大好きな君と離れる日まで

矢田川いつき

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第四章 きみに好きだと言いたくなる日に

第十六話

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 集合場所である駅前広場に赴くと、彩月と今谷は先に着いていた。

「おそーい! 遼くん、めっちゃ待ったんだけど」
「うそつけ。ついさっき改札から出てきたとこだろ。遠目に見えたぞ」
「バレたか」

 いつもよりテンション高めな彩月に、大仰な素振りでチョップをお見舞いする。もちろん本気ではないので痛くはないのだが、彩月もこれまた大仰に「ぐえっ」と頭を押さえた。
 俺たちがいつもみたくふざけたやりとりをしている傍ら、そこには全くもっていつも通りではない人がいた。

「なんか、今日はいつもより静かだね」
「そ、そうかな」

 モジモジと手をせわしくなく動かし、珍しく颯斗の方から声をかけても静かに応じているのは、まず間違いなく今谷瀬奈だ。学校ではしていない軽く毛先をカールさせた華やかな髪型に、白のプリーツスカートとデニムジャケットはとても春らしい。俺は詳しくないが、薄っすらとメイクもしているように見える。

「あれが、この前言ってたオシャレコーデ?」
「そうそう。可愛いでしょ」
「いいと思うけど、なんであんなに静かなの」
「それがさ、瀬奈めっちゃ緊張してるらしくて。ほら、休日に時間作って遊びに行くの初めてだし」
「おーなるほどね」

 二人を傍目に、俺と彩月はこそこそと会話を交わす。そういうことか。だから今日は普段と違って大人しいのか。でもそれだと、クールな颯斗との間がなかなかもたないと思うが大丈夫だろうか。

「これはあれだね。私たちがサポートしていかないとだね」
「ああ、そうだな。んじゃまずは俺が行く」

 俺たちは顔を見合わせると、こくりと頷き合う。それから、未だにほとんど無言で気まずそうに見つめ合っている二人の元へ割って入った。

「ほらほら、いつまでそうしてんだよ。颯斗、一応こういう時は気の利いた一言を言うもんだぞ」

 無表情でぼんやりしている颯斗の肩に手を置き、先を促してみる。こういう時は、やっぱり男から行動しないとな。

「気の利いた一言って?」
「そりゃあ、もちろん。服装を褒めるとかさ」
「じゃあお手本を、どうぞ」
「え」

 しかしすぐさま肩に置いた手は払われ、代わりに彩月の方へ向き直させられた。この返しはさすがに想定外だ。
 それは俺だけでなく彩月も同じようで、今谷の隣に並んで何事かを話しかけようとしていたその口がポカンと開いたまま、呆然と俺を見ている。
 なんだか見つめ合うような形になって、俺は視線を下に逸らした。自然、彩月の私服が目に入る。
 パステルカラーのスウェットパーカーに、黒のスカートというカジュアルなコーディネートだ。どことなく昔の活発な彩月を彷彿とさせるが、すっかり高校生となった今の彩月が着れば動きやすそうという印象よりもとても可愛いという感想の方が先に来る。
 いや、もう回りくどいことはなしだ。ただ純粋に可愛い。

「えーと……まあ、いいんじゃない」
「もうー! なんでこういう時に日和るかな! 遼くんの意気地なし!」

 初手に彩月にかましたものよりも何倍も強いチョップが額を打った。普通に痛い。

「こ、こんな感じだ、颯斗。さあ次はお前のば……」
「今谷、その服とても似合ってるよ。学校の時と印象も変わって、可愛いと思う」
「え、あ、ありがとう……」

 うそだろ。
 流れるように彼の口から発せられた褒め言葉は、教科書のような見事さだった。当然、それを受けた今谷はそれと見てわかるほどに赤面し、俯いている。ここまでできるならなんで最初からやらないのか。というか、人にお手本を求めておいていったいどういう……

「こういうことだよ遼くん! ほらもう一回!」
「ええっ!?」

 結局、俺は彩月に「可愛い」と言うまで再三言い直しをさせられた。アホか。
 そんなサポートとは程遠いやりとりをしてから、俺たちは午後一時を知らせる近くのショッピングモールのアナウンスを聞いてようやく足先を駅構内へと向けた。ここから動物園までは電車とバスを利用していく。まずは動物園から一番近くにある駅まで電車で行き、そこからバスを二度乗り継いでいくと目的地である動物園の前まで着くのだ。昔、家族で行った時は車だったので楽だったが、免許を持っていないとなかなか行くまでに時間を要する。
 ただ、それも今回ばかりは良い方向に働いた。

「あ、ほら見て。あそこって、ウチらが中二の時に地域探索で行った場所じゃない?」
「ああ、そうだっけ。もう昔過ぎて忘れた。よく覚えてるな」
「そりゃーもちろん。あの時は日野瀬と同じ班だったからね」

 何度も乗り換えをし、移り変わる景色や街並みを見ているうちに緊張がほぐれてきたらしい今谷は、徐々に口数を増やして話すようになっていた。あんなにカチコチだった表情にも柔らかさが戻り、電車を降りて二つ目のバスに乗り換える頃にはすっかりいつもの調子で笑い声を響かせていた。
 そんなこんなで、どうにか予定していた時刻には動物園に辿り着いた。

「うわあー、思ったより人いるね」

 バスを降りて入り口の前まで来ると、彩月が驚きの声をあげた。右を見ても左を見ても視界を埋め尽くすのは動物ではなく人、人、人。夏祭りの時のような濃密な人いきれが漂っており、暑さすら感じてくるほどだ。

「もしかすると、あれが原因かも」
「パンダ?」

 人混みの隙間から見える壁に貼られた一枚のポスターには、まん丸に転がる二匹のパンダの写真が載っていた。その下には今日の日付と、「期間限定公開!」というポップな文字も見える。

「なるほどー。だから連休前なのに人が多いのか。これははぐれないようにしないとだね。日野瀬、手でも繋ぐ?」
「遠慮しとく」

 すぐ近くでは、通常運転となった今谷が颯斗にあしらわれていた。それを見ていると、つい苦笑がこぼれてくる。あの様子ならきっと大丈夫だろう。
 今回、俺たちは今谷の恋を応援するべく、ある作戦を立てていた。
 なんともベタな作戦ではあるが、どこかのタイミングで人混みに紛れ、今谷と颯斗の二人きりにしようというものだ。当初は今谷が想像以上に緊張していて決行が危ぶまれたが、今の様子を見るに予定通りで問題なさそうだった。
 チラリと彩月に視線を送る。そのまま彩月は今谷に視線を流すと、それを受け取った彼女はこくりと頷いた。
 入場チケットは既にオンラインで買ってある。この人混みなら、入ってすぐのところにあるパンダの檻のところではぐれるのが自然だろう。

「じゃ、行こうか」

 作戦は至って順調そのもの。そんなふうに思いつつ、四人で混雑する入場口へと向かい、手続きを終えて出てきた時だった。

「どうしてこうなった?」
「さあー……」

 俺は今谷と二人、雑踏の中で呆然と立ち尽くしていた。
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