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3章 嫌いな自分から逃走
13 おまえなんか
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新学期で前向きな空気に満ちた人込みを、縫っていく。
(僕、六月の時点で「ずるい」は憧れの裏返しだって、心の奥では気づいてたんだ)
三限終わりはサークルやバイトに移動する人が多い。校舎の出入口が渋滞して、足踏みしながら自嘲の息を吐く。
好きにならないとか、なんの意地を張ってたんだか。
(変なこと言ってなかったって叶斗が言うから、油断した)
いや。はじめての酒に潰れた僕の様子を訊いたとき、妙な間があった。
もっと疑って、問い詰めればよかった。
……何て言って?
叶斗と話したいと思った。でも、話したくないかもしれない。
屋外に出られたものの、小走りから歩きに速度が落ちる。
(だって、叶斗は僕の気持ちを知った上で、「好きになられちゃう」って打ち明けてきたんだよな)
それって、勘違いですよ応える気ありませんよっていう、遠回しのお断りじゃないか?
恋心を知られていたという動揺が、叶わない痛みに塗り替わっていく。
(どうせ叶わないって、わかってただろ)
だからただの先輩後輩でいたいと思った。
叶斗のほうは、夜の中庭で、僕が告白を憶えてないって確認したわけだ。
(このまま僕が知らないふりすれば、傍から見ても仲の良い、今の関係性が壊れずに済む……)
中庭の芝生のそばまで来て、足が竦む。
「あ、先輩。ここです」
なのに、叶斗に見つかってしまう。
何なら先に見つけていた。長距離ツーリングぶりの実物の叶斗。こんな動揺の中でも、相変わらずきらきらして見える。
秋色のスウェットシャツが似合っていて。優しい微笑みを浮かべていて。
僕が動けないでいると、わざわざ立ち上がって歩み寄り、顔を覗き込んでくる。
「陽先輩。……ぐえ」
その二の腕を拳ではたく。まだ足りない。
「あのベンチ、懐かしいですね」
にもかかわらず、地雷を踏まれた。
ここのところ僕の内側をループし続けていて、佐藤先輩に当て逃げみたいに揺さぶられた感情が、爆ぜる。
「……ぜんぶ知ってたのかよ」
一度あふれたら、止まらない。追及の言葉が口をつく。
「ぜんぶ知ってて、僕の隣であれこれ世話焼いて、揶揄って、僕のこと嗤ってたのか?」
声が掠れて、ひずむ。全力で走ってきたわけでもないのに呼吸が浅くなる。
告白を聞いたのは、叶斗だけじゃない。飲み会に居合わせたメンバーもだ。その後の僕と叶斗のやり取りを見て、どう思っていたんだろう。
(僕ひとり何にも知らないで、「親切にされてやろう」とか……はずかしい)
結局、勘違いしたのは事実だ。嗤われても仕方ない。
ひどい、って責める気持ちはすぐしぼむ。むしろ委縮して、顔を上げられない。
「何の、話ですか」
叶斗の声には、狼狽が感じられた。
やっぱり知っていたらしい。
「……僕が、六月の飲み会で、おまえに告白したって。さっき佐藤先輩に聞いた」
追及じゃなく、懺悔みたいになる。
長距離ツーリングで玉砕した一年女子のように傷つきたくなかった。それもあって恋心を隠そうと努めたのも、無駄だった。
レインコートを入れた紙袋を握り締める。喜ぶかなって、もふもふ加工シールで留めたの、ばかみたいだ。
一方の叶斗は、「ああ」と吐息めいた声を漏らした。
ちらりと目を向ければ、寂しげな顔をしている。――なんで?
「先輩が俺を『嫌い』って言った話ですね」
「……へ?」
嫌い? それは告白の真逆ですが。
混乱で眉間に皺が寄る。僕の気持ち、ばれてはいないのか?
「僕、嫌いって言ったんだ」
「はい」
「で、でも、変なこと言ってないって」
「俺を嫌いな男は別に変じゃないんで」
叶斗が淡々と教えてくれる。
佐藤先輩、まぎらわしいことを……! 八つ当たりしたさで、頬が上気する。
好きと言ったと思い込んで、叶斗からすれば訳のわからない言葉をぶつけてしまった。
「うーん、と」
嫌いじゃない、と訂正すべきか迷ううちに、叶斗が口を開く。
「先輩。お願いがあります」
(僕、六月の時点で「ずるい」は憧れの裏返しだって、心の奥では気づいてたんだ)
三限終わりはサークルやバイトに移動する人が多い。校舎の出入口が渋滞して、足踏みしながら自嘲の息を吐く。
好きにならないとか、なんの意地を張ってたんだか。
(変なこと言ってなかったって叶斗が言うから、油断した)
いや。はじめての酒に潰れた僕の様子を訊いたとき、妙な間があった。
もっと疑って、問い詰めればよかった。
……何て言って?
叶斗と話したいと思った。でも、話したくないかもしれない。
屋外に出られたものの、小走りから歩きに速度が落ちる。
(だって、叶斗は僕の気持ちを知った上で、「好きになられちゃう」って打ち明けてきたんだよな)
それって、勘違いですよ応える気ありませんよっていう、遠回しのお断りじゃないか?
恋心を知られていたという動揺が、叶わない痛みに塗り替わっていく。
(どうせ叶わないって、わかってただろ)
だからただの先輩後輩でいたいと思った。
叶斗のほうは、夜の中庭で、僕が告白を憶えてないって確認したわけだ。
(このまま僕が知らないふりすれば、傍から見ても仲の良い、今の関係性が壊れずに済む……)
中庭の芝生のそばまで来て、足が竦む。
「あ、先輩。ここです」
なのに、叶斗に見つかってしまう。
何なら先に見つけていた。長距離ツーリングぶりの実物の叶斗。こんな動揺の中でも、相変わらずきらきらして見える。
秋色のスウェットシャツが似合っていて。優しい微笑みを浮かべていて。
僕が動けないでいると、わざわざ立ち上がって歩み寄り、顔を覗き込んでくる。
「陽先輩。……ぐえ」
その二の腕を拳ではたく。まだ足りない。
「あのベンチ、懐かしいですね」
にもかかわらず、地雷を踏まれた。
ここのところ僕の内側をループし続けていて、佐藤先輩に当て逃げみたいに揺さぶられた感情が、爆ぜる。
「……ぜんぶ知ってたのかよ」
一度あふれたら、止まらない。追及の言葉が口をつく。
「ぜんぶ知ってて、僕の隣であれこれ世話焼いて、揶揄って、僕のこと嗤ってたのか?」
声が掠れて、ひずむ。全力で走ってきたわけでもないのに呼吸が浅くなる。
告白を聞いたのは、叶斗だけじゃない。飲み会に居合わせたメンバーもだ。その後の僕と叶斗のやり取りを見て、どう思っていたんだろう。
(僕ひとり何にも知らないで、「親切にされてやろう」とか……はずかしい)
結局、勘違いしたのは事実だ。嗤われても仕方ない。
ひどい、って責める気持ちはすぐしぼむ。むしろ委縮して、顔を上げられない。
「何の、話ですか」
叶斗の声には、狼狽が感じられた。
やっぱり知っていたらしい。
「……僕が、六月の飲み会で、おまえに告白したって。さっき佐藤先輩に聞いた」
追及じゃなく、懺悔みたいになる。
長距離ツーリングで玉砕した一年女子のように傷つきたくなかった。それもあって恋心を隠そうと努めたのも、無駄だった。
レインコートを入れた紙袋を握り締める。喜ぶかなって、もふもふ加工シールで留めたの、ばかみたいだ。
一方の叶斗は、「ああ」と吐息めいた声を漏らした。
ちらりと目を向ければ、寂しげな顔をしている。――なんで?
「先輩が俺を『嫌い』って言った話ですね」
「……へ?」
嫌い? それは告白の真逆ですが。
混乱で眉間に皺が寄る。僕の気持ち、ばれてはいないのか?
「僕、嫌いって言ったんだ」
「はい」
「で、でも、変なこと言ってないって」
「俺を嫌いな男は別に変じゃないんで」
叶斗が淡々と教えてくれる。
佐藤先輩、まぎらわしいことを……! 八つ当たりしたさで、頬が上気する。
好きと言ったと思い込んで、叶斗からすれば訳のわからない言葉をぶつけてしまった。
「うーん、と」
嫌いじゃない、と訂正すべきか迷ううちに、叶斗が口を開く。
「先輩。お願いがあります」
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