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第三章 飯屋
新たな繋がり
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アン叔母さんの家には新しい椅子が増えていた。
ギルクリスト叔父さんの服に木くずが付いているので、セリカが座っている椅子は叔父さんが作ったものかもしれない。
「セリカ、いらっしゃい。元気そうで良かったわ。ダルトン先生も来て頂けて嬉しいです。前にフロイド先生ご夫妻から、お話だけは伺っていたんですよ。セリカがお世話になったそうで、ありがとうございます。」
「突然おじゃましてすみませんな。セリカさんが里帰りをするというのでついて来てしまいました。」
アン叔母さんがダルトン先生と話ながらお茶を出してくれている顔もとを、セリカはじっと見ていた。
叔父さんが帰って来て困っている様子はなさそうね。
アン叔母さんがいいのなら、セリカには何も言うことがない。
叔父さんのことを迷惑に思っているのなら、魔法を使ってでも放り出してやろうと思っていたんだけど、それはしなくてよさそうだ。
「叔母さん?」
セリカが目で叔母さんに問いかけると、アン叔母さんは仕方ないわという顔をして、叔父さんを見て笑った。
いろんな夫婦のあり方があるんだなぁ。
― 私なら蹴飛ばして追い出すかも。
だよねぇ。
若い時期をずっと独りぼっちにさせておいてと文句を言うわね、絶対!
「すまんが、コロンさんがわしを知っとるのに驚いたんじゃが、どこかでお会いしましたかな?」
ギルクリスト叔父さんはダルトン先生の問いに気まずい表情をして、話そうかどうしようか言いよどんでいるようだ。
「えっと…そのう、私がまだ子どもだった頃のことなんですが、メンディス伯爵家で下手間の小僧をやっていたことがあるんです。その時にチラッと姿をお見かけしたことがあって…。」
「メンディス…、やはりの。」
「ダルトン先生、知ってらっしゃる方なんですか?」
「あのウォーターストーンの持ち主じゃよ。わしが若い頃に一度見たことがあると言ったじゃろ。」
突然そこにアン叔母さんの声が響いた。
「全部、お話したら? 私がいるからって遠慮はいらないわよ。」
「アン、本当にすまない。…実は、メンディス伯爵様が不治の病にかかって、ビューレ山脈の水の恩恵にあずかるためにダレーナに静養に来たことで、私はアンに出会ったんです。閣下は奇跡的に良くなって自領に帰られたんですが、私はここに残りました。」
「叔母さんと結婚したからね。」
「ええ。しかしある日、メンディス伯爵様の娘がこっちに訪ねてきたんです。…その、以前その娘と関係がありまして…。」
セリカは呆れてものも言えなかった。
アン叔母さんを見ると、顔を下に向けている。
「最初はそのことをアンにバラすぞと脅されて、オディエ国の嫁ぎ先まで連れていかれたんですが、私に任された仕事は、ご主人の尾行をすることだったんです。」
……………。
どっちもどっちね。
「ご主人は、山の中の村にいる平民の娘が好きなようでした。ドギー様は、あ、メンディス伯爵の娘の名前です。ドギー様は政略結婚だったために、旦那様の浮気には目をつぶっておられました。しかしいざという時にそのことを離婚の理由にしようと、ずっと私に監視させてたんです。ところが旦那様の浮気相手が亡くなって、子ども達もいなくなったものですから、子爵家は大騒ぎになりました。」
「子爵家?」
「あ、ドギー様の嫁ぎ先はオディエ国のノーラン子爵の嫡男の方だったんです。」
「ノーラン子爵? もしかしてオディエ国の西の端の領地で、メンディス伯爵領とは隣り合ってるんじゃなかったかの?」
「子ども達って…もしかして、ダルトン先生!」
セリカとダルトン先生は目を見交わした。
「その子どもの名前は、ケリーとウィルじゃないんですか?」
セリカの言葉に、今度はギルクリスト叔父さんが驚いて目を見開いた。
「な、なんでその名前を?!」
世間は狭いものだ。
こんなところに繋がりがあったなんて…。
セリカは、ケリーとウィルが犯罪に巻き込まれて、その後セリカたちと出会って保護した経緯を叔父さんに話した。
叔父さんは、ノーラン子爵の息子、サイモン・ノーラン卿のところへ、その子ども達の情報を伝えてほしいと言ってきた。
「…でもそのサイモンっていう人は信用できるの? ケリーとウィルが不幸になるんだったら、誰かに間に入ってもらって、うちで預かっていたほうがいいかもしれないでしょ?」
「結局、ドギー様と旦那様はその騒動の中で離婚されたんです。それで私もやっとこっちに戻ってこれたって訳で…。旦那様は、こう言っちゃあなんですが、ドギー様よりも情があるお方です。お父様のノーラン子爵閣下が…ちょっと頑固な方でして。平民との結婚を許さなかったんでしょう。」
なるほどね。
これは連絡を取るしかないわね。
― そうね、何と言っても実の父親だもの。
それからセリカとダルトン先生は、ダレニアン伯爵邸に帰って、ダニエルに念話した。
ダニエルはセリカの話に驚いていたが、オディエ国のサイモン・ノーラン卿と連絡を取ってみると言って請け負ってくれた。
瓢箪から駒が出たようだ。
ダルトン先生の探求心が、新たな繋がりを見出したのかもしれない。
セリカだけだったら、ギルクリスト叔父さんもここまで詳しい話をしなかっただろう。
その繋がりがケリーとウィルにいいように働くことを、セリカとしては祈るだけだった。
ギルクリスト叔父さんの服に木くずが付いているので、セリカが座っている椅子は叔父さんが作ったものかもしれない。
「セリカ、いらっしゃい。元気そうで良かったわ。ダルトン先生も来て頂けて嬉しいです。前にフロイド先生ご夫妻から、お話だけは伺っていたんですよ。セリカがお世話になったそうで、ありがとうございます。」
「突然おじゃましてすみませんな。セリカさんが里帰りをするというのでついて来てしまいました。」
アン叔母さんがダルトン先生と話ながらお茶を出してくれている顔もとを、セリカはじっと見ていた。
叔父さんが帰って来て困っている様子はなさそうね。
アン叔母さんがいいのなら、セリカには何も言うことがない。
叔父さんのことを迷惑に思っているのなら、魔法を使ってでも放り出してやろうと思っていたんだけど、それはしなくてよさそうだ。
「叔母さん?」
セリカが目で叔母さんに問いかけると、アン叔母さんは仕方ないわという顔をして、叔父さんを見て笑った。
いろんな夫婦のあり方があるんだなぁ。
― 私なら蹴飛ばして追い出すかも。
だよねぇ。
若い時期をずっと独りぼっちにさせておいてと文句を言うわね、絶対!
「すまんが、コロンさんがわしを知っとるのに驚いたんじゃが、どこかでお会いしましたかな?」
ギルクリスト叔父さんはダルトン先生の問いに気まずい表情をして、話そうかどうしようか言いよどんでいるようだ。
「えっと…そのう、私がまだ子どもだった頃のことなんですが、メンディス伯爵家で下手間の小僧をやっていたことがあるんです。その時にチラッと姿をお見かけしたことがあって…。」
「メンディス…、やはりの。」
「ダルトン先生、知ってらっしゃる方なんですか?」
「あのウォーターストーンの持ち主じゃよ。わしが若い頃に一度見たことがあると言ったじゃろ。」
突然そこにアン叔母さんの声が響いた。
「全部、お話したら? 私がいるからって遠慮はいらないわよ。」
「アン、本当にすまない。…実は、メンディス伯爵様が不治の病にかかって、ビューレ山脈の水の恩恵にあずかるためにダレーナに静養に来たことで、私はアンに出会ったんです。閣下は奇跡的に良くなって自領に帰られたんですが、私はここに残りました。」
「叔母さんと結婚したからね。」
「ええ。しかしある日、メンディス伯爵様の娘がこっちに訪ねてきたんです。…その、以前その娘と関係がありまして…。」
セリカは呆れてものも言えなかった。
アン叔母さんを見ると、顔を下に向けている。
「最初はそのことをアンにバラすぞと脅されて、オディエ国の嫁ぎ先まで連れていかれたんですが、私に任された仕事は、ご主人の尾行をすることだったんです。」
……………。
どっちもどっちね。
「ご主人は、山の中の村にいる平民の娘が好きなようでした。ドギー様は、あ、メンディス伯爵の娘の名前です。ドギー様は政略結婚だったために、旦那様の浮気には目をつぶっておられました。しかしいざという時にそのことを離婚の理由にしようと、ずっと私に監視させてたんです。ところが旦那様の浮気相手が亡くなって、子ども達もいなくなったものですから、子爵家は大騒ぎになりました。」
「子爵家?」
「あ、ドギー様の嫁ぎ先はオディエ国のノーラン子爵の嫡男の方だったんです。」
「ノーラン子爵? もしかしてオディエ国の西の端の領地で、メンディス伯爵領とは隣り合ってるんじゃなかったかの?」
「子ども達って…もしかして、ダルトン先生!」
セリカとダルトン先生は目を見交わした。
「その子どもの名前は、ケリーとウィルじゃないんですか?」
セリカの言葉に、今度はギルクリスト叔父さんが驚いて目を見開いた。
「な、なんでその名前を?!」
世間は狭いものだ。
こんなところに繋がりがあったなんて…。
セリカは、ケリーとウィルが犯罪に巻き込まれて、その後セリカたちと出会って保護した経緯を叔父さんに話した。
叔父さんは、ノーラン子爵の息子、サイモン・ノーラン卿のところへ、その子ども達の情報を伝えてほしいと言ってきた。
「…でもそのサイモンっていう人は信用できるの? ケリーとウィルが不幸になるんだったら、誰かに間に入ってもらって、うちで預かっていたほうがいいかもしれないでしょ?」
「結局、ドギー様と旦那様はその騒動の中で離婚されたんです。それで私もやっとこっちに戻ってこれたって訳で…。旦那様は、こう言っちゃあなんですが、ドギー様よりも情があるお方です。お父様のノーラン子爵閣下が…ちょっと頑固な方でして。平民との結婚を許さなかったんでしょう。」
なるほどね。
これは連絡を取るしかないわね。
― そうね、何と言っても実の父親だもの。
それからセリカとダルトン先生は、ダレニアン伯爵邸に帰って、ダニエルに念話した。
ダニエルはセリカの話に驚いていたが、オディエ国のサイモン・ノーラン卿と連絡を取ってみると言って請け負ってくれた。
瓢箪から駒が出たようだ。
ダルトン先生の探求心が、新たな繋がりを見出したのかもしれない。
セリカだけだったら、ギルクリスト叔父さんもここまで詳しい話をしなかっただろう。
その繋がりがケリーとウィルにいいように働くことを、セリカとしては祈るだけだった。
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