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2章 近づくほど遠ざかる迷走
10 この気持ちの正体
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六日目は、秋田へと南下する。
出発前にメンバー同士でアルコールチェックした。先輩たちといい感じに話せて成長した僕は、余裕でクリアしてみせる。
「焼酎飲んだけど、ぜんぜん残ってない」
「ほんと何にも残ってないみたいですね」
「うん、元気。って、誕生日のときより憶えてるってば」
すっと寄ってきた叶斗が、思わせぶりに目を細める。信じてないな?
「焼酎飲んだあと、宴会場から自分の部屋にちゃんと戻って、しっかり布団掛けて寝た」
昨夜の行動を証言すれば、叶斗はようやく「……そうでした」と微笑んだ。
僕が飲み会に慣れると、叶斗が親切を発揮する機会が減ってしまうかもしれない。でも。
「平和は保証してやるから、大丈夫」
叶斗の肩をぽんと撫で、愛車に跨る。
(僕は、叶斗を好きにならないから)
条件を確認したら、胸がずんと重くなった。二日酔いはないのに……?
グループリーダーの合図で発進しても、収まらない。察知したのか心配げに佇む叶斗が、バックミラーに映る。
ツーリング後半はメンバーシャッフルして、叶斗とはグループが分かれた。
僕は真ん中のまま、叶斗はひとつ後ろ。
世話を焼かせることは考えず、同じグループになった先輩に話し掛けるのに集中できるとも言える。
それに今日は日本海を拝める――はずが。
今回のツーリングではじめて、雨が降り出した。
小雨ならともかく、結構な勢いだ。路面が滑るし、視界も悪くなる。
リーダーの先輩が速度を落とす。でも雨脚は弱まらない。
(線状降水帯か?)
休憩予定より手前でパーキングエリアに逃げ込んだ。僕たちの他にもライダーが雨宿りしていて、屋根のある売店はぎゅうぎゅうだ。
上級生が頭を寄せ合い、天気予報を確認しながら、この後のルートを相談する。
端っこで待っていたら、叶斗たちのグループもパーキングエリアに入ってきた。
口々に「びちょびちょだよ~」「スマホ死んだかも」と嘆く。叶斗だけは、
「陽先輩、そのウェア防水ですか?」
と僕に駆け寄ってきた。
「え? うーんと、撥水かな」
小雨を狙って再出発するならまた濡れるし、と思ってタオルで拭いたりせずにいた。
ぽたり、と水滴が僕の足もとに落ちる。
「腕とか肩に染みてるでしょ。その状態で風浴びたら、あっと言う間に風邪引いちゃいますよ」
叶斗は学校の先生みたいに険しい顔で、荷物からレインコートを引っ張り出した。
それもアウトドアブランドのしっかりしたやつ。
叶斗はすでに着てるから、予備のものだ。
濡れた上着を剥ぎ取られ、タオルでわしわしされ、着せ替えられる。
「わ、ぁ、りがと、」
小動物並みにされるがままの僕の仕上がりを見て、叶斗が「よし」と笑う。
今まででいちばん強く、胸がきゅっとした。
世話を焼かれるのも楽しい、を越えている。
これって、もしかしなくても――。
見て見ぬふりしていた感情があふれそうになる。
「出発しよう。予報だと、秋田方面は雨雲少なくなる」
その寸前で、佐藤先輩が各グループに号令を出した。みんな準備に動き出す。
大人数で飛び込みは難しいから予約した宿に辿り着きたいって思惑もあるんだろう。
僕は「助かった」と叶斗に告げて、自分のグループに合流する。
ただの先輩の顔、できてたよな?
夜闇に呑まれる直前、何とか秋田県内の宿に着いた。
行程後半は雨がやんでくれたおかげだ。
(花火、できそうでよかった)
濡れたウェアやタオルをコインランドリーに放り込み、乾ききらないぶんは部屋中に干したのち、宿の駐車場に集まった。
「一年、オーナーさんにバケツ借りてきてくれる?」
「もう借りて水入れてあります、……誰かが」
先輩の指示を、叶斗がしれっと先回りする。「気が利く~」ってモテてしまわないよう、一言付け加えるのが健気ですらある。
「……」
僕は「おまえがだろ」って指摘する代わりに、叶斗の腕に拳を当てた。叶斗が「ぐえ」ってはにかむ。僕もつられて笑う。
その間にも、先輩たちが雨から死守した手持ち花火を、みんなが取っていく。
「あ、なくなっちゃうかも」
「もう各種確保してあります」
焦る僕まで叶斗はお見通しで、Tシャツの下からカラフルな花火を取り出してみせた。
ありがたく受け取り、火を点ける。
「きれいだー」
「先輩ってこういうの好きですよね」
「? うん」
駐車場のあちこちで、色とりどりの光が瞬く。はしゃぐメンバーが照らし出される。
高橋と愛季ちゃんとかもともとのカップル以外にも、いい雰囲気の男女が見受けられた。
(毎年、この長距離ツーリングでいくつもカップル誕生してるんだよな。いいなあ)
佐藤先輩も一年女子と肩を並べている。やっぱりか。サークル内でも、結局は遠い。
「陽先輩、女子と花火したいですか?」
しゅうん、と持っていた花火が燃え尽きるタイミングで切り出され、息を呑む。
厳密には女子とじゃなく、好きな人とだけど……。
「声に出てた?」
出発前にメンバー同士でアルコールチェックした。先輩たちといい感じに話せて成長した僕は、余裕でクリアしてみせる。
「焼酎飲んだけど、ぜんぜん残ってない」
「ほんと何にも残ってないみたいですね」
「うん、元気。って、誕生日のときより憶えてるってば」
すっと寄ってきた叶斗が、思わせぶりに目を細める。信じてないな?
「焼酎飲んだあと、宴会場から自分の部屋にちゃんと戻って、しっかり布団掛けて寝た」
昨夜の行動を証言すれば、叶斗はようやく「……そうでした」と微笑んだ。
僕が飲み会に慣れると、叶斗が親切を発揮する機会が減ってしまうかもしれない。でも。
「平和は保証してやるから、大丈夫」
叶斗の肩をぽんと撫で、愛車に跨る。
(僕は、叶斗を好きにならないから)
条件を確認したら、胸がずんと重くなった。二日酔いはないのに……?
グループリーダーの合図で発進しても、収まらない。察知したのか心配げに佇む叶斗が、バックミラーに映る。
ツーリング後半はメンバーシャッフルして、叶斗とはグループが分かれた。
僕は真ん中のまま、叶斗はひとつ後ろ。
世話を焼かせることは考えず、同じグループになった先輩に話し掛けるのに集中できるとも言える。
それに今日は日本海を拝める――はずが。
今回のツーリングではじめて、雨が降り出した。
小雨ならともかく、結構な勢いだ。路面が滑るし、視界も悪くなる。
リーダーの先輩が速度を落とす。でも雨脚は弱まらない。
(線状降水帯か?)
休憩予定より手前でパーキングエリアに逃げ込んだ。僕たちの他にもライダーが雨宿りしていて、屋根のある売店はぎゅうぎゅうだ。
上級生が頭を寄せ合い、天気予報を確認しながら、この後のルートを相談する。
端っこで待っていたら、叶斗たちのグループもパーキングエリアに入ってきた。
口々に「びちょびちょだよ~」「スマホ死んだかも」と嘆く。叶斗だけは、
「陽先輩、そのウェア防水ですか?」
と僕に駆け寄ってきた。
「え? うーんと、撥水かな」
小雨を狙って再出発するならまた濡れるし、と思ってタオルで拭いたりせずにいた。
ぽたり、と水滴が僕の足もとに落ちる。
「腕とか肩に染みてるでしょ。その状態で風浴びたら、あっと言う間に風邪引いちゃいますよ」
叶斗は学校の先生みたいに険しい顔で、荷物からレインコートを引っ張り出した。
それもアウトドアブランドのしっかりしたやつ。
叶斗はすでに着てるから、予備のものだ。
濡れた上着を剥ぎ取られ、タオルでわしわしされ、着せ替えられる。
「わ、ぁ、りがと、」
小動物並みにされるがままの僕の仕上がりを見て、叶斗が「よし」と笑う。
今まででいちばん強く、胸がきゅっとした。
世話を焼かれるのも楽しい、を越えている。
これって、もしかしなくても――。
見て見ぬふりしていた感情があふれそうになる。
「出発しよう。予報だと、秋田方面は雨雲少なくなる」
その寸前で、佐藤先輩が各グループに号令を出した。みんな準備に動き出す。
大人数で飛び込みは難しいから予約した宿に辿り着きたいって思惑もあるんだろう。
僕は「助かった」と叶斗に告げて、自分のグループに合流する。
ただの先輩の顔、できてたよな?
夜闇に呑まれる直前、何とか秋田県内の宿に着いた。
行程後半は雨がやんでくれたおかげだ。
(花火、できそうでよかった)
濡れたウェアやタオルをコインランドリーに放り込み、乾ききらないぶんは部屋中に干したのち、宿の駐車場に集まった。
「一年、オーナーさんにバケツ借りてきてくれる?」
「もう借りて水入れてあります、……誰かが」
先輩の指示を、叶斗がしれっと先回りする。「気が利く~」ってモテてしまわないよう、一言付け加えるのが健気ですらある。
「……」
僕は「おまえがだろ」って指摘する代わりに、叶斗の腕に拳を当てた。叶斗が「ぐえ」ってはにかむ。僕もつられて笑う。
その間にも、先輩たちが雨から死守した手持ち花火を、みんなが取っていく。
「あ、なくなっちゃうかも」
「もう各種確保してあります」
焦る僕まで叶斗はお見通しで、Tシャツの下からカラフルな花火を取り出してみせた。
ありがたく受け取り、火を点ける。
「きれいだー」
「先輩ってこういうの好きですよね」
「? うん」
駐車場のあちこちで、色とりどりの光が瞬く。はしゃぐメンバーが照らし出される。
高橋と愛季ちゃんとかもともとのカップル以外にも、いい雰囲気の男女が見受けられた。
(毎年、この長距離ツーリングでいくつもカップル誕生してるんだよな。いいなあ)
佐藤先輩も一年女子と肩を並べている。やっぱりか。サークル内でも、結局は遠い。
「陽先輩、女子と花火したいですか?」
しゅうん、と持っていた花火が燃え尽きるタイミングで切り出され、息を呑む。
厳密には女子とじゃなく、好きな人とだけど……。
「声に出てた?」
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