完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!

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2章 近づくほど遠ざかる迷走

8 サークル一大イベント!②

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 福島まで進み、磐梯ばんだい山っていう、風光明媚な山に入った。山岳道路が整備されていて、市街地より涼しい。気持ちいい山風に吹かれ、パノラマを楽しんでいたときのこと。
「今、熊いませんでした?」
 同じグループの、三年男子とタンデムする一年女子が、不意につぶやいた。
(熊!?)
 言われてみれば、道沿いの木々ががさがさ揺れている。
 冬眠前に食べ物を求めて下りてきたのかもしれない。
「大丈夫。熊を驚かせないよう、ゆっくり離れましょう。先輩っ?」
 インカムを通じて、叶斗が対策を共有する。それと前後して、リーダーの先輩が一人でぐんぐん加速してしまう。
 あっと言う間に置き去りにされた。
(先輩、嘘でしょ……そりゃ襲われる前に逃げるのがいちばんですが)
 代わりに僕が隊列を変える。女子を後ろに乗せている二台は木々から遠い側に寄ってもらい、僕と叶斗で警戒しながら走り抜ける。
「陽先輩、もう少し道の中央寄ってください。お願い」
「おまえもな」
 幸い、遭遇はせずに宿まで辿り着けた。
 リーダーの先輩は「悪い。怖くて頭真っ白になった」って謝ってくれた。そもそも熊の姿を見たわけじゃなく、野生の猿とかの可能性もあるけれど。
 後輩の叶斗のほうが、何倍も頼もしくてかっこよかったのは、否めない。
 夜のアルコールなし宴会でも、他のグループの女子がここぞと顛末を聞きにきて、褒めたたえる。
(女子のみなさん、長距離ツーリングで叶斗と話そうって目標なんだろうな)
 叶斗は優しさを打算と受け取られるのを好まないだけで、女子自体を嫌ってはいない。
 邪魔しないよう、芋の菓子を手にそっと立ち上がる。僕は僕の目標を果たそう。
「……ん?」
 そのつもりが、部屋着の高校ジャージをきゅっとつままれた。
 移動を阻んだのは、叶斗だ。
 黙って上目遣いで見つめてくる。これは相変わらず、ずるい。
(わかったわかった)
 平和を守ってやるべく、サークル一イケメンの隣に居座る、空気読めない先輩になる。
 ……叶斗を和ませてやるのと、先輩たちと話すの、両立が難しい。明日はどうしようか。


 三日目は、仙台へ。
「やっぱ牛タン食べないとな」
 今日の夜は部屋飲みじゃなく、飲食店を予約した。座敷席貸し切りだ。
「いただきま~す」
 皿が運ばれてくるや、みんなスマホを取り出す。最初は肉を撮ってたのに、佐藤先輩が叶斗を画角に入れた途端、叶斗との撮影会みたいになる。
 叶斗は律儀に応じてあげている。僕はその陰で、肉を頬張った。
(厚いのにやわらかくて、食べごたえあるなあ)
 佐藤先輩たちは、叶斗をだしに女子と話している。
 僕もその輪に入れないか窺っていたはずが。叶斗の皿が、美味しそうな湯気を立てているにもかかわらず未だ手つかずなのが、気に掛かった。
 先輩の誰も「食べな」って言ってあげない。うーん……。
 たまにはこっちが世話を焼いてやろう。
 叶斗が一日目の走行中に見せたのと同じやり方で。
「辛っあぁ!」
 青唐辛子入り調味料を乗せた牛タンを、口に運ぶ。それによって、さり気なく叶斗をこっち向かせようとしたんだけど。
(ほんとに辛い。乗せ過ぎた)
 鼻奥がつんとして、涙目になる。
 叶斗はくすりと笑い、辛さ中和のためにとろろご飯を差し出してきた。
「ありがとうございます」
 僕じゃなく叶斗のほうが、御礼を口にする。僕の意図が伝わっている。
 胸にほわりと熱が灯った。確かに、親切心を受け取ってもらえるのって、嬉しい。
 とにかく、叶斗の周りの面々は「食べよう」って空気になった。
 僕もひと仕事終えた気分で、腹いっぱい詰め込む。
「陽先輩? 宿まで頑張れますか」
 そのせいか、食べ終えた途端、瞼が重くなった。
 今回のツーリングは一日二百キロメートル目安と、無理のない行程が組まれている。それでも三日目ともなると、知らず体力ぎりぎりだったか。昨日は熊騒動もあったし。
「だいじょぶだいじょ、ぶ」
 しゃべっていれば、意識が持つ。
 飲食店から宿まで、たった徒歩数分だ。
「叶斗、何か、しゃべってよ……」
 夜闇の中、脚を動かして。身体を前へ。
 とん、とちょっと硬くて温かいものに頬が当たった。白い。たぶん宿の布団だ。
 規則的に揺れるのは、同部屋の男子が近くを歩いているから? 目を開けて確認するのがめんどう……。
「石田って、星川のこと名前呼びだったっけ」
 女子の先輩の声も聞こえる。
 ただの先輩後輩なのに馴れ馴れしいですか。でも、本人の希望なんです。
「――俺の気も知らないで」
 すぐ近くで聞こえたのは、誰の声だろう。
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