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稽古が終わり、汗だくになった道着を脱ぎ、シャワーで流す。水が肌を滑るたび、少しだけ火照った体温が落ち着いていくのがわかった。
体育館を出ると、ちょうど夕焼けが西の空を染めている。オレンジ色の光に目を細めながら、ロッカーに置いていたスマホを取り出すと、通知が一件。
――早乙女からだった。
『お疲れ様です。まだ学校ですか?』
たった一行のメッセージに、なんでこんなに心臓が高鳴るのか。自分でもよくわからない。
ふと、キスの記憶が蘇る。額とはいえ、あの柔らかさと温もり。しかも、あれは早乙女から――。
「……いや、意識しすぎだろ、あたし」
深呼吸して、震える指先で返信する。
『今、終わったところだ。これから帰る』
送信すると、間もなくして返事が届いた。
『よければ、昇降口で待っています』
送信時間はほんの数秒前。待っている、ではなく、待っています――過去形じゃない。
もしかして、もう来ている……?
「……ほんとに真面目なやつだよな」
少し頬が熱くなるのを感じながら、急ぎ足で昇降口へ向かう。部活帰りの生徒たちがちらほらと通り過ぎる中、ガラス越しに見えた人影。
校則通りに着用されたブレザーと整えられた姫カットの黒髪。控えめに佇むその姿は、やっぱり早乙女だった。
「待たせたか?」
「いえ、ちょうど図書室から着いたところです」
そう言いながらも、少し寒そうに肩をすくめる仕草が可愛い。夕焼けの光を受けて、長い睫毛が影を作っている。
なんでこんな普通の仕草にドキドキするんだ、あたしは。
「送っていこうか?」
「えっ、でも……」
「いいから。ほら、行くぞ」
照れ隠しに先を歩き出すと、小さく「ありがとうございます」と呟く声が後ろから聞こえた。
校門を抜け、駅へ続く道。微妙に距離を空けて歩く早乙女に、ちょっともどかしくなる。
「……そういや、なんで待ってたんだ?」
「あ、えっと……七瀬さんに、お話ししたいことがあって……」
少し視線を伏せ、ためらうように言葉を選んでいる。そんなに深刻な話なのかと、思わず足を止めた。
早乙女も釣られるように立ち止まり、気まずそうに目を泳がせる。
「その……今日のこと、です」
「今日……って、キスのことか?」
無意識に率直すぎる言い方をしてしまい、早乙女の顔が一気に赤く染まる。
「――っ、あ、はい。でも、その……もし、嫌だったら……」
「……嫌じゃない。むしろ、あたしは……」
そこまで言って、思わず言葉に詰まる。
むしろ、嬉しかった。もっとしてほしいと思った――なんて、言えるはずがない。
「……むしろ?」
「……なんでもない!」
慌てて言い繕うと、早乙女はほんの少しだけ口元を緩めた。
夕焼けが背後で沈んでいく。照れ隠しに空を見上げていると、隣で早乙女がぽつりと呟いた。
「私、やっぱり……七瀬さんのことが……」
「……え?」
小さすぎる声で、風にさらわれそうな告白。
それでも確かに届いたその言葉に、鼓動が一気に早くなる。
「……好きです」
夕闇に溶けるような、けれど真っ直ぐな告白。
逃げるように目を逸らす早乙女の耳まで真っ赤だ。
「……そっか」
反射的に返した声が震えている。自分でも驚くほど。
どうしよう。返事をしないといけないのに、頭の中が真っ白で――。
「……あたしも、好きだ」
自分の声が遠く感じるくらい、耳鳴りがして。
でも、確かに言えた。
早乙女が、ゆっくりとこちらを見上げる。
揺れる瞳と目が合って――。
「……じゃあ、もう一度、キスしてもいいですか?」
消え入りそうな声で、けれどはっきりとした言葉。
その可愛さに負けて、思わず頷いた瞬間。そっと重ねられた唇は、無性に甘く感じられた。
体育館を出ると、ちょうど夕焼けが西の空を染めている。オレンジ色の光に目を細めながら、ロッカーに置いていたスマホを取り出すと、通知が一件。
――早乙女からだった。
『お疲れ様です。まだ学校ですか?』
たった一行のメッセージに、なんでこんなに心臓が高鳴るのか。自分でもよくわからない。
ふと、キスの記憶が蘇る。額とはいえ、あの柔らかさと温もり。しかも、あれは早乙女から――。
「……いや、意識しすぎだろ、あたし」
深呼吸して、震える指先で返信する。
『今、終わったところだ。これから帰る』
送信すると、間もなくして返事が届いた。
『よければ、昇降口で待っています』
送信時間はほんの数秒前。待っている、ではなく、待っています――過去形じゃない。
もしかして、もう来ている……?
「……ほんとに真面目なやつだよな」
少し頬が熱くなるのを感じながら、急ぎ足で昇降口へ向かう。部活帰りの生徒たちがちらほらと通り過ぎる中、ガラス越しに見えた人影。
校則通りに着用されたブレザーと整えられた姫カットの黒髪。控えめに佇むその姿は、やっぱり早乙女だった。
「待たせたか?」
「いえ、ちょうど図書室から着いたところです」
そう言いながらも、少し寒そうに肩をすくめる仕草が可愛い。夕焼けの光を受けて、長い睫毛が影を作っている。
なんでこんな普通の仕草にドキドキするんだ、あたしは。
「送っていこうか?」
「えっ、でも……」
「いいから。ほら、行くぞ」
照れ隠しに先を歩き出すと、小さく「ありがとうございます」と呟く声が後ろから聞こえた。
校門を抜け、駅へ続く道。微妙に距離を空けて歩く早乙女に、ちょっともどかしくなる。
「……そういや、なんで待ってたんだ?」
「あ、えっと……七瀬さんに、お話ししたいことがあって……」
少し視線を伏せ、ためらうように言葉を選んでいる。そんなに深刻な話なのかと、思わず足を止めた。
早乙女も釣られるように立ち止まり、気まずそうに目を泳がせる。
「その……今日のこと、です」
「今日……って、キスのことか?」
無意識に率直すぎる言い方をしてしまい、早乙女の顔が一気に赤く染まる。
「――っ、あ、はい。でも、その……もし、嫌だったら……」
「……嫌じゃない。むしろ、あたしは……」
そこまで言って、思わず言葉に詰まる。
むしろ、嬉しかった。もっとしてほしいと思った――なんて、言えるはずがない。
「……むしろ?」
「……なんでもない!」
慌てて言い繕うと、早乙女はほんの少しだけ口元を緩めた。
夕焼けが背後で沈んでいく。照れ隠しに空を見上げていると、隣で早乙女がぽつりと呟いた。
「私、やっぱり……七瀬さんのことが……」
「……え?」
小さすぎる声で、風にさらわれそうな告白。
それでも確かに届いたその言葉に、鼓動が一気に早くなる。
「……好きです」
夕闇に溶けるような、けれど真っ直ぐな告白。
逃げるように目を逸らす早乙女の耳まで真っ赤だ。
「……そっか」
反射的に返した声が震えている。自分でも驚くほど。
どうしよう。返事をしないといけないのに、頭の中が真っ白で――。
「……あたしも、好きだ」
自分の声が遠く感じるくらい、耳鳴りがして。
でも、確かに言えた。
早乙女が、ゆっくりとこちらを見上げる。
揺れる瞳と目が合って――。
「……じゃあ、もう一度、キスしてもいいですか?」
消え入りそうな声で、けれどはっきりとした言葉。
その可愛さに負けて、思わず頷いた瞬間。そっと重ねられた唇は、無性に甘く感じられた。
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