異世界陸軍活動記

ニボシサービス

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奈落の底

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 子供の頃、ロメ渓谷に橋が架かっているのを見た

 という一人の兵士の情報を元に、ハルツール軍ロメ奪還の総司令を務めるタクティア・ラティウスは、その橋の情報が本当かどうかを自分の目で確かめる為、ロメ渓谷に来ていた。
 海から都市ロメまで深く刻まれるようにえぐられた大地には、日の光が差し込むのが難しいほど深い渓谷になっており、そこには海から運ばれてくる一年中晴れない霧が立ち込めていた。
 だが、タクティア達が訪れたこの日だけは、霧が少しだけ薄れている
 
「結構不安定ですねぇ、下に支えとかあるのでしょうか?」
 気のせいか少しだけ揺れているような感じがする

 橋から下を除こうとするが、一緒に来た兵士にそれを止められる
「私が見ますから」

「そうですか、ではお願いします」

 兵士が身を乗り出すように橋の下を確認するが
「‥‥残念ながら霧でよく見えません」

「でしょうねぇ」

 自分達がいる橋の上でも数メートル先は見えないのだ。橋の下となるとよっぽどこの霧が晴れなければ見える事は無いだろう。
 おもむろにタクティアは苔をブーツで削り、その下にある橋の材質を確認すると、少しだけその材質が削れる

「材質は‥‥レントンですねかぇ? 橋に使う様な材質では無いようですが」

「そうですね、でも『硬化』が付与されているようですから、通れる位の強度はあるのでしょう」

「なるほど」
 
 橋の調査をしつつ、タクティア達4人は霧の深く見通しの悪い橋を進むことにする

「安全性が確認できればロメ渓谷を渡って、マシェルモビアの側面を突く事が出来るのですが」

 橋には苔が全面に付着しており、崖から生えている蔦が橋に絡みつくように伸びていた。橋の両側には柵の一つも無く、一歩間違えば奈落の底だろう。
 今は橋を歩ける程度に霧は晴れているが、これがいつもの状態であれば簡単に足を踏み外すだろう。危険な状態であるのも問題だが、もしその問題が解決してもこの荒れ果てた状態を改善するにも一苦労しそうだ

「そうですね、ですがこれがもしマシェルモビアにバレたとなれば逆もありますから、いっそのこと破壊も考えなければと‥‥」

「それも視野に入れて調査しなければなりませんね」

「はい、しかしこの橋は一体何の為に作られたのでしょうか、作るとしたら渓谷の上に作ればいいものを」

 タクティアはこの隠されたように作られた橋と位置関係から、作られた経緯を考え導き出すと一つの事が頭に浮かぶ

「多分ですが、税金逃れでしょうねぇ」

「脱税ですか?」

「ええ、推測でしかありませんが、緩衝地帯で採取された回復薬用の薬草は、緩衝地帯でしか成長しないので、採取されたそれを秘密裏に運ぶための物でしょう。
 大陸東部で採取された原料はこの渓谷がある為に、一度一か所に集められます、一か所に集めるためにわざとこのロメ渓谷には橋を架けていないのです。
 今はマシェルモビアに奪われてしまいましたが、移転門がある場所で計量され取引されます。そこで収めた量から税金が発生するのですが、薬草を採取する人達と言うのは比較的貧しい人達が殆どですから、税金を収めたくないと言う人も当然いるでしょう。
 その人達がこの橋を建て、ロメ側から直接企業に収めていた可能性がありますね」

「なるほど‥‥」

「素人が作った橋だから、こんなにも不安定で出来が悪い橋になったのでしょう。今は状態が悪いですが、それはマシェルモビアによって薬草が採取出来なくなってしまったせいであって、それまでは普通に使われていたと思われます。
 通常時であれば破壊するのが一番なのですが、マシェルモビアとの戦いで使えるかもしれませんし、もし全て追い出したとしても、その後ロメもブレドリアも復興して普通に戻った場合、またこの橋を使う者がいるかもしれませんし、そういう者達をおびき出してこの橋を建てた者をあぶり出すのにも使えますから━━っ!」

 不意にタクティアの足が取られ、そのまま倒れてしまった

「大丈夫ですか中尉」

「え、ええ大丈夫何かに足を取られて‥‥蔦ですかこれに足を引っかけてしまったようです」

 30メール程進んだが、そこにもしっかりとした太さの蔦が絡みついており、それがタクティアの足を捉えた

「いたたた‥‥少し手を擦りむいてしまったようです」

「私が回復魔法を使います」

「すみませんお願いします」

 擦りむいた手を魔法で癒してもらい、自分の足を取った蔦を見るとそれはまるで木の枝のように太い蔦だった

「結構陸地から離れているのにこれだけ太い蔦が絡んでいるんですね、新種でしょうか? ハルツールではあまり見ないような‥‥」

 『成長・促進』魔法を契約しているタクティアは、ハヤト隊として同行していた際、そこら中に生えている植物に興味を持ち、それを採取し記録するのが趣味となっていた。
 タクティアには2種類の二つ名があり、その一つは、ハヤトの実験と玩具になってしまったタクティアの武器防具が、様々な付与魔法と天然魔石などでかなりの高額なものになり、結果『歩く貴重品』と言われている。
 そしてもう一つの二つ名は、採取した草花を慈しみの表情で愛でる事から『花屋』とも言われていた

 その『花屋』タクティアの目の前に見たことも無い太く頑丈な蔦があるとなれば、それは採取しなければ気が済まないのである

 蔦に手を触れると、そのまま『成長・促進』魔法を発動する。もう詠唱など必要ないほど使った魔法であり、タクティアの人生の中で最も使う事が多い魔法だろう。
 最近では独自の品種改良もしており、その頻度から同時期に魔法契約をしたハヤトよりも魔法練度が高いのかもしれない

「年中霧の深い場所で成長している訳ですから、それに合うように進化したのでしょうね」

「えっ? あっはい」
 タクティアにとっては興味深いが、他の3人にして見ればどうでもいい物であり、少しだけ呆れられる。一応上官に当たる訳で、「そんな事よりも━━」とは言えず静かに見守る

 タクティアが『成長・促進』魔法を掛け続けると、次第に蔦は枯れ始め葉の根元が黒くなり、そこから種が現れる。
 それをつまむように掴んだタクティアは、そのまま種を取り自身の『収納』に保管する

「すみません時間を取らせてしまいました。先に進みましょうか」

「「はい」」

 ・・・
 
 ・・


 また足を取られぬよう足元を注意し先を進む、少しだけ先ほどよりも霧が晴れ視界も開けてきたが、足元に生える苔で滑らぬよう、蔦に足を取られないようにと橋を渡っていたため、『前』をあまり見てはいなかった

 それは

 相手も同じだったようで

 双方とも気づかぬうちに接敵していた

 急に目の前に現れたかのようにいる敵、まさかいるとは思わなかった双方は一瞬その姿に思考を止めたが━━

 先に動いたのはマシェルモビアの方だった。
 一瞬で武器を抜き、タクティアの前に居た味方兵士目掛け、切りかかった。
 とび散る鮮血、それを発端にして互いに戦闘が始まった

「中将、後ろに!」

 前に居た切られた味方兵士はそのまま倒れ込み、タクティアの後ろに居た二人の兵士は直ぐ庇うように前に出る。
 タクティア自身、戦場にいる事が多かったのでいきなり現れた敵兵に狼狽えもせず、直ぐに下がった


 相手は3人、こちらは4人ですが今一人やられてしまった。3体3ですが私に戦闘が出来るはずも無く実質2対3の状態、今やられた味方は生きてはいるでしょうが、もう戦う事までは出来ないはず。どうすればこの状況を乗り越えられるか

 
 タクティアはその立場上、戦略には長けているが、戦術に関しては得意ではない。
 つまり作戦を立てるのは得意だが、戦地での戦いの仕方というのが実際に戦う事の無かったタクティアにとっては不得意であった。
 これに関しては実際に戦った事のある兵士でないと、その感覚も考えも得られないであろう。多少の心得はあったとしても実際は素人と変わりないのである。
 結果後ろで見ている事しか出来ず、無理に何かをしようとすればそれは味方にとって邪魔になる可能性もある。
 だからタクティアはそれが分かっているので手が出せずにいた

 だがマシェルモビアの3人の内、一人は戦闘に参加せず、タクティアのように後ろに下がっていた。それはどうやら体付きから女性のようで、タクティアと同じ戦闘が苦手なタイプのようだった

 つまり2対2の状態で味方と敵が、足場の悪い橋の上で武器による戦いが繰り広げられる。双方とも魔法を多用しないのは、その足場のせいもあるだろうが、それよりもこの不安定な橋のせいでもあるだろう。
 武器と武器がぶつかり合い、弾かれ、音が響く

 もちろんそれがいつまでも続くはずなく、戦いは動く。
 味方の1人が相手の兵士の腕を切り飛ばすことに成功し、そのまま振りぬいた刀をすかさず防具の無い首元へと突き刺す。
 これで1人やったか? と思われたが、喉元を突き刺された敵兵は引く事無く前に出た。そして突き刺した相手を掴み、自ら橋の下へと落ちていった。
 突き刺したハルツールの兵士を掴んだまま‥‥

 これで戦える兵士は両軍一人ずつ、それも直ぐに決着がつく‥‥実力の違いか、味方の兵士が敵兵に簡単に討ち取られ絶命した‥‥

 残るはタクティア1人、その手に持つハヤトから作ってもらった武器、名を『軍配』を手に持ち構える。
 ハヤトの世界で『スモウレスラー』と呼ばれる自然をも操る戦士、その戦士を審判する『ギョウジ』という者が使っていたという武器、その自然すら操る者を抑えるほどの力を持つ者の武器だと聞いている。もちろんハヤトの嘘ではあるが、それを真に受けていたタクティアには疑いもせず構えた
 
 互いに言葉なく相手は一歩前に出、武器を持つ手に出る汗を感じながらタクティアは一歩下がった。
 どうやら相手からすればこのまま生かしてはおけぬらしく、話し合いも無い。もちろんこちらが有利なら同じことをするだろう。
 この橋の事を知っている者を生かしておくわけには行かない、捕虜にするにも双方の生きている数により難しいだろう

 私も‥‥覚悟を決める時でしょうか?

 勝てるとは思っていないが、自分の武器防具には色々と仕掛けがある。それを全て使ってでも勝たなければこの橋の事を知られてしまう。
 もし知られて無くとも直ぐに引いて破壊しなければならない、既にマシェルモビア軍がここにいるのだから‥‥

 自分の間合いに入ろうと敵兵が差を詰める、武器の長さは相手の方が上なので攻撃しようとすれば相手が有利になる。
 だが、見た目にはそうかもしれないが、タクティアの武器は違った

 軍配についている一つの人工魔石に魔力を通すと、両面に張り付いていた物がスッと外れる。
 元々軍配の両面には若いヒュケイの羽が飾りとして付いていたが、ハヤトの改造により羽が刀の刃先に変わり、両面にびっしりと付いていた

「はあぁぁぁぁぁ!」
 
 タクティアは軍配を敵に向け振り回した、そしてその刃先に付与されていたのは『追尾』の魔法。振り回すと同時に刃先は鞭ののように姿を変え相手を襲う。
 『追尾』魔法は指定した物について行くようにすることの出来る魔法である、ハヤトはそれの一つ一つに魔法を付与し、鞭のように扱えるようにしたのだ

 突然の攻撃範囲の伸びる攻撃に、相手兵士は意表を突かれ自身の武器を盾にするように前に出した。タクティアの繰り出した攻撃により鞭のようになった剣先は相手の武器に絡みつく

 今だ!!

 タクティアは絡みついた相手の武器を奪おうと、軍配をグッと自分の元に引いた。
 だが、相手兵士は奪われまいと逆に絡みついた刃先ごと武器を引き返す

「うわっっ!」

 明らかな筋力の違いからか、引っ張られたのはタクティアの方だった。武器は手放さなかったものの、相手の方へと引きずられるように姿勢を崩す。
 姿勢を崩してしまったタクティアにはもう勝機は無いに等しい、一気に差を詰められ殺されるだろう

 だが、命を落とす事となったのは敵兵の方だった

「ブフォオッ!」

 相手の腹に突如現れた氷柱にタクティアは驚く、そして貫かれた敵兵も腹に受けた衝撃に驚きながら後ろをゆっくりと振り向いた。
 そこに居たのは一番先に不意打で切られ、倒れていた味方兵士だった。
 次の瞬間「キン!」と言う音がし、氷柱からまるでイバラのような棘が伸び、更に敵兵の体内部から突き刺すように伸びる。
 それにより敵兵は命を落とす事となった

 そして魔法を使った味方兵士も
「ざまあみろ‥‥」
 その言葉を残し今度こそ命を落とした

 それは一瞬の出来事かのように戦いは終わっていた。
 いや、まだ終わっていない。残されたのはタクティアとマシェルモビアの女兵士の二人。タクティアはそこで提案をする事にする

「‥‥どうでしょう? 大人しく捕虜になるという選択肢はありますか? この橋の事を知っているとあれば見逃すことは出来ないのですが」

 自分達が渡ってくる際に確認した時、足元には最近使用されたという痕跡はなかった。つまり目の前の女兵士達は、初めてこの橋を見つけ渡って来たのだろうと推測する。
 ならばここで捕まえてしまえばと考えたが、相手は素直に提案に乗る事は無く、タクティアの目を見たままゆっくりと武器を構えた

「駄目ですか‥‥なら、仕方ありません!」

 タクティア自身が逃げる事も考えたが、女兵士は戦いには参加していない、つまり不得意という事。 
 そして更に相手は女であるが為、力では男である自分が勝るだろうと考えた故の行動だった

「はぁぁぁぁぁ!」

 先ほどと同じく、鞭のように軍配を振るうと、『追尾』付与された刃先が女兵士を襲う。
 襲ってくる刃先に下がる事下出来ない女兵士だが、タクティアがその分前に出る。圧倒的な攻撃範囲に反撃を出来ないでいた女兵士。
 そしてその一振りが女兵士の武器へと絡みついた。先ほどと全く同じ状況になり、女兵士の武器を奪おうと軍配を思いっきり引き込む

 これで勝っ━━

 力で負けるはずがないと勝利を確信したが、結果引かれたのはタクティアの方だった

「えッ!?」

 先ほどと同じく武器は手放さなかったが、同じく前のめりに倒れ込んでしまった。タクティアが弱いだけなのか、それとも相手は『身体強化』魔法を契約していたのか?
 どちらにせよ、体勢をくずしてしまい不利になる、それを女兵士は見逃すはずが無く、一気に距離を詰める。
 先ほどのように助けてくれる味方はもういない、このままでは命を落とすはずだったが━━

 倒れた状態で距離を詰めてくる女兵士に向かい軍配を向け、軍配についている魔石に魔力を流した

 ドン!

 という衝撃が女兵士を襲う

「!?」

 吹き飛ばされた女兵士は危うくそのまま橋から落ちそうになったが、自身が持つ『火』魔法を爆発させるように使い、爆発の力で橋へと体を押し戻した

 タクティアが使ったのはハヤトが付与した『放出』魔法、それで相手を吹き飛ばした。これで刃先の鞭の攻撃範囲を取れたかと思いきや、動きが早かったのは女兵士の方だった。
 『火』魔法で落ちるのを防いだがそのまま爆発の力と『身体強化』の魔法で素早く接近、まだ体制を整えていないタクティアに切りかかる

 だが

 キィィン!
  
 薄い壁が女兵士の攻撃を防いだ。しかし女兵士はそれを承知だとばかりに、立ち上がったタクティアに対し連続で武器を振るう、刀による攻撃の他に『火』魔法の攻撃も含まれており

 キィィン! という音は、パリン! というはじけた音に変わった。それは専用防具の白いコートに掛けられた『耐壁』魔法が壊れた音であった。
 女兵士の猛攻により次々と『耐壁』が砕かれ、防具内の人工魔石が砕ける。立ち上がろうにも女兵士は蹴りを入れ起き上がるのを阻止するなどして、スペアとして人工魔石に付与してあった『耐壁』は殆ど破壊されてしまった。
 それでも何とかして体制を整えることの出来たタクティアは、刀を振るう女兵士に向け軍配を突き出した

「えい!」
 武器のリーチ差からして届かない攻撃だったが、突きだす際軍配の魔石に魔力を流すと━━

 ヒュン!

 軍配の先から長さ40センチほどの針が飛び出す、それもハヤトが面白がって付けた機能だった。雷雲の魔力の刃先を参考にした隠し針、それが女兵士の顔に向けられる

「ッ!!」

 咄嗟に女兵士は顔を背け、その隠し針を左手で受けた。針はその手を貫通しそのまま顔の頬を傷つける。
 だが、女兵士はそこで引かなかった。
 手を貫かれた状態で右手の武器を振るう、その振るわれた武器に気付き軍配を盾に斬撃を防ぐ

 キィィン!

 軍配に付与された『耐壁』が発動、斬撃は届かず、タクティアは攻撃を受けた軍配をそのまま女兵士に向け、再び『放出』の魔石に魔力を流した

 ドン!
 
 という二度目の衝撃は女兵士を吹き飛ばす、だが吹き飛ばされた際タクティアの足元へ這うような矢の形をした『火』魔法を放つ。
 それはタクティアのコートの下、足元を狙う攻撃であり、足元に熱を感じ痛みへと変わるものだった

「ああっ!!」

 痛みを受けてそのまま地面に倒れ込む、足からは切断まではしてないものの、血が既に流れ出していた

「い、痛い‥‥っ!」

 普通の兵士と違い、痛みにはあまり縁の無かったタクティアには、その痛みは耐えがたいもので、足を抑えうずくまる

「‥‥一つ提案をしましょうか? 捕虜になるなら命は助けますよ?」

 先ほどタクティアが言った事を今度は女兵士が逆に問う、貫かれた左手を右手で抑え『癒し』魔法を発動していた

「さあ、どうしますか? 貴方はもう戦えないようですが私はまだ大丈夫ですよ? 大人しく捕まるなら命までは取りません。丁度私が持っている魔法阻害の腕輪がありますし」

 そう言って女兵士は腕輪を出す

 痛みで気を失いそうになっていたせいか、タクティアから出る言葉は

「痛い   痛い       痛い」

 それだけだった

「はぁ‥‥答える事も出来ませんか、正直言ってしまうとその変な装備と中将のバッチから、軍の重要人物うだという事は分かっています、そんな人物が何故ここに居るのか不思議なのですが‥‥。一応捕虜になるかは聞きましたが、私一人で捕虜を取るのは正直辛いんです、ですから‥‥すみませんがここで死んでください」

 女兵士は右手をタクティアに向け、手に魔力を集中した。その手から放たれるのは『火』魔法、一気に命を取るつもりだろう

 だがその時
「ま、待ってくだい! 少し話し合いをしませんか」

 女兵士の問いに答えもしなかったタクティアが、足の痛みなど無かったかのように声を上げた」

「はぁ‥‥何ですか? 捕虜になると言うのですか?」

「い、いえ、そのですねこの橋の事なんですが」

「橋?」
 この橋の事を話そうとする敵兵に女兵士は何かしらの情報があると考え、少しだけ耳を傾ける事にした

「ええ、はい、この橋なのですが、      材質はレントンで出来ていまして    どうやら脱税の為に   掛けられた橋の様で   」

 足の痛みがひどいのか話がとぎれとぎれで、話の内容も時間稼ぎとしか思えなかった

「特に必要な内容とは思えませんね」
 女兵士は右手に魔力を込める

「いやいやいや待ってください! あのですね! 物ってのは物凄い小さい粒が組み合わされて作られているんですよ! 私の知り合いから聞いたのですが! 水なども3つの小さな目に見えない粒がくっついて水になるんです!」

 急に饒舌になったタクティアに女兵士は少しだけ困惑するが、タクティアの話は止まることが無い

「それでですね! レントンにも色々な小さな目に見えない粒がくっついて構成されていて形を成すんです! それで‥‥      この目に見えない粒が全て離れたら      レントンとして存在できませんよね?」

 そう言ってニヤリと笑う

 その表情を見て女兵士は魔法を発動しようとしたが、もう既に遅かった。タクティアはもう既に詠唱を終えており、手には天然の魔石を握りそれを媒介にしてその魔法が発動する

「『分離』」

 一瞬にしてタクティアと女兵士がいた場所の橋が姿を消した。言葉がとぎれとぎれだったのは、相手に気付かれずに詠唱をしていたからである

「えっ!?」
 フワッとした感覚を覚え
「あっっ!!」
 女兵士にまともに考える時間も無く、足元が消えた女兵士は奈落へと落ちていく

 もちろんタクティアも同じであり、今まで存在していた橋はそこにない。女兵士と共に奈落へと落ちるはずだったが

『成長・促進』

 左に手に持つ天然魔石を媒介に魔法を使う、左手には魔石の他にもう一つ握っていた物があった。それはこの橋に絡みついていた蔦の種だった

「間に合え!」

 左手から伸びた蔦はまだ橋の存在している場所の蔦に向かって伸び、そのまま絡みついた

「よし!」

 ぶら下がるように何とか落下をする事を防いだはずだったが‥‥

 ボン‥‥
 そんな音だったと思う、蔦で落ちるのを防いだはずだったが、体が落下を始める

「えっ! どうして! ッ!」

 体の落下の原因は橋の倒壊であった。戦闘であまり周りを見て無かったが、霧はいつの間にかなくなっており、渡って来た場所までキレイに見えるようになっていた。
 そしてその橋が根元から折れる瞬間であった

「えっ! ど、どうして!」

 このタクティアが渡ってきた橋は、支えや支柱など一切存在せず、ただ一枚の板を掛けるような本当に橋とは言えない危険な代物であった。
 タクティアが最初揺れると感じたのも、本当に揺れているからであった

 橋が根元から折れるとそれに絡まっている蔦もそれに伴い動く

「あ、あ、あっ!」

 大体、橋の中央に居たタクティアだが蔦はブランコのように崖に向かって振られる

 ブチブチブチ! 

 蔦が切れる音がし、タクティアは死を覚悟した。大きく体を振られながらいつ蔦が切れるかに恐怖し目を閉じる。
 そして強い衝撃が体を襲い

「うっっ!!」
 声が漏れる、肺の中の空気が全て出てしまったように苦しさが襲う

 同時に防具についている最後の人工魔石、『耐壁』が付与された魔石が音を立てて壊れた。もし『耐壁』が残っていなかったらタクティアは死んでいただろう

 命までは落とさなかったが、この衝撃で少しだけ意識が飛んでいた


 ・・・・

 ・・・



「ウッ・・ツツ!」

 体の痛みで意識が戻る、

「助かった‥‥のでしょうか?」
 
 くらくらとする頭のまま頭上を見上げると、掛かっていた橋は既に無く、入り口であろう場所から蔦だけがタクティアの場所まで降りて来ていた

「折れた橋が頭上に落ちてくる可能性もありましたが、どうやら私は運がいいようです」

 今度は自分の下の方を見たが

「ヒッ!」

 タクティアが下を見ると霧は下の方まで晴れており、底が見えるようになっていた。そこは本当に奈落であり、これだけ深いとは思っても無かったほどロメ渓谷は深い場所になっていた

「こんなに深かったのですね‥‥」

 はぁ‥‥

 深くため息をつく、助かったのはいいが

「どうやって帰ったらいいのでしょうか?」

 今の自分には魔力が無いのを分かっている。魔力が回復するまで待ち、回復したら『重力』魔法を使って這って上がるしかないが、それ以前に足から出血し体力が失われている。
 足のケガもそうだが、今のタクティアは左手から伸ばした蔦でぶら下がっている為、常に左手を上げそれに体の体重を支えている状態にある。
 ただそれだけでも体力が徐々に失われてしまっているのだ

「助けは来ないでしょうね」
 
 ゆっくりと目を閉じる

「私もここで終わりでしょうか?」

「でも相手の女兵士は結構高い階級だったと思いますし、それを退けて危険な橋を破壊したと思えば結構な功績では無いでしょうか?」

「おい」

「ロメ奪還の作戦が成功するのかどうかは確かめることは出来ませんが、我が軍は多分奪還できるでしょう」

「おい」

「そうなればここで私が散るのも意味があるかもしれません」

「何しとんねん」

「そしてそのまま移転門を取り返す事が出来れば━━」
 不意にぺチンという音と共に頬に衝撃を受けた

「痛っ!」

「だから何してんだよ」

 頬の痛みで目を開けると、そこにはハヤトが横からのぞき込むように立っていた。いやそうではない、重力を無視するように崖に立っていたのだ、真横に

「えっ? ち中尉?」

「何? お前変な趣味があるの? こんな所でぶら下がって遊んでさ、俺達が戦ってる時に何遊んでるんだよ、仕事はどうした?」

 目の前にハヤトが居る事が信じられずタクティアは叫んだ。これで助かったと
「ハヤトちゅ━━━い━━━!!」

 抱きつこうとするがハヤトは1歩下がる。ぶら下がっているタクティアは蔦にぶら下がっている為、抱きつこうとしてもブラブラと揺れるだけだった

「お前の趣味に対して何かいう事は無いけれど、もう作戦が始まっているんだよ、遊んでないで帰るぞ」

「いや違うんですよ、橋の調査に来ていたんです」

「橋?」

「はい、橋が架かっているという情報があってそれを確認しに来たんです、この蔦の上に穴があってそこから向こうまで本当に架かってたんですよ、それで確認の為に橋を渡ってたらマシェルモビアの兵士と会敵して」

 ハヤトは上を見上げ
「‥‥俺には見えない橋と敵兵なのかな? 馬鹿には見えない的な?」

「違います、橋とマシェルモビア兵はこの下に落ちました。‥‥味方兵士の死体も落ちてしまいましたが」

「ふーん」
 そう言ってハヤトは鳥型の召喚獣ポッポを呼び出し、召喚獣の目で渓谷の下を見る
「‥‥確かに何かの残骸が落ちてるね‥‥人らしき姿もあると、お前が言っている事は本当‥‥ん?」

「ね? 本当だったでしょう」

「‥‥‥‥うん‥‥ああ、そうだな。‥‥まあ‥‥なんにせよタクティアが無事でよかったよ」
 ハヤトは渓谷の底を見たまま、タクティアの呼びかけに少しだけ間がありハヤトは答えた

「それでハヤト中尉、出来ればこの蔦をどうにかして欲しいのですが、この状態がかなり辛くて」

「分かった。お前はこのままショショウに戻れ、作戦の真っ最中だし、総司令がいた方がいいだろうし、ガルーダで送ってやるから」

「召喚獣に乗せてくれるんですか!?」
 テンションが上がる

「ああ、先に返れ」

「ハヤト中尉は?」

「味方も落ちたんだろ? なら遺体を回収してくから」

 ハヤトは羽ばたいていた召喚獣のガルーダを近くに呼び、タクティアの蔦を切ると、『重力』魔法を使い片手でガルーダにヒョイと乗せる

「ならガルーダ、タクティアをショショウまで送ったら戻って来てくれ、頼むぞ」

 そう言ってハヤトは崖を歩いて降りて行った。まるでそれが地面であるかのように

「ははは、そんな風に重力魔法を使うなんて‥‥私には無理ですね、魔石で増幅させないと到底無理ですよ、さてガルーダ私をショショウまで連れて行ってください、何気にハヤト中尉の召喚獣に乗るのは初めてなので嬉しいですよ」

 タクティアの嬉しい気持ちが伝わったのか、ガルーダはひと鳴きすると翼を羽ばたき空へと上昇していった





 ◆◇



 ハヤトは渓谷の下まで歩いて行き、『重力』魔法を切った、つまりそれは渓谷の真下に着いたという事。
 渓谷の下には確かに橋らしき残骸が落ちている、その中でハヤトは残骸やハルツール兵の死体に目もくれず、一人のマシェルモビア兵士の死体の側に立った。
 高所から落ちたせいか、死体の損傷がひどくまともに見る事もためらわれる程だった。
 だが顔だけは損傷から逃れたのか身元が分かる程であった、だから上からも確認が出来た

 そしてその敵兵の死体にハヤトは言葉を投げかける
 

「軍は辞めるって言ってたのに、どうしてここに居るんだよ」

 その兵士は、かつて大陸深部を共に通過したトルリ・シルベだった

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