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あたしは頭が良くないし、実は足も遅い。球技をやればノーコンだし、音楽のセンスだってない。結局、あたしには剣道しかないのだ。大会が近づくにつれ、練習はますます厳しくなっていた。放課後の剣道場には、竹刀が打ち合う乾いた音と、掛け声が響き続けている。だというのに、その音に混じって、あたしの心はずっとざわついていた。
早乙女との関係。このままでいいのかって――。
結局、その答えを出せないまま、一日の練習が終わった。汗で背中に貼りついた胴着が気持ち悪い。
シャワーを浴びてから身支度をするのも、早乙女と恋人のふりをし始めてからだ。それまでは、自分のにおいになんて無頓着だったのに。弛んでる、そんな思いを拭いきれないまま歩いていると昇降口のあたりに見慣れた姿があった。
「七瀬さん、お疲れさまです」
早乙女だ。いつも通りの柔らかい笑顔で手を振ってくる。
なんでこんな時間まで待ってたんだよ、と苦笑しながら近づくと、
「ちょうど帰るところだから、一緒にどうですか?」なんて誘われてしまう。本当は迎えの車を呼べるのに、そうしない。いじらしいったらありゃしない。
「……まぁ、いいけど」
断る理由も見つからず、二人並んで歩き出す。
夏の太陽はまだまだ高く、早乙女は自然に日傘をさして、その陰に私まで入れてくれる。
――このままじゃダメだ。
ずっとそう思ってた。思い続けて、結局、今日まで引き伸ばしてしまった。
でも、もう逃げられない。逃げちゃいけない。
「あのさ、早乙女」
「はい?」
呼びかけに、早乙女がこちらを向く。
その瞳があまりに真っ直ぐで、一瞬言葉が詰まる。
だけど、ここで黙ったらきっと後悔する。だから、意を決して言った。
「もう……『恋人のふり』なんて、やめにしないか?」
はっきりと言葉にしてから、喉がカラカラに乾いた。少しだけ震えていたかもしれない声。
けれど、次に来る返事を待つ間が、もっと苦しかった。
ほんの数秒――それでも永遠に感じるほどの沈黙。やがて、早乙女がふっと目を伏せて、小さく息を呑んだ。
「……そう、ですか」
ぽつりと落とされた言葉は、驚くほどかすれていた。
驚いたように顔を上げると、早乙女は無理に笑おうとしたらしく、ぎこちなく口元を引きつらせていた。
「もう、男除けの役目は十分果たしただろう?」
「そう……ですね」
早乙女はそれ以上何も言わずに、かすかに唇を噛んでいた。その肩が、ふるふると震えている。
まるで今にも泣きそうな顔で、あたしの視線から逃げるように目をそらす。
――ああ、やっぱり勘違いなんかじゃなかった。
早乙女は本当に、悲しんでいる。その事実が、ぐさりと胸に突き刺さった。
「……ごめん、早乙女」
「あ、いえ……私の方こそ、ごめんなさい」
掠れた声で言い合って、また気まずい沈黙が降りた。
どちらからともなく歩き出すけれど、足取りはぎこちない。
ほんの数センチの距離が、やけに遠く感じた。
いつもは楽しげに話してくれる早乙女が、今日は黙ったまま。
それが、どんな練習よりも辛くて、胸がぎゅっと締めつけられる。
早く家に帰りたい、だけど、このまま別れたくない――そんな矛盾が頭の中でぐるぐる回る。
「……七瀬さん」
「……なんだよ」
しばらくして、ようやく早乙女がぽつりと呟いた。
その声は、やっぱり少し震えていて、
顔を上げたあたしの目に映ったのは、涙を堪えたような瞳だった。
「わたし、まだ……本当は、もう少しだけ……」
続く言葉はなかった。
でも、それだけで十分すぎた。
あたしは結局、何も言い返せずに、早乙女の悲しそうな横顔を見つめることしかできなかった。
早乙女との関係。このままでいいのかって――。
結局、その答えを出せないまま、一日の練習が終わった。汗で背中に貼りついた胴着が気持ち悪い。
シャワーを浴びてから身支度をするのも、早乙女と恋人のふりをし始めてからだ。それまでは、自分のにおいになんて無頓着だったのに。弛んでる、そんな思いを拭いきれないまま歩いていると昇降口のあたりに見慣れた姿があった。
「七瀬さん、お疲れさまです」
早乙女だ。いつも通りの柔らかい笑顔で手を振ってくる。
なんでこんな時間まで待ってたんだよ、と苦笑しながら近づくと、
「ちょうど帰るところだから、一緒にどうですか?」なんて誘われてしまう。本当は迎えの車を呼べるのに、そうしない。いじらしいったらありゃしない。
「……まぁ、いいけど」
断る理由も見つからず、二人並んで歩き出す。
夏の太陽はまだまだ高く、早乙女は自然に日傘をさして、その陰に私まで入れてくれる。
――このままじゃダメだ。
ずっとそう思ってた。思い続けて、結局、今日まで引き伸ばしてしまった。
でも、もう逃げられない。逃げちゃいけない。
「あのさ、早乙女」
「はい?」
呼びかけに、早乙女がこちらを向く。
その瞳があまりに真っ直ぐで、一瞬言葉が詰まる。
だけど、ここで黙ったらきっと後悔する。だから、意を決して言った。
「もう……『恋人のふり』なんて、やめにしないか?」
はっきりと言葉にしてから、喉がカラカラに乾いた。少しだけ震えていたかもしれない声。
けれど、次に来る返事を待つ間が、もっと苦しかった。
ほんの数秒――それでも永遠に感じるほどの沈黙。やがて、早乙女がふっと目を伏せて、小さく息を呑んだ。
「……そう、ですか」
ぽつりと落とされた言葉は、驚くほどかすれていた。
驚いたように顔を上げると、早乙女は無理に笑おうとしたらしく、ぎこちなく口元を引きつらせていた。
「もう、男除けの役目は十分果たしただろう?」
「そう……ですね」
早乙女はそれ以上何も言わずに、かすかに唇を噛んでいた。その肩が、ふるふると震えている。
まるで今にも泣きそうな顔で、あたしの視線から逃げるように目をそらす。
――ああ、やっぱり勘違いなんかじゃなかった。
早乙女は本当に、悲しんでいる。その事実が、ぐさりと胸に突き刺さった。
「……ごめん、早乙女」
「あ、いえ……私の方こそ、ごめんなさい」
掠れた声で言い合って、また気まずい沈黙が降りた。
どちらからともなく歩き出すけれど、足取りはぎこちない。
ほんの数センチの距離が、やけに遠く感じた。
いつもは楽しげに話してくれる早乙女が、今日は黙ったまま。
それが、どんな練習よりも辛くて、胸がぎゅっと締めつけられる。
早く家に帰りたい、だけど、このまま別れたくない――そんな矛盾が頭の中でぐるぐる回る。
「……七瀬さん」
「……なんだよ」
しばらくして、ようやく早乙女がぽつりと呟いた。
その声は、やっぱり少し震えていて、
顔を上げたあたしの目に映ったのは、涙を堪えたような瞳だった。
「わたし、まだ……本当は、もう少しだけ……」
続く言葉はなかった。
でも、それだけで十分すぎた。
あたしは結局、何も言い返せずに、早乙女の悲しそうな横顔を見つめることしかできなかった。
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