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第一部
フレドリックの疑問
しおりを挟む「一体何なんだ」
フレドリックは頭をかしげていた。
先日、フレドリックはカレッジ領で謎の襲撃に遭った。その際、一緒に襲われたカレッジ領の代行官補佐の弟であるリオ少年の安全を図るため、少年を自領の屋敷に連れてきていた。
リオは平民ではあるが、正式なウォルターズ公爵家の客人である。当主であるフレドリックの父が事前にそう通達していたのか、それこそかなり上位のもてなしをされていた。そしてどうやら母にも会ったことがあるらしく、到着した時には母が珍しく彼に駆け寄って声をかけていた。フレドリックの知らないところでリオはフレドリックの家族に会っているらしい。妹は現在学校の寮に入っているから二人が顔を合わせることはなかったけれども、少なくとも両親はリオに対してとても気安かったし、リオが公爵夫妻であるフレドリックの両親に対して特別緊張する様子もなかった。
そしてリオは父の執務室に呼ばれることが多かった。いつの間にか出入りの服屋が採寸に訪れてもいた。
そしてそれらのすべてにフレドリックは立ち合いを許されなかった。
さすがにカレッジ領の代行官と代行官補佐は領外に出るリオに付き添うことが出来ず、リオは単独でこの屋敷に来た。だからせめてフレドリックが様々に付き添おうとしたけれども、それらすべてを却下され、逆に突発的に入ってきた何らかの仕事をしている父の通常業務を押し付けられている始末だ。
リオと会うのも朝食と夕食の時くらいで、なんだかいつもくたびれていた、というか疲れていた。父はひたすら時間がないとせわしなく、それをはらはらと母がサポートしている。
そして本日、フレドリックは父に執務室に呼び出されてこう言われたのである。
「半月後にリオを連れて王宮に行ってくる。お前とリオの襲撃騒ぎもそれでおさまるだろう」
現在リオとフレドリックは屋敷の敷地から出ることを禁止されている。庭に出るときにも警護を二人以上つけるように言われている徹底具合だ。
それが、リオが王宮に行くことで収まるのだという。いや、その諸々をおさめに王宮に行くのだという。
「リオに襲われる理由が、あるということですか……?」
フレドリックは自分のおまけでリオが襲われたと思っていた。けれども父の表情と、父の隣に座る緊張した面持ちのリオを見るとどうやら事態は違うとフレドリックは理解した。
「……私も付き添ったほうがいいのではないでしょうか」
「今回の件は王宮が指定した機密事項に係るものだ。家を継がないと言っているおまえに関わることはできない」
「王宮って。こっちは襲われた当事者ですよ!?」
「それでも、だ。今回の件は機密事項の漏洩も関わっている。そちらの洗い出しも尋問も含まれるはずだからな」
「っ……。じゃあ、俺が公爵家を継ぐと決まれば、それらは開示されるということなんですか!?」
「まあ、そういうことだ。うちが管理しているカレッジ領に関わることだからな」
跡を継がないと、常々言っていた自分にとってはそれを知る権利がない。
その現実にフレドリックは項垂れた。
「……いったんは失礼します」
話はそれで終わりだ、と切り上げた父に挨拶をして、執務室を出る。最後まで気遣わしげな表情を浮かべていたリオが口を開くことはなかった。
自室に戻ってきたフレドリックはそのままソファに転がる。最近は領地の仕事を大量に回されて疲れ気味だった目が霞んだ。
「王宮指定の機密事項じゃ、父上が忙しいのも当然だ」
おそらく半月後の王宮行きに向けての仕事をいろいろとやっていたのだろう。リオに服屋が来ていたのも納得だ。王宮に足を踏み入れるのはそれ相応の格好が必要だからだ。
「家を継がないって、決めたんだ……」
あの後、小さな子供にぶつけたその言葉の重さを、八歳のフレドリックは正しく理解した。そしてその言葉がもたらした結果にひどく狼狽した。あんな言葉を吐いて、幼い子を追い詰めた自分が領主にふさわしくないと自覚した。あの時死なせてしまったあの子を、忘れることなんてできない。けれどもあの子の声すらも知らない自分があの子のことを考えることすら烏滸がましいと今でも思っている。
特に、妹があの子と同じ背格好の時期が一番不安定だった。可愛い妹にあの子を重ねてしまって駄目だった。あの年頃の子供を見ることは今でも苦手だ。
普通に生きていれば無邪気だったはずのあの子。家族の亡骸を見送ってきたばかりの小さな子供に自分の吐いた暴言を、賢かったフレドリックの頭はしっかりと覚えている。もし妹にそんなことを言う奴がいたら、きっとフレドリックは相手を完膚なきまでに叩き潰すだろう。
あのころ読んでいた問題の小説には正当な婚約者を悪役として断罪する話がたくさんあったから、フレドリックの世代の貴族の婚約は波乱を起こした。フレドリックは公爵家を継がないと公言していたから婚約者を作っていないが、あの作者の本を愛読していた少年少女たちは一定数刷り込みのような知識を覚えてしまった。王家直系の子供がそのど真ん中の世代にいなかったのは不幸中の幸いだろう。
わかってはいたつもりだった。
今後、フレドリックの希望が万が一通って継がなくても経営に加わることはできるし、父の、将来公爵を継ぐ妹か妹の配偶者の力になれると思っていた。
リオは、初めてできた平民の気安い子供だったし、あの子の力になりたいと純粋に思った。けれどもその力になれない自分に今フレドリックは歯痒さを感じている。
「あの子が一体何だっていうんだ」
平和な田舎に住む、賢い子供で、過去に起きた凄惨な事件に胸を痛めながら、兄と兄の上司のために子供ながらに健気に頑張っているあの少年はが王宮の抱える秘密に関わっているなんて、信じられない。
けれどもそれは事実で、だからこそあの場でリオは口を挟まなかったのだろう。
「あの子すら慮れない自分は跡取りには相応しくない。……でもあの子の助けになりたい」
大人になったら、何かが変わると思っていた。けれども誕生日を過ぎたくらいで何も変わらない。
相変わらずあの子の亡骸があるロイド伯爵領に行く許可は下りなかった。だからカレッジ領へ行った。
あの深い藍色の目をした小さな男の子が生まれ、育って、そして家族を見送ったあの場所に立てば、何かが変わるのかもしれないと思っていた、けれど。
「――現状は何も変わっていないじゃないか」
何をしなければ、ではなく、何ができるのか。
ソファに転がったまま、伸ばした腕の先に広げた手のひらを見つめる。
この手はいまだ何も掬い取ってはいない。
フレドリックはぐっと起き上がると乱れた服を直し、部屋を出て行った。
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