完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!

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1章 酒の力を借りて暴走

3 律儀な後輩

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 保育園時代、男の保育士さんに「陽ちゃんね陽ちゃんね」と一生懸命話し掛けていたらしい。
 恋愛として同性が好きなんだな、と自覚したのは、中学生のときだ。
 初恋の相手は――地理の先生。
 先生は芯の通った声をしていて、他の授業の最中にその声を思い出しては胸がきゅんとした。
 女子人気も高かった。バレンタインに、先生に手づくりチョコを渡す子もいた。
 けれど僕は、それに乗っかることもできず。
 地理の成績トップを目指すわけでもなく。
(テストで一番取りました! で? って感じだもんな)
 先生にとっては大勢いる教え子の一人のまま、中学を卒業した。
 高校では俳優にどハマりして、推し活に勤しんだ。若手なのに演技が堂々としているのがいいなと思った。
 カレンダーお渡し会とかファンミーティングとか、直接会えるイベントはあるものの、そこで印象に残ることをするでもなく。
 リアコが駄々漏れそうで手紙も書きづらい。
 大学受験時のブランク以降は、出演作やSNSのチェックだけしている。
(ともかく、僕って歳上好きみたい)
 実際、サークルの先輩たちは大人っぽくてかっこいいと思う。
 でも、ツーリング中も居酒屋でも、先輩の輪には入っていけない。
(だって、向こうは僕を単なる同性の後輩って思ってるし、迷惑かけたくない)
 僕が「好き」って言うには、二重のハードルがある。
 自信のない自分と、同性相手だとより勇気が必要な世界。
 せっかく進学とともに都会に出てきたのにそれを乗り越えられず、恋愛経験0のまま二十歳になってしまった。
 飲み会も失敗に終わって、次はどうしよう?
 はあ、と溜め息を吐いて教室に入る。
 とりとめもなく片想い歴を思い返していたのは、この水曜一限の授業のせいもある。
 一般教養科目で、学部は別ながら同じサークルの同級生、高橋たかはしと一緒に履修を決めた。
 寝坊したら助け合おうな、なんて言っていたのが。
『石田ごめん。愛季アキちゃんと一緒に受けさせて』
 ゴールデンウィーク明け、高橋にぱん! と手を合わせられた。
 同じサークルの愛季ちゃんと付き合うことになった、彼女もこの授業を取ってる、と。
 ちなみに彼は一浪していて、「酒の力、すげえわ」って僕に力説した張本人である。
 もとは「どっちが石田くんでどっちが高橋くんだっけ」とよく言われる、二.五軍仲間だった。
 それが愛季ちゃんとのサシ飲みで告白に成功し、抜けがけしたってわけだ。
 愛季ちゃんのほうは「三人で受けようよ」と言ってくれたが、さすがの僕もそこまで空気読めなくない。丁重に辞退した。
(高橋は友達だし、彼女との時間を優先したいのもわかるけどさ)
 うらやましいような、切り捨てられたような……。
 振られる格好になった僕は独り、教室中ほどの長机にリュックを置いた。
 三人掛けのはじっこ。かつ、横にカップルや二人組の先客がいない席。
 友達は多くない。同じ教育学部の面々が固まっているところに今から加わる気も起きない。今週もぼっち席――と思いきや。
「おはようございます、陽ちゃん先輩」
 タブレットノート用のペンやらミニマウスやらを、盛大に落っことす。
(陽ちゃん先輩!?)
 聞き違いでなければ、この声は。
 こわごわ振り返る。予想どおりの人物――朝でもさわやかな叶斗が、背を屈めていた。
(こいつもこの授業取ってたんだ)
 僕の落とし物を拾い、三人掛けの真ん中に置く。
「はいどうぞ」
 ……席を詰めろって? 僕のことはわずらわしいんじゃないのか。
 叶斗は社会学部で、学年も違う。手間をかけまくった誕生日の夜以降、顔を合わせるのははじめてだ。
「なんで、わわ」
 腰でもぐいぐい押された。仕方なくはじっこを明け渡しつつ、小声で困惑を告げる。
「急なちゃん付けやめれる?」
「急でもないですけど」
 叶斗は悪びれず笑った。
 その肩越しに、教室の扉のそばとか窓際で立ち話していた女子が、ぞろぞろ席に着くのが見える。あーあ、って残念そうな顔。
(みんな叶斗の隣狙って、座らないで待ってたんだ)
 僕が悪いみたいで居たたまれず、さらに声をひそめて尋ねる。
「星川って彼女いないんだっけ?」
「はい、今は」
「あ、そ」
 頬を引き攣らせた。
(それ、モテるやつの答え方な)
 今はいないだけで基本います、みたいな。
 いつでも彼女つくれますけど今は求めてません、みたいな。
(……なんでだろ)

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