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世界の始まり ④
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女神に庇護されしこの大陸は、天候はもちろんの事災害まで管理されている
天候は穏やかで作物が一年中育ち、恵が必要な時以外は雨も降らない
大地が揺れ暴風が吹き荒れる事もなく、天災に何一つ怯えることなく人は暮らす事が出来ていた。ただそれでも‥‥‥
人は互いに傷つけ合い、争いを止めなかった
幾らでも育つ豊かな土壌で作られる食料、安心して暮らせる土地
何一つ不自由しない生活でも人は更に豊かさを求める
もっと贅沢を
もっと権力を
もっと自分を満たせるものを
あくなき欲求を抱く人の考えは、他者から奪う事でそれを達成しようとする。
そしてその欲望の為に今日も一つの都市が消える事となる
「ねぇ、何でそんなにガッカリしているの?」
都市全体が見渡せる山の上で1人の青年が地面に両手を付き、うな垂れていた。
青年の瞳には城壁に囲まれている都市の内部からくすぶった煙を上げ、既に蹂躙された後の故郷が映し出されていた。
その青年の後ろから一人の少年が声を掛ける
「ふーん、住んでいる所が無くなっちゃったんだ。大変だね」
「そうなんだ、あそこからここまで逃げて来たの? みんな死んじゃったの? 可哀そうに」
「守ろうとしたけど駄目だったんだぁ━━力? 守れる力があれば皆を助けられたって?」
「そっかぁー、そんなに大事なものがあったんだぁ━━命? 自分の命を使ってでもみんなを助けたかったの?」
「わかった! じゃあ僕が助けてあげるよ」
少年が手をかざすと、そこに一つの魔法陣が組み上げられ、それと同時に少年の魂の一部が剥がれ落ちた
・・・・・・・
・・・・・
・・・
◆◇
「ねぇ、なにを売ってるの?」
ひょいと現れた少年が屋台を仕切る男に話しかける。
茶色の髪を肩で揺らし両手を後ろに組んでのぞき込んでいる。焼いた肉の油がはじけ飛び、辺りには焼ける肉のいい匂いが漂っていた。
匂いの元をたどったその少年は興味が湧き声を掛けたのだ。
少年の手には袋が握られており、その中からはジャラジャラと硬貨が音を立てていた
「これはこれは! 天使ネクター」
屋台の男は肉を焼く手を止め、天使ネクターと呼ばれた少年に祈りを捧げ頭を下げた。それに気づいた周りの大人や子供達も直ぐに膝を付きその頭を下げる
天使ネクターは自分の質問の回答を貰っていないので、もう一度その男に質問をする
「ねぇ、なにを売っているの?」
「ヒュケイの肉を焼いたものを売っております」
「ふ~ん、それって美味しいのかな?」
「は、はい、この辺りでは結構評判でよく売れております」
結局は美味しいのか、それとも美味しくないのか、どちらか分からなかったがネクターは少し興味があったので袋から硬貨を出す。つい先ほど教会から貰って来たお金で、ネクターが教会に行くと必ず貰えるようになっていた
元は屋台や食品を扱うお店の前で物欲しそうに見ているネクターだった。
しかし、サーナから人の世界ではお金が無いと物が買えないと聞いていたため、ただ見ているしかなかった。
店の人が「どうぞ」と進めてもネクターはサーナの言伝を守り受け取らなかった。
それではあまりにも可哀そうと、見かねた教会がネクターの為に貯めていたお金である。いくら人の上に立つ天使といえど、見た目が年端も無い可愛い少年の姿をして、その子が物欲しそうにしていればいくら相手が天使でも大人たちは何かをしたくなるもの。
それが今では大陸中に広がり、どこの教会でもネクターが訪れた時の為に子供のお小遣い程度のお金を用意していた
「これ一つ頂戴」
串に刺さった肉を指さし、硬貨を2枚渡そうとするが屋台の台がネクターよりも高く、小さな体を精一杯伸ばしお金を渡そうとする姿は何とも可愛らしいもので、周りで頭を下げている人々はチラチラとネクターを見て温かな気持ちになっていた
屋台の男はその硬貨を受け取るとヒュケイの串焼きを「どうぞ」とネクターに渡す
「ありがとう」
元気にお礼を言ったネクターは串焼きを貰うと、背中に魔法陣の絵柄の様な翼を広げ、空に向かって飛び立っていった。
ネクターがその場から去ると、その屋台には人が押し寄せ次々と串焼きを購入して行く。天使が購入したという事でその屋台は縁起がいいと言われ、焼いていた串焼きはあっという間に売り切れてった。
天使と同じものを食せるという幸福と、天使が購入したという事で店の宣伝になるという幸運がそこにはあり、幸せな空間が広がっていた
「さぁ、まだまだ焼くよー! 天使ネクターが食べた串焼きだ! ほっぺたが落ちるくらい美味しいぞ!」
屋台の男は今が書き入れ時だとホクホク顔で肉を焼く作業に入った
・・・・
・・・
・
「まずい‥‥」
高い高い空の上、人が目視では見えないようなそんな高い場所でネクターは串焼きを齧っている。食べていたではなく齧っている。
もう既に食べたくないと顔に書いてある程だった。
まだ一口目だったが、あと8割程も残っており、これを最後まで全部食べないといけないのか、とネクターはうんざりする
美味しそうな匂いにつられて買った串焼きだが、ネクターの経験では美味しそうな匂いがする食べ物は大体美味しくない。
でもそれでも何故か匂いにつられて買ってしまうという不思議な体験をしていた
正直、ネクターがいままで美味しいと感じた食べ物は今まで一つもない。『ぐわっ』とした味が口の中にひろがったり、『うえっ』とした味がしたり、中には舌の上に激痛が走る場合もある。激痛の場合は暫くその痛みが取れず目から涙をこぼした事もある。
回復の魔法を掛けてもその痛みは取れず、その度に泣きながら女神マシェルの所に行って取って貰っていた。
マシェルがいない場合は自分の母であるサーナに取ってもらっていたが、時たま父であるカネオンが
「取ってやろうか?」
と言ってくる事があるが、何故だか何となく子供ながらにしゃくだったので断っていた
「何でだよ!」
断るたびにそう言われていたが、カネオンを無視して泣いていると、その内自分のお爺さんに当たるユーサリーが来てくれてそっと治してくれていた。
結局回復の魔法ではなく、奇麗にする魔法ならその痛みも取れる事が分かったので、それ以降は自分で治している
そもそも何故この高い場所で食べているかというと、一度店先で食べて
「まずい」
と言った所、そこの店の店主が一瞬で青い顔に変わった。人の顔はこんなにも色が変わるのかとネクターは面白く感じたが、その店は次の日には店がたたまれており、店主は家族もろとも行方が分からなくなっていた。
その後、サーナから本人のいる前では不味いと言ってはいけませんよと言われ、言い付けを守っている。つまり人のいない場所でいつも食べていた。
「まずい」と言わなければいいのだが、ネクターは口に出さないと気が済まない方だった
普段から人の世界に降りプラプラと遊びまわっているネクターだが、今日は母であるサーナに言われたお使いの為にこの場所に来ている。
とある都市の領主宛てに言伝を頼まれ、その用事を済ませた後あちこちを飛び回っていた
「もう駄目、食べられない‥‥」
今回も完食を諦めたネクターは地上に向けて落下してゆく、そして地上にいる適当な人を見つけその人に向けて軌道を変えた
「あの人でいいか」
そこにはボロを着た老人と、少し離れた所には同じく粗末な服を着た子供がいた。二人ともかなり衰弱しており、多分ほとんど食べていないと思われる。体を横たえもはや動く事すら辛いのだろう。
いくら土地が豊かで作物が豊富でも、その豊かさの恩恵を受けることの出来ない人達というのは、やはりどの場所でも一定数は存在していた
そのまま地上に降りたネクターは、食べかけの串焼きを持ったまま子供には目もくれず老人がいる方に向かう。
「お腹減ってるの? だったらこれをあげるよ」
ネクターから串焼きを受け取った老人は涙を流しながらかぶりついた。その老人の食べる串焼きを虚ろな目で見ていた子供には目もくれず、ネクターはまた空に向かい羽を広げた
「あの美味しくない食べ物も人間にあげたし、今度はどこに行こうかな‥‥むむっ! 東の方から何だか何かある気がする、多分絶対何かある! 何かは知らないけど!」
実際何かある訳でもなく、何となく東の方に行きたいと思ったネクターはその背にある翼を一つ羽ばたかせると風の赴くまま、気分の赴くまま東へと飛んだ
◆◇
「ねぇ、どうしたの?」
東に移動中、ネクターは罠に掛かっている動物を見つけた。
それは小さな動物でまだ大人になって間もないと思う。ギザギザに尖った金属が足に食い込んでおり、その動物の力ではもうどうしようもない状況だった。
生きる力を失う直前の動物にネクターはしゃがんだまま問いかける
「痛そうだねそれ」
「ふーん、足を挟まれてからもう3回も太陽が消えたんだ? それはね3日が過ぎたって事だよ」
どうでもよい知識を動物に与え、ネクターはその場から飛び去ろうとしたが
「えっ、なに? 死にたくないって?」
動物の微かな意思を感じ取りネクターは「ふんふん」と首を縦に振る
「なるほど、ずっと人に狙われ続けて他の仲間も全部捕まったのか、それで自分も罠に掛かっちゃったと‥‥‥うーん」
腕を組み目を閉じ、大人が考えている時にするような恰好をしているネクターは、傍から見るととても可愛らしい姿である
「うんうん」とひとしきり唸ったネクターは
「わかった、僕が助けてあげるよ」
動物であるが故に魔法陣の契約が出来ない為、ネクターは直接魔法陣を手渡すことにした。
ネクターの心が剥がれ、その力の源も剥がれる。剥がれた心と力は一つの造形を作り出し、この世に一つしかない物を創造し、ネクターの手のひらに落ちた。
手に落ちた創造物は、丸いシンプルな形に淡い赤い色のガラスの様な透明な石が付いており、それに小さな鎖が数珠つなぎに付いていた。
一見ネックレスに見えるそれを、ネクターは瀕死の動物の首にそっと掛けてあげる
「ほら、これで大丈夫。人に狙われる事ももうないし、体もすぐ良くなるよ。それじゃあね」
◆◇
東に向かったネクターは
「よし、この町にしよう」
いつも外している直感を頼りに、とある町に降り立った。今の時刻は真夜中で外に人は誰一人としていない。
その中でネクターは一つの教会の前に立ち、朝までその場にいる事にする。依然母であるサーナに
『人は夜になると命の活動を止めて眠りに着くのです、だから夜に尋ねてはいけませんよ』
と言われていたので、大人しく朝まで待つ事にする
朝になり、教会の神父が表のドアを開け、目の前にいきなりいるネクターに対し神父が腰を抜かす事もあったが、その神父にお小遣いを貰ったネクターは一つのお店の前に立った
「何かありそう‥‥」
そのお店は食事を提供している所なのであるのは食べ物しかない。いつもだったらまた自分の口に合わない物を食べて
『不味い』
と言うのだが、ネクターはこの店で運命的な出会いをする、それはネクターのみならず、この世界の食文化すら変えてしまうものだった
「おいしい‥‥‥」
人の見えないくらいの上空でネクターはその言葉を漏らす。それは今まで食べた事の無い味で、口に入れた瞬間口の中に幸福が広がるような味であった。
舌がとろけ、脳もとろけるような快感にネクターはしばし時を忘れる
「あっ!」
手に持っていた食べ物が既に無い事に気づき、落としたのかと一瞬思ってしまったが‥‥‥
「全部‥‥食べちゃった」
完食
今までそんな事は一度すらなかった。その衝撃の事実にネクターは口を押える
「行かなきゃ‥‥もう一回買いに‥‥行かなきゃ!」
背の羽をたたみ、その店に向かい一直線に急降下した
ネクターがこの日食べたのは、砂糖をふんだんに使った甘いお菓子だった。その日以来、毎日のように訪れるネクターの話を聞き、大陸中からこの店に足を運ぶ者達が増える。
初めて『美味しい』と評価されたこの店のお菓子は世界中に広まり、それは時代と共にその食文化は変わり、砂糖が入っていれば入っているほど美味いという風潮になっていった
砂糖が入っていなければ人の食事にあらず
ここにこの星の食文化は完成形を迎えることになる
天候は穏やかで作物が一年中育ち、恵が必要な時以外は雨も降らない
大地が揺れ暴風が吹き荒れる事もなく、天災に何一つ怯えることなく人は暮らす事が出来ていた。ただそれでも‥‥‥
人は互いに傷つけ合い、争いを止めなかった
幾らでも育つ豊かな土壌で作られる食料、安心して暮らせる土地
何一つ不自由しない生活でも人は更に豊かさを求める
もっと贅沢を
もっと権力を
もっと自分を満たせるものを
あくなき欲求を抱く人の考えは、他者から奪う事でそれを達成しようとする。
そしてその欲望の為に今日も一つの都市が消える事となる
「ねぇ、何でそんなにガッカリしているの?」
都市全体が見渡せる山の上で1人の青年が地面に両手を付き、うな垂れていた。
青年の瞳には城壁に囲まれている都市の内部からくすぶった煙を上げ、既に蹂躙された後の故郷が映し出されていた。
その青年の後ろから一人の少年が声を掛ける
「ふーん、住んでいる所が無くなっちゃったんだ。大変だね」
「そうなんだ、あそこからここまで逃げて来たの? みんな死んじゃったの? 可哀そうに」
「守ろうとしたけど駄目だったんだぁ━━力? 守れる力があれば皆を助けられたって?」
「そっかぁー、そんなに大事なものがあったんだぁ━━命? 自分の命を使ってでもみんなを助けたかったの?」
「わかった! じゃあ僕が助けてあげるよ」
少年が手をかざすと、そこに一つの魔法陣が組み上げられ、それと同時に少年の魂の一部が剥がれ落ちた
・・・・・・・
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「ねぇ、なにを売ってるの?」
ひょいと現れた少年が屋台を仕切る男に話しかける。
茶色の髪を肩で揺らし両手を後ろに組んでのぞき込んでいる。焼いた肉の油がはじけ飛び、辺りには焼ける肉のいい匂いが漂っていた。
匂いの元をたどったその少年は興味が湧き声を掛けたのだ。
少年の手には袋が握られており、その中からはジャラジャラと硬貨が音を立てていた
「これはこれは! 天使ネクター」
屋台の男は肉を焼く手を止め、天使ネクターと呼ばれた少年に祈りを捧げ頭を下げた。それに気づいた周りの大人や子供達も直ぐに膝を付きその頭を下げる
天使ネクターは自分の質問の回答を貰っていないので、もう一度その男に質問をする
「ねぇ、なにを売っているの?」
「ヒュケイの肉を焼いたものを売っております」
「ふ~ん、それって美味しいのかな?」
「は、はい、この辺りでは結構評判でよく売れております」
結局は美味しいのか、それとも美味しくないのか、どちらか分からなかったがネクターは少し興味があったので袋から硬貨を出す。つい先ほど教会から貰って来たお金で、ネクターが教会に行くと必ず貰えるようになっていた
元は屋台や食品を扱うお店の前で物欲しそうに見ているネクターだった。
しかし、サーナから人の世界ではお金が無いと物が買えないと聞いていたため、ただ見ているしかなかった。
店の人が「どうぞ」と進めてもネクターはサーナの言伝を守り受け取らなかった。
それではあまりにも可哀そうと、見かねた教会がネクターの為に貯めていたお金である。いくら人の上に立つ天使といえど、見た目が年端も無い可愛い少年の姿をして、その子が物欲しそうにしていればいくら相手が天使でも大人たちは何かをしたくなるもの。
それが今では大陸中に広がり、どこの教会でもネクターが訪れた時の為に子供のお小遣い程度のお金を用意していた
「これ一つ頂戴」
串に刺さった肉を指さし、硬貨を2枚渡そうとするが屋台の台がネクターよりも高く、小さな体を精一杯伸ばしお金を渡そうとする姿は何とも可愛らしいもので、周りで頭を下げている人々はチラチラとネクターを見て温かな気持ちになっていた
屋台の男はその硬貨を受け取るとヒュケイの串焼きを「どうぞ」とネクターに渡す
「ありがとう」
元気にお礼を言ったネクターは串焼きを貰うと、背中に魔法陣の絵柄の様な翼を広げ、空に向かって飛び立っていった。
ネクターがその場から去ると、その屋台には人が押し寄せ次々と串焼きを購入して行く。天使が購入したという事でその屋台は縁起がいいと言われ、焼いていた串焼きはあっという間に売り切れてった。
天使と同じものを食せるという幸福と、天使が購入したという事で店の宣伝になるという幸運がそこにはあり、幸せな空間が広がっていた
「さぁ、まだまだ焼くよー! 天使ネクターが食べた串焼きだ! ほっぺたが落ちるくらい美味しいぞ!」
屋台の男は今が書き入れ時だとホクホク顔で肉を焼く作業に入った
・・・・
・・・
・
「まずい‥‥」
高い高い空の上、人が目視では見えないようなそんな高い場所でネクターは串焼きを齧っている。食べていたではなく齧っている。
もう既に食べたくないと顔に書いてある程だった。
まだ一口目だったが、あと8割程も残っており、これを最後まで全部食べないといけないのか、とネクターはうんざりする
美味しそうな匂いにつられて買った串焼きだが、ネクターの経験では美味しそうな匂いがする食べ物は大体美味しくない。
でもそれでも何故か匂いにつられて買ってしまうという不思議な体験をしていた
正直、ネクターがいままで美味しいと感じた食べ物は今まで一つもない。『ぐわっ』とした味が口の中にひろがったり、『うえっ』とした味がしたり、中には舌の上に激痛が走る場合もある。激痛の場合は暫くその痛みが取れず目から涙をこぼした事もある。
回復の魔法を掛けてもその痛みは取れず、その度に泣きながら女神マシェルの所に行って取って貰っていた。
マシェルがいない場合は自分の母であるサーナに取ってもらっていたが、時たま父であるカネオンが
「取ってやろうか?」
と言ってくる事があるが、何故だか何となく子供ながらにしゃくだったので断っていた
「何でだよ!」
断るたびにそう言われていたが、カネオンを無視して泣いていると、その内自分のお爺さんに当たるユーサリーが来てくれてそっと治してくれていた。
結局回復の魔法ではなく、奇麗にする魔法ならその痛みも取れる事が分かったので、それ以降は自分で治している
そもそも何故この高い場所で食べているかというと、一度店先で食べて
「まずい」
と言った所、そこの店の店主が一瞬で青い顔に変わった。人の顔はこんなにも色が変わるのかとネクターは面白く感じたが、その店は次の日には店がたたまれており、店主は家族もろとも行方が分からなくなっていた。
その後、サーナから本人のいる前では不味いと言ってはいけませんよと言われ、言い付けを守っている。つまり人のいない場所でいつも食べていた。
「まずい」と言わなければいいのだが、ネクターは口に出さないと気が済まない方だった
普段から人の世界に降りプラプラと遊びまわっているネクターだが、今日は母であるサーナに言われたお使いの為にこの場所に来ている。
とある都市の領主宛てに言伝を頼まれ、その用事を済ませた後あちこちを飛び回っていた
「もう駄目、食べられない‥‥」
今回も完食を諦めたネクターは地上に向けて落下してゆく、そして地上にいる適当な人を見つけその人に向けて軌道を変えた
「あの人でいいか」
そこにはボロを着た老人と、少し離れた所には同じく粗末な服を着た子供がいた。二人ともかなり衰弱しており、多分ほとんど食べていないと思われる。体を横たえもはや動く事すら辛いのだろう。
いくら土地が豊かで作物が豊富でも、その豊かさの恩恵を受けることの出来ない人達というのは、やはりどの場所でも一定数は存在していた
そのまま地上に降りたネクターは、食べかけの串焼きを持ったまま子供には目もくれず老人がいる方に向かう。
「お腹減ってるの? だったらこれをあげるよ」
ネクターから串焼きを受け取った老人は涙を流しながらかぶりついた。その老人の食べる串焼きを虚ろな目で見ていた子供には目もくれず、ネクターはまた空に向かい羽を広げた
「あの美味しくない食べ物も人間にあげたし、今度はどこに行こうかな‥‥むむっ! 東の方から何だか何かある気がする、多分絶対何かある! 何かは知らないけど!」
実際何かある訳でもなく、何となく東の方に行きたいと思ったネクターはその背にある翼を一つ羽ばたかせると風の赴くまま、気分の赴くまま東へと飛んだ
◆◇
「ねぇ、どうしたの?」
東に移動中、ネクターは罠に掛かっている動物を見つけた。
それは小さな動物でまだ大人になって間もないと思う。ギザギザに尖った金属が足に食い込んでおり、その動物の力ではもうどうしようもない状況だった。
生きる力を失う直前の動物にネクターはしゃがんだまま問いかける
「痛そうだねそれ」
「ふーん、足を挟まれてからもう3回も太陽が消えたんだ? それはね3日が過ぎたって事だよ」
どうでもよい知識を動物に与え、ネクターはその場から飛び去ろうとしたが
「えっ、なに? 死にたくないって?」
動物の微かな意思を感じ取りネクターは「ふんふん」と首を縦に振る
「なるほど、ずっと人に狙われ続けて他の仲間も全部捕まったのか、それで自分も罠に掛かっちゃったと‥‥‥うーん」
腕を組み目を閉じ、大人が考えている時にするような恰好をしているネクターは、傍から見るととても可愛らしい姿である
「うんうん」とひとしきり唸ったネクターは
「わかった、僕が助けてあげるよ」
動物であるが故に魔法陣の契約が出来ない為、ネクターは直接魔法陣を手渡すことにした。
ネクターの心が剥がれ、その力の源も剥がれる。剥がれた心と力は一つの造形を作り出し、この世に一つしかない物を創造し、ネクターの手のひらに落ちた。
手に落ちた創造物は、丸いシンプルな形に淡い赤い色のガラスの様な透明な石が付いており、それに小さな鎖が数珠つなぎに付いていた。
一見ネックレスに見えるそれを、ネクターは瀕死の動物の首にそっと掛けてあげる
「ほら、これで大丈夫。人に狙われる事ももうないし、体もすぐ良くなるよ。それじゃあね」
◆◇
東に向かったネクターは
「よし、この町にしよう」
いつも外している直感を頼りに、とある町に降り立った。今の時刻は真夜中で外に人は誰一人としていない。
その中でネクターは一つの教会の前に立ち、朝までその場にいる事にする。依然母であるサーナに
『人は夜になると命の活動を止めて眠りに着くのです、だから夜に尋ねてはいけませんよ』
と言われていたので、大人しく朝まで待つ事にする
朝になり、教会の神父が表のドアを開け、目の前にいきなりいるネクターに対し神父が腰を抜かす事もあったが、その神父にお小遣いを貰ったネクターは一つのお店の前に立った
「何かありそう‥‥」
そのお店は食事を提供している所なのであるのは食べ物しかない。いつもだったらまた自分の口に合わない物を食べて
『不味い』
と言うのだが、ネクターはこの店で運命的な出会いをする、それはネクターのみならず、この世界の食文化すら変えてしまうものだった
「おいしい‥‥‥」
人の見えないくらいの上空でネクターはその言葉を漏らす。それは今まで食べた事の無い味で、口に入れた瞬間口の中に幸福が広がるような味であった。
舌がとろけ、脳もとろけるような快感にネクターはしばし時を忘れる
「あっ!」
手に持っていた食べ物が既に無い事に気づき、落としたのかと一瞬思ってしまったが‥‥‥
「全部‥‥食べちゃった」
完食
今までそんな事は一度すらなかった。その衝撃の事実にネクターは口を押える
「行かなきゃ‥‥もう一回買いに‥‥行かなきゃ!」
背の羽をたたみ、その店に向かい一直線に急降下した
ネクターがこの日食べたのは、砂糖をふんだんに使った甘いお菓子だった。その日以来、毎日のように訪れるネクターの話を聞き、大陸中からこの店に足を運ぶ者達が増える。
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