の住宅街で行われた。これは、収集されたデータや、捕虜の尋問から、戦う可能性のある世界について調べた結果から選ばれたものである。

 陸戦隊の武装は、火薬を使った武器は使えないので、ハヤトの直卒隊も使っている電磁銃であり、それに加えて銃に装着できる短刀、さらに電磁ナイフである。電磁銃は、口径5.5㎜で薬きょう部分がないために、弾自体は5.5mm、長さ15mmで24gのもので銃に50発入りのカートリッジを装填できる。

 だが、各々そのカートリッジを3つ携行する。電磁銃の欠点は連発ができないことで、一秒おきにしか撃てないが、秒速2㎞/秒に達するその弾の直進性とAIによる照準システムはその欠点を補って余りあると言われる。また、陸戦隊のメンバーは、身体能力が高い方が有利であるが、その点で魔力の大きい日本人が身体強化の効果が高いため、陸戦隊全体の5割を自衛隊出身者が占めている。

 魔力の大小による身体強化の効果の差は、最大パワーと素早さはそれほど変わらないが持続時間が大きい。
無論ハヤトとその直卒隊も訓練をしている。隊長は基本的にはハヤトということになるが、軍人の影山中尉以下5名はハヤトの護衛との位置づけである。従った護衛隊の隊長は影山大尉ということになる。

 ハヤトとヤフワ・ジェジャートは軍人としての階級を持たず、彼ら2人は護衛対象ということになっているが、影山は上官からあくまで護衛対象はハヤトであり、それに反しない範囲でヤフワを守ることと固く命令されている。影山たちは、レンジャー資格を持ち、無論身体強化は最高レベルでしかも、レンジャーの中で2割はいない魔法が使える者達である。

 影山たちとしては、空間魔法を使える今ではハヤトは論外であるが、比較的魔力の少ないヤフワには勝てると思ったが、実際は互いに身体強化をしてもヤフワのパワーとスピードではとても敵わない。彼らは、ハヤトの空間魔法であちこち跳び回り、ジャンプ即戦闘隊形、あるいは電磁銃を撃つ放つ等の訓練を繰り返した。

 ハヤトの直卒隊の有利な点はハヤトの空間収納が使えることであり、電磁銃、電磁ナイフに刀剣類の他に無反動砲や各種爆弾が使えるが、実際の格闘となると電磁銃と刀剣になるが、ヤフワには敵わないだろう。それだけヤフワの、元々の肉体の運動機能が高く、身体強化のレベルも高いのだ。

 瀬川英二少尉は、サーダルタ帝国強行偵察隊の“むつ”の艦載機“しでん”M-12に座乗していて、第2分隊に属している。彼の属する8機編隊の第2分隊長は、自衛隊のF15乗りであった笠山慎吾少佐である。今回の偵察隊の艦載機のパイロットは、欧州または東南アジアでの実戦経験者を優先的に割り当てている。

 しかし、それに該当する者は日本、イギリス、アメリカ、東南アジア連合のパイロットのみになるため、ロシア、アフリカ連合、中南米連合、カナダ、オーストラリアなど防衛連盟に加わり、“しでん”による訓練を行っていた国のパイロットは少数ながら選ばれている。

 瀬川の入っているむつの第2分隊は、日本人が4名、ロシア・タイ・カナダ人・アフリカ人パイロットがそれぞれ1名が加わっている。アメリカ人パイロットは全員スターダスト機に配置されており、日本側パイロットは同様に“しでん”機のみの配置である。

 この場合の共通言語は英語であるが、全員が魔法の処方済みであって、知力の増強が行われているパイロットには英語を使いこなすことは全く問題ない。1ヶ月の訓練期間中の最初の1週間は、戦闘機同士のドッグファイトと“らいでん”を護衛しながらの共同訓練に費やされた。

 その間に、母艦については彼らのみの編隊訓練と戦闘訓練が行われた。これは、戦闘機と攻撃機はすでに実戦を経て、その機動の在り方はノウハウが積み重ねられているが、母艦は未だ実戦経験がなくその艦としての挙動及び操縦については確認しなくてはならない点が多いのである。

 さらに、母艦の最重要な役割の一つは、異世界への転移である。サーダルタ帝国のガリヤーク簿価の艦長であったミールク・ダ・マダンの指導の下に、4つの隣接世界マダン、ジムカク、カールル、ジーザルへ転移の方法を頭に叩き込む。当面は異世界転移装置のコントロールは人手で行うことになっているのだ。

 今のところ、艦隊の強行偵察は最初にマダンに渡る予定になっているが、異世界と地球は惑星として重なる形で存在している。従って、マダンに渡る場合は、地球上で選んだ任意の点で転移装置を稼働すると、その異世界の惑星の相応する位置で異世界への門が開くことになるのだ。

 マダン等の異世界については、その世界の地図が入手されており、地球上の重なる地点との関係も解っている。さらに、マダンの世界の重要なこともデータとして入手出来ている。地球から渡れる4つの異世界の2つであるマダンとジムカクは、地球のように海と大陸と島からなる世界であり、多様な生物が繁殖して、人間に似た知的生物もいる。

 マダン人の文明レベルは地球で言えば1950年代レベルであり、人口10億人ほどが各地に都市をやまたは田園地域に住んでいることが判っている。ジムカク人は中世レベルの文明であり、人口は5億ほどであり、マダンと共にサーダルタ帝国の支配を受けている。

 カールルは同様に海と大陸と島からなる世界で、多様な生物が生息しているが、知的生物はいない。また、ジーザルは酸素を含んだ大気はあるが、気圧が低いために直接呼吸することは困難であり、水が少なく殆ど砂漠の世界であり、生物は植物と昆虫までの状態である。したがって、転移の訓練はサーダルタ帝国に知られる可能性が低いカールルとジーザルについて行うことになっている。

 転移は、転移装置によって母艦を囲んだ異世界へのゲートを形成してくぐり抜ける形になるが、もともとはより巨大なガリヤーク母艦を通過させるためのゲートなので、大きさ的には余裕がある。従って、“しでん”、またはスターダスト1分隊8機を艦の外に張りつけた状態で転移することを原則とすることにしている。

 これは、何と言っても転移直後は小回り効かない母艦は弱点になりやすいので、それを戦闘機で護衛した状態で異世界への門をくぐるのだ。しかし、無論訓練時の最初の数回は母艦のみで転移を行っている。4隻の艦隊は、乗員が無意識にでも転移ができるように何度も繰り返した。転移の先の選択は位置的には地球上の同じ点から、4つの異世界へ転移できるので、魔力を使って転移装置のいわば座標を選ぶように転移先の異世界を選ぶ。

 そのため、その操作員はできるだけ魔力の強いものが望ましい。日本人の場合は普通に魔法が使えるレベルの要員を選べばよいが、アメリカ人の場合は日系人の隊員で、魔力の強いものが更に魔力増幅装置を用いて使って操作員としている。アメリカもスターダストの転移装置の操作に、日本人を使おうとはしなかったのだ。

 1週間を過ぎたのちは、艦載機はそれぞれの母艦に配備されて艦隊機動訓練に入った。まず、標準フォーメンションである母艦と、それに力場で固定された戦闘機1分隊の状態で異世界への門をくぐる。地球上の転移点はフロリダ上空2万mである。

 瀬川の“しでん”M-12機も、“むつ”の艦腹から10mを隔てて固定された状態で異世界の門をくぐる。上空からフロリダのジャングルと集落の下界が見渡せる景色から、ぼんやりと視界が白くなってまたぼんやりと明るい砂漠の景色へと景色見え、いきなりクリヤーに見えるようになる。『なるほど、この世界がジーザルなのだ』瀬川は思った。

 高度計を読むと2万5千mであって、異世界に入った途端に母艦からの力場が切られ自由になったので、瀬川はあらかじめ命じられたとおりに、直ちに母艦を離れて、それを中心に半径10㎞の円を描いて母艦の護衛体制に入る。僚機7機とはそれぞれ軌道をずらして各々円を描くようにするのだ。

 瀬川がそうして魔力レーダーと普通のレーダーを見まもりつつ警戒飛行を続けている間にも、母艦から“しでん”戦闘機が吐き出されてくるが、これは発艦訓練を兼ねているためだ。新たに発艦した“しでん”はすぐさま各々8機の編隊を組んで、それぞれ決められた方向に高度を上げつつ飛んでいく。

 彼らはこの直径3万5千㎞の惑星ジーザルの上空1000kmまで上がって、軌道速度6.7km/秒に合わせてこの惑星を1周してくるのだ。この場合には加減速時にしかエネルギーを使わないので、バッテリー蓄電量は惑星を周回しても1/4程度しか減らないのだ。

 彼らには様々な機能の高性能ビデオあるいはカメラが積まれており、68機×4=272機もの数で、1000㎞上空から地上を撮影したデータは、繋ぎ合わせて地図、資源、生物相、大気組成等の惑星規模のマップが出来上る。ただしこれは、雲が極めて少ないジーザルだからのことで、地球並みに雲の多いカールルでは何度も同じことを繰り返す必要があるだろう。

 これは、サーダルタ帝国から異世界のデータを入手した防衛同盟は、参加各国の学会にこのデータを配布している。そうなると学会は突然現れたフロンティアに黙っているわけもなく、各国で連絡を取り合い、全力を挙げて異世界の惑星調査のための撮影機器を準備して、各異世界の周回飛行を要求したのだ。

 各国政府も、そのメリットを考えれば否やはなく、最大限の予算を付けて準備に協力して、偵察艦隊にも学会の要望をできるだけ受け入れるように要請している。今回の飛行はあくまで艦載機の訓練の一環であると念を押したうえで、ジラス司令官はこの要請を受け入れている。

 実際に、惑星を周回する訓練はもともと実施する予定であったのだ。このように、偵察艦隊艦載機が惑星の上空を飛びまわれば、その惑星の当面の安全は確認できるので、その惑星での訓練が終わったら、別途学術調査隊が派遣されることも決まっている。また、この世界にはサーダルタ帝国による別の世界からの転移が可能なので、当然この調査隊には護衛が必要になるが、これはベガ以下の護衛艦隊をつけることになっている。

 なにしろ、カールルの場合は居住可能な惑星まるまま一つなのだ。これは直径が約4万㎞弱で海洋面積が2/3で陸地が1/3なので地球とほぼ同じである。大気圧は880kPaであるので地球よりやや低いが、酸素濃度は24%で地球より高く呼吸には支障はない。

 陸地は殆ど繋がって一つの大陸をなして陸半球と海半球を構成している。サーダルタ帝国のデータには詳しい資料はないが、陸は熱帯のジャングル、温帯林、草原、砂漠に多様な植物、動物、海洋生物が住んでいる。ジーザルの場合も、乾いているとは言っても全体の面積の1/3程度の海はあり、気圧は地球の半分、大気中の酸素濃度は地球と同じ約20%であるので、呼吸補助器を着ければ地表での作業は可能である。
 従ってめぼしい鉱物資源があれば、採掘に大きな困難はないであろう。

 母艦の発進・収納訓練では、全戦闘機が発進後に“らいでん”攻撃機8機が発進するのに約3分であり、収納はもう少し時間がかかって5分であった。瀬川も約2時間のやや退屈な哨戒飛行の後、哨戒の交代を受けて勇んで惑星の周回飛行に飛び立った。

 それは、大部分陸地の砂漠の単調な世界ではあったが、やはり大きな水面はあり、その周辺は緑に覆われた場所も多い。
「ああ、ここは異世界、別の惑星なんだ!」
 マイクを切ったうえでそう叫んで、パイロットの道を選んで良かったと、しみじみ思う瀬川であった。
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