日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人

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第1章 日本の変革

1.1 PCが化けた

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 牧村誠司は、唖然としてPCの画面に現れ、勝手にスクロールしていく論文を見つめた。
 彼は、国立西山大学の理学部・物理学科・物理学研究室の修士課程(マスターコース)の2年生である。今は十月だから十二月ごろまでには修士論文を提出しなければならず、今頃はその骨格は指導教官に見せなくてはならないが、いまだ、その肝心なところで詰まっており焦りに焦っていた。 

 誠司は、幼いころからアインシュタインに憧れ、その伝記を読み漁り、相対性理論についても中学のころから必死に食らいついて、高校のころには理解していると威張って友達に吹聴していた。実際、数学と物理は極めて出来が良く、テストは常に満点であった。だが、一方で、興味がない歴史、地理、社会、美術等はすれすれで赤点を避けるレベルであったが、国語は論文を書かなければいけないということで優秀な方であった。

 また、英語は海外の論文を読む関係上読み書きは問題なかったが、論文に使われない一般単語はうといということから成績は最優秀と言うわけにはいかなかった。しかし英語での会話は普通にできる。
 彼は、そういう経緯で入学する大学の専攻は物理学科以外は眼中になかったが、成績に偏りがあり、科目が少なく理系と英語のみの私立なら問題はなかった。しかし、家の経済的な問題もあって地元の西山大学を早くから目指すことを決めていため、一般入試では合格は怪しく、西山大学は物理・数学の一芸入試で引っかかったというのが正直なところである。

 しかし、こうした自分の興味のある分野の自分の能力には自信があった彼であるが、大学で学ぶうち、先人の書いたものを理解するのは人一倍優れているが、どうも創造性に欠けるのではないかと思い始めた。学部4年生の時の卒業研究で論文を書く必要があり、これについては、A4で150ページにわたる大作であったが、結局ニュートン力学、相対性理論、量子力学、統一場に関する理論物理学の変遷を整理したものに過ぎないというのが彼自身の評価であった。
 しかし、教官は『大変よくまとまっている』として、その評価を『秀』としてくれたので、大学院に進むのに問題はなかったが。

 マスターコース2年間の集大成として、かれが選んだのは核融合の理論的な解明であり、これはMITのマーシャル・コリンズ教授が発表した論文を発展させようとするものであり、この元の論文自体が極めて難解なものであった。しかし、彼はそれを理解は出来て、この方向に発展させるという考えはクリヤーにあったので、2年あれば十分発展させたものができると思った。
 そこで、指導教官の重田助教授に「絶対、やり遂げて見せます」と、『無理だろう』と心配げな目で見ている前で大見えを切った経緯があったため時間が迫って余計に焦っていた。

 そのため、切羽詰まって、バイトして13万円で買った自分のノートパソコンに、出始めから中盤までは理論展開できた挙句全く進まくなった問題を打ち込んで、さらに“これは解決するにはどうしたらいいのだ?”と打ち込み、最後にやけになってエンターキーを叩いた。

 それに対して、冒頭の論文がずらずら!と出てきたのだ。「え、え! な、なんだ」誠司は論文をのぞき込む。量は、大体A4にぎっしり打ち出して十枚くらいあり、極めて複雑な式が多く使われている。

 その後、誠司は画面を2時間ほど極度に集中して睨んでいた。なんとか、最後まで一応読み通し、疲れ果てて椅子にのけぞったが、頭はフル回転している。理解できたところだけで言ってもこれはすごいものだ。
 もともと彼が意図していたのは、核融合の発動の必要条件と十分条件を導き出す手法を見極めようという程度のものだったが、この論文はその域をはるかに超えて、まず核融合の理論的な裏付けを確立してしまっている。さらに、発動の実際条件までを根拠を述べたうえで整理して、最適条件まで根拠付きで規定している。

 彼の考えが正しければ、この論文の規定するところに沿って装置化すれば核融合が起き発電もできる。
 それも、いま一般に必要とされている数千万度のプラズマ状態を作ることや、いわば燃料として重水素や3重水素を使う必要もない。そのうえ、自分の読んだところが正しければ、いわゆるこの核融合反応の出力は電子の流れとして、すなわち電気として取り出せる。

『もう一度ゆっくり読もう』かれは、研究室のプリンターでその論文を打ち出して、ノートに牧村十二枚と使った紙の枚数を書く。これは、院生は自分を使った紙の枚数分のお金を出し合うためだ。
 時計を見ると、もう九時半だ。
「げ!帰らなくては。妹に怒られる」

 慌てて、パソコンを閉じようとして、ふと思いなおして、質問を打ち込みエンターキーを押す。
『現在の日本経済の問題点は何か?』

 それに対して、グラフ、表を使った五十ページに及ぶ論文が現れどんどんスクロールしていく。
『あちゃ、失敗した』

 彼は、その内容はほとんど理解できないので、一瞬考えた後、それを一旦ハードディスクに入れてインターネットを通じて経済学部のやはりマスター2年の友人の狭山良太に送った。そして、誰もいない研究室の照明を消し戸締りをして慌ててミニバイクで家まですっ飛ばす。

「洋子、すまん。遅くなった。」
 誠司は木造2階建て築二十年の家の玄関に鍵を開けて駆けこむ。

「いいのよ、お兄ちゃん。どうせ勉強していたから」
 食卓に本とノートを広げた洋子は、地元の県立光洋高校3年生で、西山大学進学を目指して勉強中だ。色白で目がぱっちりしてスタイルの良い洋子は、先ごろ引退したがバレー部で3年間頑張ってきた。西山大学医学部を目指すくらいだから成績は良く、油断しなければ大丈夫と言われている。

 牧村家では、母の早苗は誠司が高校の時ガンで亡くなり、地元のメーカー勤めの父英輔は海外の長期出張が多く留守がちであるため、洋子と誠司が家事を助け合ってやってきた。だが、洋子がバレー部を引退してからは食事の準備は洋子の役割りになっている。

「お兄ちゃんは、今日は飲み会ではなさそうだし。こんなに遅いのはなにかあったの?」
 洋子が聞いてくる。

「うん、どうもなあ。俺のPCが化けた」

 誠司の答えに洋子は戸惑う。
「化けた?なによ、それ?」

「これを見てごらん」
 誠司が洋子に先ほど打ち出した論文を渡す。

「うわ!なによ、これ。訳がわからない」
 目にしたとたん返して来る。

「俺の質問に対して、これが答えとして出てきたのだ。これは、俺が理解できる限りでは、核融合に関する世界で初めての完全な理論的な解明をした論文だ。これが世に出れば間違いなくその執筆者はノーベル賞を取れるな」
 厳かに誠司が言うと洋子は目を丸くする。

「ええ!すごいじゃない。どうするのよ、それを。いや、待って、PCが勝手に答えたって?」

「うん、だから、言ったろ。PCが化けたって。それからこの論文の凄さはそれだけではないぞ。この論文があれば、世界初の核融合発電機が作れる。核融合は知ってるよな?」

「ええ、兄ちゃんから耳にタコが出来るほど聞かされたから。でも、実際に作るのはすごくハードルが高かったでしょう?」

「ああ、しかし、この論文によれば、そのハードルは全くなくなるに等しいのだ」
 誠司がそう言ったところに、マートフォンが鳴った。

「おお、狭山か、送ったのを見たか?」

「牧村!なんなんだ、あれは! まだ無論全部は読んでいないが、とんでもないぞ、あれは。お前は家か、いま?」
 
「おお、家だ」

「じゃ、すぐ行からな。待ってろよ」
 スマートフォンが切れる。

「なに、お兄ちゃん、狭山さんが来るの?」
 洋子が聞くが、少なくとも迷惑そうではない。

「うん、実は、あいつに俺のPCへの質問の答えを送ったんだ」

「どういう質問よ?」

「『今の日本経済の問題点はなんだ』という質問だ」

「ええ!そんな質問に答えたというの?そんなに簡単に答えられる問題ではないでしょう?」

「ああ、グラフや表が多用された五十ページの論文だ。それが準備されていたみたいに直ちにワードでPCに入ってきた」

「なに、それ! じゃ、センター試験の問題や西山大学の入試問題を聞いたら答えるわけ?」

「う、うん、出来るかもしれんが、それはまずいぞ。でも面白いからやってみよう」
 誠司はPCを取り出し、ちょっとセンター試験や西山大学はまずいので、関係ない大学の名前をインプットしてエンターを押す。

『京南大学の今年の入試問題をこたえよ』しかし答えは『個別性の質問には答えられない』である。

 誠司は内心ほっとする。彼がたいへん関心のある、同じ学科の4年生の菅原美鈴のスリーサイズなどを聞いて答えられたら際限がなくなるからである。

「ほら、この通りで答えられないってさ」
 誠司は洋子に画面を見せる。

「ううーん、残念。でも何よこの質問は、京南大学ってなによ?」

「それはな、兄としての教育的観点から、妹が悪の道に入らないようにだな」

「でも貸してよ。私が質問を打ち込んでみるわ」
 そう言って彼女はPCに打ち込む。

「バレーボールの競技の歴史を述べよ」
 エンターを押すが答えはない。

「兄ちゃん、私には答えないわ、このPC、差別だね」

「うむ、わがPCは人を選ぶようだな。たぶん俺にしか答えないんだ。俺はこれに名前を付けよう。そうだな。PCマドンナだ」

「なによ、マドンナって。これは女性なの?」

「うん、このエビ色の塗装はいかにも女性と言う感じだろう?」
 などと馬鹿なことを言っているうちに、車が駐車場に止まる音がして、玄関にチャイムが鳴り、インターフォンから「狭山です」と言う声が聞こえる。

 誠司はすぐに玄関に行って、狭山を食卓に案内してくる。
 狭山の身長は百七十八㎝で誠二より少し高く、細身で穏やかな顔つきで、性格も実際に穏やかである。誠二とは高校時代のラグビー部仲間であり、最も親しい何人かの一人であるので、家にはしょっちゅう来ており、大体が食卓のあるキッチンが定席である。

「ああ、どうも洋子ちゃん、入試大変だね。勉強は進んでいる?」
 珍しくせかせか入ってきた狭山は、それでもまず洋子に挨拶する。

「ええ、頑張ってますよ。兄のPCが化けたというので、入試問題を聞いたのですが、『答えられない』との返事です。楽はしてはいけないということなのですね」
 洋子の答えに、狭山はなるほどと言うような顔をする。

「PCが化けた?この論文はそれか?」
 狭山は、紙の束をひらひらさせる。

「ああ、帰る前に『日本経済の問題点』を聞いた結果だ」
 誠司の答えに珍しく興奮した狭山は言う。

「おれも経済学部の院生だから、いささか、日本経済についてはフォローしているし、大体俺の修論もそれがテーマだよ。しかし、これは俺が書くようなレベルの代物ではない。極めて論理的に現状を分析して、問題点を描き出している。
 これには、よくわからない計算法を使って論点の証明もしているし、さらには最大のポイントは解決策を描き出しているのだよ。それも、一通りではなくて、現状でいろんな制約がある中での策、さらにいろんな政策が進んだ時の解決策など、まだ斜め読みなのではっきりは言えんが、これがとんでもないものであることは確かだ」

「そうか、あれはそれほどのものか。おれが受け取ったものもたぶんそれに劣らないどころか、完全に上回る代物だ。なにしろ、たぶん日本のみならず世界の産業構造を変えるからな。ほらこれだよ」
 誠司は狭山に机の上の例の論文を見せる。

「うーん、俺にはさっぱり意味が分からんが、しかしうらやましいのは、物理や工学の世界は割に証明がやりやすいし簡単に実証できるからな。経済の世界は、怪しげな理論はいろいろあるが、実際に経済学者の言う通りにやって成功した試しはケインズくらいじゃないのかな。
 この論文も、結局上げ潮派の論に沿っているので、財務省が嫌がるから、その御用学者が騒いでああじゃないこうじゃないとか言って、なかなか実現しないだろうな」
 狭山は少し憂鬱そうに言う。

「うーん、しかし、俺のこの論文の核融合が実現するとすごいことになるのは狭山もわかるだろう?」

「ああ、それは俺でもわかるよ。目下、近代社会の最大の問題はエネルギーだからな」

「だからな。これをまず実現するんだ。そうなれば、政府も社会も俺たちを無視できなくなる。その中で経済政策も握っちゃうんだ。間違いなく産業構造ががらりと変わるからな。
 だから、工学部の機械の西村慎吾、電気の安田幸男、医学部の吉田真由美を仲間に引っ張り込んでやろう。吉田は医学の面でなにかあるだろう。例えばガンの治療法とかな」

 牧村と狭山及び、西村、安田、吉田は、皆地元西山市出身の同じ高校出身者で中の良い仲間である。
その夜、狭山は泊まることをになり、誠司と狭山はビールを飲み始め遅くまで熱く語り合ったが、受験生の洋子は早々に自分の部屋に引きあげた。
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