大好きな君と離れる日まで

矢田川いつき

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第四章 きみに好きだと言いたくなる日に

第十七話

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 動物園の入場口からは、次々と人が入ってくる。「立ち止まらずに順路に沿って前へお進みくださーい」という係員の声とともに人だかりに流され、少し開けた場所に退避しようとしたらそこには今谷が立っていた。わざとはぐれるために入る入場口を俺と彩月、今谷と颯斗で分けたはずなのだが、どうやら最後の列整理でさらに分けられ本当にはぐれてしまったらしい。

「どうする?」
「んー、もう少し様子みようか」

 ゆっくりと流れていく家族連れやカップルの群れから彩月たちの姿を探しつつ待ってみる。しかし、朝の通勤電車並みに混雑しているこの状況で見つけ出せるはずもなく、やはり待てど暮らせど彩月たちが来る気配はない。

「スマホは? 連絡つかない?」
「ダメ。人多過ぎ」

 これだけ人が多ければ当然電波は悪く、スマホは繋がらない。メッセージを送ってはみたが、エラー表示がなされている。完全にはぐれてしまった。

「やっちゃったね」
「だな。完全に裏目に出た」

 まさかこんなことになるとは。本当なら今谷と颯斗を二人きりにして、合流を先延ばしにしてあれこれといろいろ気兼ねなく話してもらう予定だったのに。
 とりあえず、俺たちは電波が繋がりやすいところに行こうと、再び人の流れに乗って進むことにした。彩月も颯斗もそれなりに頭が回るので、はぐれたら見つけやすいところか連絡のとりやすいところに行くはずだ。

「にしても、マジで混んでるねー」
「そだな。連休に向けての先行公開だとかなんだとかポスターに書いてあったし、期間限定のグッズなんかも売ってるらしいからな」
「あらーなるほどねー。それは確かに混むわ」

 遅々として進まない列に並びながら、どうでもいい話で時間を潰す。今谷とは去年から委員会であれこれと話すようになった仲なので、特段気まずいということもない。

「そういえば、緊張の方はもう大丈夫なのか?」

 今谷との間に流れる気のない空気から、俺はふと駅前でのことを思い出した。すると彼女は、またも明らかに顔を赤くする。

「お、おかげさまで……。あーもう、めっちゃ見られたくないとこ見られちゃったなー」
「はははっ、まあしょーがないだろ。休みの日に会うのは初めてなんだろ?」
「まあ、そうなんだけどさ。ほんとはいつもみたいに元気良く押していく予定だったのに、やってしまいましたよ」

 指先でくるくると髪の毛先をいじりつつ、伏し目がちに語る今谷は本当に悔やんでいるようだった。学校の時以上に恋する乙女みたいな表情を出してくる今谷に、若干の驚きを覚える。

「でも確かに意外ではあったな。今谷って、いつも正面切って向かっていくからそういう緊張とかとは無縁だと思ってた」

 思えば去年からそうだった。
 普通、好きな人ができたらどんなふうに仲良くなろうかとか、相手が自分のことをどう思っているのかとかそういうことから悩み始める。それからアプローチの仕方なんかに苦心し、思い通りに気持ちを伝えられない自分を省みてひとり脳内大反省会を繰り広げる、みたいなことが一般的だとばかり思っていたが、こと今谷についてはそういう段階を跳び越えて実直に自分の気持ちを伝えていた。
 さらには颯斗の友達である俺にもぐいぐいと距離を詰めてきて、本人に漏れることも厭わず颯斗の好みなんかを訊いてきていた。感心するほどの行動力と胆力を持っていたから、二人きりのデートならまだしも四人で遊びに行く段階から緊張で固まるとは思っていなかった。

「もうー、篠山も彩月とおんなじようなことを言うんだね。ウチはそこまで肝座ってないってーの」
「いや、それはないだろ」
「あるの、あるんだよ。教室とかで日野瀬にあれこれ話しかけに行く時のウチの心臓、バクバクだからね? 今日だって、緊張はだいぶ解けてきたけどずっと心臓バックバク」

 また予想外のことを言う今谷に俺は目を見張った。今谷はやや声を震わせ苦笑する。

「意外でしょ? ていうか、元々ウチって気持ち伝えるの苦手だったんよね。中学の時も、五年も片想いしてた相手にずっと気持ちを伝えられなかった」
「それは、颯斗じゃないよな?」
「うん。小学校の時にやってた習い事の先輩。中学も同じでさ、ずっとその先輩が好きだったけど言えなかった。気を遣わなくていい今の関係が壊れるのが嫌で、怖くて。結局、その先輩が卒業する前日まで何も言えないまま」

 すごく共感できる話だった。まるで、俺と彩月みたいだと思った。

「あれ、でも卒業する前日までってことは」
「そー。卒業式の前日に、気持ちは伝えた。まあ、とっくにその先輩は恋人を作ってて呆気なくフラれたんだけどね」

 無邪気に笑う子どもの声に紛れて、今谷も小さく笑みを浮かべる。

「それで……その時にウチの背中を押してくれたのが、日野瀬だったんだ」

 すっかり吹っ切れた笑顔の陰に、若干の照れが垣間見えた。俺は小さく、息を呑む。

「ほとんど話したこともないのに、日野瀬はひとりで落ち込んでたウチに気づいて、声をかけてくれた。ちょうどウチも誰かに話を聞いてほしかったから、友達じゃなく先輩とも無関係だった日野瀬ならまあいいかーって思って全部話した。そしたらあいつ、慰めるどころか怒るんだよ? どんだけウジウジしてたら気が済むんだーって」
「うわ、それめっちゃあいつらしいな」

 彩月が悩んでた時もそうだったが、日野瀬は基本ひとりで悶々と抱え込み悩んでいる姿を見るのを嫌う。ある程度悩んだらさっさと行動に移した方が前に進めるだろ、失敗したらその時はその時だ、みたいな強気の考え方だ。そんな姿勢に、記憶障害を患ってからの俺も何度か助けられている。

「ウチもカチンときたけどね。何にも知らないくせにーって叫び返しちゃった」
「想い人との最初の会話は喧嘩から始まったのかよ」
「あははっ、そーなのよ。もうめっちゃ言い合いしてさー。んで、言いたいこと全部言ったら、なんかスッキリして、それでやっと先輩に気持ちを伝えて前に進むことができたんだよね」

 ちょうど今谷がそこまで言ったところで、人混みがまばらに散っていった。
 雑踏の奥へと目をやると、休憩スペースにある自販機の前で見慣れた人影が二人、こちらに向けて手を振っていた。

「いたな」
「うん、いたね」

 今谷と顔を見合わせる。するとそこで、今谷はそっと人差し指を唇に当てた。

「今の話、日野瀬にはナイショだからね。すっかり忘れてるあいつに、ウチが自分から言うんだから」
「ああ、りょーかい」

 気持ちを伝えるって、難しいもんだな。
 弾んだ足取りで駆けていく今谷の後ろ姿を見ながら、俺はそんな当たり前のことを思った。
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