日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人

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第1章 日本の変革

1.16 地震予知とその対応

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 五月二十三日西山大学で記者会見が開かれた。
 発表者は理学部長の山科地球物理学科教授である。すでに山科教授は電磁波の変化を指標とした地震予測方法を開発して、そのセンサーを西山大学の費用で全国の大学の協力を得て25箇所設置したということは、マスコミに流れていて話題になっていた。

 その費用たるや8億5千万円ということであるが、西山大学技術開発研究所あての銀行融資によって調達している。なぜ、銀行がそのような巨額の融資を2月にできたばかりの研究所に融資したか現状の所では不明のままである。 また、山科教授の予測法は、この種の手法開発としては異例なことに、特許出願されてその明細書はすでに公開されていた。

 それを読んだ学者からはひょっとすると完全な予測法ではないかというコメントがあるなどして話題を呼んでいた。従って、山科教授の記者会見が開かれた大講義室には、七十名ほどの報道関係者に加え近隣の大学関係者のみならず西山大学関係者百名ほども詰めかけていた。大学内にはこの記者会見での発表が学問上極めて重要なものであるという話が広まっていたのである。無論、誠司も水谷ゆかりを誘って出席している。

 あらかじめ出席者には、裏表印刷の5頁程度のレジメが配られているが、100部用意したものが、西山大学関係者には行き渡らない。ひな壇には、山科純一教授と准教授の狭山京子が並んでいる。

 記者会見の口火を切ったのは、司会役の狭山准教授である。
「本日はお集まりいただきありがとうございます。只今より、当西山大学理学部地球物理学科の記者会見を開きます。今日は先にご案内した通り、“地中の電磁気の変化を指標とする地震予知方法とその予測結果”と題した発表を行います。
 なお、ご質問は発表が終わってからにお願いします。では山科教授お願いします」

「はい、地球物理学科教授の山科です。さて、当学科ではかねてから地震と地磁気の変化に注目しておりまして、以前にもその関係から地震の発生を予測する方法を発表しており、ある程度の予測精度を出すことが出来ております。
 しかし、これは山岳地方においては精度が低く、どちらかと言うと直下型地震が山岳地域で起こることから、あまり有用なものとは言えませんでした。

 しかし、最近電磁波についての全般的な理論的解明が行われまして、それを元に電磁波としてのデータ取得と解析を行うことで高い精度が得られる手法を開発しました。これについては、当大学の技術開発研究所の名前で特許出願をしております。では、プロジェクターで説明します」

 教授はプロジェクターで測定の原理、実際の測定方法を説明する。
「さて、このような手法を開発しましたが、この場合当然のことながらセンサーを設置しないとデータが取れないわけです。そこで文部科学省に緊急の予算割り当てをお願いしましたが無理ということで、皆さんもご存知のように技術開発研究所として銀行融資を受けてセンサーをこの位置に25箇所設置しました」

 教授は、一息入れて出席者を見渡して、おもむろに続ける。
「その結果、そのうちの2か所において、最近顕著な変化があらわれ始め、その変化を私共の作ったソフトウェアに入れて解析した結果がこれです。まず、岐阜県の岐阜大学の観測点でのデータの変化から、地点としてはここです。また強さとしてはこのピークになります」

 教授は地図上に十字点を示し、続いてなだらかな曲線から急激に上昇し、突然折れる線グラフ示す。
「さらに時期として、この線グラフの一目盛りが一日で、この数値が日づけです。つまり、五月二十八日に破局点すなわち地震が起きますが、時間は午前9時頃ですね。
 また、このエネルギーからすればマグネチュード4.5程度、3次元的に解析すると地下十㎞で起きると考えられます。直上の地上の震度は5弱程度ですから目立った被害はないと思いますが、その日のその時間帯には注意が必要です」
 教授は言葉を切る。出席者は一斉に手を挙げるが、司会の狭山准教授はぴしゃりと言う。

「まだ、教授の話は終わっておりません」
 教授は声を大きくして続ける。

「さて、次の予測結果はいささか深刻です。これは、山形大学に設置した観測点でのデータから同じように、位置は山形県のこの場所、そして強さと時期です。強さは先ほどのデータと比べてみましょう。大幅に大きいのが分かりますね。また破局点は六月三日の十五時頃になり、マグネチュードは6.2で地下10㎞の地震になりますので地上の震度は六強になりますのと、直上に近く人口12万人のM市が位置します」
 今度こそ大騒ぎになった。
「お静かに、お静かにしてください」

 狭山准教授の大声でようやく静まった中で、山科教授の静かな声が響く。
「私の予測の精度には疑問を持たれる方も多いと思いますが、たまたま比較的弱い岐阜県の予測した地震のあとに、山形県の間違いなく被害の生じる地震が起こるという予測になっています。
 岐阜県の方も震度5と言うことは無視していいのものではないですから、家屋の補強や家からの一時的な避難など対策を講じて頂きたいと思います。山形県の方については半端な対策では間にあいませんが、出来ればすぐ始めて頂きたいのですが、または岐阜の結果を見てからと言うことも選択枝です」

 その後質疑は1時間以上にわたったが、質問内容が繰り返しになり始めたと見た狭山准教授が打ち切った。学識経験者からは、疑問を呈するもの、賞賛するものが半々であったが、記者からは何で特許申請したかという質問があり、山科は、研究機関の研究費の不足を訴えそのために資金をプールしたいとの考えからと答えている。

 翌朝、「西山大学、地震完全予測法を確立と発表!岐阜県、山形県の地震を予測!」との記事が各新聞の一面トップを飾り、山科教授は一躍時の人になった。

 その後、海外からの取材も多くあり、さまざまな形の報道が続いたが、結局は岐阜県の結果を見てからだという結論になっていた。
 しかし、震源とされた岐阜県、山形県は震度予想図まで渡され、それぞれ全力で準備にかかった。これは、国内の地震の権威とされる学者が間違いなく理にかなった予測法であり、正しい予測である可能性が高いことから、予測された地域は最善の準備をするべきという談話を出したことも大きい。

 これは、こういうことを予想していた山科教授が、同じ学会の彼らに面談して自らの方法を十分に説明していたこともこうした談話がでた理由である。教授は予測した以上、その地区の人々を全員救いたいと思いから、そのような動きをしたのである。

 五月二十八日岐阜県の震源とされた地点には、多数の報道関係者、関係公務員が詰めかけていた。
 その地点は家屋もまばらな山麓であり、それほど地質がもろいということもなく震度5弱程度では大きな被害は起きないだろうと言われていた。しかし、震度予測に従って周辺の市町村、及び震源の少数の家屋については県、市町村から出来るだけの補強をするように指導に回っており、それなりの手当がされていた。

 午前8時半から警戒に入って人々は待つ。8時57分弱いがはっきりわかる揺れが走り、その約1分後本震が襲った。震度5弱といっても慣れない人には立っていられない揺れが襲う。
 現地には一部で墓の転倒、がけ崩れ等はあったが、家屋には殆ど被害はなかったし、人的被害は全くなかった。しかし、もしこの予測がなければそれなりの被害は出てきたであろうというのが、後で点検した県関係者の総括であった。

 この結果は世紀のビッグニュースとして世界を巡った。なにしろ、地震の規模、地点、時間までの予知が出来るというのは、少なくとも人命被害についてはほぼ完全に防げることを意味するのだ。
 Dr.Yamashinaの名は一躍世界に鳴り響き、彼は世界で最も有名な学者の一人になったが、かれが開発したこの方法を適用するためには、センサー網を巡らす必要があり、加えて取ったデータを彼が開発したソフトウェアで解析する必要がある。

 日本国内については、この結果を受けて、政府が全国をカバーするための残り五十三箇所のセンサー設置費用を緊急に支出し、さらに現在各大学がボランティアで行っているデータ取得の費用を出すことが決まった。さらに、山科教授が強く要求した結果、国が特許使用料としてしかるべき費用を西山大学技術開発研究所に払うことになった。
 この際に、山科教授の費用要請に対して教条的な対応をした文部省担当が非難されたのは言うまでもない。

 海外についても早急なセンサー網整備が求められたが、対象を地震国において現在のODA援助対象国は無償または有償援助の借款としてセンサー網と解析技術の指導を行い、その他は有償でこれらを実施する取り決めになった。
 その費用に先の特許料も含まれることになっている。これについては、マスコミ関係では守銭奴などというものもいたが、研究費に困った経験のあるすべての学者は個人のものにする訳ではなく、技術開発の支援の資金作りという山科教授の趣旨に大いに賛成であった。

 さて、山形県の地震であるが、土木技術者あがりの県知事が指揮を執って、山科教授の発表のあった翌日には県で対策会議を開いていた。
 その時点では、山科教授がメールで送った予測の諸データがそろっており、なかには地域毎の震度予測が含まれている。会議には、県内の大学の地震学の教授と准教授も入っており、知事の質問に答えている。

「山田先生、この地震についてはこれだけのことがわかっているのですから、揺れの方向もわかりますよね」
「ええわかりますよ」
 山田教授が答える。

「それでは、揺れの方向に、集中的に例えば斜材でつっかえをすれば被害を軽減できるのではないですか?」
 知事が聞くと、教授が腕を組んで考えながら応じる。

「うむ、それは面白いかもしれない。たしかに細長い建物など明らかに強い方向と弱い方向がありますから」

「なるほど、応急的な補強でそれなりに効果がある可能性は高いわけですね。それは是非実行してみよう。では土木部長、震度六強の揺れが想定されているM市の被害予測について説明してくれ」
 知事が次に土木部長に訪ねる。

「はい、詳しくは担当課長から説明しますが、M市については地震対策計画を策定しており、公共建物の耐震診断及び補強は概ね終了しています。下水道については緊急対策計画事業の短期事業は完了して、主要設備の耐震は済んでいますし、上水道も主要設備の耐震は済んでおります。
 しかし、上下水道の管路についての耐震は殆どできていませんのである程度の被害は避けられないでしょう。これはいかに早く復旧するかと言うことにかかってきます。

 問題は民間家屋でありまして、市域の20%程度での震度六強の予測地域では、耐震補強をしているものは殆どなく相当な被害は避けられないかと思われます。また、震度六弱の地域は幸いほとんど家屋がありませんので被害は殆どないでしょう。震度五強の地域には多数の家屋がありますが、よほど脆弱な家屋以外は倒壊には至らないと予測されています。
 なお、震度五弱以下の地域は建物の被害はさほど大きくはないと考えられます」

 そのようにして、被害が出る地域が特定されていき、それに対する対策も決められていったが、これは、地震に対しては国策で様々な調査、対策が打たれてきたのが功を奏した形であり、これらなくしては短時間に被害想定を行ってその対策を立てるなどは無理であっただろう。
 またそれ以上に、地震の前に時間から震度分布まで予測できているというのは如何に有難いことか、準備に当たる全員が痛感していたことである。しかし、全員がまた同時に本当に予測は当たるのか疑問の思いは胸にあった。

 その対策は以下のようなものであった。
⑴建物で倒壊の危険性のあるものは支持材の設置などの仮補強を施す。この際に余りに弱い建物はあきらめて中の有価物は運び出す

⑵震度4以上の予測地域は倒れやすいもの、高所に置いてあるものなどを安定させ、家具を固定するなどの措置を行う

⑶震度5以上の地域では家具などは床に倒すか、外に運び出すなどして倒れないようにする

⑷知事令によって震度3以上の予定地域は屋外への非難を命令することとして、予定時間の避難場所を定めておき、誘導員を指名しておく

⑸県内の土木、建築業者はすべて人員と重機を準備してすぐ出動できるように待機する。特に弱点であることがわかっている地点にはこれらをあらかじめ配置しておく。

⑹地震発生後半日間の一般人の携帯電話の使用を禁ずる。これは地震対応の連絡を妨げないようにするためである。

 そして、五月二十八日が来て、岐阜県においてまさに予測通りの時刻、位置、規模の地震が発生した。
 このとき、すでに山形県で対策に奔走していた人々はかたずを飲んでその時間を待っていたが、全世界にリアルタイムで報道されたその知らせに心にあったわだかまりがすべて消えて、さらに力を入れて事後の対応に奔走するのであった。

 このときの活動は、後に続く自治体のためにと言う知事の意向で、映像を含めた綿密な記録が取られたが、“The countermeasures of Yamagata for an earth quick”として、その後地震予知がされた地域の対策のバイブルとして世界中に配布された。
 運命の6月3日、予測時間に17分ずれてまさに予測地点で、マグネチュード6.3の地震が起きた。各地域の震度は殆ど配布された震度予想図の通りであった。

 人々は整然と避難して、言われていた通りの揺れが来て、建物が揺れ歪むのを恐怖の目で見た。それでも仮補強で耐えるのを祈るように見守り、また道路がひび割れ、場合によって水道管が割れて水が噴き出し、電柱が倒れ、マンホールが飛び出し、崖が崩れるのを見た。

 しかしそれらの被害は待機していた重機や人員によって即日機能を復帰した。
 結局、マグネチュード6.3という強い内陸型地震が、全く人的被害なく終わった。しかし、家屋倒壊12軒、半壊57軒が起き、公共インフラ等については、水道管の破損25箇所、下水道管12箇所、電線の断線3か所、道路陥没、法肩崩壊等、がけ崩れ等が起きたが、即日手当がされて殆ど翌日の生活には支障がなかった。
 これらの対策の中で、地震の揺れ方向を見定めて建物に支持材を施す方法が大きな効果があることが確かめられ、これなくしては被害が十倍になったと後に報告された。結果として、指針にまとめられこれまた世界に配布された。
 翌日、山形県知事は西山大学を訪れ、山科教授に会見して深く感謝したが、これはまた世界に大きく報道され、Dr.YamashinaとSeizan Universityの名を高めた。

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