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1章 酒の力を借りて暴走
1 二十歳の誕生日②
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僕は叶斗のこのずるさが――好きじゃない。
でもちっとも効いた感じはなく、新しいグラスを目の前に置かれた。
「口直しにどうぞ」
「……けいか、何?」
「桂花陳酒。金木犀のお酒ですよ。ソーダ割りです」
複雑な気持ちを抱えたまま、叶斗の良過ぎる顔と、淡い金色の液体を交互に見る。
スピリタスと異なり、花の薫りがやさしく漂った。
(まあ、酒ならいっか)
妥協の二杯目に口をつける。
おっ、これは――。
「美味しい。ジュースとも違うけど、飲みやすいし」
「でしょ」
さっぱりしていて、女子の先輩がよく頼む「甘くてジュースみたい」なカクテルとはまた違うようだ。
「なんでこんなの知ってんの?」
「じいちゃんがバーテンダーなんで」
叶斗が、ほくろのあるほうの口角を上げてみせる。
(家族までお洒落か)
胸焼けした。
そんな一軍イケメン様が、どうして僕なんかの隣に座って世話を焼いているんだか。
次のツーリングはどこ行く? といった話にまぎれて、疑念がふくらむ。
というのも、長テーブルを囲むサークルメンバーの半分は、僕の誕生日祝いじゃなく叶斗目当てだ。
(今年入ったメンバーの男女比、1対9だもんな。他の代は男子多めでガソリンくさいのに)
当の叶斗は、食べ物目当てにしては、あんまり食べていない。
首を傾げたら、三年の佐藤先輩と目が合った。「その調子で星川抑えとけよ」って視線を送ってくる。
佐藤先輩はバズカットが似合う、精悍な印象の人だ。乗ってるバイクのセンスもいいし、マスツーリングを先導する姿は頼もしい。にもかかわらずフリーで、一年女子と仲良くなろうとしているようだ。
ちなみに「星川」は、叶斗の名字。芸名か。
(先輩たちと話したいし、星川の相手なんて荷が重いですって)
僕はこのとおり、名前もふつう、顔面もスタイルもふつう。前髪が目にかからないようにしただけの髪型もふつう。トーク力に至るまで平凡。「二.五軍」ってところだ。
(佐藤先輩、やっぱりこんな僕より女子と話したいよな。いや、今日こそ……)
ぐるぐる考えるうち、桂花陳酒を半分消費していた。
何だか指先がふわふわする。
「せんぱ……、星川」
箸をうまく持てない。佐藤先輩の指令もあるしで仕方なく、好きじゃない後輩を呼んだ。
「はい。あ、明太マヨポテト取ってあげますね。何か腹に入れたほうが酔い回りにくいですよ」
叶斗は逆隣の女子との会話を切り上げ、僕の取り皿にせっせとつまみを盛り始める。
それも僕の視線に気づいたのか、好物の明太マヨポテト多めで。
(遠くて手届きそうになかったから嬉しい、けど)
叶斗の、憎らしいくらい整った横顔を見上げる。
カメラアプリのエモいぼかしエフェクトがかかっている気がする。
「……なんで僕の隣いんの」
御礼じゃなく、絡むみたいな問いがこぼれた。
思えば新歓中から、よく隣に座る。女子の先輩に呼ばれて席を外しても、またふらっと戻ってくる。
叶斗は動きを止め、顎に手を当てた。
「陽先輩の隣は、平和っていうか。和むからですかね」
――あ、ああ、そう。
答えを噛み砕くのに、少し時間がかかった。
(僕には緊張もしないし、どうれもいいってことれすか、へえ)
桂花陳酒の残りとともに、やるせなさを喉に流し込む。
どうでもいい存在に甘んじない、と今日の目標を立てた。邪魔されたくない。
もう一杯酒を飲んで、仕切り直そう。
片手で顔を扇ぎながら、もう片方の手でオーダー端末を引き寄せる。なんか暑い。
(けいか……なんらっけ)
「チェイサーはこのタブの下のとこに、」
また叶斗がおせっかいしようとしてきた。させまいと、ばっと端末を裏返してしまう。
二.五軍でも、先輩だ。ここはひとつ、三年生に話しかける前に、はっきり言おう。
「陽ちゃんはなぁ」
「え、自分のこと陽ちゃん呼びなんです?」
「ふえ?」
叶斗が目を見開く。
何だその反応。陽ちゃん、日本語しゃべってるよな?
「『ふえ』って言う子、だいたいわざとらしいですけど、先輩は意外と違和感ないですね。狙ってないからか」
「陽ちゃんのはなし、聞け」
「はいはい」
びしりと人差し指を突きつけてやるつもりが、指先が定まらない。
叶斗が分身しているせいだ。
完璧な微笑み顔の叶斗と。笑ってるのにぜんぜん笑ってないように見える叶斗に。
「陽ちゃんはなぁ、ほしかわのことが、――」
でもちっとも効いた感じはなく、新しいグラスを目の前に置かれた。
「口直しにどうぞ」
「……けいか、何?」
「桂花陳酒。金木犀のお酒ですよ。ソーダ割りです」
複雑な気持ちを抱えたまま、叶斗の良過ぎる顔と、淡い金色の液体を交互に見る。
スピリタスと異なり、花の薫りがやさしく漂った。
(まあ、酒ならいっか)
妥協の二杯目に口をつける。
おっ、これは――。
「美味しい。ジュースとも違うけど、飲みやすいし」
「でしょ」
さっぱりしていて、女子の先輩がよく頼む「甘くてジュースみたい」なカクテルとはまた違うようだ。
「なんでこんなの知ってんの?」
「じいちゃんがバーテンダーなんで」
叶斗が、ほくろのあるほうの口角を上げてみせる。
(家族までお洒落か)
胸焼けした。
そんな一軍イケメン様が、どうして僕なんかの隣に座って世話を焼いているんだか。
次のツーリングはどこ行く? といった話にまぎれて、疑念がふくらむ。
というのも、長テーブルを囲むサークルメンバーの半分は、僕の誕生日祝いじゃなく叶斗目当てだ。
(今年入ったメンバーの男女比、1対9だもんな。他の代は男子多めでガソリンくさいのに)
当の叶斗は、食べ物目当てにしては、あんまり食べていない。
首を傾げたら、三年の佐藤先輩と目が合った。「その調子で星川抑えとけよ」って視線を送ってくる。
佐藤先輩はバズカットが似合う、精悍な印象の人だ。乗ってるバイクのセンスもいいし、マスツーリングを先導する姿は頼もしい。にもかかわらずフリーで、一年女子と仲良くなろうとしているようだ。
ちなみに「星川」は、叶斗の名字。芸名か。
(先輩たちと話したいし、星川の相手なんて荷が重いですって)
僕はこのとおり、名前もふつう、顔面もスタイルもふつう。前髪が目にかからないようにしただけの髪型もふつう。トーク力に至るまで平凡。「二.五軍」ってところだ。
(佐藤先輩、やっぱりこんな僕より女子と話したいよな。いや、今日こそ……)
ぐるぐる考えるうち、桂花陳酒を半分消費していた。
何だか指先がふわふわする。
「せんぱ……、星川」
箸をうまく持てない。佐藤先輩の指令もあるしで仕方なく、好きじゃない後輩を呼んだ。
「はい。あ、明太マヨポテト取ってあげますね。何か腹に入れたほうが酔い回りにくいですよ」
叶斗は逆隣の女子との会話を切り上げ、僕の取り皿にせっせとつまみを盛り始める。
それも僕の視線に気づいたのか、好物の明太マヨポテト多めで。
(遠くて手届きそうになかったから嬉しい、けど)
叶斗の、憎らしいくらい整った横顔を見上げる。
カメラアプリのエモいぼかしエフェクトがかかっている気がする。
「……なんで僕の隣いんの」
御礼じゃなく、絡むみたいな問いがこぼれた。
思えば新歓中から、よく隣に座る。女子の先輩に呼ばれて席を外しても、またふらっと戻ってくる。
叶斗は動きを止め、顎に手を当てた。
「陽先輩の隣は、平和っていうか。和むからですかね」
――あ、ああ、そう。
答えを噛み砕くのに、少し時間がかかった。
(僕には緊張もしないし、どうれもいいってことれすか、へえ)
桂花陳酒の残りとともに、やるせなさを喉に流し込む。
どうでもいい存在に甘んじない、と今日の目標を立てた。邪魔されたくない。
もう一杯酒を飲んで、仕切り直そう。
片手で顔を扇ぎながら、もう片方の手でオーダー端末を引き寄せる。なんか暑い。
(けいか……なんらっけ)
「チェイサーはこのタブの下のとこに、」
また叶斗がおせっかいしようとしてきた。させまいと、ばっと端末を裏返してしまう。
二.五軍でも、先輩だ。ここはひとつ、三年生に話しかける前に、はっきり言おう。
「陽ちゃんはなぁ」
「え、自分のこと陽ちゃん呼びなんです?」
「ふえ?」
叶斗が目を見開く。
何だその反応。陽ちゃん、日本語しゃべってるよな?
「『ふえ』って言う子、だいたいわざとらしいですけど、先輩は意外と違和感ないですね。狙ってないからか」
「陽ちゃんのはなし、聞け」
「はいはい」
びしりと人差し指を突きつけてやるつもりが、指先が定まらない。
叶斗が分身しているせいだ。
完璧な微笑み顔の叶斗と。笑ってるのにぜんぜん笑ってないように見える叶斗に。
「陽ちゃんはなぁ、ほしかわのことが、――」
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