完結|好きから一番遠いはずだった

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2章 近づくほど遠ざかる迷走

9 一歩ずつの変化③

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目が合う。物言いたげだ。「強い酒じゃないから大丈夫」って目くばせする。
「行程前半、お疲れ。初長距離のメンバーも慣れてきたか? 後半も事故なく走り切ろうな」
 佐藤先輩の一言で、みんなわーっと一杯目を呷る。まだ半分だけど、バスツアーと違って「自分で走ってきた」って達成感が大きい。
(僕もこの飲み会で、自信持って先輩たちと話せたら、ツーリング前より成長したって言っていいよな)
 がぜん意気込む。
 この旅の間に先輩のうちの誰かと付き合いたいまでは欲張らないから、うまくいきますように。
「石田。地酒飲んでみるか?」
「あ、はい。いただきます」
 佐藤先輩に勧められたら断れない。紙コップに透明な酒を注いでもらう。長芋の焼酎だって。そんな酒もあるんだ。
「ん~、飲みやすいです」
「だろ」
 まろやかで、少なくとも岩手の温泉より苦くない。
 酒を片手に、先輩たちのバイク談義に耳を傾ける。ふわふわしてきた。まだ頑張れる。
「陽……、もう一杯、飲みたいす」
「お! 何飲む?」
 空にした紙コップを掲げれば、先輩たちがわっと沸いた。嬉しくて「何も!」と応じる。
「普段とのギャップよ」
 佐藤先輩がにこにことスマホを構える。先輩、それは酒の瓶じゃないですよ――と伝える前に、視界を遮られた。
 意外と着やせする、ちょっと硬くて温かい、叶斗の背中に。
「飲み物の消費ペース早いんで、買い出し行ってきます」
「お、おお。助かる。けど、わかる? コンビニの場所とか」
「陽先輩についてきてもらうんで」
「や、石田は、」
「まさか歩けないほど飲ませてませんよね」
 ……なんだ? 叶斗は微笑んでるのに、先輩たちはトーンダウンしてしまう。
 せっかくの盛り上がりが、と抗議する間もなく、叶斗に手を引かれ外に連れ出された。
 夜の渓流沿いは、半袖Tシャツだと涼しいを通り越して、寒い。
「はいどうぞ」
 そう口にする間もなく、ふわりと白いジャージを着せ掛けられた。
 指先しか出ない。陽ちゃんのじゃない。いい匂いがして、くん、と鼻を近づける。
 そのジャージの袖越しに、叶斗が顔を覗き込んできた。
「みんなのために、飲み物、買いに行きましょう」
 ああ、なるほど。それで駐輪場に来たのか。
 親切の手伝い、してあげますとも。
「いいよ。陽ちゃん、おつかいできる」
「あはは。よかったです」
「あはは。よかったです」
「ふえ?」
 なんで笑ったんだろう。
 首を傾げる間に、叶斗がハーレーのエンジンを掛ける。
 陽ちゃんは後部シートに跨ろうとしてよろけた。おっとっと。叶斗に半ば抱えられて乗せられる。
「十分走りますから、絶対手を離さないでくださいね」
いじょぶ」
 それくらいできる。
 ただ、いざ走り始めたら、片手を叶斗の腹から離さずにいられなくなった。
「ほしかわ、ほし!」
「ん? 何ですか。つかまってください」
 叶斗は陽ちゃんのほうを振り返るばかりで、もどかしい。空を見てほしいのに。
「ほし!」
 再度指差して訴えれば、やっと叶斗も上を向いてくれた。
 一本道にもたれかかるような木々の枝の、さらに上。満天の星空が拡がっている。眩しいほどだ。
「大学の百倍はよく見えますね」
 叶斗の声がほころぶ。でもまだ話は終わっていない。
「ここにも、ほし」
 叶斗を指差す。
 夜でも眩しく感じる。それはもう、陽ちゃんにとって星だからとしか言えない。
「あったかい色、きれいだなあ」
 叶斗の背中にヘルメットをくっつけて、つぶやく。
 叶斗は「……はは」と、泣き笑いみたいに笑った。
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