異世界陸軍活動記

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世界の始まり ⑧

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 大陸中央部の半分以上を無に変えた異形の化物、その正体はネクターだった。
 あの明るく可愛らしい、そしてたまに言う事を聞かなくなる困った子‥‥。人々の為に自分の魂を削り魔法陣を設置していった結果、最終的には人々に対し害をなす者へと変わってしまった。
 人々はなすすべなくその黒い闇に飲み込まれ、神と言われた者達はそれを見ている事しか出来なかった



「‥‥もう一体、ネクターを作り出す、そしてあの異形を排除する」

 そして‥‥
 ネクターを止める事が出来なかった神々の下した決断は、異形と化したネクターの処分だった

「そ、そんな! あの子は私の子ネクターなのです! どうかそれだけは!」

 ユーサリーの決断はネクターを救う事では無く処分。それに対し母親であるサーナは懇願する



 ユーサリーの決断にカネオンは納得する

 なるほどな‥‥あのネクターを止めるにはそれしかないか‥‥でも、本当にそれでいいのか? ユーサリー‥‥

 ネクターが目指しているのは、自分の天使の力そのものを託したあの鳥がいる場所だろう。あの鳥を取り込むまではネクターは止まる事は無い。
 だが例え取り込めたとしても、元のネクターに戻るかは保証はない。あの異形にはネクターの魂がまだ微かに残ってはいるが、あそこまで変わってしまってはもう死んだも同然に近い。
 吸収したところでより厄介な存在になる事も考えられる。
 だとしたらユーサリーの決断にも納得できるが‥‥

 ユーサリー本当にそれだけが理由か? お前はネクターがしでかしたことを無かったことにしようとしてないか?

「‥‥カネオン」

 ユーサリーがネクターを処分すると言い、それを何とか止めようとサーナが懇願し、カネオンが思考を巡らせているとか細い声が聞こえる。
 今にも消えそうなその声は、カネオンが創造した女神マシェルだった

「ん? なんだ」

「‥‥ネクターをまた作るとはどういうことですか?」
 一人だけ事態を把握できていないマシェル

 何でこいつはわかってないんだ?

 カネオンはそう思いながらもマシェルに説明する

「今のネクターは生物で言ったら『本能』で動いている━━」

 カネオンはそこまで言いかけて話を止めた。何となくマシェルが理解していないように感じたからだ。案の定

「‥‥本能?」

 やっぱりかと思いつつも丁寧に教えて上げる
「いいか? 本能というのは生き物が持つ本来の考え方だ。例えば腹が空いたから『食べたい』や、眠くなったから『寝る』だ、分かったか?」

 カネオンは確認するが

「‥‥」

「‥‥」

 マシェルの反応が━━

「‥‥はい」

 分かってくれたようだ。マシェルに物を教えるには根気が必要だと長い経験からカネオンは学習した

「続けるぞ、その本能を抑えるのが『理性』だ。例えば水の中で寝たら溺れ死ぬだろう? ここまではいいか?」

「‥‥はい」

「だから今本能で動いているネクターを止めるために、もう一体全く同じネクターを作り出し、それを理性とし、あの地上で暴れているネクターを止めようとユーサリーはしているんだ」

 言わば、あの異形になったネクターは、これからユーサリーが作ろうとしているネクターと同一であり、これから作るネクターはあの異形と同一だという事。単純に言ってしまえば二人で一つと言ってしまってもいいだろう。
 結果的には別人になる訳だが、性質は一緒。新たなネクターに異形となったネクターを止める事は出来るだろう、だが‥‥

「‥‥それではあのネクターはどうなるのですか?」

「それは‥‥消滅する」

「‥‥そう、ですか」

 感情の乏しいマシェルだが、この時ばかりはカネオンも何を思っているのかが分かった。でも仕方なかったもうこうなった以上、あのネクターは消すしかないのだから

 でもサーナだけはそう考えていなかった

「どうか、どうかお願いします! あの子を消す事だけは!」

「だめだ‥‥こうれはもう決めた事、そうでもしないと地上にいる人の子達は━━」

「あの子は悪くないのです! あの子はあんなにも人の子の為に頑張っているのです! だから!━━」

 必死にネクターを消させまいとするサーナだが、いつもは温厚なユーサリーがついに声を荒げた

「ならぬ!」

 そして同時にサーナに対し『封じる』力を使った

「ああああああぁぁぁぁ!!」
 悲鳴をあげるサーナの体は、全身が硬直し激しい痛みが体中に走る。痛みに耐えきれなかったサーナはその場に崩れ落ちた

 サーナが悲鳴をあげ、それを聞いたユーサリーは「しまった」という顔をし、直ぐに力を抑えた

 カネオンも
 あーっ、やっちまったか‥‥と思った

 創造主が創造した者に対して使う事のできるこの力は、本来制御できなくなった者に対しての最終手段として使うべきものだった。
 創造主と想像された者の間は、上下関係と信頼関係で結ばれている、だが無理やりその力を行使するとなればその関係にひびが入りかねない。
 カネオンでさえマシェルに対して力は使った事が無かった

 痛みで倒れたサーナはゆっくりと上体を起こし
「分かりました」
 と短く答えた。
 ユーサリーからは見えなかったが、サーナの目つきがユーサリーを睨んでいるように見えるのを、カネオンは見逃さなかった。
 サーナからしてみれば、自身の子を殺す為に同じような存在を作る事を強要され、更にこの仕打ち‥‥気持ちは分からなくない

「カネオンまた頼めるか?」

「本当にいいのか? ユーサリー」

「ああ、頼む‥‥」
 そのユーサリーは誰の目も見ずそう答えた

 最初のネクターを作り出した時のように、サーナが器を作る。
 それは徐々に形となって行き、最初の時の赤子ではなく成長したネクター姿の器だった。そして完成したネクターの器には依然と異なる箇所が一つだけあった。
 それは、最初のネクターがサーナと同じ茶色掛かっている髪の色に対し、新たに作られたネクターの器はこの世界には存在しない銀髪の髪の毛を持っていた。 
 わずかながらのユーサリーに対するサーナの反抗なのだろうが、ユーサリーはそれを見ても何も反応はしなかった

 完成された器に今度はカネオンが自身の体の一部を切り離し、それを魂として器に入れる。前回と同じようにその魂を器に近づけたが、魂は入って行かなかった

 ん? 何だこれは━━

 そして気づく、そのままでは魂は入って行かない事に

 本気か? サーナ、そこまで‥‥

 サーナの顔を見ると、その目は真っすぐカネオンを見つめていた。本気だと言いたげに

 そうか‥‥そこまで本気なら

 完成した魂を一旦ばらし、不要な部分を取り除く、そしてまた一つの魂として再結成させ器に送り込んだ。
 それを確認しただろうサーナはカネオンに対し静かに目を閉じる。
 カネオンが魂に細工したのは、ネクターが大地に敷いた魔法陣というのは、自身の魂を切り取りそれを魔法陣として使用していた。
 当然切り取られた魔法陣の分の魂には穴が空く、その穴の空いた部分を埋めるだけの質量の魂しかこの器には入れる事が出来なかった

 そして不完全な魂を入れられた新しいネクターは一つの命として誕生する。最初のネクターは誕生した瞬間大声で泣き出したが、今この場に誕生したネクターを殺す為に作られたネクターは、赤子ではない分、泣くようなことは無かった

「お前は今日からネクターを名乗れ」
 ユーサリの言葉にサーナの頬が少しだけピクリと動く

「はい」

「今地上では異形の者が人の子らを苦しめている‥‥ネクターよ、それを処分してきなさい」

「分かりました」
 短く答え
「では父上━」

「お、おう」
 父上と初めてと呼ばれたのでカネオンは挙動不審になる

「━母上、行ってまいります」
 一方、母上と呼ばれたサーナは無表情で何も言わなかった

 新しくネクターと呼ばれた天使は地上に降りてゆく

 静まり帰ったその場所でただ一言

「あの子は私の子ではない‥‥」
 サーナの小さな声だけが聞こえていた





 ◆◇


 世界を飲み込もうとするその黒い影の前に、1人の幼い天使が舞い降りる

「やあ、君が人々を苦しめている存在かい?」

 天使が声を掛けたが、その瞬間に黒い触手のような影が取り込もうと伸ばす。
 だが、その触手は途中でピタリと止まる

「話を聞いてくれたっていいじゃないか、僕はネクターって言うんだ。それで君の名は?」

 異形は言葉を発せずただ苦しんでいる、それはネクターが使用している力のせいだろう、『理性』という力。その力の前に『本能』は押さえつけられていた

「話も出来ないのかい? ん~そうか‥‥君は魂が空っぽなんだね? お話が出来ないのは仕方ないけど、人々も苦しんでいるし、君も苦しいだろうから直ぐに終わらせてあげるよ大丈夫、痛くはしないから」

 ネクターが手を振りかざすと、異形の体は徐々に崩れて行き、1分も経たずにその体は消滅し、世界は天使により守られる事となる





 その後、異形は後に誕生した都市の名を取り『グラースオルグ』と呼ばれるようになり、天使ネクターは『断罪者』とも呼ばれるようにもなる



 だが、これで全て丸く収まった訳ではなかった

 異形が退治され、逃げ延びていた人々は自分の故郷へと帰ってゆく、そこで荒れ果てた土地をまた復興させていく事となる。
 大変な時間が掛かるだろうが、それでも生き延びることが出来た事に女神と天使に感謝していた

 人々が戻り出して数週間後、異変が起きた

 頭痛に悩まされる者、腹痛に悩まされる者、その他嘔吐など体調を崩す者が徐々に増えてくる。『防病の契約』をしているにもかかわらずそうなる者が後を絶えなかった。
 それはグラースオルグが通過した場所に住む者だけに起こる現象であり、それ以外の場所に住む者には体調を崩す者などはいなかった

 原因不明の奇病が発生し、遂にはその場所に住む者達は立ち上がる事も出来なくなる。そしてその体にも変化が訪れた

 腹が割れ、その中から別の足が生えてきたり、顔が潰れたかと思いきや、その中から別の人では無い顔が出て来たり‥‥。
 その場は阿鼻叫喚の地獄絵図となる、まるで脱皮するように人の皮の中から別の生き物が生まれ、その別の生き物はまだ人である者達や動物を襲いだした。
 これが世界で初めての魔物の誕生である

 グラースオルグは討伐されたが、その場には呪いが降りかかっていた。これがのちに大陸深部と呼ばれる場所であり、グラースオルグが誕生した大陸の西側は特に強力な力を持つ魔物が多く、東に行くほど力の弱い魔物が生まれるようになる。
 だが、まだそれだけでは終わらない、グラースオルグが通過した以外の場所にも徐々に呪いが降りかかり、人々が魔物に姿を変えていった

 そして長い年月を経て、世界の国はハルツールとマシェルモビアの二つだけになり、様々な理由を経てその場所は緩衝地帯と呼ばれるようになる

 
 こうして、グラースオルグが世界に現れたことで、大陸の3分の1は人の住めない魔物の土地となった





 ◆◇





 グラースオルグが通過した場所、そこには元天使と呼ばれた少年の崩壊した血肉が、道を作るかのように落ちていた。
 血や肉、細胞がゆっくりと動き出し、互いに吸収し合う。互いに互いを喰い、徐々に姿を大きくしていく。
 それは大きな肉塊が小さな肉塊を喰い更に大きく‥‥

 月日が経ち、肉塊は人の姿に似た形へと変わる、
 顔らしいものはあるが、目・鼻・口の部分が凹んでおり、そこには皮膚だけがあった。
 上半身裸で無駄に大きなあばら骨が浮き出ており、下半身には民族衣装の様なスカートが巻かれている

 全てを吸収したその人の形をした肉塊は、大陸深部の地下深くで眠りにつく、いつか来るであろう残りを喰らうために、もしくは喰らわれるために

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