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あれから数週間が過ぎた。すっかり恋人のふりが定着してきたが、早乙女とのやりとりは以前と変わらない。優しくて、気遣いもできて、時折見せる無邪気な笑顔がやけに心に残る。
だけど、どうしても引っかかっていることがある。
「本当に……『恋人のふり』なんだよな」
独り言のように呟いた声は、自分でも驚くほど弱々しかった。私が知る限り、早乙女が男子から告白される回数はぐっと減った。……私が風よけになれているなら、それでいいのだが。
放課後の剣道場。気を散らすまいと、いつもより入念に防具を締め直す。けれど、そのたびに思い出されるのは早乙女の言葉と、あの日の柔らかい感触。
「七瀬、集中してる?」
同級生の麻生夏希が、竹刀を肩に担ぎながら声をかけてくる。
返事をしようと口を開いた瞬間、不意に脳裏に浮かんだのは早乙女が少し恥ずかしそうに微笑んだあの顔だった。
「あ、ああ……してる」
誤魔化すように竹刀を握り直す。だが、握りが甘い。夏希がじっとこちらを見て、ふっと笑った。
「……あんた、最近ちょっと変だよ?」
「何がだよ」
「なんか、ぼーっとしてるっていうか、切れ味が悪いっていうか。……まさかとは思うけど、あれマジ?」
「っ……!」
ぐっと詰まった息が漏れる。反射的に顔を背けた。その反応だけで、夏希は確信したらしい。悪戯っぽく口元を緩める。
「へー、意外。あんたがねえ。……早乙女ってすごいんだなぁ」
「そんなんじゃねえよ!」
「いやいや、必死すぎでしょ……わっ、痛っ!」
竹刀で軽く突いたら、本気で痛がったらしく夏希が文句を言う。
それでも、内心は焦りっぱなしだった。だって、違うはずなのに。あたしたちはあくまで「恋人のふり」をしているだけで……。
練習試合が始まる。だが、竹刀を構えた瞬間に浮かんでしまう。
早乙女の、嬉しそうな顔。恥ずかしそうな仕草。
気を散らすな、と頭を振るけど、無理だった。
「面!」
気付けば視界が真っ暗になっていた。
面を打たれた鈍い音と、頭に響く衝撃。それに続く審判旗が上がる音。
こんな簡単に一本取られるなんて――。
「ちょっと、大丈夫?」
「あ、ああ……悪い、ちょっとボーッとしてた」
情けない言い訳を口にしながら、頭を左右に振る。こんなんじゃ、だめだ。練習に集中しなきゃいけないのに。
だけど、どうしても頭の片隅から早乙女が消えてくれない。
次の試合も、結果は散々だった。竹刀の振りは甘く、踏み込みも浅い。
何より、全然集中できない。いつもの感覚が戻らない。戻らないどころか、徐々に抜けてしまっている……まるで穴の開いたボールじゃないか。このままだと、部活の皆に迷惑をかける。そう思っているのに。
「七瀬、マジでどうしたの? らしくないじゃん」
「……悪い。ちょっと、帰るわ」
言い訳みたいに呟いて、防具を外す。
自分でも情けなくて、顔が熱い。悔しい。
だけど、心の中ではもっと別の理由で胸が苦しくて。
――これって、本当にただの「恋人のふり」なのか?
あたしは、どうしたいんだ? 早乙女は、本当はどう思ってるんだ?
そんなことばかり考えてしまって、剣道に集中できない自分が、ますます嫌になる。
夕焼けに染まった帰り道、ひとり歩きながら小さく息を吐いた。
「……はぁ、情けねぇ」
それでも、ふとスマホを見た時、早乙女からのメッセージに心が跳ねたのを、見ないふりはできなかった。
胸を焦がすような、どうしようもない気持ちに飲み込まれそうになりながら、あたしはその夜も眠れずにいた。
だけど、どうしても引っかかっていることがある。
「本当に……『恋人のふり』なんだよな」
独り言のように呟いた声は、自分でも驚くほど弱々しかった。私が知る限り、早乙女が男子から告白される回数はぐっと減った。……私が風よけになれているなら、それでいいのだが。
放課後の剣道場。気を散らすまいと、いつもより入念に防具を締め直す。けれど、そのたびに思い出されるのは早乙女の言葉と、あの日の柔らかい感触。
「七瀬、集中してる?」
同級生の麻生夏希が、竹刀を肩に担ぎながら声をかけてくる。
返事をしようと口を開いた瞬間、不意に脳裏に浮かんだのは早乙女が少し恥ずかしそうに微笑んだあの顔だった。
「あ、ああ……してる」
誤魔化すように竹刀を握り直す。だが、握りが甘い。夏希がじっとこちらを見て、ふっと笑った。
「……あんた、最近ちょっと変だよ?」
「何がだよ」
「なんか、ぼーっとしてるっていうか、切れ味が悪いっていうか。……まさかとは思うけど、あれマジ?」
「っ……!」
ぐっと詰まった息が漏れる。反射的に顔を背けた。その反応だけで、夏希は確信したらしい。悪戯っぽく口元を緩める。
「へー、意外。あんたがねえ。……早乙女ってすごいんだなぁ」
「そんなんじゃねえよ!」
「いやいや、必死すぎでしょ……わっ、痛っ!」
竹刀で軽く突いたら、本気で痛がったらしく夏希が文句を言う。
それでも、内心は焦りっぱなしだった。だって、違うはずなのに。あたしたちはあくまで「恋人のふり」をしているだけで……。
練習試合が始まる。だが、竹刀を構えた瞬間に浮かんでしまう。
早乙女の、嬉しそうな顔。恥ずかしそうな仕草。
気を散らすな、と頭を振るけど、無理だった。
「面!」
気付けば視界が真っ暗になっていた。
面を打たれた鈍い音と、頭に響く衝撃。それに続く審判旗が上がる音。
こんな簡単に一本取られるなんて――。
「ちょっと、大丈夫?」
「あ、ああ……悪い、ちょっとボーッとしてた」
情けない言い訳を口にしながら、頭を左右に振る。こんなんじゃ、だめだ。練習に集中しなきゃいけないのに。
だけど、どうしても頭の片隅から早乙女が消えてくれない。
次の試合も、結果は散々だった。竹刀の振りは甘く、踏み込みも浅い。
何より、全然集中できない。いつもの感覚が戻らない。戻らないどころか、徐々に抜けてしまっている……まるで穴の開いたボールじゃないか。このままだと、部活の皆に迷惑をかける。そう思っているのに。
「七瀬、マジでどうしたの? らしくないじゃん」
「……悪い。ちょっと、帰るわ」
言い訳みたいに呟いて、防具を外す。
自分でも情けなくて、顔が熱い。悔しい。
だけど、心の中ではもっと別の理由で胸が苦しくて。
――これって、本当にただの「恋人のふり」なのか?
あたしは、どうしたいんだ? 早乙女は、本当はどう思ってるんだ?
そんなことばかり考えてしまって、剣道に集中できない自分が、ますます嫌になる。
夕焼けに染まった帰り道、ひとり歩きながら小さく息を吐いた。
「……はぁ、情けねぇ」
それでも、ふとスマホを見た時、早乙女からのメッセージに心が跳ねたのを、見ないふりはできなかった。
胸を焦がすような、どうしようもない気持ちに飲み込まれそうになりながら、あたしはその夜も眠れずにいた。
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