贖罪公爵長男とのんきな俺

侑希

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第三部

ロイド伯爵領1

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 諸々の準備を終えて、フレドリックとリオがロイド伯爵領に旅立ったのは、レイモンドがカレッジ領を訪れてから二か月後であった。季節は春から初夏に移り変わり、カレッジ領の麦は青々とその背を伸ばしていた。


「それにしても去年王都に行くために採寸した時に、結婚式にも着ていける服も作ってたなんて知らなかった」


 ウォルターズ公爵家の乗り心地の良い馬車に揺られながらリオがぼやく。


「母上はそのつもりで色々作っていたみたいだな。貴族の屋敷に行った時に客として必要な色々の用意をしていたんだろう」

「成長期だから今着るもの以外はいらないって言ったのになぁ」


 十六の誕生日も近くなったはずのリオの身長は最近若干伸び悩んでいる。ウォルターズ公爵邸で行った最終的な衣装合わせでもあまり直すところがなく、採寸係のお針子さんがほっとしていたところをリオは見てしまったのである。普通十五、六歳の男子というのはニョキニョキ伸びるものではないのだろうか、いやでも成長期が遅い人もいるというのでリオはまだ望みを捨てていない。


「大体貴族って言っても俺が貴族だったのは五歳までだし、最後の一年に至っては寝てばっかりだったし。王宮で過ごした時も思ったけど面倒くさい」

「――あちらの世界ではそういった服装規定とかってなかったのかな?」

「あー……ほら、学生が長いって言ってただろ? 少なくとも十三から十八まで通う学校は制服があって、その年代の子供は冠婚葬祭全部制服着とけば問題ない感じだったんだ。特に男は大人になってからもこっちみたいにデザインが豊富なわけじゃないし。一般庶民は既製品を買ってズボンのすそを直してもらうくらいで済んでたんだよ」

 魂の迷い人たちが元居た世界の話は一般人が簡単に知るような状態で残すことが許されていない。そういうものを読みこんで『魂の迷い人』を偽る人間を生み出さないためだ。だからこうして魂の迷い人から聞くことのできるあちらの世界の話はいつも新鮮に聞こえる。フレドリックも雑談の中でそういう話を聞くのが好きだった。


「そうなのか」

「そうなんだよ。だからこっちみたいにこういう華美な服、男はあまり着ない。だから今だに違和感ある」


 貴族として育ったなら諦念と共に耐性もついたのであろうが、王宮に上がる時以外は小綺麗ながらも貴族よりもかなり質素な格好を好んで着ているリオにとって貴族の外出着は堅苦しいのであろう。現在も馬車に乗っている間だけフレドリックの許可を得て、襟を寛げている。最近流行りの高い襟と首に巻いているクラバットが苦しいらしい。カレッジ領の屋敷では普通のシャツにリボンタイとベスト程度の格好なので高い襟のシャツと首全体を覆うような布量のクラバットは苦しいのだろう。馬車に降りる時に同乗しているケネスとミックに直してもらえばよいので、リオからの寛げたいという申し出をフレドリックは快く許可した。

 カレッジ領を出て、王都のウォルターズ公爵邸で数泊したのち、現在馬車はロイド伯爵領へ向かっている。昨日途中の街で一泊して今日の夕方にはロイド伯爵領に到着する予定だ。
 事前に招待客の名簿を預かったフレドリックに貴族の親族関係などを詰め込まれて、リオは疲労困憊である。招待客は基本ロイド伯に好意的な者たちばかりではあるが、輪の外からくるパートナーやどうしても招待せねばならない客がそうであるかは別なのだ。不躾な視線や言葉はなくはないだろうとフレドリックは想定していた。リオもそう思う。


「きっとフレドリック様の隣に平民がいるなんて!!って平民の俺はいつの間にかパーティに潜り込んでいた令嬢か令息に虐げられるんだよ、ハヤテがそう言ってた」


 リオの立てた予想に覚えがあり過ぎてフレドリックは額を抑えた。あの悪書事件の『悪書』とされたものにそのような登場人物の言葉が色々と載っていたからだ。現在のハヤテの著作では検閲されて、そういった貴族が関わる身分違いの理不尽な話はなくなっている。


「そういう言葉をぶつけたとして、そういった人物をパートナーとして連れてきている者が諫めなかった場合、今回の出席貴族たちの輪から外されるだろうね。なんせ君は魂の迷い人だし、何より公爵家が正式にパートナーとして連れてきている伯爵家の客人だ」


 きっとロイド領でリオは主賓の一人として扱いを受けるだろう。表向き今回の来賓のトップとして王太子の代理でその母である現王妃様の実家であるスターレット公爵家当主の出席が予定されている。それに次ぐのがウォルターズ公爵家だ。ここで自分たちへの対応次第で招待客はふるいにかけられるだろうし、今後付き合うべき人物をふるいにかけなければならないんだろうなとフレドリックも察している。


「しかし、リオはヘレン様に似ているそうだから、ヘレン様を知っている人間が見ればロイド伯爵家に連なる人間だって気づくだろうけどな」

「そんなに似てる? はぁ、それにしたって人ひとり消えるのも難しいところだよな」


 五歳のあの日、きれいさっぱり消えることが出来ると思っていたけれどもカレッジ領の屋敷にいる以上なかなか難しいようだ。全く違う領地で全く違う平民として過ごしていたらそんなことはなかっただろうけれども、リオにとって五歳までレオンとして過ごしたあの土地とそして周りの人々との繋がりを捨てることなんて出来なかったのだから仕方ない。


「つまりは、だ。俺はレイモンド兄様をお祝いしてフレドリックの隣でニコニコして、万が一嫌味を言ってきた奴がいたらにこやかにいなして、あとでフレドリックと伯父様と公爵に教えればいいんだな」

「そういうことだ。ロイズ伯爵家はきっとリオが家族の一員として祝ってくれることを希望している」


 希望しているしリオに対する態度で、ロイド伯爵家も今後の対応を変えていくのだろう。フレドリックに諭されて、リオの顔に笑顔が戻った。


「わかった。頑張るし楽しむ!!」


「そうするといい」


「リオ様、そろそろロイド領に入りますのでお召し物直しましょう」



 きっと話が終わるのを待っていてくれたのだろう。ミックが声をかけてリオの了承を取ると器用に襟とクラバットを直す。


「うう、苦しい」


「リオ様はもう少しこのような服に慣れた方が良いのかもしれませんね」


 ケネスがそう呟いたのでフレドリックは苦笑した。


「じゃあカレッジ領でも正装の日を作ろうか、週に一回くらい」

「えー、せめて月に一回くらいにして!!」


 その言葉にフレドリックが声をあげて笑う。
 柔らかな雰囲気でウォルターズ公爵代理一行の乗る馬車はロイド伯爵領に入っていった。

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