完結|好きから一番遠いはずだった

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3章 嫌いな自分から逃走

13 おまえなんか②

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「……はい」
 後輩相手に敬語で返す。
 まだ、行き違いだったって安堵はできない。
 真実が明らかになったし、平和茶番は終わりって言われたら、了承するほかない。
 あの、整っているゆえに遠く見える真顔を見上げて、待つ。何を言われてもちゃんと終わらせようと。
「そのまま、俺のこと嫌いでいてください」
 ただ、この言い方は想定していなかった。
(え)
 嫌いでいて、とは。好きにならないで、って意味だ。
 理解と裏腹に、いい思い出が勝手に脳裏に再生される。
 一緒に見た景色、とっておきポテトの味、互いしか知らない気遣い、庇ってくれたこと、何でもないやり取り。
(そう言う割に、おまえを好きになるようなことばっかりしてくれたな)
 とても処理しきれない。
 叶斗といたら楽しい。叶斗といたら、苦しい。
 叶斗が好きだ。好きでいたらいけない。
(顔もトーク力も何もかもふつうなら、ふつうに恋愛したかった、なんて)
 胸もとをぎゅっと押さえる。余計なものがあふれ出ないように。
 叶斗を好きにならなければ、こんな苦みを味わわずに済んだ。
「……頼まれなくても、おまえなんか嫌いだよ」
 改めて、告げた。
 石ころは星に届かない。手を伸ばしてもそれを思い知らされるだけ。
 四限の教職科目が始まる。踵を返して、校舎に駆け込む。
 叶斗の反応を確かめる勇気はなかった。


 僕なんかに好かれたら、迷惑だ。だからこれでいい。
 なのにずっと胸が重苦しい。恋心が石になって圧迫しているかのようだ。
(どんだけ大きな石だよ)
 後期一発目のサークル飲み会は、もちろん不参加。
 いつもの居酒屋の前を通らないよう遠回りして、夜ごはんを買いにコンビニに寄る。
 大学正門からいちばん近く、一限前と二限後は混雑してるけど、十八時過ぎの今はそれほどじゃない。
 適当におにぎりを選ぶ。ホットスナックのポテトにトッピングする用のバニラアイスも買おうと、ふらふら店の奥へ進む。
「ショートケーキ、また発注したの」
 品出しするおばさま店員たちのおしゃべりが聞こえてきた。
「六月にケーキ買ってったイケメンくんが来たときのためよ。『このコンビニならショートケーキある』って期待されてるはず」
(それって……)
 六月、ショートケーキ、イケメン。
 叶斗が思い浮かぶ。
 いや、ぜんぜん別人かもしれない。このコンビニを利用する学生は多い。
「ケーキならケーキ屋さんで買うでしょ」
「また来てほしいってこと! お友達おんぶしても涼しい顔で、ドラマ撮影中の俳優さんみたいだったんだから」
 間違いなく、叶斗だ。おぶわれてた僕のほうは、店員さんは憶えていないらしい。
 六月六日の夜。
 先輩たちのサプライズじゃなく、叶斗が個人的にケーキを用意してくれたんだ。誕生日が酔い潰れて終わりにならないように。
(……なんで?)
 数日前の会話を思い返す。
 自分が傷つきたくないあまり、叶斗を傷つけてしまったんじゃないか。
 叶斗は、勘違いで好かれたくないだけで、嫌われたいわけじゃない。
 そもそも六月の時点で、「嫌い」と言っていた。
 なのに、その後も親切にしてくれた。「平和」だって、僕の隣に座った。
 今、僕のいない飲み会で、誰の隣に座ってるんだろう――。
(いや。叶斗は自分のことを好きにならない、都合のいい相手が欲しかっただけ)
 ふくれかけた焦燥は、溜め息にして吐き出す。
 叶斗が僕なんかの一言に傷つくはずがない。
 「嫌いでいて」というのは、これからも都合のいい先輩でいてってこと。僕もそれを「嫌いだよ」って受け入れた。
 話はついている。そう言い聞かせ、会計する。
 肝心のポテトを買い忘れてしまった。


 翌週、三限と四限の間に教室移動していたら、「石田」と呼ばれた。
 佐藤先輩だ。先週みたいに偶然行き合ったんじゃなく、僕を待ち構えてたって感じ。素早く歩み寄ってくる。
「何かごめん。その、そこまで悩ませるつもりなかったっつうか。星川とも喧嘩させたいわけじゃなくてさ」
 神妙に謝られた。見れば廊下の一角に、サークルメンバーが数人いる。特に花村先輩は腕組んで仁王立ちだ。
 きっと先週末のツーリングで、僕の話題が出たに違いない。
 飲み会もツーリングも急に来なくなった。佐藤先輩が変なこと言ったせいで、叶斗を避けてるんだ、って。
「いえ……」
 軽く笑い飛ばそうとするも、表情筋が思うように働いてくれない。
 嗤われるのもいやだけど。この気の遣われ方、逆に身の置き場がない。
 「嫌い」って言いながらイケメンに世話焼かれてるの、そりゃあ突っ込みたくなるだろう。
「叶斗、今日こそカラオケ付き合ってもらうかんな」
 そのイケメンの名が聞こえ、ぴくんと肩が跳ねた。
 廊下の角から、例の一軍グループとともに、叶斗が現れる。一軍は声がでかい。
 佐藤先輩が「うお、本人」って顔をした。叶斗はそうとも知らず、もしくは自分の話をされるのは慣れた様子で、会釈してくる。
 一週間ぶりだ。学部が違うとなかなか会わない。ちょうどいい。
「別に、かn……星川と喧嘩も何もしてないですよ。ただのサークルの先輩後輩です!」
 しっかり笑顔をつくって、宣言した。
 叶斗の唇が、先輩の「せ」の形になる。
「はよ行こ」
 でも、友達の一人にがしりと肩を組まれ、声は掻き消された。
 すれ違い際、僕は視線で「だよな?」って念押しする。
 叶斗は口もとのほくろをむにっとさせるのみで、異議を唱えることなく歩み去った。
 これでいい。
 「嫌い」って前提で行動していれば、好きじゃなくなれると思う。
 後期の目標が決まった。思わせぶりな後輩を嫌いでいること。

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