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1章 酒の力を借りて暴走
5 勘違いしない
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バイクで思いきり走ると、自分の悩みがちっぽけに思えて、気持ちがすっきりする効果がある。
加えて、「酒の力を借りようと変われない」疑惑が晴れた。
どうにか恋愛の一歩目を踏み出せそうで、大学の廊下を歩く足取りも軽くなる。
「陽ちゃん先輩」
出し抜けに呼び止められた。
この呼び方をするのは、大学中ただ一人。
教室のほうに身体を向ければ、扉際の最後列席に、案の定のイケメン――叶斗が陣取っていた。二限が終わってもそのまま残って、友達と昼ごはんを食べていたらしい。
「だーかーら、ちゃん付け」
じとりと睨む。誕生日の飲み会以来、何なのだ。
「あはは、むくれた顔可愛いんでつい」
「はあァ゙?」
「出た、おっさん声」
羞恥でかあっと顔が熱くなった。
前回のサークルツーリングで、先輩に「おっさんじみた声」って突っ込まれたの、掘り起こすな。
しかもまた「可愛い」とか揶揄ってくる。
「何の用だよっ」
半ば喧嘩腰に問えば、叶斗は一転、上目遣いで拝んできた。
「去年の必修のプリント、見せてくれませんか?」
と、文系の一年生が履修しなければならない授業名を挙げる。ふむ。
「あれか。担当教授が気難しくて」
「はい。テストミスると、出席足りてても容赦なく再履になるあれです」
手強い授業があるのだ。
先輩から噂を聞いたのに甘く考えた同級生が、見事に履修し直しになっていた。
あと十日で、七月。前期試験がすぐそこに控えている。
(あっと言う間に過ぎてくな)
ろくに進歩しないまま時間だけ経つかのようで、焦りがよぎった。
その隙に叶斗に手首をつかまれ、どきりとする。
「御礼に、テスト終わったら、俺のとっておきのツーリングコース連れてってあげます」
内緒話みたいにささやかれた。
食べ物でも金でもなく、ツーリングの約束。それが交換材料になると思えるとは、たいした自信だ。
「とっておき?」
腕を組み、詳細を求める。
「海が見えるんです。インスタとかには情報流れてないんで、渋滞少なくて」
「ふうん」
「美味いポテト専門店あります。トッピングの種類多いです」
揚げたてポテトの香りを錯覚した。芋好きにはたまらない。
「食べ放題の果樹園もあります」
今度は果物の甘酸っぱさを思い出して、舌がとろける。好きな食べ物ツートップをちらつかされ、取引するほうに傾く。
ていうか、すごく食いしんぼうだと思われてないか?
(今、腹が減ってるのがいけない。学食に行こうとしてたんだ)
そこで、叶斗の友達が「誰と話してんのー?」と身を乗り出してきた。
「先輩」
叶斗は上体を伸ばして、僕の姿を隠そうとする。
……二.五軍な先輩と話してるところなんて、見られたくないか。友達のほうも、「さっさと切り上げて」と暗に言っているのかもしれない。
「まあ気が向いたらな」
短く言い置き、本来の目的地である学食へと急いだ。
叶斗の教室から笑い声が起こるのを、背中で聞く。
(僕を、嗤ってるわけじゃ、ない)
そう自分に言い聞かせ、悪い想像を断ち切る。
先生が好き。俳優が好き。同性が、好き。誰にも言っていないから、誰にも嗤われたりしない。
『――くんて、――だよね』『――って正直、迷惑だろ』
それでも耳に声がよみがえる。いい思い出以外は捨てたはずなのに。
深呼吸して、叶斗から持ち掛けられた取引のみ考える。
(プリント貸してやるか? 必修だから、僕以外にも頼める先輩はいる)
ただ、彼には借りがひとつ多い。
(居酒屋で介抱してもらった御礼、星川はいらないって言ったけど、すべきだよな)
歳下に世話になってばかりではいたくない。
……別に、イケメンとのツーリングに揺らいだとかじゃない。
[今、大学いる? プリント持ってきた]
加えて、「酒の力を借りようと変われない」疑惑が晴れた。
どうにか恋愛の一歩目を踏み出せそうで、大学の廊下を歩く足取りも軽くなる。
「陽ちゃん先輩」
出し抜けに呼び止められた。
この呼び方をするのは、大学中ただ一人。
教室のほうに身体を向ければ、扉際の最後列席に、案の定のイケメン――叶斗が陣取っていた。二限が終わってもそのまま残って、友達と昼ごはんを食べていたらしい。
「だーかーら、ちゃん付け」
じとりと睨む。誕生日の飲み会以来、何なのだ。
「あはは、むくれた顔可愛いんでつい」
「はあァ゙?」
「出た、おっさん声」
羞恥でかあっと顔が熱くなった。
前回のサークルツーリングで、先輩に「おっさんじみた声」って突っ込まれたの、掘り起こすな。
しかもまた「可愛い」とか揶揄ってくる。
「何の用だよっ」
半ば喧嘩腰に問えば、叶斗は一転、上目遣いで拝んできた。
「去年の必修のプリント、見せてくれませんか?」
と、文系の一年生が履修しなければならない授業名を挙げる。ふむ。
「あれか。担当教授が気難しくて」
「はい。テストミスると、出席足りてても容赦なく再履になるあれです」
手強い授業があるのだ。
先輩から噂を聞いたのに甘く考えた同級生が、見事に履修し直しになっていた。
あと十日で、七月。前期試験がすぐそこに控えている。
(あっと言う間に過ぎてくな)
ろくに進歩しないまま時間だけ経つかのようで、焦りがよぎった。
その隙に叶斗に手首をつかまれ、どきりとする。
「御礼に、テスト終わったら、俺のとっておきのツーリングコース連れてってあげます」
内緒話みたいにささやかれた。
食べ物でも金でもなく、ツーリングの約束。それが交換材料になると思えるとは、たいした自信だ。
「とっておき?」
腕を組み、詳細を求める。
「海が見えるんです。インスタとかには情報流れてないんで、渋滞少なくて」
「ふうん」
「美味いポテト専門店あります。トッピングの種類多いです」
揚げたてポテトの香りを錯覚した。芋好きにはたまらない。
「食べ放題の果樹園もあります」
今度は果物の甘酸っぱさを思い出して、舌がとろける。好きな食べ物ツートップをちらつかされ、取引するほうに傾く。
ていうか、すごく食いしんぼうだと思われてないか?
(今、腹が減ってるのがいけない。学食に行こうとしてたんだ)
そこで、叶斗の友達が「誰と話してんのー?」と身を乗り出してきた。
「先輩」
叶斗は上体を伸ばして、僕の姿を隠そうとする。
……二.五軍な先輩と話してるところなんて、見られたくないか。友達のほうも、「さっさと切り上げて」と暗に言っているのかもしれない。
「まあ気が向いたらな」
短く言い置き、本来の目的地である学食へと急いだ。
叶斗の教室から笑い声が起こるのを、背中で聞く。
(僕を、嗤ってるわけじゃ、ない)
そう自分に言い聞かせ、悪い想像を断ち切る。
先生が好き。俳優が好き。同性が、好き。誰にも言っていないから、誰にも嗤われたりしない。
『――くんて、――だよね』『――って正直、迷惑だろ』
それでも耳に声がよみがえる。いい思い出以外は捨てたはずなのに。
深呼吸して、叶斗から持ち掛けられた取引のみ考える。
(プリント貸してやるか? 必修だから、僕以外にも頼める先輩はいる)
ただ、彼には借りがひとつ多い。
(居酒屋で介抱してもらった御礼、星川はいらないって言ったけど、すべきだよな)
歳下に世話になってばかりではいたくない。
……別に、イケメンとのツーリングに揺らいだとかじゃない。
[今、大学いる? プリント持ってきた]
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