空を舞う白球

桐条京介

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第16話 勘違いされた通りの人間になればいいんだよ

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 調子に乗りやすい性格の淳吾が、美人の先輩が夕食を作りに来てくれて喜ばないはずがなかった。

 コンビニで調達した食料は無駄になってしまうが、それも今夜だけの話。多少の消費期限などは気にしないで、食べればいいのだ。

 本当は危険なのだが、一日程度では大丈夫というのが淳吾の持論だった。ただし消費期限が表示されていれば、期日内に食べるべきなので他の誰にもお勧めはしていない。あくまでも自己責任だ。

 自宅から持ってきたと思われるエプロンを腰に巻いた土原玲菜が、昨日と同様に淳吾の家で料理をしてくれる。

 その後姿を見てるだけで、こみあげてくるものがあるが、どうにもわからない疑問もある。

 練習にも試合にも出ないと宣言している淳吾に、こんな接待みたいな真似をして何を企んでいるのかという点だ。

 現時点で心揺さぶられつつある淳吾が何を言っても説得力はないが、それでも問いかけずにはいられなかった。

「何回も言うけど、俺は野球部の練習にも試合にも参加するつもりはないです。料理で懐柔とかを考えてるんなら、申し訳ないけど……」

「そう……。でも料理は作るわ。だって私は、淳吾の彼女でしょう?」

「……っ! そう、ですね……」

 相手女性が彼女だと言ってくれて、自分の意思で夕食を作ってくれているのだから、何も気にせず好意に甘えればいい。

 淳吾はきちんと、野球部の練習や試合に参加するつもりはないと教えた。あとは土原玲菜の問題だ。

 落胆したような顔を見てしまったからといって、淳吾には何の責任もない。不本意だと感じるのであれば、恋人関係を解消すればいいだけだ。

 矢継ぎ早に頭の中へ浮かんでくる言葉の数々を声にできないまま、もどかしい気持ちだけを抱えて淳吾は床に座り続ける。

 そのうちに本日の夕食となるハンバーグが食卓に置かれ、美味しそうなにおいに触発されて空っぽの胃袋を鳴らしてしまう。

「遠慮しないで食べて。それとも、私が食べさせてあげるものなの?」

 異性との交際にまったく慣れてない土原玲菜が、突拍子もない質問をしてくる。

「もし、そうなら言ってちょうだい。淳吾の恋人らしくなるよう、頑張るから」

 そう言って土原玲菜が、不器用そうに笑った。

 あまり笑みを見せるようなタイプには思えないのに、淳吾に気に入られようと努力をしている。

 野球部のために働かせる目的があるためとはいえ、そう思われないように頑張ってるのだ。

「……ああ、そうだね。それじゃ、食べさせてもらおうかな」

 こちらも負けじとにこやかに笑ってみせたあと、土原玲菜の前で大きく口を開いてみせる。

 恋愛ドラマも真っ青な「あーん」「美味しいよ」のやりとりを繰り返し、本日の夕食が終了する。

 土原玲菜の分も作っていいと言ってるのに、あくまでも主役は淳吾だからと首を縦に振らない。

 淳吾のための夕食を終えたあと、淳吾のために後片付けをして帰っていく。その背中を見送りながら、淳吾は強く決意した。

「どうあっても期待されるのなら、勘違いされたとおりの人間になればいいんだよ」

 半ばヤケクソ気味ではあったものの、淳吾は間違いなく本気だった。

 プロ野球からも一目置かれる高校野球の選手になれば、土原玲菜と恋人関係も続けられるし、私立群雲学園での淳吾の評価も落ちない。

 簡単じゃないのは十分にわかっている。それでも、生き残る道はそれしかないのだと淳吾は自分自身に言い聞かせる。

「確か……結構離れた場所にバッティングセンターがあったよな」

 このアパートを探してる途中で見かけたのを、覚えている。群雲学園からも離れているので、あそこなら野球部の関係者にも見つからないはずだ。

 車で移動しても、結構な時間を要する距離だ。どうせなら、ランニングがてらに正確な場所を把握してやる。

 急いでジャージ姿に着替えた淳吾は、ランニングシューズをはいて夜の街中へ飛び出した。

   *

「こ、ここか……ようやく見つけた……」

 夜の道路でそう呟かずにはいられないほど、淳吾は目当てのバッティングセンターを探し回った。

 なんとか見つけた頃には息も絶え絶えで、とてもすぐにバッティングセンターを利用しようなどとは考えられない有様だった。

 全力で走ったわけではないにしろ、目的地であるここまで到着するのに2時間近くもかかっている。

 中学時代は陸上部だったので容易いと考えてしまったのが、大きな間違いだと気づかされたばかりだ。

「とにかく……中に入るか……」

 小さなバッティングセンターの中に入ると、ケージの後ろ側に順番待ちをしやすいようにということなのか、ベンチが幾つか横並びで設置されていた。

 木で作られたもので上質さはあまりなかったが、それでも座って体を休ませられるだけありがたかった。

 最近は大型ゲームセンター内にボーリング場などと一緒に設置されているため、バッティングセンター単独となるとなかなか珍しい。

 だからこそ、淳吾も車で移動していたにもかかわらず、このバッティングセンターの存在を覚えていたのだ。

 人が賑わってるとはとても言い辛く、現時点でも利用者は淳吾ひとりだ。いつ潰れてもおかしくなさそうだが、逆にそれがいい。

 バッティングセンターを利用してる姿を私立群雲学園の関係者には目撃されにくいし、おおいに醜態を晒せる。

 体育の授業でホームランを打ったとはいえ、淳吾はプロ野球を見るのが好きなだけの男でしかないのだ。

 少し古そうではあるがジュースやアイスの自動販売機も設置されてるので、喉を潤すのも可能だった。

 とりあえず体を休ませるついでにスポーツドリンクを購入し、疲れた肉体に活力を与える。

 喉が渇いていたのもあり、缶に入っていた中身を一気に飲み干した。

「ふう。さて、そろそろ利用するか」

 多少は体力が回復してきたので、早速目当てのバッティングセンターを利用しようとする。

 結構遅い時間になってきてるのだが、ありがたいことにこの店は夜遅くまで営業しているみたいだった。

 その代わり営業が開始する時刻は夕方近くになってからだ。日中は利用者がいないため、そうした形態をとっているのだろう。

 それでも営業時間が終わりに近づいてくると、利用者は極端に少なくなるのかもしれない。現時点で店内にいるのが、淳吾ひとりなのが推測の根拠だ。

 とにもかくにも、淳吾が群雲学園の野球部連中に隠れて打撃練習をするには最適な店だった。

 CG技術が発展した昨今では、プロ野球選手の映像が流されるようなバーチャルタイプのバッティングセンターも登場している。

 しかし淳吾が利用しようとしてる店では、昔ながらのアーム型しかなかった。

 純粋に楽しみにきたわけではないので、どちらの種類でも構わない。さらにいえば、安く球数を打てるタイプを求めていた。

 その点からするとここは200円で30球なので、十分すぎるくらいに思える。

「よし、まずは90キロからやってみるか」

 バッティングセンター内には90キロ、100キロ、110キロ、120キロ、そして140キロがある。

 変化球を打てるタイプのは存在しない。そして当たり前だが、あるのはすべて軟式のものだ。

 素人の淳吾にはよくわからないが、単純に考えても硬球と軟球の違いは大きいはずだ。だとしても、速いストレートに目が慣れているのはプラスになる。

 体育の授業で使ったのも軟式で、野球部が使ってるのは硬式。いくらスカウトしたからといって、相沢武たちも淳吾を即戦力とは思ってなかったに違いない。

 大会までに硬球に慣れて、実力を発揮してくれればなんとかなる。そんな気持ちだったはずだ。

 実際に淳吾が経験者できちんとした実力があったなら、間違いなく相沢武や土原玲二の方針に従っていた。

 だけど悲しいかな。野球経験は体育の授業のみの淳吾が、硬球に慣れたところでろくな成績を残せないのは明白だった。

   *

「とにかく、やれることをやってやるさ」

 決意してすぐに、誰かが期待しているとおりの自分になれるのであれば、世界中のどこへ行っても苦労する人間を見つけられなくなる。

 人生がそんなに甘くないのは、まだ高校生の淳吾でも理解している。だからこそ、当初は野球部に所属するのも乗り気ではなかった。

 懸命に誤解を解こうとした時もあった。頑張ろうとしてる動機も、決して他人に誇れるものじゃない。

 それでも、努力をしてやろうと決めた。可能な限り、相沢武たちが抱いている幻想へ現実を近づけてやるつもりだった。

 意を決して90キロのケージに入り、3本並んでいる長さと重さの違うバットの中から一番長いのを選び、200円を投入してアームを稼動させる。

 ガクンと揺れ動いたアームが回転を開始し、掴んだボールを放ってくる。

 バッターボックスに立っている淳吾の構えは適当そのもので、誰に教わったわけでもない。なんとなく初めて構えたらこうなったというのを、今でもそのまま利用しているだけだった。

 にもかかわらず、体育の授業とはいえホームランを打てたのだから悪いフォームではないのだろうと判断する。

「よしっ!」

 向かってきた90キロのボール目掛けて振った金属バットが、ものの見事に空振りをする。

 確かに捉えたと思ったのに、淳吾が振ったバットは90キロのストレートボールにかすりもしなかった。

 まあ、まだ1球目だ。心の中で自分自身を慰めつつ、2球目を待つ。

 回転するアームが下へ移動するのに合わせて、軟式のボールが真っ直ぐに向かってくる。

 風を切るような音なんかは聞こえない。まごうことなきスローボールだ。

 どこを通過しようとしてるのかも、きちんと見えている。今度こそ当たる。

 半ば確信して金属バットを水平に振るも、今度もまた心地よい音は発生してくれない。

 バットを持つ両手にはスイングをした感触しか残らず、打ったと思ったはずの軟球はホームベースの背後にあるクッションにぶつかり、威力をすべて吸収された上でころんと地面に転がる。

 ……どうなってるんだ? 淳吾の頭の中に幾つものクエスチョンマークが並ぶ。

 こんなはずじゃない。そんな思いを抱えながら、何度も金属バットを振る。それなのに、90キロの真っ直ぐを1球たりともまともに捕まえられない。

 狙いが悪いのかと思い、一球だけバットを振らずにボールの軌道をじっくり観察する。

「きちんとボールは見えてるし、狙いは間違ってないはずだ」

 もう一度バットを構え、やってくるボールを待つ。向かってくるのをしっかりと確認してから、スイングをする。

 両目ではバットを振る直前まで、きちんとボールの姿を確認できている。にもかかわらず、やっぱり当たらない。

「う~ん……構えはいいんだけどね」

 いきなり聞こえてきた声に驚いて背後を確認すると、ケージから出たところにあるベンチにひとりの女性が座っていた。

 急に気恥ずかしくなったものの、どうせ知らない人間だからと無視を決め込む。

 しかしタイミングがいいのか悪いのか、ここで丁度、200円分が終了した。

 仕方ないので淳吾はバットを元の位置へ戻し、一旦ケージから出ることにした。
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