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1章 酒の力を借りて暴走
7 イケメン後輩の悩み②
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それとなく訊いてみる。
すると叶斗は、片頬だけ持ち上げて笑った。
「だってあれ、わざとですよ」
「へ?」
わざと、叶斗の近くでポーチを落としたってこと?
「何ならポテト店にもいました」
偶然じゃなく、ついてきてたってこと?
恋愛経験0の二.五軍には、そんな駆け引きの発想もなかった。
バニラアイスが溶けてふやけたワッフルを切り損ね、カチャン! と大きな音を立ててしまう。身を竦める。
すかさず叶斗が僕の手からナイフとフォークを持っていき、ひと口サイズに分けていく。
「俺、両親が仕事人間で、子どもの頃いつも家でぼっちだったんです。で、見兼ねて遊びに来てくれたじいちゃんに、『人に優しくすれば、周りに人が集まってきて、寂しくない。気持ちもあったまる』って教えられました」
「……ああ、じいちゃんの教えってやつ」
手さばきに見惚れ、時間差で相槌を打つ。
はからずも知れた叶斗の幼少期は正直、意外だった。
叶斗はたくさんの人に囲まれて育ってきたと、勝手に決めつけていた。
「はい。じいちゃんの言うとおり、寂しくなくなったし、喜んでもらえるの嬉しいなって思うようになりました。けど、大きくになるにつれて、相手に好きになられちゃうことが増えて」
呆れたような声色で続けながら、僕に持ち手を向けてカトラリーを置く。
好きになられちゃう。
(二人組とかポーチの人みたいに、か)
恋愛し放題でずるい、とは今は思わない。
僕相手なら取り繕わず話せるようなので、余計な口は挟まずワッフルを食べる。
「何も返してくれなくていいんです。俺がしたくてしてるだけだから」
叶斗がぽそりと言った。
最初は寂しさをまぎらわすためだったし、今も自分が嬉しいだけ、と。
彼が度々見せる、そっけない態度や表情の答え合わせが、できた気がした。
「俺は優しくありません」って、たまに引き算しないといけないのだ。
(優しさを打算って受け取られるの、不本意だよな)
ただし、イケメンならではの悩みとも言えないか。
こういうとき、何と言ってやるのが正解だろう?
「顔がいいと、大変だなあ」
言葉を選んだ割に、捻りのない一言になった。保育園児か。でも素直な感想はそれだ。誤解されるのは辛かろう。
叶斗が僕を不思議そうに見つめる。
語彙力のなさに失望されたかと思いきや、叶斗は「あはは」と笑う。飾らない笑い方だ。
「ほんとそうです。そのせいで、『おれの彼女たぶらかすな』とか『オレもあの子狙ってたのに』とか、知らない間に恨みも買っちゃうし」
(ほんとそうって、顔がいいのは認めるんだ。……ん?)
もうひとつ、「なんで」の謎が解けたかもしれない。
僕の隣が「平和」なのは。男として無駄に競ってこない、って意味じゃないか? 僕はこのとおり女子に興味がないので、「大変だなあ」って呑気に言っていられる。
「それで、サークルの飲み会でいつも僕の隣に座るんだ」
「え、いつもでした?」
「いつもだよ」
叶斗本人は無意識ときた。
叶斗は、僕が同性が好きだって知らない。
僕なら、恨まれない。その上、世話を焼いても「好きになられちゃう」ことはないって安心してる。
(その安心――守ってやりたいな)
ひそかに思い立った。それなら僕にもできる。
だって、イケメンだから親切にできないなんて、理不尽だ。
僕がゲイだから「好き」を表明しにくいのと、似てなくもないんじゃないか。
叶斗の、周りから距離を取って寂しげな表情や、過剰な受け取り方をされて疲れたような様子を知っているのもたぶん、僕だけ。
むずむずとかもやもやは、叶斗の優しさに差す影への違和感だったに違いない。
その正体を知れた今。
「叶斗は僕を好きなのかも」とか勘違いしたりせず、親切にされてやろう。
「いつでも隣座りな」
「いいんですか? ……ぐお。なんでほっぺたにピース刺してくるんです?」
「いいってことだよ」
最後に取っておいたマスカットを頬張った。
イケメンには悩みなんてないと思いきや、同じような悩みがあった。僕ばっかりうまくいかないわけじゃないって、勇気づけられた気分になる。
「僕は好きになっちゃわないから」
恋愛が始まる可能性0の相手だ。問題はない。
目標は変わらず、先輩たちと話すこと。来月にはサークルの大きなイベントもある。
「……そうなるか」
叶斗の睫毛が複雑そうに瞬いたのには、気づかなかった。
すると叶斗は、片頬だけ持ち上げて笑った。
「だってあれ、わざとですよ」
「へ?」
わざと、叶斗の近くでポーチを落としたってこと?
「何ならポテト店にもいました」
偶然じゃなく、ついてきてたってこと?
恋愛経験0の二.五軍には、そんな駆け引きの発想もなかった。
バニラアイスが溶けてふやけたワッフルを切り損ね、カチャン! と大きな音を立ててしまう。身を竦める。
すかさず叶斗が僕の手からナイフとフォークを持っていき、ひと口サイズに分けていく。
「俺、両親が仕事人間で、子どもの頃いつも家でぼっちだったんです。で、見兼ねて遊びに来てくれたじいちゃんに、『人に優しくすれば、周りに人が集まってきて、寂しくない。気持ちもあったまる』って教えられました」
「……ああ、じいちゃんの教えってやつ」
手さばきに見惚れ、時間差で相槌を打つ。
はからずも知れた叶斗の幼少期は正直、意外だった。
叶斗はたくさんの人に囲まれて育ってきたと、勝手に決めつけていた。
「はい。じいちゃんの言うとおり、寂しくなくなったし、喜んでもらえるの嬉しいなって思うようになりました。けど、大きくになるにつれて、相手に好きになられちゃうことが増えて」
呆れたような声色で続けながら、僕に持ち手を向けてカトラリーを置く。
好きになられちゃう。
(二人組とかポーチの人みたいに、か)
恋愛し放題でずるい、とは今は思わない。
僕相手なら取り繕わず話せるようなので、余計な口は挟まずワッフルを食べる。
「何も返してくれなくていいんです。俺がしたくてしてるだけだから」
叶斗がぽそりと言った。
最初は寂しさをまぎらわすためだったし、今も自分が嬉しいだけ、と。
彼が度々見せる、そっけない態度や表情の答え合わせが、できた気がした。
「俺は優しくありません」って、たまに引き算しないといけないのだ。
(優しさを打算って受け取られるの、不本意だよな)
ただし、イケメンならではの悩みとも言えないか。
こういうとき、何と言ってやるのが正解だろう?
「顔がいいと、大変だなあ」
言葉を選んだ割に、捻りのない一言になった。保育園児か。でも素直な感想はそれだ。誤解されるのは辛かろう。
叶斗が僕を不思議そうに見つめる。
語彙力のなさに失望されたかと思いきや、叶斗は「あはは」と笑う。飾らない笑い方だ。
「ほんとそうです。そのせいで、『おれの彼女たぶらかすな』とか『オレもあの子狙ってたのに』とか、知らない間に恨みも買っちゃうし」
(ほんとそうって、顔がいいのは認めるんだ。……ん?)
もうひとつ、「なんで」の謎が解けたかもしれない。
僕の隣が「平和」なのは。男として無駄に競ってこない、って意味じゃないか? 僕はこのとおり女子に興味がないので、「大変だなあ」って呑気に言っていられる。
「それで、サークルの飲み会でいつも僕の隣に座るんだ」
「え、いつもでした?」
「いつもだよ」
叶斗本人は無意識ときた。
叶斗は、僕が同性が好きだって知らない。
僕なら、恨まれない。その上、世話を焼いても「好きになられちゃう」ことはないって安心してる。
(その安心――守ってやりたいな)
ひそかに思い立った。それなら僕にもできる。
だって、イケメンだから親切にできないなんて、理不尽だ。
僕がゲイだから「好き」を表明しにくいのと、似てなくもないんじゃないか。
叶斗の、周りから距離を取って寂しげな表情や、過剰な受け取り方をされて疲れたような様子を知っているのもたぶん、僕だけ。
むずむずとかもやもやは、叶斗の優しさに差す影への違和感だったに違いない。
その正体を知れた今。
「叶斗は僕を好きなのかも」とか勘違いしたりせず、親切にされてやろう。
「いつでも隣座りな」
「いいんですか? ……ぐお。なんでほっぺたにピース刺してくるんです?」
「いいってことだよ」
最後に取っておいたマスカットを頬張った。
イケメンには悩みなんてないと思いきや、同じような悩みがあった。僕ばっかりうまくいかないわけじゃないって、勇気づけられた気分になる。
「僕は好きになっちゃわないから」
恋愛が始まる可能性0の相手だ。問題はない。
目標は変わらず、先輩たちと話すこと。来月にはサークルの大きなイベントもある。
「……そうなるか」
叶斗の睫毛が複雑そうに瞬いたのには、気づかなかった。
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