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第三部
リオとロイド伯爵領
しおりを挟むロイド伯爵家の当主であるジェレミー・ロイドは息子であるレイモンドに似た快活な男であった。
「ずっと慇懃無礼にフレドリック殿とお呼びしていたから、フレドリックと呼ぶのは慣れんな」
食事前に応接室でリオとフレドリックは改めて伯爵に挨拶をした。今後フレドリックとロイド伯爵家の和解の意味を込めて、フレドリックのことは敬称をつけないで呼んでもらおうと事前に打ち合わせていた。フレドリックにも呼び捨ててもよいとロイド家の兄弟から申し出があったが、それに関しては年齢差を理由に、とフレドリックが辞退していた。レイモンドなどは「どうせはとこなんだし、リオみたいにレイモンド兄様と呼んでもいいんだぞ」とフレドリックをからかっていたが、その言葉にフレドリックは少しだけ考えてにっこり笑って「いずれそう呼べたらいいですね」と言っていた。リオはフレドリックは恥ずかしがり屋だなぁと思っていたが、レイモンドは鳩が豆鉄砲食らったような驚いた表情をしていたのが不思議だった。
そんなわけでもちろんロイド伯爵も昔のようにフレドリックと呼ぼう、と決めていた。そしてロイド伯爵はそれを慣れないと面と向かっていってしまうような男であった。
「八歳まではちゃんと呼んでくださっていたじゃないですか」
伯爵とフレドリックの父であるウォルターズ公爵が仲の良い従兄弟同士だったのだ。家としても親類としてもそれなりに親しくしていたのである。しかしあの事件以降フレドリックはふさぎ込んで修行中の神官のようなストイックさになってしまったし、フレドリックの言動に怒っていたロイド伯爵はパフォーマンスも込みでフレドリックに対応していたので、こうして親しく話すのは十年以上ぶりであった。
「フレドリックのやったことは確かに咎められることであったかもしれないけど、その後フレドリックが費やした十年を考えるとおつりが来ますよ、伯父様」
「む、それはそうであるが」
「大体大人の十年と少年の十年って全く違いますよ。本来だったら同級生と馬鹿をやる時期に真面目に過ごしてきたんですから」
十五歳らしからぬ言動で伯父であるロイド伯爵を窘めるリオをフレドリックが横からその辺で、と止める。フレドリックは貴族の子息としては絵に描いたように模範的な生活をしていただけなのであるが、いくら貴族とはいえ年頃の少年たちにはなかなかに難しいことも事実である。
「まあともかく明日はレオンの墓に行くのだろう。うちの侍従が案内をする」
「ありがとうございます」
「あっ、そうだ伯父様、この屋敷のどれくらいの使用人がレオンと俺のことを知っていますか」
「おまえたちの部屋に付けた侍従と侍女は結婚する前のヘレンについていた者たちだから当然リオのことも知っている。明日案内する者も全員知っている人間で固めた。だが、基本若い者は知らないと思ってくれ。ああもちろんレイモンドとパトリック付のものは知っているから安心してくれ。細かくはお前たちに付けた侍従に聞くといい」
「わかりました」
「さぁ、そろそろ夕食の時間だ。パトリックはまだ到着していないが、我々が二人と他人抜きでディナーを取れるのは今日だけだからな。積もる話も多い。楽しもうではないか」
侍従長に耳打ちをされたロイド伯爵がにこやかに立ち上がる。フレドリックとリオはその言葉に笑みを浮かべて立ち上がった。
◇◇◇◇◇
リオ――レオンにとってロイド伯爵家というものは母親の実家である。
カレッジ子爵との関係も良く、レオンが小さい頃はよく遊びに来ては両家で団らんしたものだ。それが壊れてしまった時、ロイド伯爵家の人たちは独りになってしまったレオンをロイド伯爵家に迎えることを強く希望していた。
レオンがただの子供であったならレオンの意思に問題なくロイド伯爵家の養子として迎え入れられていたことだろう。そして成人してからカレッジ子爵として立つ――きっと誰もがそういう筋書きを描いていたのではないだろうか。確かにレオンが普通の貴族子息であれば、そういうプロセスを踏む状況であった。
けれどもレオンは『普通の貴族子息』ではなかった。
当時五歳ほどだったけれども、大人としての思考を有していた。そして、既に魂の迷い人だと認定され、王宮に認識されていた。『魂の迷い人』の意思決定は法を犯さない限り、最優先される法律がある。ただ『魂の迷い人』は少なくとも年齢が二桁になってから記憶を取り戻し見つかるもので、五歳というその年齢は異例中の異例だったのである。
だから若干五歳でありながらも平民となってカレッジ領にこのまま居続けるということが許された。レオンがリオになった後、流石に小さい子供をそのままにするのはどうか、といった議論が行われ、現在は魂の迷い人の意思を尊重しつつ、王宮からの付き人が派遣されることになっているらしい。リオの場合、後付けではあるが近くの領で親しかったウォルターズ公爵が後見を務め、やはり事情をくまなく知っていたケイとカレッジ領に派遣されたケビンが形式上その付き人という形になっていた。
レオンがリオになった後も、ロイド伯爵家の人々は入れ代わり立ち代わりカレッジ領に顔を出してくれた。各季節に一回は誰かしら遊びに来てくれていたのではないだろうか。今から思えばあれは平民として暮らす甥を、従弟を心配してきてくれたのだろうということがわかる。
もうすぐ十六歳になるリオは、あの頃を思い返してみると、ちょっと恥ずかしい。あの頃はカレッジ領に居たくて、ただひたすらに心配してくれていたロイド伯爵家の人たちの提案にただただ首を横に振ることしか出来なかった。今思えば大人げなかったなとは思うが、きっとあの頃は五歳児という肉体年齢に精神も引きずられていたのだ、きっと子供の頑固さをあの当時接してくれた大人は感じていたのだろう。あの時、己の意見を貫き通したことに後悔したことは全くないのだけれども、ロイド伯爵家への対応はもう少し冷静に、理性的に、そして誠実にした方がよかった、というのが現在の心境だ。
「リオは結婚式に出るの、初めてだったかな」
「そうですね。魂の迷い人仲間の結婚記念の内輪のパーティには出たことがありますが、教会からの結婚式はケイたち以来ですし、貴族の結婚式は初めてです」
「リオが参加してくれて嬉しいよ。フレドリック様様だね」
大きな家族用のテーブルにはロイド伯爵夫妻と、レイモンド、フレドリック、そしてリオの五人がついていた。
夕食として案内されたのは普段使いよりも豪華な食堂は賓客を迎える為の場所だ。リオはともかくフレドリックはウォルターズ公爵の名代として招かれているので、ここになったのだろう。出てきた食事はどれもロイド伯爵家とその近辺の名産であり、説明されながら大いに盛り上がる。結婚パーティではまた趣向を変えたメニューが出るらしく、とても楽しみにしている。
フレドリックとロイド伯爵たちとの会話も蟠りが溶けたのか、和やかなものだった。その雰囲気に溶けるかのように、ロイド伯爵は子供世代の小さい頃の話を懐かしそうに語る。夫人もニコニコと相槌を打つので子供世代三人は居心地が悪くなって、レイモンドとフレドリックとリオ、三人で顔を見合わせてため息をついてしまった。
ロイド夫妻とレイモンドとの夕食はおおむね和やかにゆったりと過ぎていった。
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