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リテア・ネジェン ②
しおりを挟む「このスープも美味しいですね、どことなく私が子供の頃、母が作ってくれた料理に似ていますよ」
「フェルドのお母さんは‥‥いつもこういった食事を作っていたのですか?」
「ええ、母の得意料理の一つでしたね」
「そうですか‥‥フェルドが幼少の時からこのような食事を‥‥‥」
私を含め、この館に住む者全員で食事をしているが、話をしているのは調理担当と護衛の男だけだった。
護衛の男が調理担当にお願いし、4日程で『辛い食べ物』を完成させた
「私は体の都合であまり辛い物が食べられなくて、母はいつも甘口で作ってくれました。このスープも甘口で食べるたびに故郷の村の事を思い出してしまいますよ」
甘口? 甘い物が駄目だったんじゃないの? あれは辛くないのね? 何よ、甘い物が食べられるんじゃない、あんなに美味しそうに食べて‥‥‥それに引き換え、今日の夕食は何!?
「ねぇ」
調理担当を低い声で呼ぶ
「はい、何でしょうか?」
「何でしょうか? じゃないわよ、何なのこれ? ここ数年でこんなにひどい物を食べた記憶なんかないわよ」
目の前にある食事は、お世辞にも美味しいとは口が裂けても言えないくらい酷い味だった。
この調理担当はタスブランカでも有数の料理人で、わざわざ私の為に、現タスブランカ代表のお爺さまが連れて来てくれた人物だ。
この調理担当は中々の腕前だが、今日は一言言ってやらないと気が済まない程の食事だった。
他の者達もその味に困惑していたり、中々食事が進まなかったりしていた。
「すみません‥‥フェルドの食事を先に作ったんですが、やはり味見は必要だと思いまして、一応したのですが‥‥そしたら味が分からなくなってしまったんです」
何を言っているのかさっぱり分からない、軽く舌打ちしながら
「もういいわ」
残っている食事を無言で食べ始める、ネジェン家の家訓で「食べ物は残すべからず」とされているので仕方なく口に入れ、2・3回噛んだ後そのまま飲み込む作業を続ける
「いやぁー素晴らしいです、これ明日も作ってもらえませんか?」
「はい…食べたいのであれば作ります」
「出来ればもうちょっと辛いのでも行けそうなんですが、明日はもうちょっと辛く出来ませんか?」
「それ以上は辛くすることが出来ないんです」
「ふむ、なるほど‥‥うまさと辛さの調和が乱れるという事ですか」
「いえ、それ以上辛くする事の出来る食材が無いんです」
「あ、あー‥‥そうですか‥‥」
残念そうにする護衛は、なら仕方ないとスープをあっという間に飲み干し、またお代わりを要求していた。
・・・・
・・・・
「今日の夕食に、あの護衛に食べさせる予定のスープを味見させなさい」
私は調理室にいた。辛くはなく『甘いスープ』の味が気になったからだ
「前回のあれで懲りたのではないんですか?」
「いいから早く飲ませなさい」
はぁ‥とため息をつきつつ、調理の担当は小皿にスープを入れ持って来てくれた。
「知りませんよ?」の一言を添えて
流石の私も前回の事があったからここは慎重になる、小皿に入れられたスープを一気にではなく、まずはちょとだけ‥‥
「意外と普通ね」
口に入れてみるとあっけないほど普通だった。ただ美味しい? と聞かれたら首を捻る
コレが『甘口』なの? 全く甘くないんだけど
微妙だったその小皿に入れられた残ったスープを一気に飲み干す
「大した事なかったわね、こんなのが美味しいだなんてあの護衛はちょっとおかしいかもね」
調理担当は何も言わず、その手には水の入ったコップをもっていた。
私が飲み干した小皿を渡すと、調理担当は逆に水の入ったコップを渡して来た。
何で水?
・・・・
・・・
・・
「ん?‥‥‥‥あ、あ、あ、痛い、痛い、痛‥‥いたたたたたただだだだ!!!!」
痛い、痛い! 口の中に何かが刺さってる! く、口から火がぁ!
飲んでから暫くして訪れたのは、口の中に広がる激痛だった。
「み、水!」
調理担当に訴えるように手を伸ばすが、調理担当は私の手に持っているコップを指さしている
水! 持ってた!
コップの水を一気に飲み干すが、痛みが収まらない、いつの間にか調理担当は別のコップに水をもっており、それを差し出して来た。
受け取った水を、今度は飲み干さず口の中をゆすぐようにするが、それでも無理だった。
もう二度と、あの男の食べる物を口にしないと女神に誓うわ
・・・・
・・・・
「ど、どうされたのですか? びしょ濡れですし、お顔が腫れていますよ?」
「へえ、ひょっとね」
ひどい目に会った。
味見と言う名の地獄を体験した私は、その後、体が物凄く熱くなったことで頭が混乱し、自分の体に『水』魔法を掛けてしまった。その時全身が燃えるような錯覚をしてしまった結果だ。
調理担当は水浸しになった調理場を見て、ため息をつきつつも私の口の中の痛みが取れるまで水を差しだしてくれた。おかげで動くたびにお腹から「たぷんたぷん」と水の音がする
物凄く心配顔の護衛に
「お前のせいだ」
と言ってやりたいが、流石にそれは違うと思ったし、なにより今はその気に成れない、まだ舌がヒリヒリする
びしょ濡れになった服を着替えるため、一旦自分の部屋に戻る事にする、一緒に付いてくる護衛を部屋の前で『待て』と合図し、部屋のドアを開いた。
ガチャ
と、ドアを開ける音がすると、丁度目の前の椅子に座っていた人物の体がビクリと震える
「あっ、リテア様‥‥ど、どうされたのですかそのお姿は! そのお顔も!」
今寝てたわね‥‥‥‥
「ちょっと水を被ったのよ、着替えを用意して頂戴」
「はい、ただいま」
濡れてしまった衣服、下着を全て脱ぎ鏡の前に立つ
「惨い顔ね」
目が充血し、口の周りが真っ赤になって腫れてしまっていた。
それにしてもあの男、何であんな物を平気な顔をして食べることが出来るのかしら?
「お持ちしましたー」
着替えを持って来てくれたこの女性の名前は「マルロン」出る所は出て、引っ込むところは引っ込んでいる、まさに女性と言わんばかりの姿をしている
この館に住む男性達のほとんどはマルロンの体に‥‥特に胸にくぎ付けになっている、歩くたびに上下に揺れる胸は、中に別の生き物でもいるのか? と言うぐらいはずんでいる
10歳で『生命の契約』を結んだ私には、それがとても羨ましく感じる。このダイモの様な細い体も、あと何年かすればああなるのだろうか? と思うと今から胸が震える思いである、今の所は震える胸も付いてはいないが
マルロンはこの館の住人の中で唯一心の許せる存在でもあり、主に私の身の回りの世話を担当している、最初そんなのは要らないと言ったが、世話をしてくれるのに慣れてしまうと、それはそれで便利でもあり、色々と頼ってしまっている
「マルロン、あの新しくきた護衛の資料を持って来てくれるかしら?」
「おや? リテア様も、気になるんですかぁー」
下卑た笑いを浮かべ私をを見てくる
「違うわよ、あの男どこか変なのよ、貴女もそう感じる事があるでしょう?」
「変ですか? 確かに変わってはいますが‥‥少しだけ変わっている‥‥かもしれませんね」
私の言葉に返事をしながら、戸棚から個人の情報が掛かれた封筒を取り出し、そこから一枚の紙を渡して来た。
「ありがとう」
渡された紙には護衛の男の情報が書かれている、この館にいる人物の情報は全て私が閲覧できるようになっていた。
「ふむ、フェルド・ガーンって言うのねあの男」
「今頃ですか?」
「うるさいわね」
そこには出身地や家族の構成、学歴、職歴などの他に、契約出来た魔法などかなり細かい情報が書かれていた。
特におかしい所は無い‥‥わね、ここくる前にも護衛の職に付いていたのね、魔法は‥‥やだ、私と被っているじゃない
魔法契約の欄には『水』『氷』『収納』『財布』とあった。私が契約出来た魔法とほぼ一緒だ、『探知』魔法が習得されていたら私と完全に一致していた。
『収納』魔法を一時的に解除し、中身を全て出させることの出来る魔道具がある、もちろんこの館に来るもので『収納』持ちは、その魔道具を使って中の物を確認することになるが、中にあったのは小型の通信機一つと、着替えだけだった。
通信機で登録されている番号は、お爺様推薦だけあって、現タスブランカ代表のお爺様の番号だけであった。
それ以外の持ち物は、全てこちらで用意した刀や魔道具などを使用している
うーん、魔法が私と被っていただけで、後は特におかしい所が無いわね、おかしいのはあの酷い味覚だけみたいだわ
その日の夕食、護衛の男フェルド・ガーンは美味しそうに辛いスープを飲んでいた。
一方私は、全く食事の味が分からなかった。
◆◇◆
護衛の男フェルド・ガーンは、極々普通に護衛の仕事をこなしている、普段はいつも無口だが、逆にそれが有難い。
が、食事前になってくると急にソワソワしだしたりする
フェルド・ガーンがよく話す相手のほとんどは調理担当、あれは美味しいとか、あれは最高だったとか、とにかく褒めまくる
しかし、調理担当は少し迷惑そうだった。自分にとっては完全な失敗作を美味いと褒められるからだろう、彼もタスブランカでは一流の料理人なので少し思う所があるようだった。
最初の内は護衛の仕事を普通にはたしていたが、1週間目ぐらいからだろうか? 気づくと私の事を凝視してくるようになった。
「何?」
「いえ、少し実験を」
「は?」
私が睨み返しても凝視を止めようとはしない、もしかして、変な目で私を見ているのかしら? マルロンならともかく、こんな子供の体に興奮する様な男は側に置いておきたくないし、第一気持ち悪い
「私を凝視するのは止めてもらえないかしら? 気持ち悪いんだけど?」
「もう少しで結果が出そうなので、あともうちょっと我慢してもらえないでしょうか?」
何を言っているのかさっぱり分からない、凝視されたまま付いてこられるとハッキリ言ってイライラしてくる
館を出て、散歩がてら庭を歩いていると、本来なら少し穴が開いている場所が、昨日夜中に雨が降ったおかげで水たまりが出来ていた。
そこに土が入り込み表面に軽い土が浮かび、ぱっと見穴が開いている場所とは気づかない感じになっていた。
今度これと同じ、深い穴を掘って土をかぶせて落とし穴でも作ってみようかしら? そしてこの護衛を穴に落として巻いてやろう、などと考えてしまう
フェルド・ガーンはその後2日間私を凝視し続けた。
そして、3日目の朝、フェルド・ガーンは私の後を付いてこなくなった。いつもなら私が起きて部屋から出ると必ず部屋の前で待っていたのが、その日はいなかった。
寝坊かな? 何にせよ邪魔なのがいなくなってせいせいする
最初はそう思っていたが‥‥‥‥
「おはようございます」
朝の食堂で挨拶をされた、私が来た時には既に席に着いており、食事の準備ができるのを今か今かと待ちわびている様だった。
寝坊したから直接食堂に来たのか‥‥‥‥
だが、そうでは無かった。食事が終わっても私についてくる気配は全く無い
そう‥‥あなたも前の護衛と一緒なのね
要するに私を煙たがっているのだろう、1ヵ月も経っていないのに私はどうやら嫌われてしまったらしい、私が嫌っているのだから、相手にもそれが伝わったのだろう
仕事を放棄するのはどうかと思うが、別にそれでもいい、私も気兼ねなく自由に歩く事が出来るし、別にここに護衛が居たって意味はないのだから
フェルド・ガーンはその後も私の後に付いて来ようとはしなかった。一緒になる時間帯は、勉強の時と食事の時だけ、おかげで私はせいせいした気分で毎日を送れたが、ある日に何気なく庭の方を見てみると、フェルド・ガーンは庭にある長椅子で、寝転びながら本を見ていた。
お爺様の推薦とはいえ、あれは無いんじゃないかと思ったが‥‥‥‥
すっかり名前も覚えてしまった護衛の男、フェルド・ガーンが付いてこなくなってから3日が過ぎた頃、私は気づいてしまった。
あれ? 館の外に出られるんじゃない?
前の護衛だったら常に付いてきていたので、館の外に出ようとしても止められていた。
でも、今は行ける!
フェルド・ガーンが中庭で本を読んでいるのを確認し、その後他の者達がいない事を確認した私は、一目散に表の門から館の外へ逃げ出した。
館の外には外部からの侵入者対策のための魔道具が設置してある、しかし、この館に住む者だけはこの魔道具に引っかからないように特別な道具をを渡されており、それを持っている限り、侵入者対策の罠には反応しないようになっている
そしてその侵入者対策の境界線を越えた時、私には物凄い高揚感が訪れた。
ははは、やった、やったわ! 館の外に出られた!
ずっと館の中に閉じ込められていたので、ずっと娯楽に飢えていた。お金ならある! このままタスブランカまで行って遊びまくって‥‥
「お散歩ですか?」
「違うわよ遊びに行く‥‥え?」
「館の外のお散歩でしたらお供いたしますが、もしかしてタスブランカに遊びに行こうと思ってらっしゃいますか? それでしたら禁止されているので館に戻っていただきたいのですが」
私の後ろには護衛の男フェルド・ガーンが立っていた
「な、なんで?‥‥中庭で本を読んでたはずなのに」
「ええ、中庭で本を読んでいましたよ? それで、遊びに行くとおっしゃいましたよね? どこに遊びに行かれるのですか?」
「‥‥‥‥遊びに行くなんて言ってないわ、帰るわよ」
「分かりました」
途中で気づかれたのね、うかつだったわ‥‥
何て勘のいいい男だろうと思ったが、今度は失敗しないようにしようと心に誓う
◆◇
フェルド・ガーンは調理担当と話をしている
今しかない!
調理担当と話しをする時はやたらと長い、料理を絶賛し褒めちぎっていいるが、絶賛されている側はいつもどおり少し迷惑そうだった。話の内容からしてまだまだ話は続く‥‥今が脱出の時だ。
私は他の誰にも見つからないよう細心の注意を払い、表の門から飛び出した。
やった! 脱出成功、でもまだ気は抜かない、門から出た私はそのまま走り出した、ある程度距離を取って置かないと
「はぁ はぁ はぁ」
5分ほど走った所で息切れし、足を止める
「ついにやったのね‥‥この日が来るのをどんなに待ち望んだか」
館には1年中いるわけではない、1年に1回は館を出て自由に出来る日がある、それ以外で館の外に出たのは初めてでかなり興奮していた。
走ったせいでまだ息が上がっているが、とりあえずタスブランカに向かい歩き出すことにする
タッ タッ タッ
舗装された道を歩きながら考える、次の授業に私が出なかった場合、私が逃げた事がバレて直ぐに追手が来るだろう、なら道ではなくて道から逸れ林の中を進んだ方がいいかな?
タッタッ タッタッ タッタッ
ん?
タッタッ タッタッ タッタッ
あれ?足音が‥‥‥‥
タッタッ タッタッ タッタッ
まさか?‥‥
後ろを振り向くのが怖かったが、勇気を振り絞り振り返って見る
「お散歩ですか?」
「な、なんで?」
私の後ろにはフェルド・ガーンが付いてきていた。
「まさか遊びに行こうとか考えてますか? それは許可されていないので館に戻って欲しいのですが」
「‥‥‥‥帰るわよ」
「はい」
館に向けて私とフェルド・ガーンは歩き出した。
おかしい、完全に抜け出せたはずなのに‥今度は何としてでも抜け出してやる
◆◇
よし! フェルド・ガーンはマルロンと話をしている、今が脱出の時!
マルロン曰く、フェルド・ガーンは他の男性と違いマルロンの体をいやらしい目で見たりしないそうで、マルロン的にはそこに好感が持てるらしく、フェルド・ガーンと話すときは常に嬉しそうにし、時折頬を赤く染めている時がある
でもゴメンねマルロン、フェルド・ガーンは貴女の様な女性らしい体では無く、私のように幼女体型にしか興味がないみたいなの、でもその調子でその目の前の男と話でもしていなさい、マルロン貴女は多分報われないけれど!
私は今回は失敗はしない、前回、前々回と私は堂々と表の門から走って逃げた。
誰も観てない事を確認したとはいえ、流石に表門から出たら気づかれるだろう、だから今回は裏門からの脱出になる、そして道を外れ、林の中を走り抜けこの館からの完全脱出を試みる、タスブランカに到着するのは遅れるだろうけど方法としたらこれしかない、もし気づかれても私は林の中を走っている、絶対にこの場所が分かるはずがない
今回の作戦に抜かりはない、前回、前々回は目視で他の者がいないか確認したが今回は『探知』魔法を使い、本当に誰もいないか確認する
よし! 何の反応も無い、今よ!
私は裏門から抜け出した
・・・・
・・・・
「はあ! はあ! はあ!」
息は上がっているが、私は護衛を出し抜き遊びに行けると思うと楽しくて仕方がない、今年で60歳にもなる人間がこんなことではしゃいでいたら、本来恥ずかしい事だろう、子供じみた事をしているだろう、でもしょうがない体が10歳で固定されてしまったため、例え60年生きて来ても体が、頭が10歳なのでこういった
『大人を出し抜いて遊びに抜け出す』
といった悪戯の様な事は楽しくて仕方がないのだ。
「はあ! はあ!」
5分ほど全力で走った。
走りにくい林の中なので館からはあまり離れてはいないだろう、でも体力の限界でこれ以上は走る事が出来ない、足の動きを弱めゆっくりと歩き出す、もう私が抜け出したのはバレただろうか? いや、多分まだだと思う、でもバレても問題ない、私は今林の中にいるのだから、ここにいるのを発見するのは難しいだろう
「ふぅー ふぅー」
息もだいぶ落ち着いてきた、もう少ししたらまた走ろうか、今度は全力で走る事も無いだろう、ここまで来たらもう大丈夫‥‥
『ふっ』
と、一瞬何かが私に覆いかぶさるような感覚を味わい、反射的に身構える
嘘! 見つかったの!?
フェルド・ガーンに発見されたと思ったが、それは杞憂だった。
私の上を鳥が通り過ぎただけのようで、木々の葉の間から鳥が飛んでいるのが見える
「何だ‥‥鳥の陰か、驚かさないでよ‥‥」
覆いかぶさられたと思った物は鳥の陰だった。何となくその鳥が気になり、そのまま鳥を見ていると、何故か私の上を弧を描くようにグルグルと回っている
餌でも探しているのかしら?
正体が鳥である事を確認し、ほっと胸を撫でおろした私は鳥から視線を外し、タスブランカに向けて歩きだそうとした。
その時
「ひっ!」
心臓が止まるかと思った。
「お散歩ですか?」
私の目の前には護衛のフェルド・ガーンが立っていた
「お散歩でしたらお供しますが、お散歩には少々足場が悪いですね‥‥まさかとは思いますが、抜け出して遊びに行こうとか考えられておりますか?」
‥‥‥言葉を出す事も、暫く体を動かすことも出来なかった。
さっきまでいなかったのに、少し視線を上に向けている内に何故か目の前に立っていた。
あまりにも驚きすぎてその場で固まってしまった私を、フェルド・ガーンはずっと見ていた。
「何故‥‥‥ここにいるの?」
やっと出た言葉がそれだった
「何故とおっしゃいましても、それが私の仕事ですし」
視界がぼやけて見える、驚きすぎて涙が出てしまったようだった。
指で目をぬぐい
「帰るわよ‥‥‥」
館に戻る事にする
「はい」
おかしい‥‥‥絶対に誰にも見つかっていないはずなのに、もしかしてこの男『探知』魔法が使えるんじゃないのかしら?
でも調査書には『探知』魔法は書かれていなかった。あれはお爺様も確認したはずだから間違いないはずなんだけど‥‥‥
館に向けて歩いている時私は誓った。
次は絶対に成功させて見せると‥‥
それから何度か抜け出してみたが、その都度フェルド・ガーンに見つかってしまう、しかも腹が立つのが館の門から脱出し安全圏まで走り、息が上がって足を止め一息ついた時に出てくる。
ホッとしている時、その都度「お散歩ですか?」と言い登場された時の絶望感は物凄い
そして今日も‥‥‥
「フェ、フェルド、何でここにいるのよ!」
「そう言われましても仕事なので」
少し困った顔でそう答える
「帰るわよ!」
「はい」
次こそは‥‥‥
就寝前、私は脱出のための作戦を練るのが日課となっていた。
えーい、忌々しいフェルドめ! 次はどうやって出し抜こうか椅子に座り作戦を考える、考えれば考えるほどフェルドに腹が立つ、さっきから貧乏ゆすりが止まらない、右足が激しく上下に動いている、ネジェン家の人間がそんな下品な事があっては本来許されないのだけど
「リテア様、お茶をお入れしましたよ」
マルロンが寝る前のお茶を用意してくれた
「ありがとう、そこ置いといて」
「はい、‥‥‥‥ふふふ」
マルロンが私の顔を見て笑っている
「なによ」
「最近リテア様はご機嫌がよろしいみたいですね」
何を言っているのか? こんなにイラついている姿が見えないの?
「このどこが機嫌がよく見えるのよ」
「ふふ‥‥だってリテア様、今物凄く楽しそうに笑ってらっしゃいますよ」
◆◇◆
「この日の深夜に決行する、という事で?」
「ああ、罠を解除するための魔道具も人数分手に入れた。内容は前も言ったとおりだ」
「館の人間には手を出すな、ですね?」
「そうだ、あくまでも次期代表候補の失踪って事にするためだ。騒ぎを余り大きく出来ないからな、これが失敗したら私も、そしてお前達も終わりだからな、必ず成功させろ」
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