完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!

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2章 近づくほど遠ざかる迷走

11 割り切ったはずが苦しい②

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 叶斗が女子に呼び出されてる――! 
 考えずにおいた矢先に、間の悪い。
(後半に叶斗と同じグループになった、一年生だよな)
 手摺りの陰から窺う。後ろ姿だけど、ロングヘアをかけた耳が真っ赤になってる。
 そういう「話」なら、盗み聞きはよくない。
 ただ、この階段は軋みやすくて下手に動けない。それに、二人がいるのは郷土資料コーナー。他に人がこないとも限らない。
 見張り役として留まる。話は聞かないように、聞かないように……。
「好きです。ひと目見たときから好きでした。もしよければ付き合ってください」
 無理だ。聞こえてしまう。女の子の勇敢な、それでいていとけなく震える声が。
「君のことは友達だと思ってるから、ごめん」
 決死の告白にもかかわらず、叶斗はばっさり断った。希望の欠片も残さない言い方だ。
 誰でもいいわけじゃない、だっけ。じゃあ誰ならいいんだろう。
 すんすんと鼻を啜る音が聞こえる。それでも叶斗は「これ使って」とハンカチかティッシュを渡すのみで、去っていく。
(中途半端に優しくしないのも、優しさか?)
 取り残された女の子は、「うー……」と声を殺して泣き続ける。僕はその場から動けず、胸を押さえた。
 彼女はきっと、ツーリング中親切にしてもらい、好きって気持ちがあふれたに違いない。ライバルに一歩リードしたと勘違いもして、勝負に出たのかも。
『二軍とか三軍のワンチャン狙いって正直、迷惑だろ』
 あの子は僕のような二.五軍じゃない。なのに中学のとき、一軍の男子グループが溜め息まじりに言っていたのを思い出してしまう。
 可能性0なのに、無下にしたら一軍側がひどい、みたいになる。
 そう、迷惑だ。僕が片想い以上のことをしようとしたら。
 行動できない短所が活きる場面もある。改めて、想いを行動には移すまいと誓う。
[先輩どこいます?]
 同時に、LINEメッセージが届き、叫びかけた。マナーモードにしていてよかった。
 送り主は、叶斗。さっきの今で何の用だ。さすがに未読スルーさせてもらった。


 九日目は、長野まで戻る。
「あれ、星川こっち移動?」
「はい。タンデムせず思いきり走りたいんで」
 叶斗が、僕と同じ真ん中のグループに加わった。こう言ってるけど、昨日玉砕した一年女子を気遣ったと思われる。
 彼女は昨日の部屋飲み不参加。今朝もヘルメットで表情は見えない。
 何だか叶斗に「ぐえ」って言わせたくなる。でも、僕にその権利はない。
 発散も兼ねて、日本アルプスを望む高原をひた走る。
「陽先輩、今こだまいませんでしたー?」
「……いたとしても、もふれないだろ」
 叶斗はこちらのもやもやを知る由もない。
 中山道の宿場町に立ち寄る。趣があるものの、メンバーは今夜の部屋飲みのほうに気がいっている。
 何と言っても、今回の長距離ツーリング最後の夜だ。
 宿では夕飯もそこそこに、新たに調達した地酒やご当地つまみを大部屋へ持ち寄った。
「家に帰るまでがツーリング、とはいえ。長旅ご苦労さん。おまえらが助け合ってくれたおかげで、楽しい旅になったよ」
 佐藤先輩がしみじみ挨拶して湿っぽくなりかけたのを、
「こーしてほぼ全員揃うのは年に一・二回だから、飲みなー!」
 女子リーダーの花村はなむら先輩が軌道修正する。
 それが効いて、九日間でいちばん賑やかになった。
「石田、飲んでる~?」
「あ、はい」
 なのに僕は、昨日の告白を自分のことみたいに引き摺って、テンションが上がらない。
(せめてふつうにしないと)
 距離を縮めるためでもなく、先輩が傾けてきたビール瓶に紙コップを差し出す。
 でも、注がれたのは隣の――叶斗の紙コップだ。
「いただきます」
 叶斗がくいっと、喉仏を上下させる。
 他の先輩や同級生が注いで回る酒も、ことごとく代わりに飲んでくれた。
(僕が酒の力借りる気分じゃないの、察してる)
 まさか告白を盗み聞きしたとは知るまい。
 僕が普段と違う理由を聞き出そうとはしない。ただそばを離れずにいる。
 その横顔をちらりと見れば、やっぱり胸がきゅっとした。
 ただし――昂揚でなく苦しさで。
(前に、イケメンだから親切にできないのは理不尽だ、って思ったけど。今は、おまえの優しさは罪だなあって思うよ)
 叶わないのに期待しそうになる。
 胸が詰まって、結局ほとんど呑めなかった。
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