完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!

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2章 近づくほど遠ざかる迷走

11 割り切ったはずが苦しい

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「童貞諸君、先輩に聞きたいことあるか?」
 去年の長距離ツーリングでも、何日目かの夜にこういう話題が出た。
 気が重い。
 僕だけでなく、下級生が雑魚寝する辺りは緊迫感に包まれた。みんなうつ伏せになって、薄闇の中、視線で探り合う。
 まず童貞かどうか、お互い把握してるわけじゃない。たとえば僕に経験がないのを高橋は知ってるけど、僕は高橋と愛季ちゃんがどこまで進んでいるか知らない。
「あの! うまくそういう空気に持ち込むコツってありますか?」
 それを、一年生の一人が打破する。
 社交的だし童貞には見えないけど、上級生をしらけさせないよう話を広げた感じだ。
 実際、彼女持ちの先輩が成功談を語る。質問した一年生の好みとかをいろいろ聞き出しながら。
(これ、一人ずつお悩み相談のていで、自分の経験話さないといけないやつじゃ)
 去年は寝たふりを決め込んで、ほんとに寝ちゃったために、逃れられた。
 今年も同じ手を使うか。二度は通用しないか。恋愛の助言もほしい。でも……。
『――くんて、BL仕事乗り気じゃなさげだよね』
『わかる。そういう目で見られると困るみたいな』
 俳優の推し活現場で聞いた、他のファンの一言がよみがえる。
 単なる噂話。とはいえ数年経っても、他のいい思い出で覆っても忘れられないくらい、胸に刺さった。
 今の時代、「同性が好き」って感情をあからさまに嫌悪する人は少ないけれど、ふつうに異性が好きな人には多少の戸惑いがあるだろう。
(僕だって、僕に好かれたら迷惑だよなって思うし)
 経験はありません、って言ったとする。なんで? って返ってくる。
 女子に興味がないからです。とは言えない。
 それを明らかにしないと何も始まらない。頭でそう思っても、やっぱり行動できない自分がいる。
「おまえは?」
 対応を思いつく前に、順番が回ってきてしまった。
 どうやって切り抜けよう。うう……。
「俺は聞きたいこと特にないです」
 枕を握り締めていたら、別の男が答えた。
 この声、叶斗だ。
(隣は高橋だったはず。いつ入れ替わった?)
 びっくりして、後輩の横顔を見やる。叶斗は一切こっちを見ない。
 僕に注意が向かないように。
「イケメンは言うこと違うなぁ?」
 狙いどおり、他のみんなは一軍中の一軍である叶斗の経験談に興味しんしんだ。僕が飛ばされたのを誰も気に留めない。
 正直、救われた。ただ、ひとつ間違えばマウントと取られて殺伐としないか、はらはらする。叶斗は平和を好む男なのに。
「経験人数どんくらいなの」
「んー。憶えてないですね」
 四年生に問われ、考えるそぶりをしてみせたのち、事もなげに言う。
 数えきれないくらいというニュアンスに聞こえ、いっせいに「うぇーい!」と湧く。女子部屋まで聞こえる、と慌てて薄い掛布団を被る。
 どうやら、次元が違い過ぎると争いにならないようだ。
 他のメンバーが興奮の笑いを噛み殺す中、僕は掛布団の下で叶斗のくるぶしをちょんと蹴ってやった。
 叶斗が「なんで?」って目を向けてくる。
 庇ってくれたのは嬉しい。一方で、叶斗のそんな話聞きたくなかった。
(ほんとは何人なのか、わかんないけど)
 叶わない恋心が邪魔をして、素直に御礼を言えなかった。


 八日目は、新潟中部の清津きよつ峡渓谷って名所へ足を運ぶ。
 750メートルもある歩行者用トンネルの出口に薄く水が張られていて、切り立った渓谷とトンネルのアーチと観光客自身が鏡みたいに映り込む。とにかく映えるのだ。
「ウユニ塩湖の人工トンネル版だな」
「行ったことあります? ウユニ塩湖」
「ない」
「ここは歩行用ですけど、あっちはバイクで走れるそうです」
「へええ、行ってみたいな」
 なんて外国に思いを馳せつつ、写真をいっぱい撮った。いろんなポーズで、いろんな組み合わせで。
 叶斗とも撮りたかったけど、女子の行列ができていたから、弁えた。
 今日も今日とて、温泉旅館にチェックインする。
 上杉謙信公ゆかりの薬湯らしい。学生なので値段優先で宿を選んできたが、今日の旅館はロビーに囲炉裏があったりと雰囲気がいい。
 部屋飲み前に一緒に館内を探検しようと、叶斗を探す。でも見当たらない。
(別に、ひとりで回ればいっか)
 むしろ適切な距離を保ててちょうどいい。
 日中の走行グループだって違うのだし、「誰と何してるのかな」とは考えないようにして、年代物の階段を下りていく。
「……呼び出してごめんね、星川くん。東京帰る前にどうしても話したくて」
 僕はたちまちつま先立ちになって、二、三段戻った。
 叶斗が女子に呼び出されてる――! 
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