完結|好きから一番遠いはずだった

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2章 近づくほど遠ざかる迷走

9 一歩ずつの変化

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 ぐっすり眠って復活した四日目は、岩手を目指す。
 ここまで山道を通ってきたから、今日は海岸線を辿る。海は、混じりけのないきれいな青だ。
(真夏ほどは濃くない)
 なんて思いながら叶斗を見れば、叶斗も僕を見ていた。シールド越しに目が合う。
 同じことを考えたのかも。先月一緒に海沿いを走った。
 ずるいが憧れの裏返しだと認めるきっかけになったペアツーリング。
 あれ以来、叶斗を見ていても、見ていなくても、胸の奥が引き絞られるみたいになる。なんでだろう?
 絶景を続けて浴びて、感受性が鋭くなってるからかな。

 今日の宿は山荘だ。
「陽先輩、溺れちゃうかもなんで、俺の近くにいてくださいね」
「いくら長風呂でも溺れはしないわ」
「……とは限らないんですよ」
 温泉は、なんと天然のエメラルドグリーン。インスタでも見たけど、実際目にするともっと鮮やかに感じる。
「めっちゃグリーン!」
 叶斗の謎の忠告は気にせず、浴槽で手足を伸ばしてくつろぐ。
 硫黄の湯だから換気のために、山の緑に面した面の窓は開け放たれている。こっちの気持ちも開放的になる。
 普段だったら端っこで動かずにいるけれど。
「湯、飲もう」
 ここの温泉は、飲泉可能だ。胃に効くとか。
 叶斗を誘い、かけ流しの湯をカップに注ぐ。乾杯して、ぐびりと呷る。
「卵が……熟成したみたいな香りで……、人生の渋みが、溶け込んでる」
「酔ってます?」
「じゃあ何て言うんだよ」
「硫黄臭がして苦いです」
 独特な味をオブラートに包んで表現したのに。叶斗のほうは気遣いを発揮しない。
「でも、陽先輩と飲むと美味しいです」
 と思いきや、イケメンスマイルを無駄遣いしてきたので、湯の中で拳をお見舞いする。
 叶斗は「ぐえ」って呻いたけど、腹筋に跳ね返された感触しかしない。
(叶斗の筋肉触っちゃった)
 顔は何度も触っているけれど。意識すると体温が上がってしまう。
 もともと湯が四十五℃と熱く、とても長湯できない。早々に退散した。
(ていうかこの三日間、叶斗とばっかりしゃべっちゃってる)
 代謝がよくなったのか、汗が止まらない。浴場と宿泊棟の間の道をうろうろして夜風に当たりながら、反省会する。
「ひゃう?」
 不意に、夜風より冷たいものを項に当てられた。
 振り返れば、Tシャツ姿の叶斗が瓶を三本抱えている。
「湧き水ですって。こっちは湧き水で冷やした瓶牛乳と、山ぶどうジュース」
 僕が好みそうなのをぜんぶ買ってきたようだ。律儀が過ぎる。何だか可笑しくて「ひへへ」と吹き出す。
「陽ちゃん?」
「ちゃん付けすな」
「酔ってないのか……その割に……」
 もごもご言う叶斗の手から、牛乳の瓶を受け取る。
「ありがと」
 世話を焼かれるのは、かっこよくないと思っていた。
 でも、ちょっとだけ、楽しくもある。
 このツーリング中は毎日叶斗と一緒だからか、新しい気持ちが芽生えつつある。
 そんな場合じゃないのに。
(明日の部屋飲みこそ、先輩たちと距離縮めよう)
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