異世界陸軍活動記

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最後の別れ

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 今一人の女性の体から魂が離れようとしていた

 コトン・ラティウス‥‥。妻として俺を支え、母として子を愛していた。
 すっかり年老い痩せこけ、シワだらけになってしまったその顔には、人として長い事生きて来た証が刻み込まれている。
 コトンの周りには、彼女の子供やその孫たちがその最後を‥‥見届けようとしていた

「おかあさん‥‥」
 コトンの左手を握り締めるのは、末っ子で次女のクルニェ、すっかりその姿も幼かった頃の面影なく老人となっている。
 そのクルニェが呼びかけてもコトンは反応を見せない

 かなり前からコトンは物忘れがひどくなっており、俺や子供達の名前や顔はもちろん、自分の名前も分からない程になっていた。
 目も見えなくなっており、ここ10年程誰も家族はコトンとまともに話も出来ない状態にあった。
 クルニェの他にも子供達はここに集まっているが、中にはもう来れない子供もいる‥‥

 ◆

 長男のタローは、もう既にこの世にいない‥‥

 タローはラティウス家の長男として生まれ、最初の子という事で俺とコトンの愛情を一杯に受け育った、ごくごく普通の子供だった。
 優しい心を持ち、とても謙虚でいい子だった。
 だが、それがタローの負担を大きくすることとなる。
 母親が召喚者であり、父親の俺も召喚者、しかも軍の英雄ともなれば、その子に対する期待も大きくなる。だがタローは、出来は悪く無いが悪い意味で普通の子だった。
 周りが期待するが、それに押しつぶされてしまったのがタローだった。
 魔法契約も『収納』しか契約することが出来ず、就職も失敗し、そのまま行方不明となる

 タローはその後、緩衝地帯付近の村に移り住み、そこで一人の女性と出会い、家庭を築き貧しいながらも幸せに暮らしていたという。
 それをタローの死後、俺に会いに来たタローの子供に教えてもらった

「父は自分が期待に応えられなかったことを悔やんでました。周りの期待にこらえきれず逃げてしまった事、そして両親会いたいけど、自分が情けなくて恥ずかしくて会いに行けなかったこと━━」

 その事にコトンは、自分がタローに才能を与えて生んでやれなかったことに病み、俺はもっと早く気付いてやればよかったと思った。
 タローは死ぬ時まで、その事に悩んでいた様だが、それは他の子供達にも同じであった

 6人の子供は、俺やコトンの才能を受け継ぐ者はなく、6人共平凡な能力しか持って生まれてこなかった。6人とも親の才能と比べられる事も多く、それで学校や就職で色々な問題があった

 ◆

 次男のジローだが、ジローもこの場所にはおらず、既に他界している

 ジローも長男と同じく、才能を持たないごく普通の子だった。そのジローだが初等部に入学してしばらくした時

「ねぇ、何でウチの食事ってこんなに不味いの? こんなの食べたくないよ」

 と聞いて来た。最初は何を言っているのかと思ったが、初等部で出て来た給食があまりにも美味しく、逆に家で出される食事が不味すぎると言っていたのだ。
 俺からしてみたら意味が分からないし、デュラ子はジローの言葉の理解さえできない。この家ではラグナが家事の全てを担っており、当然ラグナが食事を作っている。
 当然『マズイ』とか目の前で言われたらラグナも心に傷を負うだろう、実際負った。
 「よよよ‥‥」と普通は言わないようなセリフを言ってよろけていた。そんな傷の負い方をするのは漫画でしか見たことが無い。
 その場にいた俺と、召喚獣2体が説明できない中、その答えを言ったのはコトンだった

「あのねジロー、食事というのは美味しいとかじゃないの、食べなきゃ死ぬから食べるの」

「でも給食は凄く美味しかったよー」

「ならジローは家では美味しくないから食べないの? 死んじゃうけどいいの?」

「いやだ! 死にたくない!」

「なら食べられるでしょ?」

「うん‥‥わかった」

 息子を無理やり納得させたコトン。
 この時にはコトンはラグナの食事に対し、食べて倒れることも無いし、口から泡を吹くことも無いし、痙攣することも無いし、白目を向くことも無いし、顔が青くなることも無いし、震えることも無いし、トイレに駆け込むことも無いし、食事の手が止まることも無い、普通にラグナが作った食事を取るようになっていた。
 ただ、食事を取る時は無言で表情なく、心ここにあらずという感じで無心に、ひたすら無心に食べていた。
 もうラグナの食事に体が慣れてしまったのだろう

 母親のコトンに無理やり納得させられたジローだが、お小遣いを貰うようになってから、よそで買い食いをよくするようになった。
 そして苦労しながらも就職活動し、無事に就職先も見つかり、そこで運命の出会いをする。
 料理が得意とする女性と出会い、そして結婚した。
 ジローは結婚してからはあまり実家に帰ってこなかったが、たまに帰ってくるとその変わりように驚く。
 会うたびに「どちら様ですか?」と言ってしまう程太っていくのだ、結婚10年目で俺が知っているジローの面影は全く失われていた

「いやあ~嫁の料理が旨くて、ついつい食べ過ぎちゃうんだよね」

 体を捻るだけで油を採取できるのでは? と思うくらい丸々太ったジローは頭をポリポリとかく。それを聞いたジローの嫁は

「もお~」
 と言いテレテレしているが

 いやいやいや待ってよ! ウチのジローをどうしようとしているの? 出荷? 出荷しようとしてる?。
 『もお~』ってのも牛かなんかを揶揄してるの? 頼むよ、ウチの次男の体調管理とかしてあげてよ、ペットだって丸々太らせたら飼い主が叩かれたりするんだよ?

 一応‥‥
「ちょっと太り過ぎじゃない? 美味しいのは分かったけど食べ過ぎだろう?」
 と忠告をした事があるが

「でも我慢できないくらいうまくてさあ~」

 そう帰って来て終わりだった。そもそもジローの嫁の作る食事は、一般的なこの星からすればうまいのだろう。
 一度家で作ってくれたことがあったが、食べた瞬間吹き出しそうになった。砂糖の味しかしない何かが口の中に広がり、この世の不幸が一気押し寄せた感じで、俺は何とか堪えた。
 コトンも食べたが、ラグナの作る食事に馴れてしまったせいなのか、砂糖に耐性があると思われたコトンですら、久々に白目を向きかけた程だった。
 その中で正直者なデュラ子は

「不味い! こんな不味いものがこの世に存在する事自体が不快だ!」
 
 と言い放った。そう言いながら出された物は完食していたが、その結果次男家族との間に亀裂が入り、次男家族は実家にあまり顔を出さないようになってしまった。
 そして砂糖を多量に含む嫁の手料理を食べ続けたジローは、110歳という若さでこの世を去った。地球の年齢だったら60歳という若さだった‥‥

 
 ◆

 第3子であり長女のレミアもこの場にいない、まだ生きてはいるが起き上がり動くのが難しく、ここには来れていない

 長女レミアは、まだコトンのお腹の中に居た時に俺が不倫をしてしまい色々と合った時期に生まれた子だ。
 名前はコトンがつけ、その後で生まれて来た子達もコトンが名を付ける事となる

 そしてこのレミアが14歳になった時だった‥‥

 家族での食事中に、報道番組で芸能ニュースを見ていた。
 そこでとある芸能人が

 『浮気発覚! 破局か!?』

 という事を放送していたが、その時コトンが

「そういえば‥‥お母さんもお父さんに浮気されてね、丁度レミアがお腹の中に居た時だったわね」

 シレッとそんな事を言ってくるコトン
 
 一瞬にして凍り付く食卓、ギョッとするラグナに、ゆっくりと消えるようにコトンの魔法陣に戻るデュラ子、そして足元で大人しく食事が終わるのを待っていたオルとトロスは、音もなく廊下に出て行った。
 タローとジローは「あっ‥‥」となり、俺とコトンを交互に見る。3男4男と末っ子の次女はまだそんな事を分かっていなかったが、丁度思春期と反抗期に当たる長女レミアには衝撃を受けるには十分だった

「えっ‥‥」

 小さな声をだした後、ほんの少しの間を置き、レミアは自分の部屋に向かった

「レ、レミア!?」
 
 俺が止めようとしたがレミアはそれを無視し部屋に行った

 その時コトンはいつもの無表情のまま、ラグナの作った食事を食べていた。その後コトンに食卓での事で口論となった

「どうして子供たちの前でそんな事を言ったんだ」

「あー、ごめんなさいね、うっかり口が滑っちゃって」

 コトンは口でそう言ってはいたが、喋り方は冷たかったしどことなく棘を感じた。そして俺はその時気付いた、これはコトンの俺に対するあの時の復讐なのだと‥‥。 
 コトンはあの時の不倫の事を許してはいなかったと‥‥、俺はまだ許されてはいなかった

「でもこれもそれも全てハヤトが悪いよね?」

 そこまでコトンは俺に言って来た」

「あれは俺が完全に悪い、ただそれにしても、子供の前で言う事は無かったはず、俺に直接復讐すればいいものを、まるで子供を俺に対する復讐の道具のように使うのは流石にどうかと思う。いくら何でもそんな母親は━━」

 俺はそこまで言って、思い当たる母親をもう1人知っているのに気付いて止めた。
 そういえば‥‥いたわ

「母親はなに? 何が言いたいの?」」


 その時からコトンとの夫婦仲は冷えてしまい、そして長女レミアとの仲も最悪なものとなってしまった。思春期だったという事もあり、俺に対するレミアの態度は日に日にきつくなっていく。
 そして家庭内でも俺の居場所がなくなり、居ずらくなってしまった俺は家には帰らず、仕事の護衛対象であるネジェン家の次期代表候補に付きっ切りとなってしまう。
 その後次女の件があり、家に帰った俺はコトンとレミアと向き合い、何とか普通の家族として関係を回復することが出来た

 その長女も学校を卒業し就職となったが、やはり個人の能力よりも世間の期待の方が大きく、就職には苦労していた。
 その長女も5年後職場でよい人と結婚し家庭を持つことになった。
 だがそこで発覚してしまう、長女は‥‥

 
 作る飯が不味かったという事が‥‥

 いや、基本俺からしたら不味い訳ではない、というのもラティウス家ではラグナが常に食事を作っており、ラグナの味が家庭の味であり、料理の基本の味なのだ。
 だがこの味覚の狂った世界ではそれは基本ではない、長女は直ぐに飯マズ認定されてしまい、旦那は外で食事を済ませるようになってしまった。
 家に帰って来なくなった旦那だが、それでも愛想をつかされる事も浮気をされる事も無かった。というのも、ラティウス家の遺伝子にその要因がある。
 その要因とは俺の遺伝子であった。俺は真っ黒の髪の毛と真っ黒な瞳を持っており、それがこの世界ではかなり珍しい方になり、貴重であった。
 要は日本人の中に金髪の子が1人いたら目立っしモテるのと同じで、この世界では黒髪が目立つ、現に俺も持てていた‥‥と思うし、子供達6人も全員黒髪の黒い瞳で生まれてきたため、全員モテていた。 
 だから旦那に捨てられることもなかったと思う。
 その後、長女は料理の勉強をし、旦那が家に帰ってくるようになるくらい料理が得意になったという

 その長女だが、体がそんなに強い方ではなかったのだろう、『防病の契約』があるので病気にはならないが、それでも元から備わっている体の強さが関係しているのか、最近ではずっと寝たきり状態になり、今日もこの場にはいない
 
 
 ◆ 


「お母さん‥‥」
 第4子で3男のバスティが横たわる母の姿に涙を流している、6人の子の中で唯一召喚獣と契約出来た子で、肩には情報伝達に優れ、虫の形をした召喚獣イデラムを乗せている

 えーっと‥‥、この子は、バスティはちょっと難のあるというか癖のある子で、何というか、柔らかく言って『変態』だった。
 柔らかく言っても最低ラインが『変態』だった

 その変態を目覚めさせてしまったのが、元俺の召喚獣で今はコトンの召喚獣であるデュラ子のせいだった

 あれはバスティが14歳の時、俺とコトンしかいなかった時、突然デュラ子が

「バスティが私の事を性的な目で見ているのですが」

 そう‥‥突然そう告げて来た。
 正直、何となくではあるが、バスティがデュラ子の事を見ているような気はしてた‥‥いや、見てた。それを気付かないようにしていた。何となくそれに気づいてしまったら気まずい気がしたから‥‥、でもデュラ子が言っちゃったよ

 そもそもデュラ子はラティウス家にとって、居候している親戚のおばちゃんポジションになる。特に家の仕事を手伝う訳でもなく、無駄飯を喰らい、それ以外はリビングのデュラ子専用ソファーで一日中横になって暮らしているとというイメージ、というかイメージどころか本当にそのまんまだ。本当に何もしない。
 デュラ子はどちらかと言うと露出の多い服を着るのを好むが、デュラ子がソファーで寝そべっていると、足元の方からパンツを見ようとしたり、チラチラと胸の辺りに視線がくるという。
 この星の住人はもれなく、デュラ子のような首を腕に抱えて歩いている姿に皆恐怖を覚えるものだ。デュラ子と一緒に過ごして来た他の兄弟だって、急にデュラ子が現れたりすると『ビクッ』となる。
 それは元召喚主である俺もそうだが、現召喚主であるコトンでさえもたまにそうなる。
 だがバスティはその恐怖心を克服し、性の対象としてデュラ子を見るようになった

 デュラ子が言う私は性の対象になった発言に、息子の性癖を親が知ってしまったという気まずさと、かつてデュラ子をエロい目で見ていたという二重の気まずさが、俺を更に気まずくさせる。
 だから俺は「うん」とか「そうか」とか言えなかった

 しかし母はそういう事に対しては強いもので
「バスティも男の子だからね、でもあんまり刺激の強いのもあれだから、デュラ子はもっと大人しめな服装にしてよ」

 そんな事がありつつ、バスティも年齢的に魔法契約が出来る年になり、そこで俺とコトン以外の初めての召喚獣の契約者となる。
 他の兄弟も皆羨ましく思うほどの、我が家で待望の召喚者の誕生であった。
 本人も召喚獣との契約が嬉しかったのか、俺とコトンに色々とアドバイスを貰い、常に召喚したままにするなど、自身の召喚獣を可愛がっていた。
 そして、デュラ子を見て育ったのが原因なのか? 通常食事を取らない召喚獣だが、バスティは自身の召喚獣にお菓子をあげ、召喚獣はそのお菓子を普通に食べるなど珍しい現象も起きていた

 そいしてそんな中‥‥俺は見てしまった。
 部屋にいるバスティを呼んでも返事せず、どうかしたのかと思いバスティの部屋のドアを開けた。
 開ける前に気付いてあげるべきだったが、バスティは男の子であり、やっぱりそういった事もしていたのだ。
 男の親としてそれ位分かるはずだったが‥‥、やっぱりというかなんというか‥‥、バスティは興奮していた。
 それだけだったらまぁ‥‥そうだね‥‥ぐらいで終わるが、その興奮している原因というか‥‥その材料というのが、自身の召喚獣だった。
 召喚獣のイデラムを自分の舌で舐めまわしながら、その‥‥

 その後は言わなくとも分かるだろう、幸い本人には俺が見た事は気づいていなかったので、そっとドアを閉めた。
 そこで俺はバスティに対し、心の底から本気で気持ち悪いと思った。 
 バスティは召喚獣のデュラ子に対し、デュラ子が女性の姿をしているから性的な目で見ているのかと思ったが、実際は召喚獣自体を性的な目で見ていたのだ

 そのバスティはその後、俺ともゆかりのある『召喚獣研究所』に就職し、後に召喚獣研究所の所長にまでなった。
 元々召喚獣研究所とは、元々召喚獣を愛するばかりの変人しかおらず、バスティには天職だっただろう。
 兄弟の中で一番幸せな人生を送っていたと思う


 ◆
 

 第5子である4男のアモンは、老いたとはいえ背筋がピンと伸ばし母であるコトンの側に立っている

 兄弟の中で唯一軍人になった子である。子供の頃から軍人だった俺やコトンを尊敬しており、高等部卒業後、アモンは軍学校へと入学した。
 陸軍入隊するには必須の魔法契約が出来なかった為、アモンは海軍の道へと進む。
 そこでウエタケ・ハヤトの子としてもてはやされたが、それで増長せず、ひたすら訓練と任務に励んだ。その結果それが評価され、海軍の軍大学に入学を進められて入学し、卒業後更に経験を積んだアモンは一隻の軍艦の艦長に就任する。
 そして何の因果か、アモンが艦長として就任した艦の名は、俺の召喚獣の名前から取った『ヤマト』であった

 アモンは他の兄弟たちと違い家を出て行かず、実家で俺とコトンと一緒に住むことを選ぶ。家を増築し今ではアモンの家族と共に一緒に過ごしている

 そのアモンは最期の姿になるであろう母の姿に静かに涙を流していた


 
 ◆

 第6子の次女であるクルニェ、末っ子である彼女はいつまでたっても甘えん坊な所があり、お父さん子だった。
 コトンが子供たちの前で、俺が昔不倫した事をばらし、それで家族との仲が冷え込み俺が家に居ずらくなった時、俺は暫く家に戻らなかった時期があった。
 そんな時、家から連絡が来る

「ハヤト! クルニェが家に帰ってこないの!」

 夜になっても帰ってこないクルニェに、コトンは俺に連絡を入れて来た。俺もクルニェの身に何か起きたのではと思い、護衛対象に子供が家に帰らない事を話し断りを入れ、を入れクルニェを探しに行こうとしたが━━

「おとうさん‥‥」

 探しに行こうとした矢先、護衛対象が住む屋敷の門の前に、クルニェが立っていた

「おとうさんと一緒じゃ無きゃヤダ‥‥」

 グスグスと鼻をすすり、目を真っ赤にしたクルニェは、あまりにも俺が家に帰らなかった為、寂しくなり一人でここまで会いに来たのだと言う。
 このクルニェの一件があり、俺は家に帰るようになった

 クルニェは人懐っこく愛嬌があり、誰にも愛されるような性格であったため、学生時代に良い男性と出会い、卒業後そのまま結婚をした。
 そのクルニェの旦那になった男だが、当時まだオヤス不動産の社長であったゴダイブの孫だった。ゴダイブは本社のあるサーナタルエに住んでおり、その家族も全てサーナタルエにいるはずだった。
 でも何故かクルニェの同い年であるゴダイブの孫の一人が、中等部の頃からタスブランカの同じ学校に入って来ており、そのころから仲の良かった二人は一緒になった

 俺とゴダイブはかなり仲の良かったが、その二人の子供と孫が一緒になるとは‥‥世の中不思議なものである。
 それと、一家全員サーナタルエに住んでいるはずなのに、その一族の中の一人だけタスブランカの、しかもクルニェと同じ学校に通うとは‥‥不思議なものである。
 しかもしかも、学年が同じのは同い年という事は分かるが、クラスもずっと一緒だった。
 本当に不思議だね

 だが‥‥長女のレミアと同じく、この世界では飯マズ一家の出であり、旦那が徐々に食事を嫌がるようになり、それで料理の勉強を始める事になる。
 長女のレミアとは違い、クルニェにはこの星の味覚に合う料理の才能が無かったらしく、子供が生まれ孫が生まれても成長は一切無い。
 たまに実家に帰って来てラグナの料理を食べるが、クルニェは

「やっぱりラグナの料理は世界一だね」

 と言ってくる。ラグナはもちろん喜んでいるが、クルニェの料理の腕が上がらないのは、もう定着してしまったその味覚だろう

 ごめんな‥‥子供達、お前達の味覚が世間一般と違うのは、全部お父さんのせいだよ‥‥。
 でもな、本当に狂っているのはこの世界の味覚だから‥‥、お父さんの味覚は宇宙でも標準なんだよ



 そのクルニェは命の灯が消えかけている母の手を握っている‥‥


 
 ◆


 コトンはこのまま、徐々に心臓の動きが弱まり、器から魂が抜けてゆくのかと思ったが、その殆ど動く事の無かった右手がゆっくりと動く。
 そしてほとんど食事の時以外は開く事の無かった唇が震えるように動く

「‥‥ハヤト‥‥」

 それは掠れた声で、しかも数年前から人の名前すら忘れていたコトンの口からだった

「何処に、いますか? ハヤト‥‥」

「お父さん」
 クルニェが俺を見る、俺は「うん」と短く答える

「ここに居るよコトン」

 コトンの右手を握るとその手に少しだけ力が入ったように感じる。そしてもうそんなに見えていないはずの目が、俺を捉える

「ああ‥‥ハヤト、側に居てくれるのね、ありがとう」

「うん、最後までコトンの側に居るからね」

「そう‥‥ありがとうハヤト‥‥私は、もうここまでかもしれません」

「そうか」

「だから、最後にもう一度その顔を見せて下さい」

「分かった」

 俺は右手でコトンの手を握ったまま、左手で仮面に手を掛ける。その仮面は俺が『生命の契約』の期間が過ぎてから掛け始めた物で、表面に『幻惑』の魔法を付与した物だった。
 契約期間が過ぎてからは一度も外した事の無い仮面をコトンの前で、そして家族の前で外す

「えっ! おじいさん?」
 俺の顔を見た孫が驚き

 神ユーサリーの力を吸収した俺は、年齢を重ねる事は無い。つまり仮面の下には『生命の契約』をした時の20歳の頃と変わらぬ顔がある

「お、お父さん‥」
 正面にいたクルニェが驚く

「昔見たお父さんと同じ顔‥‥」
 今や俺よりも老いた3男が目を見張る

 そして俺の顔を見たコトンは
「ああ‥‥やっぱり、かっこいい‥‥私の好きになった、ハヤトの‥‥」
 最近では笑うことも無かったコトンの表情が少しだけ柔らかくなる
「私の、最後のお願いを‥‥聞いて頂戴‥‥」

「なんだろう」

「少しの間でいいですから、私が眠りにつくまでこうして、手を握っていて下さい」

「コトンが眠りにつくまでずっと握っててあげるよ、だから心配しないで」

「そうですか‥‥ありがとう、ハヤトにずっと手を握っててもらえて‥‥私は幸せです、幸せな‥‥人生‥‥でした‥‥」

 それがコトンの最後の言葉だった。
 器からスゥーっと魂が抜ける、抜けた魂は横になっているコトンの体の少し上に止まった。
 俺はその魂を目で追うと、魂になったコトンと目が合う。そこでコトンは満面の笑みを俺に向かって浮かべると、そのまま大気に魔力として霧散していった‥‥

 この星では人が死ぬと人は、大体1,2年でその魂が霧散し魔力となり世界のエネルギーとなる。それがこの世界の理だ。世界に不満がある者は更に長い事世界に魂として留まるが、未練の無い物は直ぐに魔力として世界に溶ける。
 コトンは一瞬で世界に溶けた。それはコトン自身が自分の人生に一切の不満や未練が無かったからだろう。
 コトンの最後の言葉『幸せな人生でした』というのは、偽りのない本当の気持ちなのだろう

「頑張ったね‥‥」

 コトンの手をもう一度ギュッと握ってから、その手をコトンの胸の上に置く

「?」
 クルニェは俺を見る

「クルニェ、お母さんはもう眠りに着いたよ」

「あ、ああ‥‥お母さん‥‥」
 それを聞いたクルニェは泣き出し、他の子供や孫たちもコトンが眠りについたことに涙する

 
 ‥‥それにしてもコトンは長く生きた。平均年齢130歳という世界で150歳まで生きたコトン。思えばコトンがこれほど長生きしたのはラグナの食事が要因の一つではないかと思う。
 砂糖を白米のように好むこの世界では、それが原因で短命になっていたのだろう。最初ラグナの食事で意識を失っていたコトンが、徐々にだが悶絶しながらも完食出来るようになり、そして最終的には無表情であるが普通に食べるようになっていた。
 それを何となく思い出し、少しだけ笑ってしまう。

「お爺さん?」

 皆が泣いているのに一人だけ笑っている俺を不思議に思ったのか、孫の一人が声を掛けてくる

「いや、お婆ちゃんとの楽しかった事を少し思い出しただけだよ」

 俺はそう言うと椅子から立ち上がり、アモンの長男の肩に手を掛け

「後は頼む」
 というと

 アモンの長男は
「はい」

 と答えた。アモンの長男には、少々ぼかしてはいるが、大体の事を教えてある。俺がココに居られるのもコトンが生きている間だけであり、コトンが亡くなったら俺は別の場所に行かなければならないと。
 家族がまだコトンの最後に泣いている中、俺は家族達に別れも言わずその場を後にする

 家から出ると俺の側に黄色の魔法陣が浮かび上がり、その中からデュラハンが姿を現す。
 馬のハン子にまたがったデュラ子はハン子から降り

「ただいま戻りました」

 とハン子共に頭を下げる。
 コトンの容体が思わしくなくなってきてから、デュラ子はコトンの魔法陣の中に戻った。召喚中はやはり魔力を消費してしまうため、弱っているコトンの体を考えての事だった。
 デュラハンは元々、俺がコトンに一時的に力を譲渡したものであり、コトンが亡くなった為にデュラハンは俺の元に戻って来た。
 俺の元に戻ってきた事で、魂が完全になった俺の魔力でデュラ子の容姿が少し変わり、髪がさらに長くなり、より大人っぽくその姿を変えた

「コトンとの最後の別れはいいのか?」
 その問いに

「もう済ませてあります」
 と答えた。そして
「では‥‥」
 と言い魔法陣の中に入って行った

 デュラ子が魔法陣の中に消えた後
「そっか」

 と俺は短く言葉を切り、俺の最後の、ハヤト・ラティウスとして地上で出来る事をしようと思う‥‥







 ◆◇◆◇

 

「んーん゛ーっーぐあっ!    あ!!!!」



 伸びをしただけである

 今いる場所は天使の隠れ家の地下室、地上にはもう1人の妻、マイナのお墓がある。その地下にある地下室で俺は執筆活動をしていた。
 のちの人の子達の知識になればと思い、本を書いている

 一つはこの世界の風俗について‥‥風俗と言ってもエッチな方じゃない方。
 生活の仕方やしきたりなどをまとめた物

 二冊目は世界の歴史について

 三冊目は宗教関係と魔法全般

 そして四冊目は俺の自伝みたいなもの、本来の出来事を書いていたつもりが、書いている間にいつの間にか尾ひれがついてしまい、この本に書かれている俺は常軌を逸した超人になっている。
 今更直すのも面倒だし、まあこれでいいかと思う

 この4冊の本が活躍するのは、俺が最後のけじめを起こした後の世界だろう‥‥

 本を机の引き出しの中に入れ、最後にこの場所に持って来た手ごろな背丈の薄い岩を机の横、入り口から最初に見える場所に置き、その岩に文字を刻む



「やっぱりなんか書き残すとしたら、岩に文字を掘った方が雰囲気出るよね? さてと‥‥」
 
 『━━この地を訪れた君達へ━━』

「えー続きはなんて書こう‥‥なんかこうー壮大な話し方の方が気持ちが盛り上がるよね‥‥だったら」 
 『━━君たちは魔物がはびこる土地を抜け、運よくこの場所を見つけたのだろうか?━━』

「こうだな! この方が雰囲気出る、頑張った感がある」


 『━━もしそうだったとしたら‥‥それはもう故郷に帰るのを諦めるしかない。だが心配しないで欲しい、川には魚がいるし水にも困らない、食物の種も用意しているので食べ物には困らないだろう━━』

「それから~次は、次はこうだな!」

 『━━周囲に異形の魔物と呼ばれるものがおらず、たまたまこの場所を見つけたとしたのなら‥‥おめでとう━━』

「これだぁぁ!! こうでどうだ!?」
 
 
 いずれこの場所に来るであろう人の子の為に岩に文字を刻んだ



 ・・・・・

 ・・・・


「うわっ‥‥眩しい」

 全てのやるべきことを終え、地下室から出ると眩しい太陽の輝きが降り注ぐ

「やっと終わったか、もう俺がこの場ですべきことは無くなったし、そろそろ戻るか? やり残したことは本当に無いよな?」

 もう一度考え、そして周りを見渡す。
 戻れはもうこの場所、世界にある物全てに触れられなくなってしまう。色々考えては見たが、俺にもう心残りは無かった

「無いな、じゃ、帰るか!」

 俺はマシェルがいる天界へと空間を繋ぎ、ハヤト、ラティウスという器を捨てた
 
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